八撃目 たったひとつではないけどそれなりに冴えたやり方
余程暇なのか何なのか、散発的な野盗の襲撃を返り討ちにしながら、南下を続けてはや十日となりました、ジェーン・ドゥです。
隠の月も大分過ぎましたが、たまに曜日とか曖昧になります。
あと、人との会話とか絶望的になさ過ぎて、声帯が退化しそうです。いやー、人と話さないと喋り方忘れるって本当ですね。
えー、只今深夜何時かは知らんですが、通算三回目の殲滅作業が終了しました。
初めての反省を生かして、二回目からは喋る口を残しておくことにしましたが、かといって戦利品が残念気味なのに大差ありません。
武器は鋳造の一山幾らの量産品だもからなー。
今日も今日とて根斬り撫で斬りに返り討ち、残しておいた口に潜伏場所? まで案内させて、出所を怪しまれなさそうなもんを粗方回収するだけの、簡単なお仕事が待ってます。
荒んでるわー、とすっかり野盗駆除に慣れてる自分に内心苦笑いしつつ、案内を解放……の前に、そいつの両の手首を切り落とす。
命は取らない、と言った以上契約は守りますが、それってイコール無傷で解放、って訳じゃないんですよねー? そんな「自分だけに都合のいい話」があるとでも?
転げ回ってのたうち喚いてガンくれてるけどな、止血剤のアフターサービス付きで、めっちゃ痛いだけとかあり得ない温情だと先生は思います。
あ、止血剤ってのは、最近使えるようになった『ミヅガルヅ・エッダ』のアイテムで、生命力の回復はしないけど、傷を塞ぎ、出血による生命力の持続的な低下を解消する、地味に高性能な即効性のアイテムのこと。
『ミヅガルヅ・エッダ』では散々お世話になりました。
そうそう、副街道の野盗は、大体半農半盗のいわば出稼ぎ兼業農家らしい。
農の方が耕作か牧畜かは知らんが、二度目の時の口が、家族がどうたら言っていたが、だったらもっとマトモな出稼ぎしろよと言いたい。
閑農期で仕事がないとか、そんなん知るかボケ。
立地が不便過ぎて存在自体が忘れられたらしい、ログハウス風狩り小屋(元)に、人の気配はない。
その辺りは最初に自白させてるけど、建物が目視できるようになったら、自分の気配の誤魔化して、辺りの気配を探るようにしてる。
大ウズラにしろ兎にしろ猪にしろ、気配バレたら逃げられるし、そもそも位置掴まないと話にならんかったしネー。
当然ながら、小屋の中に明かりはない。
ボロいこたボロいが、雨露凌ぐ程度なら問題ないくらいで済んでるのは、樵や狩人がその場しのぎ的に建てたもんじゃないからだろう。
家財道具や窓の硝子は、狩り小屋に使うのをやめた時点で撤去したようで、がらんとした中に、野盗が持ち込んだ荷物が散らかっている。
片付けるくらいしろよ、これじゃ勇者がやってきて箪笥荒らしてった後みたいじゃないか。
……で、本日の猟果は、鋳造の短剣が人数分、短弓と鏃が鉄製の矢が十本入った矢筒が二組と、木の鉢に集められた貨幣でした。
質素ながらも貴金属使った装飾品も数点あったけど、そっちはあえて見なかったことにする。
量産品の鋳造武器よりゃ金になるが、所有者個人を特定できそうなヤツは、どこで手に入れたかとかで、後々何かと面倒臭そうだしな。
武器は二束三文にもならないので、鉢の貨幣をベルトポーチから出した巾着にあけてお仕事終了っと。
外に出ると、口の姿は消えていた。
逃げたのには気付いてたけど、武器なし手首から先なしでどうするつもりなんだか。
ま、いいけどね、どうでも。
二度目の時に、ついでに聞き出したあれこれが正しけりゃ、あと三、四日でレリンクォルとドナルーテの国境だ。
主街道は当然だが、副街道にも関所があるらしい。
しかも、副街道の方が利用者少ないから、通行手続きが簡略化されないんだと。
なにそれめんどくさい。
副街道離脱して森林ルートで国境越えするか、主街道にルート変更してどさくさ紛れに通過するか。
…………。
よし、こういう時はアレだ、コイントス。
あれこれ考えるより、こーいうのの方がいいって時もある。
アレだ、考えるな、感じろ的な。
視覚の強化を一旦解いて、インベントリから『ミヅガルヅ・エッダ』の流通貨幣、リオムを一枚出して、親指で弾く。
虹色の遊色を内包する、半透明な薄桃色の真珠、といった色合いは、通貨と言うより宝飾品に近いだろう。
基本物々交換だったから、リオムはそんな持ってないんだよな。
アイテムはわんさとあるけど、リオムは精々五百かそこらで、武器防具に装身具、回復薬等の初期装備を一通り揃えて多少余るくらいの金額だ。
このリオム、『ミヅガルヅ・エッダ』では本来スニっつー単位だったんだが、表にチュートリアル・ナビゲーションの妖精、リオムの横顔のシルエット、裏に同じ名前の花のレリーフを刻んだデザインからリオムで定着してしまい、誰もスニを使わなくなってリオムに変更された経緯がある。不憫やな、スニ。
さて、妖精なら主街道ルート、花なら森林ルート。
結果は……妖精、主街道ルート。
そうと決まったら、今日はこの小屋塒に使って、明日から主街道目指すぞー。
……考えてみたら、屋敷の連中や野盗以外の人間との、初めての第一種接近遭遇じゃね? うわあマジ緊張するんですけど。
フード被ったままとか、やっぱ怪しいかなー……でも、どう見てもガキだし……そういう怪しいガキがチョロッと紛れても平気な御一行様が見付かれば……!
