風の届石
部屋に戻ると、リーフが弓の手入れをしていました。
「あら、おかえりなさい」
「ただいま戻りました。素敵な弓ですね?」
「それをきいたらケニスが喜ぶわ」
黒塔守に促されて、ハルはテーブルに箱を置きました。
「ハルくん、ありがとうございました。これは風の届石。風に言葉を託すためのものです」
黒塔守は巻物を開くと言いました。
「精霊はいつでも音を運びます。しかしそれは確実ではありません。しかしこの石を使えば精霊にちょっとしたことを命じることができるのです」
「つまり、遠くの人に伝言してもらえるのね?」
黒塔守は深くうなずき、鞄から小さな袋を取り出しました。柔らかい厚手の布でできているそれに、届石はするりと入りました。
「いろいろと考えましたが、やはり私は王都でおふたりとは別れます。なにかあったら、この石を使ってください」
黒塔守が袋を差し出しました。リーフが受け取ります。ハルが思いついたようにいいます。
「リーフ、それお願いしてもいい?」
「え、ええ。いいけど」
「良かった! ありがとう」
黒塔守は巻物をしまうと言いました。
「石については後ほど話しましょう。今日中に王都に行けると良いのですが」
それぞれの荷物を手に、馬の元に向かいます。沢山あった食料も、保存できるものしか残っていません。眠り病のせいで食料が不足している人々に譲ることにしました。
馬を進めながら、ハルは黒塔守に問いました。
「でもいいんですか? 届石、大切なものなんじゃ……」
「大丈夫ですよ。私たちは使いませんし、持っていても意味がないんです。その代わりといってはなんですが、他の石も探していただけませんか? 水や火の石もあるはずなんです」
「いいじゃない。旅のついでになっちゃいそうだけど、探しましょ」
黒塔守の後ろで、リーフが笑って言いました。ハルも言います。
「そうだね、探そう。黒塔守さん、石はあとふたつだけですか?」
「昔はたくさんあったのですが、今はひとつずつしかありませんね」
曰く、今はもう神話や伝承、歴史にしか名前の残らない道具なので、ただの宝石だと思って大切にしている人もいるかもしれないそう。
「わかりました。……少し急ぎますか?」
「そうですね、早いに越したことはありません。お互いに時間があるわけでもないでしょう?」
「は、はい」
ハルと黒塔守は手綱を握り直し、
「リーフさん、落ちないようしっかりつかまってください」
王都への道を急ぐのでした。