薬
ボクは不眠症でとても苦しんでいる。
いくつかの病院をまわってみたが、どうも身体に合わないらしく、殆どが眠れない薬だった。
これでは効かない薬が増えていく一方で、お金が消えていく一方だ。
ボクは頭をかかえて悩み、今日も眠れない。
ある日、ボクの不眠症のことを知った祖母が、彼女のかかりつけの医師を紹介してくれた。
また効かない薬が増えるのではと暗い気持ちになりながらも、その医師のところへ行くことにした。
医師のもとへ行くと、こちらからは何も口にしていないのに、不眠症ですねと優しい声で言われる。目の下のクマがいつもひどいから、それで当てられたのだろう。
書類ではなく、ボクの顔だけを見てくれる医師は初めてだった。
「採血をさせてください」
一通りの問診を終えると、医師はそう口にする。
何か悪い病気なのでしょうかと俯いて聞くと、そうではないと優しい声で言われた。
ボクは安心して顔をあげる。
「明日また来てください」
今日は薬が出ないらしい。
何か特別な薬でないと、この不眠症は治らないのだろうか。
他の病院で治らなかったのだ。きっとそうなのだろうと思い、次の日に薬を取りにいった。
もらってきたカプセル状の薬を飲むと、不思議とよく眠ることができた。
やっと自分に合った薬が見つかったのだと、とても晴れ晴れとした気持ちになりながら、毎晩その薬を飲んで眠りについた。
これでやっと仕事に集中できる。そんなことも考えながら。
ついうっかりと、日の当たる場所に薬をひとつ置いたまま、忘れて仕事に来てしまった。高温になるところでは保存しないようにと、あれほどあの優しい声で注意されていたのに。
早々と仕事を片付けて家へ帰る。
悪いことに、置いていた薬は溶けてしまっていた。
中に入っていたものは液体だったようで、赤黒いものが広がっていた。
溶けてしまった薬を片付けながら、そのにおいに、何となく覚えがあるような気がする。
これは何のにおいだっただろう。
ボクはこの薬が何なのか分かってしまったようだ。分からない方が良かったと思いつつ、また薬をもらいにあの医師のもとへ行く。
「採血をさせてください」
一通りの問診を終えると、優しい声で医師は言う。
ボクは腕を差し出すほか無かった。