7 『夢見る幼女と世知辛い少年』
「カイト、今日の夕飯はいつになく不味くないか?」
乾燥した葉や枝を燃やし、直火で鍋を煮詰めるいつもと変わらない光熱費電気料金0円青空キッチンにて。本日の献立は、シュフ海斗の気まぐれコースだ。
もっとも、気まぐれとは『どんな草(食材)が見つかるかわからない』という意味なのだが、この生活に慣れてしまえば些細な問題なので関係ない。なにより、それでも十二分においしい自負もあった。
だからこそ海斗は自信をもって、お客のクレームに毅然とした態度で言い返す。
「あぁ? マツヨイグサの若芽とつくし尽くしのお浸しだぞ? 美味いに決まってるだろ」
どう考えても基準のおかしい回答に、フリッカはいたって現代人的返答を返す。
「う~む、しかしわしは肉のほうが好きなのじゃ」
「あれは人生の贅肉だ。無駄な贅沢だ。一時の夢だ。タンパク質は植物から摂取しろ」
ほーれつくしが煮えたぞ~と、子供に現実の厳しさを見せる大人の姿がそこにはあった。
「それはそうとじゃなカイト」
「ん?」
明らかに人間が口にしていい色ではない草を掴み相づちをうつ。
「よく昨日の今日で和牛の話しを聞く気になったのぅ」
「和牛?」
「乳袋女のことじゃ」
「……いや、たしかに大きかったけどよ。お前はどこからそういう知識を……」
「前に『ぱそこん』で調べただけじゃが?」
「……スミスの仕業か」
情報化社会の弊害か、グーグル先生の罪は重い。
海斗はズルンと湯通ししたつくしを啜り、咀嚼しながら答えた。
「別に大した理由はないよ。あとからこそこそ探られるのも鬱陶しいしな」
「ふ~ん、まぁ主がそれでいいのならワシはなにも言わんよ。交渉はカイトに一任すると決めておるのじゃ」
「その割に今日はずっと気にしてたみたいだけど?」
「ワシとカイトは一蓮托生、決定に不満はない。ただ主の立場からすると解せぬかっただけじゃ。許せ」
元からさして興味はなかったのか、フリッカはあっさり話を終わらせた。
一方海斗は、あまりに当たり前のように一蓮托生などと言ってのけるフリッカに一瞬呆れ、すぐ苦笑が浮かんできた。信じられているのか丸投げされているのか、性格からして両方だろうが、悪い気はしない海斗であった。
食事もひと段落したころ、海斗は片手でタブレットを起動。手早く今日の報告資料を作成しスミスに送ると、書籍アプリを開いて表示された資料を読みだした。
「む? なんじゃそれ?」
「この塔の構造図だよ。さっき地盤に手を加えた時、北米とはずいぶん作りが違って手間取ったからな。あとあと困らないように今のうちにな」
「なんじゃ、まだ読んでおらんだのか?」
「……どこにそんな暇があったんだよ」
手荒い歓迎の数々を思い出しげんなりする。
と、フリッカが唐突に海斗の腕の間へ潜り込み胡坐をかく膝の上に座りだす。おそらく一緒に見たいという意思表示なのだろう。視線はタブレットを興味津々といった様子で見入っていた。
ふわりと目の前で揺れる銀髪から甘ったるいにおいが鼻孔をくすぐる。思わず仰け反ると今度はタブレットを持った腕と小さな肩が触れてしまい、結果身動きが取れなくなった。
「……おい」
「にしし」
無邪気に足をパタパタ揺らしご機嫌なフリッカ。裏腹に海斗は意識が嫌な方向へ拡散しそうになり非常に居心地が悪い。そんな心境などつゆ知らず、幼い好奇心を丸出しにしたフリッカは、「ほほう!」とワインレッドの瞳を輝かせ、タブレットに齧りつく。
「この塔は階層構造なのじゃな。はじめて見たぞ」
「あ、ああ……海外じゃプレハブ構造で一気に組み上げるからな。この辺こだわり気質な日本らしいというかなんというか」
海斗たちのやってきた日本第二バビロンは高さ一キロ。一層の床面積は十平方キロのズングリした形をした巨大な建造物だが、世界的に見れば比較的小さいと言えた。全階層は一〇〇層。上層階を政府区画として中層が住居区画にあたる。さらに下層区画を工場と食糧プラント。
