『イエローの笑顔は曇らない』 ittsu-
そろそろ潮時かな、なんて考えていた。
中学時代は文字通り地獄の日々だったし、高校生活も一年余りが過ぎたが、楽しいことなんて何一つ起きない、ただただ退屈な日々の繰り返しだ。
義務教育課程を終えた後の勉強とやらも、「こんなものか」と思えるほどのものだったし、今まで何となく過ごしてきた人生の中で、興味をそそられるようなものには結局出会えなかった。
『もし私が神だったら、私は青春を人生の終わりにおいただろう』
先人の方もこう仰っているのだ。その楽しいはずの青春時代、即ち俺にとっての今がこの程度だ。これから先の将来にも、どうやら希望は持てそうにない。
それならば、自分の人生だ、自分の手で幕を降ろそう。
誰もいなくなった夜の教室へと忍び込む。予め用意しておいた首吊り用の縄を天井にセットする。机の上に乗り、縄で作った輪に首を通す。
あとは、この机から飛び降りれば終了だ。多少は苦しいだろうが、そのあとすぐに楽になれる。
こんな人生でも一応最期は最期だ。辞世の句でも詠んでおくか。俺が上の句の制作に取り掛かったその時。
ガラッ。
突如、閉めておいたはずの扉が開いたかと思うと、
「ダメーーーッ!」
入ってきた女性に、全力で突進された。
「ぅわっ! ちょ、ちょっと!」
突撃を受けた俺の両脚は、見事に机の上から突き落とされ、第三者の介入を得た首吊り自殺が開始される。
「あぁッ! ダメって言ったのにッ!」
俺を突き落した張本人であるその女性は、慌てながらも素早く、俺がつい先ほどまで立っていた机の上に飛び上る。
「待っててッ! 今助けるからねッ!」
グィッ! グイッ! グイグイッ!
そして今現在俺の首を絞めている縄を手に取ると、力の限りに引っ張り、俺の首を更にきつく締め上げ、俺の自殺の協力に加わる。
俺の天国へのカウントダウンが始まる。
「おりゃあああッ!」
縄を引っ張り、自分の手元に引き寄せた彼女は、威勢の良い声と共に、両手で縄を固く握りしめる。何やら念を送っているようだが。
「あれッ? あれッ! なかなか燃えないッ!」
一体何をしているのだろうか、この人は……。
その謎の行動を諦めると、今度は俺の首が通っている輪っかの部分の結び目を引っ張ってきた。しかし、
「あれッ? あれッ! 固くて解けないッ!」
そりゃそうだろう。俺の首を絞めている真っ最中なのだから。
俺の視界に綺麗な川が見え始める。これが三途の川かぁ……って!
「ぅあああああぁぁぁっ!」
「きゃあッ!」
尚も縄を引っ張っていた彼女を突き飛ばし、ポケットに入れていた鋏を取り出し、最後の力を振り絞り、縄を断ち切ることに成功する。
何とか呼吸を整え、隣に倒れている女性の方を向く。
「……っ! 殺す気ですか!」
「死ぬ気だったじゃんッ!」
文字通り完璧な返しに、一瞬言葉に詰まる。だが、殺してくれと言われたからといって、人を殺していいはずがない。自殺しようとしている人がいるからと言って、その自殺の手助けを率先的にしようとなんてする、優しいのか優しくないのか訳のわからない人間に刃向わずになどいられようか。いや、いられない! 俺は断固抗議する!
「何なんですか! いきなり現れて俺を死なせようとするなんて! 俺の孤独な時間を返してください! 俺のクールなキャラ付けを返してください! 俺の一瞬浮かんだ上の句を返してください!」
「上の句ッ? 何の話してるの? それに私は君を死なせようとなんてしてないよッ?」
「思いっきり、首絞めてたじゃないですか!」
「あれは不慮の事故だってッ!」
「あーもう埒が明かない! てか誰ですか貴方は!」
「私ッ? ふっふっふッ! 私はねッ!」
そういうといきなり立ち上がり、何やらポーズを決め始める。どうやら本当にヤバい人らしい。
「正義のヒーロー、レッド! 貴方を助けるために参上しましたッ!」
こんなのを夜中の学校に忍び込ませるなんて、一体警備のおじさんは何をしているのだろうか。いや俺も人のことは言えないのだが。
「正義のヒーローさんが、自殺の手助けですか。ヒーローが聞いて呆れますよ」
「だから違うってッ! 私は君を殺そうとする、君から救うためにここに来ましたッ! ちょっとだけ失敗はしちゃったけど……」
あれがちょっとの失敗なのだとしたら、この人の言う大失敗は廻り回って成功なのではないか、とかいう疑問は置いておくとして。
「……もしかして、どこかの施設の関係者ですか? それとも誰かから頼まれてきたとか?」
「ギクッ!」
「自分で口からギクッなんていう人初めて見ましたよ……。なるほど、そういうことですか。こんな夜遅くまでご苦労様です」
「いえいえー、あははは…………ッ。」
彼女は、戸惑いを隠しきれず、苦笑いを続けている。
「…………それじゃ、今日のところはこの辺で失礼しますね。もう自殺するような気分にもなれないし、なにより貴方がいると、まともな死に方させてくれそうにありませんからね」
「…………ねえ。何で自殺なんかしようとするの? 生きていれば楽しいことや嬉しいこと、良いことたくさんあるんだよッ?」
「そういうの、もうどうでもいいんですよ。貴方に何が分かるんですか。少なくとも、俺のこれまでの人生、良いことなんて、これっぽっちもありませんでしたよ。だから、これから先生きていたって……」
「そんなことないよッ! これまで良いことがなかったって、これからもないなんてこと、絶対にないよッ! ……だから、自分で自分の人生を諦めて、自分で勝手に終わらせようとなんてしないで。そうだッ! 笑顔が大事だよッ! 笑顔でいれば、この世のことは大抵どうにかなるんだよッ!」
そういうと、彼女はまた俺に突進してきて、無理やり両頬を摘んで、笑顔を作らせようとしてくる。
「ほらほら、キープザスマイルッ!」
自分も満面の笑みを作りながら。その笑顔に無性に腹が立ち。
「触んなよッ!」
強くその手を払いのける。
「貴方の考えは分かりました。それでも俺は絶対に自殺をやめません。どうせこれからも止めに入りに来るんですよね? せいぜい頑張ってください。それじゃ」
「うんッ! 分かったッ! これから宜しくねッ!」
最後まで笑顔を崩さず、彼女はそう応える。
その日から、俺と彼女、二人っきりの、自殺攻防戦が繰り広げられていくことになる。