黒の守り人
町は静まり返っていました。町の人の多くが眠ってしまっているのだから当然です。まだ眠らない町の人も、どこかのろのろとしていました。
「……はぁ。どこにいるのかな」
最初こそ走り回っていたハルも、花壇に腰かけて溜息をつきます。今頃母上は旅の支度をしているでしょう。母の頼みを引き受けたことを少し後悔しそうです。
「夜の妖精さん、見つからなかったらどうしよう。僕ひとりで王都までなんてやだよ……」
どこかから足音がします。今までのやる気の失われた足音とは違う、しっかりした足取りで。音の主は花壇の前で止まりました。
「どうされましたか? 具合でも?」
突然上から降ってきた声に、顔をあげたハル。足音と声の主としばらくの間、見つめあっていました。とはいえ、布面で隠された顔は見えないのですが。
「……あの……」
恐る恐る、ハルが声をかけます。優しい人だろうとわかっていても、怖いものは怖いのです。
「もしかして、夜の妖精さんですか?」
「ええ、私ですが。もしや君も王都に?」
「は、はい! ハルっていいます。明日から、一緒に王都までお願いできますか?」
ハルは頭を下げて右手を差し出しました。断られたらどうしよう、足手まといになるかもしれないと不安でしかたありません。しかし右手を温かい手が包みました。
「よろしくお願いします。私のことは黒塔守と呼んでください」
「黒塔守さん、ですか?」
黒塔守はその名前の通り黒づくめでした。黒でないのは布面と透明な羽だけ。
「この大陸のずっと南。夜の国で塔の守り人をしているのです。とはいえ今はただの旅人ですが。……さ、明日ははやいですから、もう帰ったほうが良いですよ」
「わかりました。明日よろしくお願いします」
母の待つ家に帰っていくハルを見、黒塔守も宿に入っていきました。カウンターに宿代を置いて、部屋の奥へと。明りのない闇にその姿はとけ、少ししてついた弱い光が彼の姿をうつしだしていました。