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『アップタウンのバーで 』 Jericho941R

 4年前の2002年、ヴィクター・ホーンはデトロイトからこの街へやって来た。彼はミドルスクールのころから様々な犯罪行為に手を染めていた札付きのワルだ。何故彼がデトロイトからこのニューヨークへ来たのかと言うと風紀課の刑事の家に押し込みをやってしまったからだ。つまり、しくじったのである。彼は今まで重罪になるようなことを仕出かした事は無かったが刑事の家に押し込みをしてしまったと言うのは酷いミスだ。ある事ないこと押し付けられて一生、若しくは同じ期間豚箱に押し込められると思った彼は命からがらデトロイトからニューヨークへ逃げ出した。別の州で、尚且つ人口が密集しているごみごみとした街のほうが身を隠しやすいと思ったからだ。アムトラックに無賃乗車して彼は思った。 

(簡単に捕まってやるかよポリ公め。)

 彼は、ほとぼりが完全に冷めるまでこの街に居ようと思った。彼はこの数年、名前や経歴不問の仕事につき、これまた素性不問の家賃が異常に安い薄汚いブロンクスはエルダーのアパートに住み着いた。アパートのオーナーの一般人ならざる凄味の効いた人相がその驚異的な値段の理由を物語っていた。自分の部屋の上から喘ぎ声が聞こえるのは良いとして、二つ隣の部屋の住民が殺されたときは酷かった。夜半、銃声が聞こえ、男たちが隣の部屋の男を運び出した。偶々その光景を見たヴィクターは男達から散々口外するなと脅しつけられ300ドルを渡された。

 その日、彼はスパニッシュ・ハーレムのバーに立ち寄った。

 彼はまずカウンターに座り店員にハイネケンを頼んだ。瓶の半分まで一気にビールを呷ると、彼はカウンターの一番奥にこの店にどう見ても似つかわしくない人物を見つけた。ソイツは綺麗なオックスフォードシャツにジーンズをはいた白人青年だった。ベロベロに酔っているようだが、どう考えてもここにいるべき人物ではないし、いくら酔っていてもここに来るような人物でもない。プエルトリコ系とガラの悪い白人や堅気に見えない黒人だらけのこの店では彼の綺麗なシャツは明らかに浮いていた。最近このスパニッシュ・ハーレムにも高級商店街から少しずつ店などが移ってきていたが、ここはスパニッシュ・ハーレム一治安が悪い一帯だった。ヴィクターはその青年が気になって気になって仕方がない。

 彼はたまらず彼の近くの席に乱暴に座って彼に話しかけた。

「おい小僧、ここは手前みたいななよなよしたゲイ野郎の来る処じゃねぇ。酷ぇ目に会いたくなきゃダウンタウンにでも行きやがれ。」

 青年は気の抜けた声で返事する。

「ああ、そうだね。店員からもそう言われたしほかの客からもそう言われたさ。でもいいんだ。僕はその酷い目に会いに来たのだから……。」

 ヴィクターは訳が分からなくなって青年に何故ここに来たのかその顛末を聞いた。

 学生はコロンビア大学に在籍していて名前をヘンリー・ホールトンと言った。

彼には恋人がいた。所がその恋人は実は飛んでもない尻軽女のジャンキーだった。彼がそのことに気付いたのは付き合い始めて三年目の事だった。

 彼はその事を彼女に問い詰めた。

 彼女はその事を悪びれもせず、開き直り、寧ろ彼を意気地なしのゲイと口汚く罵った。

 彼は思わず彼女を殴ってしまった。

 翌日彼女は屈強な彼氏を連れて彼を叩きのめした。その間彼女は彼の事を再び罵った。

「あなたのそのなよなよした所が本当に嫌いよ。吐き気がするわ。」

 翌日、彼は彼女と彼女の彼氏を殺した。

 車の中でいちゃついていた所を手斧で切り刻んでやったのだった。

二人を殺した後、しばらく彼は放心していた。そしてその後、想像を絶する後悔と罪悪感が彼を襲った。彼はどうしようもなく、父親に人を殺したことを伝えた。彼の父親はどうも有力者らしく、周りには知られてはマズいこの殺しをただの物取りが殺したかのように偽装した。

 だが、そのことが彼を苦しめた。

 彼は一か月もの間このことに悩まされ続けて今日のこの危険極まりない行動に至ったのだった。

 話し終えた彼は持っていたグラスに入っていたゴッドマザーを一気に飲み干した。

「有難う。気が晴れたよ。僕は明日、自首してくる。」

 そういうと彼はふらつく足で店を出ようとした。彼の話を聞いて、何だかいたたまれなくなったヴィクターは彼を家まで送ることにした。彼の家はブルックリンに在るらしいので二人は近くの地下鉄の駅まで歩くことにした。駅まであと1ブロックという所まで来た時だった。突然暴走運転のSUVがヘンリーの体を宙に舞わせた。彼は5フィートほど宙に舞ってSUVのバンパーに落ちた。

彼はMt.サイナイ病院に運び込まれたが間もなく息を引き取った。ヴィクターは警察に自分の身元がばれるとまずいので、途中で姿をくらますしかなかった。

 後に彼は事件の詳細を新聞で知った。SUVに乗っていた男はトリップしていたらしい。ひょっとしたら彼の悪事がばれて、スキャンダルになることを恐れた彼の親父が彼を殺したのではと言う考えがヴィクターの頭に浮かんだがこれ以上いやな気分になりたくないと思ったヴィクターはこのことについて考えるのをやめた。

 事件の三週間後、ヴィクターは冬のブルックリンブリッジの上で飲んだくれていた。

 彼はふと、三週間ほど前に会った青年について思い出す。そしてヘンリーの魂は無事煉獄へ行けたのかと、ふと疑問に思った。ひょっとしたら彼は未練が残ってこの世にとどまり続けているのだろうか。それとも天国にも地獄にも、煉獄にも行けずに未だに遍獄を彷徨っているのだろうか……彼は鈍感で最後まで運に見放されていた若者が最後に見せた笑顔を思い出す。そしてヴィクターは無事に彼が行くべき所へ行くことを神に祈り、彼への手向けとして、飲んでいた残りのウィスキーをイースト川に注いだ。

ウィスキーは夜のマンハッタンを映しているイースト川に溶け込んで、消えてゆく。

 旭日がダウンタウンのビルの隙間から登って行く。

太陽の光がエンパイアステートビルを照らす。

 そして今日もこの世界最大の都市の中で、様々な人々が思いや悩みを抱いて今日を生きるのだろう。

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