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4 『スラムのひと騒動』

 断続的に聞こえてくる爆音に海斗は舌打ちした。


「ったく! どうしてやって来て早々一日目からッ! 退屈させない塔だよホント!」


 昨日の今日で賑やかすぎる現状に、そろそろお祓いに行くことを本気で考え始める。オカルトの類いは信じない海斗だったが、そう思わずにはいられないツキのなさである。


「――~~ッ!!」


 混乱の声を頼りに入り組んだ道を曲がる。

見えてきたのは市場だった。だが今は煉獄の炎の中に沈んでいる。雑多に物が陳列されたテントは炎に巻かれて炭化し、建物の外壁は溶け崩れドミノ倒しのように崩落していた。


「あれは?」


 その中心に立つ人影に歩みが止まる。

 身の丈三メートルほどの巨人がいた。異様に短い足と発達した筋肉が盛り上がる上半身、丸太のような四本の腕何より額の角が目を引いた。


「悪鬼だと? どうしてあんなのが塔の中にいんだよ!」


 海斗の疑問は至極まっとうだった。

 人種に属するゲマトリアは知恵が回り、中には武術に似た技を繰り出す厄介な相手もいる。だが、その多くは下級に位置する。そして悪鬼はゲマトリア最大の武器である〝纏い〟すらないことからも、下級の中でも最下級。ありていに言えば雑魚と言い切って問題ない。


 基本この手の有象無象は塔の防衛システムによってほとんど壊滅される。

 もし入ってこられるゲマトリアがいるとすれば、打たれ強い猪笹王のような現生種か、塔の総力をあげて殲滅する必要のある幻獣種なのだ。そんな雑魚に侵入を許す。あってはならないことである。


「た、助けてくれ!」


「ん?」


 物思いにふけていると聞こえた悲鳴に、海斗は音源を探して悪鬼の手に目をやった。

 悪鬼の巨体から見れば爪楊枝のような物体が人間であることと気づくまでしばらく時間を有した。炎で焦げだらけになった男が、火傷で引き攣る喉を震わせている。


「あいつ、もしかして調律師か?」


 助けを呼ぶ声に嫌な記憶を思いだして顔をしかめる。だが男が握る物を見た瞬間、海斗の目の色が変わった。炎の中でも冷たく光る鉄の塊――拳銃である。

 同時にこの状況の原因を察し海斗は天を仰いだ。


「あんのバカ野郎! こんな場所で銃火器を使いやがったのかよ!!」


 塔の肥溜め、スラム。

 天へ伸び続ける塔が忘れていった、もしくは一部が生き残るため見捨てていった廃棄所。プラント工場や工業地域が出すおこぼれに預かろうと、大粛清で何もかも失った人や立ち直れない人が集まる、犯罪の横行する無法地帯。


 無造作に転がる使用限界となり破棄された防衛システムの一部。放置されやたら膨らんだゴミ袋から悪臭だけがただよい、微生物によって分解されたガスが充満していることがうかがえる。

 一面可燃物の山だ。引火すればどうなるかバカでも想像がつく。


「ったく! 悪鬼程度に苦戦してんじゃねぇよ!」


 とはいえ海斗の言葉にも間違いはある。単純な話、最も弱い悪鬼でもゲマトリアとは侮ってはいけない相手だということだ。


 第二バビロンは、他の第一・第三と比べても、かなりの手練が多い。それもこれも高位な対魔の一族である『神無月家』を有することで、その恩恵をうけることができるからだ。


 その強大な後ろ盾があったからこそ、第二バビロンは大粛清後の混沌を比較的平穏を維持し続けられたのである。しかし、所詮は借り物、才能に恵まれない者にどれだけ力を注いだところで器が小さければどうなるかは必然であった。


 そこで分相応の道に歩めればいいが、そうでないものが無理に力をふるえば、賢しい敵にその力を利用されることさえあり得る。


 例えば、悪鬼のような敵がそれだ。


 悪鬼は確かにもっとも多く、もっともポピュラーなゲマトリアと言えた。だが同時にもっとも力の振れ幅が大きく、多種にわたる力を持つことでも有名だ。有名どころを引っぱりだせば、その昔日本三大妖怪と恐れられた『酒呑童子』のような最高位の竜種に匹敵する悪鬼がいれば、生身で勝ててしまう餓鬼(がき)のようなザコもいる。


