森の主を訪ねて
数分の後、二人は森の前に立っていました。
「ここが、ケニスの森かぁ……」
「来るのは初めてですか?」
「話くらいしか聞いたことないですね。僕は怖がりだし……」
黒塔守はハルの頭をなでると、小さな声で何かつぶやきました。
「夜の国に伝わるまじないです。あなたのことは、このまじないが守ってくれるでしょう」
「ありがとうございます! それじゃ、行きましょう!」
ハルの言葉に、黒塔守は首を横に振りました。
「いえ、私は行きません。王都への途中には町があるんですね?」
「は、はい……。そうですけど……。このあたりに」
ハルは黒塔守の出した地図の、町のあたりを指さします。黒塔守はそれを確認すると、地図をしまいます。
「一度そこに行って荷物を預けてこようと思います。……また戻ってきますから」
ここからひとりで森に。しかも森には狼がいます。そう考えただけで震えだしてしまいますが、薬の情報をを手に入れ、はやく薬を見つけることができれば家に帰れるのです。
「…………わかりました」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。……大丈夫だと思います」
きっと家では母が頑張っています。それにハルは貴族の息子。王にクルイク地方を任されたハイマ家の一人息子として、将来父の後を継がなければいけません。こんなところで怖がっていられない、しっかりしなくちゃと自分を奮い立たせます。
「それでは、どうかご無事で」
「はい!」
黒塔守が馬を連れて去っていくと、ハルは森に踏み入れました。木が日の光を遮り、薄暗い森はハルを怖がらせます。
「なんにもいない……?」
森に入って少し経ちましたが、動物を全く見かけません。自分以外の音がないような気すらします。
そのとき、遠くから飛んでくるものがありました。
「っうわ!」
飛んできた何かはハルのすぐ横を通り、木の幹が刺さりました。見ると、矢のようです。
「なに……? だ、誰だ!」
返事はなく、ただもう一度矢が飛んできます。幸いハルに当たることはありませんでした。矢が当たらないとわかったのか、遠くで木が揺れる音がします。
突然、目の前に人が現れ、ハルの腹に鈍い痛みが走りました。木の上から現れた少女の蹴りを受けて、そのまま倒れこみました。
「いったた……。あれ、君は?」
現れた少女は、倒れたままのハルの言葉にこたえることはなく、掴み掛ります。
「あんた。なにしにこの森にきたのよ」
「え? どうしてそんなこときくの?」
少女は黙って手の力を強めます。
「いたた、痛いよ。僕はこの森の狼に会いに来たんだ。いろんなことを知ってるって教えてもらって」
「なんのためよ。こたえなさい」
ハルは必死でこたえました。少女の腰に白いナイフを見つけてしまったからです。
「僕の住んでる町で病気が流行ってるんだ。もうすぐクルイク地方に広がると思う。だからその前に病気について調べて、薬を手に入れなくちゃいけないんだ。もしかしたら病気について知ってるかも知ってるかもしれないって聞いたんだ」
「へぇ。どうでもいいわ、そんなこと。死にたくなければ帰りなさい。あんたなんかに会わせられないわ」
少女はハルから手を離し、立ち上がると森の奥に去ろうとします。ハルはなんとか立ち上がると、少女を引き留めます。
「森の狼の居場所を知ってるの? お願い、僕を連れてってください」
「あんた、なんでそんなに必死なの? ただの病気でしょ」
「そうだけど、薬がないとみんな大変なんだ。父上もずっと寝たきりだし……」
少女は溜息をついて、ただ言いました。
「……好きにすれば。この道をまっすぐ行きなさい」
「い、いいの?」
「だめだと思うなら帰れば」
少女は、少しハルをにらむと森の奥に去って行きました。その様子をただぼーっと見ていたハルは、土を軽く払うと少女に言われた通り歩き出しました。
そして、そのしばらく後。
「……まっすぐって言ってたけど。どうしたらいいんだろう……」
ハルは、森の分かれ道にたどり着きました。Y字にわかれた道にまっすぐなんてありません。しかも、どちらも似たような道でした。
「こ、こうなったら……」
ハルは道の片方を指さします。ハルは真剣な眼差しでもう片方の道を指さし、そしてまた片方の道を指さします。
「ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な!」
ハルの指は右の道をさしました。そっち側に進むことにします。何か変だったら戻ってこよう、そう思いました。
「……あれ」
また分かれ道がハルの足を止めます。でも、今回の道は片方に大きな木の根があります。……むしろ、道自体が木の根のよう。
「うーん。よし、木のほうにしよう」
ハルは木の根の上を慎重に歩いていきます。急に左右の木々が途切れ、視界が開けました。その光景に、ハルは息をのみました。
「わぁ……!」