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9 『急襲』

「バーカ、力技が得意な相手と真正面からやり合う奴がいるかよ」


 海斗は鬼の形相で落ちていく茜を呆れ顔で見送り、遠吠えが遠ざかるのを確認してからその場に座り込んだ。途端どっと疲労が押し寄せる。少なからずこうなることは予想していた。だが茜の実力は予想害だった。今更ながら冷や汗が止まらなくなる。


「たく、あれでナンバー2だと? 悪い冗談だろ」


 さすが序列二番台ってところか、とぼやき再び嘆息。一方フリッカはやり過ぎたと思ったのか、不安げに崩落個所を覗き込んで言った。


「のう海斗、あの和牛、死んでおらんだろうな?」


「落ちたって言っても下層だしな。あのクラスの調律師なら大丈夫だろ」


 数百トンの物量に難なく耐えた相手が、自由落下程度で死ぬとは考えにくい。むしろ逆鱗を引きちぎった竜のごとく怒り狂い、すぐにでも登ってきそうだから恐ろしい。


 ただ、これで間違いなく特災とは敵対することとなるだろう。

 自分で撒いた種とはいえ、先のことを思うと憂鬱になる。


「ま、何はともあれ、だ」


 ふと振り返ったのは拠点となる予定だった廃工場の残骸。


「新しい屋根付き物件探さないとな」


 とりあえず明日のことはいい。とにかく今は新しい住処を探して休んでしまいたい。再び家なし子になった海斗は悲観と悲壮で色彩のなくなった瞳で、魂の漏れそうなため息をつく。


 戦闘の熱気を海風が攫う。肌を撫でる塩気がべとつき、首筋を羽で撫でられるような気持ちの悪さを覚えた。


「――っ!!」


 ふいに襲った悪寒に、海斗は手近にあった鍋の残骸を投擲した。

 だが放物線を描く鍋は途中で真っ二つに割れる。謎の攻撃はそれでは止まらない。大きく後方へ跳んだ海斗達がいた個所を斬り裂き、




 フォン――という風切音のあと、その延長線上。

 バビロンを形成するブロックの一部が斜めに分断した。




「なっ!?」


 住居区画の一部だったのだろう、遠くに悲鳴がいくつも上がる。冗談のように鋭利な切り口を残し、ゆっくり断面にそって滑り落ちるブロック。あたかもダルマ落としのように落下し、海面に叩きつけられ藻屑となり消えて行った。


 落下する破片に人型の何かが混じっていたが、海斗たちに彼らを助ける暇も心配する余裕もない。今目を逸らせば瞬きの間に首と胴が永遠の別れをすると理解していた。凶刃を放った主は上空にいた。その姿を見た海斗は愕然と呟いた。


「おいおい……マジかよ!?」


 信じられない光景に海斗は思わず喚く。

 炎の翼を広げる巨鳥が飛んでいた。嘴から紅蓮の炎を漏らし、胴体は燃える松明でできた怪鳥。それは神話の世界だけで許される生物としてはあり得ない造形をした生物。

間違いなく敵にするには最悪の部類に入る脅威が目の前にいた。


「幻獣種だぁ?! いくらなんでも大物過ぎんだろっ!」


「カイト避けぃ!」


 焦りの声に確認もとらず地面を転がる。再び凶刃が襲ったのはそのすぐ後だった。

 攻撃の軌跡をたどる。怪鳥の背にそれはいた。

 (いたち)だ。

 半透明の風を纏い緑の体毛と鋭く赤い瞳。両前足の鎌を見て不可視の斬撃がフラッシュバックする。あまりに有名すぎるシルエット。思い浮かんだ名に渋面を作る。


 ――鎌鼬(かまいたち)。幻獣種の強力なゲマトリア。


「くっ!」


 再び力の収束する気配に拳へ〈気〉を集中させる。

 裏拳気味にはなった一撃が飛んできた風の斬撃と接触。風を潰した物の後方へ弾かれた海斗は、地面に着地すると上空を睨みつけた。


「幻獣種が二体討伐ってか? ちょっとハードクエストすぎやしませんかね?」


「現実逃避してるでない! 次が来るぞ!」


 今度は火球の乱舞が迫る。火力こそ茜のものには及ばないがとにかく量が多い。弾幕はほとんど壁となって襲いかかる。海斗は避けることを諦め短く息を吸って攻撃を『読む』。

 その間コンマ数秒。戦闘の中払った犠牲としては安くない。


「フリッカ! 後ろに回れ!」


「うむ!」


 それだけの時間を費やした結果が海斗の体表面に銀色の膜となって視覚化され――接触。火球はの壁は海斗に触れた場所だけ消滅し後方のすべてを薙ぎ払う。


「――プハァ!! クッソしんどい! やっぱりゲマトリアと力比べなんてするもんじゃねぇな!」


 反抵抗術式(デスペルアクセス)で無力化し咳き込んだ。

 いくら破格の潜在能力を持つ海斗でも所詮は人間である。体力では絶対にゲマトリアには敵わない。攻撃をいちいち打ち消していては体がいくつあっても持たないのだ。 なんとか不意打ちの動揺から立て直し、海斗たちは改めて二体の幻獣種と対峙する。