 さらに付け加えるなら、男は銃を片手に挑んでいる。とくに〈気〉を錬れていないところから見ても調律師としての火力不足を補うために使っているのは明白だ。


 さて、これらを踏まえたうえで目の前の悪鬼だが、捕まっている調律師との相性は最悪のひと言につきた。


「あの悪鬼、炎を喰って成長してる?」


 周囲の爆炎を吸い込むように胸を膨らませる姿から海斗はそう予想した。おそらく火の属性を有したゲマトリアなのだろう。こうしている間も悪鬼の体は大きく、筋肉が盛り上がっていくのが見えた。


「こりゃ、さっさとけりをつけた方がよさげだな」


 相棒がまだきていないのを確認し、一人で戦う事を決めた海斗は、面倒くさそうに首を回すと左掌に右こぶしを叩きつける。


「うし! いっちょやりますか!」


 瞬間、海斗を中心に〈気〉が爆発、突風が吹き荒れた。

 海斗は突風に指向性を持たせ、前方の炎を二つに割って悪鬼との間に道を生む。すさまじい擦過音が辺りに響いたそのすぐ直後のことだ。音を置き去りにする海斗の踏み込みによる急加速に、靴底が摩擦熱で煙をあげた。


 距離にして数十メートル。その距離を数歩で踏破し懐へもぐりこむ。

 悪鬼はまだ海斗の存在に気づいていない。手に入れた遊び道具を握り締め、勝利の悦に浸っている。己の武器である腕の一つを殺しているにもかかわらず呑気なことだ。


 ――だったら、その隙をつく!


「ッだっしゃ――らぁあ!」


 まずはあいさつ代わりに左のブロー。丹田から〈気〉のひとさじを掬い取るイメージで練り固めた一撃。この程度ではビクともしないことはわかっていた。ただ悪鬼の意識がこっちに向けばいい。その程度の先制。かくして攻撃らしい攻撃をうけたことに驚いたのか、身体を曲げた悪鬼の目が海斗を捉える。


「戦闘中に動揺してんじゃねえよ、ド素人が!」


 吐き捨て、放った左手の勢いを殺さず流れるような所作で軸足を踏み込む。振り上げた右足で男を掴む手首を蹴り飛ばす。確かな手ごたえが骨に振動を伝え、拘束されていた調律師たちが解放される。その勢いのまま悪鬼の腹を蹴って地面に線を引き後退。面を上げると遊び道具を奪われ、いたくご立腹な悪鬼の様子がよくわかった。


「来いよでぐの坊。腕は四本もいらないことを教えてやる」


 言葉の意味がわかったのか、悪鬼は大音響を轟かせながら突っ込んでくる。

 まず飛んできたのは右の二本。下の一本を蹴って反らし、上の一本は身をひねって肩を滑らせる。次に左から二本。上の一本を左掌で押し体を回転させながら捌き、最後の一本を右腕で力の限り弾いた。

弾いた瞬間、海斗の右腕がガードの取れた悪鬼の胸に添えられる。


 小さく呼気を一回。両足は巨木のように地面を踏みしめ、前進の力を螺旋運動にかえて右腕へと収束させる。同時に再度丹田より〈気〉を練りあげ、


「ぶっとべやアアアァァァ――――ッ!」


 一気に解き放った。


 インパクトの瞬間小気味いい衝撃が肩を貫くと、その反発力で二回りは大きな巨体の胴に風穴があく。限界まで口を開け白目をむく悪鬼は最後まで断末魔は上がることはなかった。力なく膝をつき音もなく消滅していく姿を海斗はただ黙って見送り、手を払った海斗は埃の舞った戦場を見つめた。


