五撃目 ファンタジーつっても貴族社会がドス黒いのは鉄板
一年を通じて寒暖の差が余りないって、要するに四季の変化に乏しいってことじゃね? と、変化に富んだ日本の四季がちょっぴり恋しいヴェルヘルミナ(仮)、七歳ともうじき十ヶ月です。
春の桜、夏の蛍、秋の紅葉、冬の雪……二十歳越えてからは、じいさま謹製の濁酒や、じいさまの友人方が土産に持ってくる純米大吟醸やら焼酎やらのご相伴に預かって、縁側から眺めたっけなあ……魚沼の蔵元んとこの、季節限定の特別純米原酒、しかも中どり無濾過のやつ。あれはマジ美味かった。
土産にはワインもあったけど、じいさまワイン飲まないから実質私専用だったっけ。ああくそ、じいさまん家に置いといた当たり年のロマネコンティ、飲んどくべきだった……!
え? 酒なんたら法はどうした? 細けぇこたぁいいんだよ。んなこと言ってると禿げるぞ。
時の月も残すとこ数日、あと三ヶ月と何日かで祝・転生二周年ですが、最近ちょっとばかり、困ったことになりました。
追い出される前に、母が他の使用人の古着を仕立て直して作ってくれた服が、とうとう着られなくなりました。
まあ、インベントリにゃ服なぞ売るほどあるが、使用人含めてここん家の人の目がある場所では、そっちのアイテム使いたくないですやん?
着られなくなったっつっても、服自体が駄目になったとかじゃなくて、七歳の誕生日過ぎた辺りから、縦方向にすくすくと急激に伸びちゃったせいで、袖丈とか肩周りとかの諸々のせいで、着るのが物理的に難しくなっただけだ。
焼き干しのカルシウムパワーと、よく食べよく鍛えよく眠る健康的な生活の賜物かと思ったんですが。
大きな手足と頑丈な骨格からなる、ゴツくはないけど雑種の大型犬の子犬みたいに頑丈な、あーこりゃ将来でかくなるなー、ってのが漠然とよく分かる、見覚えのある体格からすると、市川鷹の影響のようです。
コレで小鳥のように可憐で華奢、とかのたまいやがってくれやがるヤツいたら、そんなん言い出したオマエの頭が大丈夫かと、逆に問い質したくなる。ギャオスの幼体なら分かるけど。
現時点で腹がうっすらエイトパックに割れ気味だしさー……。
ヨハンナさんの置き土産のリメイク衣類からは、小鳥のように可憐でコンパクトな少女に成長して欲しい、って希望が察せられるんだが……何つうか……ごめん。
いやホント申し訳ない。正直すまんかった。いやマジで。ガチで。
前世知識による七歳女児の平均身長を確実にオーバーしてます。具体的にプラス20くらい。
……この道はいつか来た道、既視感の世界……小六にして169.9、中三にして179.9、高校卒業時には189.9に到達した市川鷹の成長の記憶に重なってるじゃないですかやだー。
中高の渾名はバレー部主将、そのうちバレー部省略されて主将になったり、ダイダラボッチだの八郎太郎だの巨神兵だのビグ・ザムだのデンドビウムだのヤクトミラージュだの言われたりしたもんです。
メガ粒子砲もメガビーム砲もバスターランチャーも撃てないっつの。
でっでもまあ、身長伸びて体が大きくなった分、身体能力も上昇するってことだからね! とムリクリ思考ポジティブにして、玄の月から走り込みをパルクール方式に変えました。
自然の、均一化されていない地形のお陰で付いた、持久力と脚力、柔軟性、軽快なフットワーク。
その上で、“どんな地形でも自由に動ける肉体と困難を乗り越えられる強い精神”と、人力による三次元立体機動を実現する心身能力を獲得すべく、重力当社比1.5倍・標高4000増で頑張ってます。
“仮想としての市川鷹”に出来た三次元立体機動が、、現実+仮想であるヴェルヘルミナに出来ない道理がない。
それはそれで、ひとまず置いといて。
現時点で既に、十歳くらいに見えんですよね、私。
前世に引き続き患ってる、顔面神経と表情筋の、絶望的なまでの不自由さ……じいさまとの組み手ん時か、じいさまプロデュースの野試合ん時くらいしか、マトモに解れてくれなかったそいつらのお陰で、下手すりゃそれより年嵩に見えてもおかしかないです。
頑張って微笑んでも唇の端がちょっと持ち上がるだけで、皮肉? とか笑った顔が冷たいとか怖いとか散々でしたよ……。