「……なぁフリッカ。お前、あいつらの接近に気づいたか?」


「気づいておったらこんな無様はさらさんわ」


 その返答は半ば予想していた。だが、ならばなおさら理解できない。

 目の前の敵はお世辞にもザコではない。むしろ一匹でもバビロンそのものを細切れにできるしドデカいキャンドルにもできるだろう。そんな化物に気づけなかった……いや、スミスに『近接戦バカ』と言われている海斗であればありえないこともなかったかもしれない。


 だが、フリッカまでまったく気づいていなかった。

 ありえない、あってはならないことである。


(……うし、逃げるか)


 海斗が白旗を上げるまでさほど時間はかからなかった。あまりにも敵の存在が気味悪すぎる。討伐するにせよ準備が必要だ。そう言おうと相棒へ振り返った。


「……気にいらんのぉ」


 低い声でフリッカが呟く。その視線は高みから見下ろす二体のゲマトリアに注がれていた。ふと、嫌な予感が襲う。この何気にプライドの高い彼女が出し抜かれたのだ。ならば次に何をするのかくらい簡単に察することができる。


「おい待てフリッカ――」


 静止の声あげた直後――海斗の脇を旋風が疾走していく。

 気づいたときにはすでにフリッカの姿は虚空にあった。ひと息で肉薄したフリッカが怪鳥めがけて蹴りを叩きこむ。鈍い音が響き錐もみしながら墜落。間違いないクリーンヒット。だがフリッカは顔をしかめ、


「む? なんじゃ今の手ごたえ?」


「バッカ野郎ッ、相手は幻獣種だぞ!」


 直後、炎の渦がフリッカを飲み込んだ。炎と風、二体の幻獣種が作る火災旋風は容赦なく焼きながら切り刻み、最後はボロ雑巾のように宙に放り投げられる。


「フリッカっ!」


「くっ! 安心せい、辛うじて無事じゃ」


 クルクルと回り姿勢を整えるフリッカ。しかし着地の瞬間たたらを踏んで尻餅をつく。

フリッカはその見た目に反して、海斗以上に頑丈だ。証拠に、ボロボロになった服から覗く肌は、想像していたより遥かに傷は浅い。

 だがそれでもダメージはあるようだ。銀髪の間からひとすじ血が線を引き、不敵な笑みを浮かべる口元で同じ赤い舌が舐めとる。


「カッカッ! 見た目によらず硬いのぅ。やるではないか、焼き鳥に風ネズミめ」


「硬いんじゃない、〝纏い〟で防がれてんだよ」


 幻獣種クラスが相手の場合もっとも厄介なのはその攻撃力ではない。常時体表面を覆う〝纏い〟の鎧だ。反抵抗術式(デスペルアクセス)のような変則的手段がない場合、真っ向から突破できる火力で叩くしか削る方法のないそれに、フリッカの蹴りは阻まれたのだろう。とはいえ、猪笹王の巨体を蹴りあげた健脚である。それをまともに喰らって無傷なのは驚きだった。


 装甲しているうちにフリッカは瓦礫の中から鉄骨を引き抜き両手に一本ずつ扇のように構えたる。猫科の猛獣が獲物に跳びかかる前動作のように腰を落とす姿はどこまでも好戦的で、やる気満々といったご様子。


「ま、待て待て待て待て! 何むきになってんだよ! いいから逃げるぞ!」


「嫌じゃ!」


「はあぁぁぁっっ!?」


 まさかの駄々っ子に素っ頓狂な声が上がる。


「嫌じゃ! ワシは相手がゲマトリアであるなら絶対に負けん!」


「なっ! おい、なに言って――」


「負けてはいかんのじゃ! でなければ、カイトに愛想をつかれるではないか! それだけは嫌なのじゃ!」 


「……」


 悲壮ともとれる物言いに、何をこだわっているのか察する。


「カイトがやっと見つけた才能をダメにしているのじゃ。ワシのために殺してしまっておるのじゃ。なら、ワシがそれ以上に働かんでどうするか!!」


「ッ! バカ野郎! んなこと気にしてんな!」


 海斗歯まさかいまだにそんなことを気にしていたとは思ってもおらず動揺する。本当ならしっかり語り聞かせてやりたいところだが状況がそれを許さない。


 すでに二度の戦闘により廃工場周辺はいつブロックごと倒壊してもいいほど破壊つくされていた。逃げ場どころか立つ場所すら難儀する状況である。そんな中、二体のゲマトリアめがけて風と熱が収束する気配を察する。次で決めるつもりなのだろう。

 淡い希望は判断を鈍らせる。海斗は冷静に、状況を見つめ、生き残る道筋を探し、


「……チッ」


 探して、絶望した。

 ――ない。逃げ道は、なかった。


 突風と熱波が襲いかかる。咄嗟に後ろを向きフリッカの小さな体を抱きしめる海斗。突撃しようと身構えていたフリッカは、相棒の突然の暴挙に「カ、カイト!?」と驚きの声を上げ動揺した。その隙に地面へ押し倒す。


 倒れたその背に炎と風の刃が襲う。

 切り、圧迫(あっぱく)し、刻み、焼き、押しつぶす。


「カイト! 主何をしておる! 退()けッ! 退かぬかッ!!」


 滅多に見ることのできない焦りと泣きそうな顔をしたフリッカは、こんな状況であっても目が覚めるほど美しい。おかげで意識を失わずに済んだ。


 しかし、それも時間の問題で、声が遠のく、感覚が遠のく、意識が遠のく。

 目の前には海斗の血で汚れた銀髪と涙に溢れるワインレッド。


 そして、慌ただしい足音を最後に、海斗はその意識を暗転させた。

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