「ま、ざっとこんなもんか」


 愚痴を漏らし、いまだ消耗がひどく立ち上がれない男を一瞥する。


「なぁ、あんたこの塔の調律師だろ。ここは普段からこんなにゲマトリアの侵入を許してんのか?」


「……え? あ、いや、そんなことは……」


「あの程度で呆けてないでちゃんと喋れよ」


 不遜な物言いに自尊心を傷つけられたのか、男は眉をひそめ叫んだ。


「か、勘違いするな! 神無月様や東雲様が居れば――ッ!」


「言い訳のひと言目が他人任せって……ずいぶん情けなくないか?」


「ッ! このっ、言わせておけば!」


 遠慮も配慮もない海斗に男の沸点は一瞬で突き抜けて行った。助けられた恩も忘れて詰め寄り、はたと何かに気づく。


「待て、もしかしてお前、最近やってきた流れ者か?」


「そっちでなんて呼ばれているかとか知らないけど、最近やってきたって部分は間違ってないな」


 海斗が答えた瞬間、男の口元に嗜虐的な笑みが浮かぶ。


「なるほど、お尋ね者かよ。だったら要件はわかるよな?」


「いや全然」


 完全に優位に立ったと思い、先程の醜態も忘れふんぞり返る男に、海斗はなんでもないように白を切る。その見方によっては小バカにした態度に、優位に立ったと思ってこんでいた男の額に青筋が走る。


「ごまかそうとしてるならやめておけよ? ネタは上がってんだ」


「ネタって言われましてもね。ほんとにかいも見当がつかないんだけど」


「貴様!!」


 あっけらかんとしたもの言いを侮蔑の言葉と受け取った男の沸点は、あっけなくはち切れた。


「特災に逆らうとはいい度胸じゃねぇか! 覚悟はできてるんだろうな!!」


「いや、だからなんでお前が偉そうなんだよ」


 辟易のため息をついた時だった。複数の足音が近づく気配を感じた。


「おい! 無事か!!」


 血相をかき走ってくるのは十数人からなる集団だった。海斗は彼らがただの一般人でないことを敏感に察する。まず内包する〈気〉の量が違う。間違いなく調律師だろう。何よりの証拠はおそろいの裾の長い黒衣の襟に縫われた刺繍だ。


 剣に蔓が巻きつきつかで青い花。

 特災の術師であることを示すエンブレムである。


「……遅すぎだってのに」


 悪態をつく海斗をしり目にドロドロと人が集まりだした。おそらく何らかの方法で仲間の危機を知り駆けつけたのだろうが、ケリがついた後でワラワラ来ても滑稽でしかない。底が知れるというものだ。

 そんな海斗の心境も知らず、男は術師たちを待ってましたとばかりに迎えた。


「ああ、少々危なかったが何とかな」


 さも自分が解決したかのようにふんぞり返った。どうやら自分の業績にしてしまおうという腹積もりらしい。そして、その思惑は成功したようで、術師たちは「おお!」と一様に驚きの声をあげる。


「お前一人で解決したのか!」


「ま、まぁな」


「すごいではないか! 姫巫女様たち以外に単騎でゲマトリアを撃退できるとは……そういえばお前の名前は何というのだ? それほどの実力者相手に失礼だが、知らない顔だったのでな」


「安西拓馬だ」


「安西……古老の安西様のご嫡男ですか!? ……失礼、名前ばかりと侮っておりました。驚いた非礼をお許しください」


 途端口調が敬語となり深く頭を下げる。リーダー格らしい術師にならい、他も揃って首を垂れた。


「お、おう、気にするな」


 その態度の変わりように、戸惑いながらも満更ではないのか、大仰に頷く拓馬。どうやら都合よく実績だけいただこうという腹積もりらしい。大物ぶっているわりにずいぶん小狡い。海斗その光景を口も挟まず白けた目で見続けていた。デキの悪い三文芝居を見せられている気分だ。


「ところで、あの男は? 一般人……ではなさそうですが」


 と、リーダー格の術師の鋭い視線が海斗を射抜く。どうやら彼は拓馬と呼ばれた男よりかは『見えている』らしい。


「件の流れ者だよ。ちょうどいい、あいつを捕まえるぞ。どうやら大人しく捕まる気もないみたいだしな」


 にやりと遥か高みから蔑むように海斗をねめる。

 虎の威を借る狐。そんな言葉を思い浮かべた。

 だがいかに拓馬がゲスいとはいえ、他はそうではないらしい。


「なるほど、この巨大な気配。只者ではないようですね。……お前ら!!」


 さて、面倒なことになりそうだ。

 海斗はその当たってほしくない予感に、本日最大のため息をつくのだった。


かなりの分量になったので二つにわけましたorz

なかなか文字数が安定しなくてごめんなさい。。

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