染める以外の手入れ(と言ってもあのアイテム、髪色戻し使わない限り、伸びた髪まで染めてくれる理不尽なまでの高性能っぷりでした。いやもう運営様とコラボ企業様マジありがとう……!)を一年以上ほったらかした結果、長さ的に大変鬱陶しくなってしまいまして。
憧れのストレートヘアも、気付けば市川鷹まんまに、緩いウェーブのかかる癖っ毛に。加えて旋毛が複数あるから、長い方がまとまりはいいけど、長いと鬱陶しくてかなわんのです。肩より長くなったらその瞬間にアウトってくらい、長いの駄目なんだよなー。夏になるたび、丸坊主にしたくなる発作に襲われたもんです。
なんで、いい加減髪切ろうかなーってインベントリから散髪セット出して鏡を覗いた瞬間、昔の写真見た件の山田花子(仮)が、「何と言う猛獣系少年」と言った七歳の時の市川鷹の顔を、印欧祖先のアーリア系ゲルマン人アレンジで彫り深めにしてみました、な顔発見して、リアルにorzしましたとも。確かにヴェルヘルミナってゲルマン系の名前だけどさあ。
伸びた前髪の下に覗く眼光鋭い薄青い双眸、通った鼻筋はいいとして、物理的には柔らかいはずなのに、引き結ばれた唇は柔らかさ? 何それ食べられるの美味しいの? だし、頬の線もすっきりとシャープで……これ一目で女って見抜けたら、逆に凄い。
ああ、懐かしくもしょっぱい幼き日々に目の前が霞むわー。
じゃなくてだな。
うろ覚え通り越して既に薄れてる、この世界がそうだっていう乙女ゲームの内容が間違いじゃなかったら、異母妹付きの護衛……じゃなかったメイドか? メイドになるんだよな確か?
つうか、こんなんメイドにしたら、お前のようなメイドがいるか、か、むくつけきメイドガイか、未来から来た殺人サイボーグメイドにしかならんのとちゃいますのん?
メイドって言葉と存在がゲシュタルト崩壊すんじゃねーの、マジで。
……うん、ありえなさ過ぎるメイドはこの際置いといて、まず、ここん家はお貴族様ん家である、ってとこから始めよう。
ヴェルヘルミナって名前しかないってこたぁ、私は“身持ちの悪い女中の私生児”ってことになっている訳だ。
少なくとも、こーいうお屋敷に勤めてんのに未婚で父親不明の子供生んだ、ってことは、不身持ちってことになるんだろう。
例え、身分的な理由で雇用主様に強要されりゃ平民の、それも下っ端女中にゃ拒否権がなく、その結果、運悪く大当たりしちまってできてもーた雇用主様のガキであっても、その事実を、口にしなくとも誰もが知っていたとしても、だ。
そんな事実は存在しないとサヴィニャック子爵と奥方様が決めれば、そういうことになる。
ガキは自分の出生について、正式な婚姻によって生まれたんじゃないってことを、母が屋敷を出されてからの扱いや他の使用人からのそれとない誘導で、薄々だがそう理解するようになる。
さて、ではここからクエスチョンです。
そーいう扱いされてる時に、奥方様が、始終腹減らしてみすぼらしい形してる私生児に、優しい言葉のひとつもかけて、使用人たちにまともな食事を出すようお命じになり、実際それからまともな食事が出てきた上、食以外の衣・住も改善されたら。
これは一体どういったことになるのでしょうか、お答え下さい。
はい、○柳さんのお答えは――A.カルトがよくやる“劇的な回心”です。
いやね、これまでの程度のひっくい嫌がらせについて、使用人の自主的行動だと前は判断したんですがね?
今月始めくらいから使用人頭のミンチン校長(仮)が台所に引き留めようとするんで、森に行くフリしてミンチン校長(仮)を尾行たら、奥方様のお部屋に向かうじゃあーりませんか。
聴覚神経強化して窓の外から耳そばだててたら、極めて貴族的な曖昧で上品な婉曲表現で、そーいうお話だった訳です。
……うん、サヴィニャック家の恥を外に出さず、ついでにその恥を、サヴィニャック家と言う飼い主に、妄信レベルで心酔する奴隷、もとい使用人にするんならいい手かもしれませんが、んな面倒なことするよか、腹が目立たないうちに腹の子諸共追い出す方がいいんじゃね? と思わなくもないんですよ。
何よりサヴィニャック子爵婿養子じゃね? サヴィニャック家の血つったら奥方様の方が重要やん?