それよりさらに下に位置するのが使われなくなった廃工場や廃棄物で形成されたスラム街である。海斗たちが拠点としているのは下層区画のスラム近くにある工場跡地だ。ふと見上げてみれば住居区画のネオンの光が線のように煌々と輝き、全天に瞬くオリオンのベルトのように灯っていた。
階層構造は中層区画と下層区画の間で、塔をわずかに持ち上げ積み上る方法だ。
必要な区画をパッケージとして作り組み上げるプレハブ方式に比べ、すぐには大きくならないし費用もバカにならないが、頑丈で長寿命なバビロンが出来上がる。当初は疲弊した国力を考えプレハブ方式を採用していたらしいが、大粛清以前より災害多発地域だった日本では、後々の修繕費を考慮し計画が変更されたのが背景だそうだ。
ただその弊害により作ることのできた塔は三つと先進国では極端に少ない。当然生き残ったすべての人が順風満帆な生活がおくれたわけではなく、スラムという闇を抱える遠因に繋がった、ということらしい。
「なんというか、先を見据えて目先が疎かになった、と言っているようじゃな」
「それも気質なんだろ?」
どうでもいいと言いたげに切り返した。
「しかし、これだけ人を詰め込みながらさして食糧不足にはなっておらんのだな」
「むしろ余っているからこそ、スラムなんて物乞いが生まれるんだよ。ほんとに足りなかったらお零れが来るのを待つような悠長なことやってられないだろ」
実際、北米の塔でもスラムのような地域はある。だがあくまで住居区画内に点在し明確な区切りはない。日本のように工場区画を隔てて独立はしていなかった。
というのも、もともと狭い地域で作物を育てることに馴れ、プラント技術に国費をつぎ込んできた日本にとって、皮肉なことに現状はその分野を生かす絶好の機会となっていた。逆に土地にものを言わせた大規模栽培を得意とした北米で、突然限られた地域しか使えない状況に陥ったことは、極度の食糧不足を招く結果となる。
「あ~向こうは奪うは盗むがひどかったからのぅ。パン一個を取り合って死人が出た時はなんの冗談かと思ったものじゃ」
「プラント技術はプランクトンさえあれば食い物はいくらでも作れるからなぁ」
幸か不幸か、海(食料)なら周囲にいくらでもある。
「じゃが、奪う必要がない割にスラムの者は飢えておるように見えたのじゃが?」
頭を逸らしコテンと海斗の胸にもたれかかる。疑問を浮かべた大きな瞳が見上げていた。
今日の朝、物入りだったこともあり海斗たちはスラムの市場へ立ち寄っていた。ただ市場とは名ばかりで、総じて活気はい光景を見れば、フリッカの疑問はもっともだ。
「……あぁ~」
だが、海斗は即答できなかった。
世の酸いを知り甘いを知らないフリッカは、歳以上に考え方が大人びている。いや、厳密にはそれだけではないのだが、子供であることには変わりない。相方として接することを意識するあまり忘れがちだが、本当は無邪気に遊ぶことを許されているはずの存在なのだ。
夜は眠り、その夢と同じような明るい夢を見る。それこそが普通であり、血生臭い戦いに身を投じることこそおかしい。
だからこそ今更ながらに思う。
本当に救いのない話を聞かせていいのだろうか、と。
「お?」
その時だった。突然夜が昼になったようなエネルギーの塊をたずさえた何かが、海斗たちのいる廃工場へ踏み込んできた。一歩ごとに地面が溶解しかねない熱量の波動。煌々と灯るそれは比喩でなく太陽そのものを連想させる。
そんな相手がためらいもなく殺気を撒き散らし迷うことなく向かってきているのだ。並みの相手であればこの時点で自らの死を覚悟したことであろう。
さしもの海斗も黙ってタブレットの電源を消し、警戒を怠ることなく面をあげる。
「待たせたかしら?」
「そうでもないよ。こっちもちょうど夕食をすませたとこだったしな」
自信に満ちた佇まいがじつに彼女らしい。
顔を合わせるのは二回目だが、海斗の中では彼女の印象をそう感じ始めていた。
「こんばんわは。夜でも華やかですね、茜さん?」
「あんたは変わらずひどいピエロっぷりね、東雲海斗」
月明かりに照らされ、赤みがかった長い茶髪が夜闇にぼうっと浮かび上がる。
そこに立っていたのは特災のナンバー2――鳴海川茜だった。
今回ちょっと短め! 申し訳ないorz