先の苦悩は先でしろ。物事は大体何とかなるが、ならないときはどうしようもない、はじいさまの口癖。
ま、そん時ゃそん時。
とにかく、今日はちょい早いけど、食べて寝て備えるぞー!
† †
レリンクォル・ドナルーテ間に限らず、国境の宿場町で旅装を解く旅人は多い。
気が緩んで、裏道をちょっと入った辺りに軒を連ねる、いかがわしい店での予想外の出費に頭を悩ませる者も少なくはない。
白粉と香水の匂いと、名残惜しげな女の眼差しを肩先に引っかけて、そんな店の一軒を出た男は、お世辞にも善人面とは言い難い強面ながら、かと言って不細工とも言い難く、にやりと悪そうな笑みでも浮かべれば、女の方が勝手に落ちてきそうなところがあった。
男が身に纏う、襟の高い、やや硬い革の上衣とトラウザース、革長靴はどれも使い込まれ、鍛えられた体をしていなければ着られない代物だが、それが見事に似合っている辺りも、その理由の一つかもしれない。
店を出た男が向かうのは、辺りでも柄の悪いのが集まる酒場がある辺りで、そこで仲間、と言うか同僚と言うか、とにかく一旦そいつらと落ち合い、ある程度の方針を立てたら、適当にばらけてドナルーテに入ることになっている。
男は、そいつらとレリンクォルでちょっとした“仕事”をしたのだが、聞いた話と食い違いが多く、どういうことか“話し合い”をする材料を集めながらの帰路となったのだった。
都合の悪い話を隠したのが依頼元か仲介人か、どちらにしろ、二度と舐めた真似ができないよう、きっちり教育するのも、仕事のうちだ。
裏通りを抜け、特に柄の悪い連中御用達の店の前で足を止めた男は、扉を潜り、酒場を兼ねた一階の奥へと向かう。
キツい蒸留酒の臭いと、最近出回り始めた紙巻きと葉巻の煙が漂い、後ろ暗さを伴う低い声の会話が飛び交う間を縫い、カードのテーブルの椅子を引く。
テーブルには、男の他に五人の客がいた。
揃いも揃って善人面とは言い難い、厳つい強面ばかりだが、威圧感はあっても嫌悪感を抱かせない、妙な愛嬌のようなものがあった。
男が席に着いたところで、カードが配られ、ゲームが始まり、どこの店は情の濃い女がいるだの、そこの店はいい酒が揃っているだのといった他愛もない話の間に、蒸留酒のグラスと拾ってきた情報が飛び交う。
手札が開かれ、積まれた貨幣が移動し、三回目のカードが配られる。
配られたカードは、七人分――薄らぼやけた気配が明確に固まり、見せた姿にプレイヤーとして参加する資格を得たのは、灰白色の上衣のフードを目深に被った、小柄な人物――いや、子供だった。
七人目の存在を、テーブルの男たちは騒ぎ立てるでもなく、ごく自然に認めている。
多少の粗はあったが、そこにいることを誰も気にしない程度に、暈した気配を辺りと同化するのは、なかなか難しいものだ。
惜しむらくは、こうした環境下での隠形に不慣れなせいで、静か過ぎたことだろう。
「……55点」
「厳し過ぎだろ、60点」
「お前が甘過ぎんだ。50点」
自分の手札を覗きながら、口々に言う。
「そうか? 中々のもんじゃねえか」
「度胸込みなら65点だな」
付けられる点数に、目深にフードを被った子供は動揺するでもなく、静かにカードを手にする。
「で? 用件は?」
手札から二枚を交換し貨幣を積む、いかにも荒事専門といった手の男の問いに、子供は、
「勝ってから、言う」
人との会話そのものに慣れていないような、微妙にぎこちない口調で言い、ベルトに吊るしたポーチから巾着を出して、テーブルに置いた。
ちゃり、と小さな音は、貨幣の触れ合う音だ。
「随分と強気だな」
面構えの割には整った、射手独特の跡が残る手が交換したカードは、三枚。
困ったように子供を見て、カードを一枚交換したのは、一番一般受けしそうな、多少厳つい程度で済む面構えの男だった。
感性的にも、一番普通に近いらしく、積まれた貨幣の枚数も慎ましい。
面白い、と言わんばかりににやりと笑い、二枚を交換したのは、肩口に女の残り香を引っかけた伊達男である。
それなりにいい手だったのか、残る二人は手札を交換することはなかった。
七番目のフード姿も、それは同じらしく、手札の交換をしないまま、巾着ごと前に押し出す。
一巡したところで、手札が開かれる。
フルハウス。
フルハウス。
ストレート。
フラッシュ。
フルハウス。
ストレートフラッシュ。
