ひとりの決意
開けられたカーテンから差し込む光が朝を告げました。リーフはその眩しさに目を強く閉じ、ゆっくり身体を起こしました。
「おはようございます、リーフさん」
「おはよう。……私、寝てたのね」
リーフは昨晩を思い出します。黒塔守と話をして……涼しい夜の風が心地よくて、いつのまにか寝てしまったようです。また眠ってしまわないようにと、顔を洗います。水は思っていたより冷たくて、リーフの目を覚ましてくれました。
「よく眠れましたか?」
「まあ、そうね。ありがとう。運んでくれたの?」
黒塔守はテーブルに椅子をみっつ並べ、ひとつに腰かけました。頬杖をついていますが、布面の下の頬をさすっているようにも見えます。
「はい。椅子で寝てしまうのも良くありませんから。悪くて引っ叩かれる程度で済みますし」
「……引っ叩かれる? 黒が?」
「ええ……。昔、この忌々しい布がなかったころでしょうか。眠っていた友人を寝床に移動させたら叩かれまして。床で寝るのが好きだったとか」
リーフはくすくすと笑いはじめます。親切で万能な印象だった黒塔守にも変な失敗があって、なんだか面白かったのです。
「私は床で寝るのは好きじゃないわ。だから叩いたりしないわよ。……あなたのそれは外せないの?」
「この布面は、外せません。とても邪魔に思っています」
黒塔守は布の端をつまんで軽くひっぱり、続いてひらひらと揺らしてみせました。が、その顔が全て見えるわけではありません。
「さて、リーフさん。そろそろ彼もおつかいから帰ってくるでしょうし、簡単な支度を済ませてしまっては?」
「それもそうね。服も昨日のままだし……。少しでもはやく出られたほうがいいだろうし」
リーフが彼女の小さな荷物に手を伸ばすと、黒塔守は立ち上がり言いました。
「私は外の空気を吸ってきます。少ししたら戻ります」
「そう? ……いってらっしゃい」
黒塔守が部屋から出ていき、リーフは静かな部屋に取り残されました。とりあえず、リーフは着替えることにしました。森の動物たちから貰った毛や死んだ動物の革から作った上着やベルトはわりと丈夫でした。それにケニスがくれた服は着心地がいいし、枝に引っかかってほつれることもありませんでした。刺繍や模様はありませんが、綺麗に染められていて、それが好きでした。ベルトにつけた毛皮は、昔よく遊んでくれた若い狼のもの。名前はナイト。彼はある日、森の巨木の前で死んでいました。
「ナイトは絶対、殺されたのよ。犯人を見つけなきゃ」
亡きナイトのためにも、とリーフは毛皮を抱きしめました。
「このへん、かなぁ」
ハルは、町はずれを歩いていました。このあたりの茂みに、大切なものがあると聞いたのです。
「黒塔守さん、信じていい人なんだろうけど……。どう接していいかわかんないよ」
黒塔守さんがくれたメモを見ながら、茂みの中をひとつひとつ覗いてみます。しばらくすると、ハルは少しだけ土に埋もれたものを見つけました。随分古ぼけた金属の箱……。丸くて、中に水が入った宝石みたいな何かと、小さな巻物。宝石は日の光を受けてさまざまな色に見えました。
「丈夫な紙でできてる。神聖文字で書いてあるから読めないけど……」
でも、これが黒塔守の言う大切なものなのでしょう。ハルはこの箱を持ち帰ることにしました。これを持ち帰って、準備をして、王都に向かう……。王都に着けば、もう黒塔守とはお別れです。少し寂しいですが、またいつか会えるでしょう。
「今は、はやく薬を見つけなくちゃ……」
歩きながら、ハルはそんな言葉を口にしていました。
一方で、黒塔守は宿屋の外で溜息をついていました。この先を考えると、溜息が尽きません。王都からひとりで旅を続けることはできるか、ハルとリーフはクルイク地方を救えるか、不安はどこまでもついてきます。夜の国の外のことはほとんどわからない、これなら神に愛されたふたりを支えるのが最善ではないか……。もしもふたりになにかあれば、クルイク地方は眠りにつくでしょう。それなら協力するべきでは? しかし、それでは黒塔守の目的は果たされないかもしれません。この目的は必ず果たされるべきもの――。
「黒塔守さん、ただいま戻りました」
曇りのない赤い瞳が黒塔守をまっすぐ見つめています。その手には小さな箱が。
「おかえりなさい、ハルくん。部屋に戻りましょうか」
黒塔守は微笑んで扉に手をかけました。が、考え直して、ハルについた土や埃を少し払うことにしました。
「あ、ありがとうございます」
「お節介焼きなもので、迷惑でも何かさせてください」