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『その記憶はどこから?』  ラブ格

目が覚めるとそこは全く知らない場所だった。ここがどこなのか、どうしてここにいるかもわからない。

「いっ……」

 頭に謎の痛みが走る。ふと手を見ると右手は包帯がぐるぐると巻きつかれている。おそらく頭にも包帯が巻かれているのだろう。ここまで冷静に考えても何故自分がこのような状態になったのか全く覚えていない。何故ここにいて、このようなボロボロな姿でいるのか、もっと言えば自分が誰なのかすら覚えていない。所謂記憶喪失というものかと冷静に落ち着いている。


「あっ! 目が覚めたんですね。先生を呼んできます」

 専属のナースさんだろうか。ぱたぱたとスリッパの音を鳴らしながらどこかに行ってしまった。先生を呼んでくるということなのでそれまではゆっくりと今いる状況をまとめるとしよう。



「起きたみたいだね、どうだい気分は?」

「うーん、最悪ですね。まずここがどこかも自分が誰なのかもわかりません」

「事故の時、頭を打ったみたいなのでそのショックでしょうか。無事回復することを祈ります」



 医者の話を言う限りこうである。僕は交通事故にあったらしい。どうして事故に合ったかは医者の方は知らなかったらしいが、全身打った時に腕を骨折したらしい。その時頭も打ったみたいでそれが原因で記憶が飛んでいるみたいである。


「今日は天気がいいので散歩でもしたらいかがですか? 入口の方に花壇やちょっとした畑があるのでぜひ見てみてください」

「ありがとうございます、行ってみます」

 不幸中の幸いだろうか、足に特に大きな怪我がなかったので自由には動ける。退屈な入院生活にならないことが唯一の救いだ。院内の案内を頼りに噂の花壇に向かった。



「うっ……眩しいな」

 いったい何日間寝てたのかわからないが、数日ぶりに太陽光を浴びた気がする。瞼の奥がじーんとする感覚を覚えながら花壇を探し歩く。かなりの日数起きなかったのかそれが原因なのかわからないが、少し歩きづらさを感じていた。筋肉が落ちたせいなのだろうか。



 そんなことを考えていると花壇を歩き終わり、小さな畑に着く。そこには車いすの少女がいた。

「えっと……こんにちは」

 車いすのということで振り向けないだろうし、車いすの右側に歩みながら話かける。

「こんにちは、えっとはじめましてですよね?」

「そうですよ、入院して今日目が覚めたもので」

彼女の方に目を向けると彼女の目線はこちらに向いてはいなかった。彼女の目線の先にはピーマンのような緑な野菜が実っていた。

「質問があるんですがいいですか?」

 車いすの少女がこちらに視線を向けながら話をかけてきた。

「ええ、僕が答えられることならお答えしますよ」

「ピーマンってどうやって実るかご存じですか?」

 なんだこの突拍子もない質問はと思いつつも思考をめぐらせていく。どのようにして実っていたかうっすらと覚えがある。自分の名前は忘れて自分がどんな人物かは忘れたのにこういうしょうもないことは覚えているのかと内心笑ってしまう。

「たぶんトマトみたいに枝から生える形で実るんじゃないかな」

「そうなんですね、詳しいですね。そこでさらに質問なんですが、ピーマンの中の空気っていったいどこから生まれているのでしょう?」

「ああそれはな……んっちょっと待て」

 今どうしてぱっと答えようとしたんだ、どうして俺はピーマンについてこんなに詳しいんだ?このような疑問が頭の中を駆け巡っている。もしかして自分はピーマンの研究者か何かだったのか。

「えっと、どうかしたんですか? 続きは?」

「あっ……あぁ、それはな気孔っていう目に見えない穴があってそこから空気が入ってピーマンの中に充満されていくんだよ」

 やっぱり普通の人は知らないことを僕は知っているようだ。こんな知識だけあってもおそらく無駄なだけだろうに……。

「へぇ! そうなんですね。ピーマンについて詳しいのですね」

 車いすの少女は無邪気に笑っている。僕は心の中で自分の境遇に笑っている。

「あの、お名前は何とおっしゃるのですか?」

「あー……事故のせいで記憶喪失でさ、覚えてないんだよね名前」

「あらそうでしたか、すみません。ですが、名前は覚えてないのにピーマンのことは詳しいなんて面白い方ですね」

 少女はくすくす笑っている。何が楽しいのかさっぱりだが、僕も自然に笑っていた。記憶はほぼない、自分が誰だか分らないのにどうにかなりそうな気さえしてくる。


もうじきナースが僕を呼びに来るだろうか、散歩を勧めてくれた時に、今日は警察の方がお昼過ぎに事故の真相を教えにきてくれると言っていた。そろそろ時間だろう。

僕がどんな人か、警察の方が教えてくれないと僕はこのままピーマンについて詳しいだけの人になってしまうな。


 そんなことを考えながら僕は彼女とピーマンを眺めていた。


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