プロローグ
「てるてる坊主てる坊主 明日天気にしておくれ〜♪ ……あれ、続き何だっけ?」
「そんなの僕に聞かないでよ……それに、どうしても明日晴れじゃなきゃダメだって訳でも無いだろ?」
てるてる坊主は天気を晴れにしたら金の鈴と甘いお酒がもらえるが、雨にしてしまったら首をチョン切られるという、全く持って割に合わない職業(?)である。
俺の家の窓枠に不運にもてるてる坊主職についてしまった古い布切れとティッシュペーパー達に同情を感じながら俺は窓枠を見上げる。少しだけ悲しげな表情から明日は雨になるかな……嫌な事が起きそうだと推測しながら……
「明日晴れると良いね」
「別に僕はどっちでも良いよ雨も晴れも好きだし……あ、でも雨になったら首をちょん切られ
るんだよね? だったら晴れの方が良いかなぁ……」
「うん、そうだね。あ、もうこんな時間っ! 帰らなきゃっ」
「バイバイ。また明日ね」
「うん……バイバイ……さよなら。そのてるてる坊主、私と同じくらい大事に持って無いとダメだからねっ」
ただ、ほんの少しだけ家が近くて、母親同士が仲が良くて、ほんの少しだけ僕が彼女に好意を抱いていて……ただ、失いたくなかった……それが僕、安藤真夜と彼女、朝倉小朝の偶然の出会い。そして、運命の出会い……
翌休日の朝、俺は自分の母親に起こされた。いつもなら休日は自分の好きな時間まで寝てても起こされないのに外は雨が降り続いていた。
「首をちょん切るぞ……か」
「朝から何を縁起でも無い事言ってんのっ! 早く起きないと小朝ちゃん達行っちゃうわよ?」
「へ? 行っちゃう? えっと、何か外出の用事あったっけ?」
「またまた……悲しいのは判るけど冗談行って無いで小朝ちゃんのお家に行ってらっしゃいな。きっと真夜に会いたがってるわよ」
僕は?マークを頭の中に乱舞させながら小朝の家に行く事になった。
自分の部屋で服を着替えて窓枠にぶら下がった2つのてるてる坊主をズボンのベルト通しにくくり付けてからカサを片手に家を出た。家の前を引越業者の大型トラックが通過して行った。
嫌な想像を頭の中に巡らせながら僕はカサなんて放り捨てて全力疾走していた。
「小朝っ!」
雨の日は何故かネガティブ思考になるし、嫌な予想はことごとく的中する物だ。僕が小朝の家に到着した頃には大型トラックの第一便が出発する所だった。
「マヤ……くん? お父さん、ちょっとマヤくんと遊んで来ても良いかな?」
「あぁ……出発まで後3時間あるからね。最後に行ってくると良いよ」
僕は小朝に連れられて少しだけ小朝の家から離れた所まで歩いた。
「小朝……最後って……僕が母さんから聞かなかったら僕に何も言わず出て行くつもりだったのか?」
「私はどこにも行かないよ? 私と言う実体はいなくなるけど私と言う存在はマヤくんの記憶と、そのてるてる坊主に宿るから」
「そんな哲学ぶった事聞いてるんじゃ無いんだよっ!」
「辛いなら私の事を忘れてくれても良いから……今だけは、今だけは笑って見送ってよ……お願いだから……」
「笑って……出来る訳無いだろ忘れられる訳無いだろっ! 小朝は俺にとって初めての……っ!」
俺の言葉を遮るかの様に小朝の指が俺の口に触れる。これ以上何も言わないでと言わんばかりの行動だった。
「マヤくんが俺って言うと少しだけカッコ良いね。判ってるよ……でも、今は言わないで欲しいな。ここに、心は置いて行きたく無いの。思い出だけ残したいから。だって、私達が高校生くらいになったら、また会えると思うから……」
「俺を……10年近くも縛り続けるのか……」
「マヤくんがそれを望むなら……ね」
俺は少しだけ無言になってから持っていたてるてる坊主の内一つを小朝に放り投げた。
「お前に貸す。10年以内に返しに来い。10年経過したら利息付くからな。絶対返しに来いよ。一日百円だからなっ」
「うん。絶対返しに行くよ」
「俺は小朝の事……絶対忘れねぇからっ!」
「そろそろ良いかな小朝……」
「あ、お父さん……バイバイ、じゃなくてまた会おうねマヤくん……」
俺はその場から一歩も動く事が出来なかった。ただ、地面に座り込み血が出ているのを忘れる程にアスファルトの地面を殴り続ける事しか出来なかった。
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
この叫びが小朝に聞こえたのかは判らない。それでも関係無く雨は降り続け何も変わらない。小さな俺がいくら叫んだ所で朝と夜が一緒になる事なんて……ありえないんだ。