……うん? 婿養子?
あーるぇー? もしかしてもしかすると、そーいうことですかー?
サヴィニャック家における実質的な最高権力者は、サヴィニャック家の血筋である奥方様であり、第二子以降に男児が誕生するまでは、伯爵家の跡継ぎである異母妹が、その次に位置する。
サイガー家の血を持たない婿養子は、表向きはサヴィニャック子爵と名乗っていても、実質はただの種馬でしかない。
そんな、たかが種馬如きが、よくもまーナメ腐ったた真似してくれやがったな、と。
女中に手ぇ出すくらいは目こぼししてやるけど、よくもまあ、と。
やってくれやがっちゃった結果であるヴェルヘルミナを、あえて家に置いていびり倒して使用人にするってーのは、サヴィニャック家の血を引かない婿養子の子供にはサヴィニャック家の使用人程度の価値しかない、つまり種としての役割以外何もない使用人なんだよてめえはと、婿養子に示すためだとしたら。
……何と言う本当はエグい乙女ゲームの世界。奥方様鬼嫁マジ鬼嫁。
そう言や乙女ゲーム貸し付けてきた山田花子(仮)の弁によると、ヴェルヘルミナは後に、サヴィニャック子爵家のご令嬢である異母妹虐めに心血注ぐんだよな?
つまりどっかの時点で血縁バレして忠誠が逆転したことが考えられるが、その辺はストーリーの都合上ってヤツなんだろうけど、ぶっちゃけよう知らんです。
市川鷹はゲームする前に死んだしな。そう言やあのDQN、きっちり呪われただろーか。イタクァと逝く楽しい超高高度旅行にご招待されてしまうがいい。
でだ、ここでひとつ、それら全ての大前提が崩壊してるっつーことを、かしらかしらご存知かしら? と問いたい。問い詰めたい。
ヴェルヘルミナに「中の人」がいて、その「中の人」が私であるって時点で、完膚なきまでに破綻してるんだっつーことを小一時間くらい問い詰めたい。
ヴェルヘルミナに「中の人」がいたせいで、婿養子の癖に矢鱈とお元気なサヴィニャック子爵の下半身事情とか理解できるし、使用人の誰かがポロリした「畑違いの同じ種」発言の意味も分かる。
知ってるかい? 上司や取引先のセクハラジョークは、スルースキル磨きと、乗っかってあれこれ引き出して言質取って、後々優位に立つためにあるんだぜ?
更に、「中の人」が私だったせいで、パンがなければ狩りをすればいいじゃない、と狩猟採取生活謳歌しまくり、待遇に対しては「ちょwwwおまwwwマジでかwwwwww」と草生やして笑い転げてる始末。
ほーら、現実+仮想の市川鷹がヴェルヘルミナにログインした時点で、諸々の前提条件がまるっとログアウトのお知らせじゃないですか。
ゲームの世界ではなく、よく似た別の世界なんだからフリーダムしてもいいじゃない、人間だもの。
アホなこと抜かしても、最後に「人間だもの」ってやると何でか名言ぽく聞こえる不思議。
とまあ、みつをはこの際置いといて、だ。
後見人なしでギルド登録できる十歳までを生き延び、その後も行き続ける――生存することが第一なのだ。
一度は到ったあの境地を目指す。その最初の前提が「生きてること」な訳ですから。
ともかく、十歳まで生き延び、その先も生き続けられんだったら、そこが南スーダンでもソマリアでもガザ地区でもヨハネスブルグのヒルブロウ地区でも、どこだって構やしないのである。
とまあ、プロジェクト飼い殺しとか、身の回りに厄ネタのにおいが漂い始めたので、例のヤツを前倒ししようと思います。
そう、こんな時にぴったりの策は! たった一つだけ策はある! とっておきのやつだ!
フフフフ……逃げるんだよォォォーッ!
……世界が熱狂(嘘)・ミッション大脱走、近日公開。
なんつって。
そう言や作者、乙女ゲームってしたことないわ。
そして何時にも増して高い主人公のテンション。
これも外見とのギャップ萌え……な訳あるかボゲェ。