六撃目 行き当たりばったり? いいえ臨機応変です
皆様、いかがお過ごしですか。
大脱走のテーマとクワイ川マーチが頭の中でごっちゃになって、結局某インポッシブーな大作戦のテーマに落ち着いたヴェルヘルミナ(仮)、七歳と十一ヶ月です。
ワルキューレの騎行は自粛しました。フリーダムな生き様さらしてますが、ベトナムのジャングルの奥地に王国作る予定はありません。
でも個人的にはハンバーガー・ヒルのが好きですね。FMJは不朽の名作。異論は認めない。
えー、時の月から、年単位の計画前倒しのための準備に奔走してますが、やっとこさ条件が揃いました。
インベントリがあるんで、ぶっちゃけ身一つで何時でも出て行けんですが、単に家を出ただけじゃ後々面倒くさいことになりそうなんで、スッパリと後腐れなくサヴィニャック家と切れるための小細工をあれこれしてたのですよ。
名付けて、“面倒くさいから死んだことにして逃げりゃいいんじゃね?”作戦。
そのまんまじゃねえかって? こりゃまた失礼いたしました。私にネーミングセンスを求めないでください。
さて、ここらの森には、幸か不幸か、狐や狸はいても熊や狼のような肉食獣がおらんので、食われたように見せるのは不可能な訳で……。
猪突チャージで終了しました、でもいいけど、そうすると食べ残しの問題が出る訳で……。
猪は基本雑食だから、猪出る山ん中の自殺者とか食ったりするけど、雑食であって肉食じゃないから完食しました、にはならない訳で……。
だけどこっちとしては、キレイさっぱりスッキリと、正月元旦の朝に真新しいパンツを履いたように爽やかな気持ちで、スカッとガッツリ縁切りしたい訳で……。
だから私が、キッチリ死んだことにして明日への大脱出をするには、それ以外の方法を見付けなきゃいけない訳で……。
……あれ、何だろう急にアコギとハミングが聞こえてきたような……アイエエエ!? クルッタフルート!? クルッタフルートナンデ!?
って、ラヴクラごっこしてる場合じゃなくてだな。
一番手っ取り早い方法がのっけから不可能だったんで、じゃあ何がいいかなーと考えながら林間パルクールしてたら、森を北に1.5メルロ(あ、メルロはメルの上の上の単位で、100メル=1メール、1000メール=1メルロになる。つうか、もうセンチとメートルとキロでいいじゃねーかと思うのですが……)ほど行った辺りで、高さ35メールほどの崖になってるのを発見したのですよ。
しかも、いい塩梅に崖下には、そこそこ水量豊富で流れもそこそこ速い川まである。魚釣りしてた風穴側の小川は、この川の上流から出てる、支流のひとつなのかもしれない。
崖側の川岸は幅の狭い岩場で、そこからすぐ川に落ち込み、転落すれば、十にならない子供はもとより、成人男性でも余裕で死ねる、申し分ないロケーション。
二時間枠のサスペンスドラマなんかで、犯人に呼び出された被害者が突き落とされるのにも最適です。
つか、何で殺る気満々の場所に、ホイホイ呼び出されて行っちゃうんでしょうね被害者の皆様は。まあそうでなけりゃ話進まないのは分かるけど、チョロくね?
さて、この絶好のロケーション、これを生かさない手があるか。いや、ない。(反語)
より効果的に、転落死を印象付ける演出も必要だが、それ以上にどのタイミングで実行するかが重要な訳でして。
小細工自体はそう大層なもんじゃなかったんで、準備期間のほとんどは、実行するタイミングの見極めに消えたと言っていい。
で、この度、成功のための最大かつ理想的な条件、サヴィニャック子爵とサヴィニャック子爵夫人、及びそのご令嬢の小旅行が決定したのでございますよ。
待てば海路の日よりあり。果報は寝て待て。鳴かぬなら焼き鳥にしようトールギス。
……ん~? 間違ったかな~?