七番目のフード姿が開いた手札は――
「……悪いな」
ファイブ・オブ・ア・カインド。
のっけ初っぱなから四人の女王を囲った上に、道化の化けた五人目までお召し上げとは、大したものだ。
ストレートフラッシュも、さすがにファイブ・オブ・ア・カインドには勝てない。
フラッシュ、ストレート、フルハウスは言わずもがな、だ。
やられたなあ、などと口にしながら貨幣を押し出すが、誰一人イカサマだと騒ぐことはなかった。
イカサマなんざ、見抜けなかった奴が間抜けなだけで、バレた時点で相応な対応をしてやればいい。
フード姿は、貨幣の小山に、少しばかり困ったような気配を漂わせた。
「金は、いらない」
それから、何をどう言おうか考えてでもいるように黙り込み、
「連れってことに、して貰いたい」
国境を越えるまででいい。
少し考えてから言い添えた内容に、
「越えた後はどうするんだ?」
一番、一般寄りらしい男が言う。
「どうにか、なるだろ」
返ってきた答えは、他の五人にとってはツボだったらしく、肩を揺らせて笑い出した。
実際、どうにかなったからここにいるのだろうが、全くもって、面白い。
「いいだろう。……サコー、取り敢えずお前が連れてけ」
「はぁ? 待てよドライゼ、何で俺なんだよ!」
「お前ぐらいだろ、ガキ連れてても人拐いに間違われねえ面してんのは」
「……」
サコー、と呼ばれた一般人寄りの眉間に縦皺が刻まれるが、話を振ったドライゼ――荒事に慣れた手の男の名らしい――の言うことには一理も二理もある。
仕方ない、と溜め息をつき、サコーはフード姿に向き直ると、大層頑張った笑顔を作った。
それに、ドライゼ以下の連中の笑いが、より深刻化していくが、気にしたら敗けだと無視を決め込む。
「国境を越えるまでは、俺がお前さんの後見人だ。俺はサコー。お前さん、名前は?」
努めて柔らかい口調を心がけて言うサコーに、遂にテーブルに突っ伏したドライゼを他所に、フード姿は、
「……ツァスタバ」
言うと、ぺこりと頭を下げた。
偽名だろうが、本名を出さないのは、国境を越えるまでの付き合いと割りきっているからだろう。
面白ぇな――そんな顔で、サコーと、ツァスタバと名乗ったフード姿を見ているドライゼの顔には、人のよくない笑みが浮かんでいた。
† †
どうも、ジェーン・ドゥ改めツァスタバ(暫定)です。
聞き覚えのある単語に脊髄反射でポロッと言っちゃいました。CZとか言っちゃわなくてホントよかった。
真っ当な旅行者にゃ頼めず、かと言って人身売買業に直ぐ様転向するようなのは論外と、あちこち探していたらピッタリの物件に遭遇しました。
それなりに真っ当な堅気ではないけど、通す筋はしっかりしている、そんな理想的集団に接触し、国境越えまでの後見もとんとん拍子にゲットして、初人里の感想も吹っ飛びました。
これも日頃の行いの賜物ですね!
惜しむらくは、野盗相手だと単語と物理言語で大体通るので、まともな会話ができなかったせいで、人との会話リハビリができなかったことでしょうが、それにしてもこれはひどい。
しっかし、サコーさんいい人マジいい人。刑事ドラマとかで何でか知らんがカンフー使えるチャイニーズマフィアっぽい人だけど、マジいい人。
ドライゼさんは……こっちはあれだ、古きよき理屈抜きの85年代アクション映画で、ジャングルで重機関銃ブッパしてる、知事選に出てない方の人っぽいお人だ。
名前知らない他の四名様も、マフィアの売春部門取り仕切ってそうな伊達男に、軍産複合体で突っ走り過ぎた実験やらかすマッド技術者系、男は黙って長距離精密狙撃な暗殺職人風、とりあえず殴ってから考えますみたいなタイプと、実に濃いです。
こんだけ濃いメン揃ってりゃ、私が目立つことはまずあるまい。
ドナルーテに入っちゃえば、放浪生活二年くらい楽勝だし、定住は十歳過ぎてから考えればいい。
国境越えまでの短いお付き合いですが、お互い仲良くやりましょう。
え? 宿? 野宿すっから大丈夫ですよー無問題!
だから何故アイタタタな顔をなさるかサコーさんや。皆さん笑ってるじゃないですかー。
は? 子供が無茶するな?
……解せぬ。
ほら皆さん逆ハーですよ! 乙女ゲーム要素ですよ!
…………。
うん、言ってて凄い無理があるって分かってるから。
どう頑張っても子連〇狼って分かってるから……。