それはともかく、こっから東に馬車で三日ほどのとこに所領のある子爵家の方から、藍狐狩りに誘われたんだそうでございます。
ここの奥方様と、向こうの子爵夫人が、学園時代からのご友人だったとかで、その縁で来た招待だとか。
招待元の子爵と面識のないサヴィニャック子爵の招待は、藍狐狩りを口実に、奥方様とご令嬢を招待するための手立てであって、あくまでメインは向こうの子爵夫人の開くサロンでの、ご令嬢のサロンデビューなんだとか。
サロンで令嬢同士のコミュニティを構築し、そっから他の令嬢やその親とかにコネ広げて、社交界デビューに向けての人脈作りをする。
その記念すべき第一歩だからして準備も念入りにどーたらこーたらと、奥付き女中が言ってるのを小耳に挟みまして。
いやあ、貴族ってのも大変ですねー。ド平民でよかったわー。
ちなみに、藍狐てのは何でも狐の変異体? 亜種? の一種らしいけど、この辺りじゃそう珍しくもない上に、変異体の癖に大本の狐より弱いそうだが、それって単に弱体化しただけじゃね? 意味なくね? つか元の狐より弱い変異体ってどうなのよ。生存戦略的にどうなのよそれ。
で、この季節になると、体毛がそれは見事な美しい藍色になるのだそうだが、季節を外れると、途端に、小学校の教室(しかも低学年)の床掃除に十年間使われたモップのような見てくれになるそうな。どういうギャップ萌えを狙ってんだか意味が分からない。それ以前に藍色の体毛とか、動物学者が発狂すんじゃね?
ついでに言うと、肉は食えない訳じゃないが美味くもない、つうかぶっちゃけおっそろしく不味いらしく、猟犬もよう食わないんだとか。
剥がされて毛皮になった途端に耐寒性耐久性ともにガン落ちして、どんだけ手入れしてもワンシーズンでぼろぼろになってしまうから、完全な期間限定のファッションアイテムでしかない、らしい。
……目下、日々生存のために狩りをしてますが、実用性絶無のほぼ使い捨てのファッションアイテムのために、お遊びで獲物を狩る感覚自体が理解不能でございます。
それはさておいて、金かかってんなー、とぱっと見で分かる、サヴィニャック子爵家の紋章――盾のみの小紋章だけど――が側面に入った、四頭立ての箱馬車に乗り込み、奥方様ご令嬢旦那様のお三方が、揃って屋敷を出たのを確認したのは、四日前、誕の月の末のこと。
下々の、食うため生きるためのそれとは違う、暇を持て余したお貴族様の優雅なお遊びってことを考えりゃ、ついたその日に狩りしましょ、とはならないはずだから、帰路分の日数含めて一週間オーバーは確実だ。
とにかく、これで大脱出に向けてのカードは揃った。
あとは、手持ちのカードで勝ちに行くのみ。
好きって訳じゃないが、じいさま仕込みの博打の腕と豪運(賭場限定)には、ちょっとした自信がある。
社会勉強と称してじいさまに連れてかれた、ヤのつく自営業者主催の鉄火場で、じいさま共々、相手の褌一枚まで毟りに毟ったものでございます。
国士無双十三面くらいで四の五の抜かすな。つうか見破られるようなイカサマするなよ。ロシア式言い出したんで乗っかった途端に言いだしっぺがビビるとか、ねーよ。さっさと立て! クビ切り落としてクソ流し込むぞ! と私の心の中のハートマン先任軍曹殿がもー少しで出てくるとこでしたわ。
その後スマッシュ☆大乱闘へと雪崩れ込んだ賭場で、飛び道具は「当たらなければどうということはない」だと実感したのは、十五の夜のことでござひました。
よく見て、必要な分だけ動いて避けりゃ問題ないとか、うちのじいさまが果たして人間なのか、帰宅後十分ばかり悩んだものです。
それはそれとして。
奥方様がお戻りになるまでは、わざわざ私を台所に引き止める理由もないから、ミンチン校長(仮)も普通に素無視なんで、こっちも普通に素無視で森に向かう。
肩は突っ張る袖は足りない裾は短いと珍妙なことになってる、つんつるてんのシャツ、テカテカ通り越して膝が抜けてるトラウザース、爪先ぱっくり割れて紐でくくってどうにか履いてる靴と、ハックルベリ・フィンかロビンソン・クルーソーか、な格好だが、これも仕込みの一つだからしょうがない。
外に出たらすぐさま森に入り、崖っぷちまでひとっ走りしたら、インベントリから出したインナーと軟質皮革の装備一式に着替えて、よい子の事故現場再現実験・転落死亡事故編、開始です。
いかにもここで足滑らせました的な痕跡と脱げた靴、だけじゃインパクト弱いので、内部魔力でかけてた制約を一旦解除し、改めて全力で身体強化したら、着てきたシャツ――ではなく、加速装置慣れする時に着てる鼻血染めのシャツを片手に、崖下へレッツ☆バンジーただしノーロープ。
崖の途中のちょっとした出っ張りを足場に、あちこちにわざとシャツを引っ掛け引っ掛けしながら、岩場の川岸へ着地を決める。
着地の衝撃は、余剰分の内部魔力と、全身のバネを使って筋肉と骨格とで吸収したけど、さすがに完全には殺しきれなかったようで、結構響いた。
ほら、アレだアレ。もんっのすごく足痺れてる時に、べしばしぶっ叩かれた感じ。
さて、ここまで来たら後は最後の一仕事だ。
千切ったシャツの袖を川に流し、靴のもう片方を岩場に投げたら、インベントリから最後の仕上げのためのアイテム――『ミヅガルヅ・エッダ』ネタ職人謹製・防犯用カラーボール(犯罪現場仕)を取り出し、川のすぐ手前の岩場に叩きつける。
殺人現場の再現やスプラッタムービーの演出に最適です、とのキャッチコピーに相応しく、崖から落ちて岩場で頭カチ割って、そのまま川に落ちました、な雰囲気ばっちりです。しかも、時間の経過とともに酸化してずず黒くなる芸の細かさ。
いやー、あいつらいい仕事してますねー。でも、努力の方向がいつもいつでも斜め上です。
掃除をしてもブラックライトで照らせばルミノール反応っぽく光ります、なんてとこまで再現するし。そのためだけにブラックライトっぽい魔道具作っちゃうし。
そこにシビレないアコガレない。
転落死偽装が済んだら、後は三十六計、南下して隣国のドナルーテ王国を目指すのみ。
いや、レリンクォル王国縦断トライアルで北の辺境か、北隣のヴェルパ王国目指してもよかったけど、北に逃げるってありきたり過ぎるし。
容疑者とか犯人とか、なぜか大抵目指すの北ですやん? 犯罪者ではなく逃亡者ではあるけどね。
さて、これで鬱陶しい首輪は完全にブッ壊した。
“乙女ゲームの陰険な悪役キャラのヴェルヘルミナ”はここで降板、お役御免だ。
もとより、ゲームキャラとして生きるつもりは更々ないが、これでこの世界はゲームから乖離した。
ま、世界は大袈裟でも、私は完全に「一抜けた」して、目出度くゲームから離脱したって訳だ。
……母のことが気にならない訳じゃないが、かと言って、会いに行くのも気が引ける。
会いに行こうにも、そもそも母の出身がどこかすら知らないし、戻った先で子供を生んだことを、勤め先の主人に孕まされ、子供取り上げられて帰ってきました、なんてことを知られてなけりゃ、結婚の道だって十分残ってる。
で、もしそうして普通に結婚してた場合、私は母にとって超ド級、核地雷級の厄ネタだろう。
何より、母の知っているヴェルヘルミナは、肉体しか残っていない。
その肉体も、中身に引きずられてご覧の有様ですよ?
元のヴェルヘルミナの面影は目の色くらいで、髪の色すら見る影なしですよ?
その私が、どの面下げて会いに行きゃあいい? 母の知るヴェルヘルミナを食い潰し、乗っ取った身で?
私の面の皮は、そこまでブ厚くできちゃいない。
ヴェルヘルミナはもういない。
首輪を壊して好き勝手極めた私が、その名前を名乗るべきではないし、ヴェルヘルミナの名前は、わずか六年という短い人生しか送れずに、私に食い潰された少女に返されるべきものである。
現実と仮想、ふたつの市川鷹の混合物である、名を持たない一個の新しい存在としての私の、これが始まりだ。
時間はある。
何をするにしても、その何かをする時間なら、たっぷりとある。
悩むもよし。
考えるもよし。
鍛えるもよし。
……さて、生きますか。
一応これで実家話は終わりです。
ちょっとだけシリアスが帰ってきましたが、乙女ゲームは今後も絶賛消息不明な上、シリアスの出番もこの先未定。
代わりに血と汗と反吐とどつき合いの出番が一気に増えます。
……乙女ゲームの世界なんだよね?
益荒漢女ゲームの世界ですが、何か。