四撃目 幼児期の経験が人生を左右し過ぎた件
気が付いたら、記念すべき転生一周年目を迎えてました。
インベントリから引っ張り出した企業コラボ食品アイテムのザッハトルテで、ひとり自分の誕生日を祝った、ヴェルヘルミナ(仮)七歳です。
酒が飲めないのが辛うございますが……をいこら寂しい言うなや。そんなん自分が一番理解してるっつうの。
……失礼キレました。カルシウム足りてないんだろうか。
小腹がすいたら川魚の焼き干し丸かじりしてるんだけどなー……やっぱ乳製品のがいいのかな。
インベントリにあった気がするんだけどなー、チーズ。
“ミヅガルヅ・エッダ”ん中で、白カビ青カビウォッシュタイプにハードタイプ、セミハードタイプ、フレッシュタイプ、材料の乳も牛に始まり山羊、水牛、羊、馬まで、ワインに合わせて色々買ったり作ったりした覚えがあるんだけど、どこにあるんだかいくえ不明です。うぬぅ。
焚き火であぶって溶かした山羊チーズをパンに乗っけて食べたい一心で、NPCの酪農家んとこに手伝いに行ってチーズ作り教わったんだよねー。
天空の城のパンもだけど、アルプスガールのパンもほら、殿堂入りじゃないですか。三代目大泥棒のミートボールパスタも捨てがたいけど。
チーズだけのつもりが、バターにハム、ベーコン、ソーセージの作り方まで教えていただいたのは、いい思い出です。
カルシウム補給はひとまず置いといて、倦まずたゆまず毎日が理想への第一歩と、日々基礎固めに励んでますが、お陰をもちまして当初の予定より早く、ねんがんのいのししをてにいれたぞ! となりました。
もっとも、正面から殺りあって狩った訳ではなく、走り込みしながら見付けた餌場に、集めたドングリ撒いてから樹上に張り込んで、食いにきたのに頭上から奇襲かけて仕留めたんで、次は正面から狩れるようにしたいと思います。
記念すべき猪初ゲットの廻の月最終日からしばらく、まるっとガッツリ肉祭りでしたが、大腰筋は神の食べ物と認識しました。大腰筋美味しいよ大腰筋。
兎肉のなんちゃってジャーキーも悪くはないけど、食べ応えのある保存食も欲しいですし。
計画的なご利用は、何も金だけじゃなかとです。
インベントリと言えば、これで勝つる! と思ったんですが、現実はそこまで甘かございませんでした、はい。
裏のない美味い話が世の中にある分けないってことです。うん、知ってた。
アイテムの出し入れだけなら、インベントリに入っているものであればで基本何でもきますが、今現在のスペックに相応のものしか使えません。
性能バグった装備品や、死んでなけりゃ即復活の壊れ性能の回復アイテムがいくらあっても、それらを使うに値する能力がなければ宇宙仕様の兵器の脚と一緒で、置物飾り物でしかないってことです。
今んとこ満足に使えるのは、鍋釜を筆頭とした炊事道具各種と食器類に、一般家庭に普通にある掃除と洗濯、裁縫の道具、寝具といった生活用品と、防御力紙の綿のチュニックに毛織のトラウザース、革のサンダル等の通常の衣類や各種食料品と、ネタアイテム的な意味でチートなアイテム類。
年齢で引っかかったのか、アルコール類は出すこともできませんでした。どちくせうっ。ワインなんてヨーロッパじゃ水の代わりだったじゃねーか。何でだよう。
寝袋は引っかかるかなー、と思ったけど、ある意味無駄な方向にハイスペックな点でネタアイテムのカテゴリに入ったらしく、売却はできないようだが、使用は可能だ。
……ネタアイテムに心血を注ぐ、『ミヅガルズ・エッダ』の職人集団、“サルト・フィニート”渾身のネタアイテムの数々を知る身としては、あの程度がネタアイテムとか微妙な気もするけど。
“OBACHAN THE OBACHAN”とかスゴかったからなー……どんな髪でもチリチリの大仏パーマヘアと変えるカーラー、色柄の微妙さを再現しきったネッカチーフ、ブラウスではない、うわっぱりだ! なこちらも絶妙に微妙なブラウス、誰が着ても微妙な丈になるゴムウエストのスカートと生活感漂う前掛け、娘がはかなくなったのをムリムリはいてる感溢れる校章っぽいワンポイント入りの白のハイソックス、どこで売ってるのか逆に知りたくなるつっかけ、こめかみの謎の貼り薬と手首の輪ゴム、買い物カゴまでフル装備すれば、高レベルパーティー推奨のモンスターが張り手一発であぼんする廃性能だったし。
そんなおばちゃんの張り手一発であぼんした高レベルモンスターの、消え去り際の哀愁半端なかったです。
装備品は「こういう装備欲しい」で始めた職人修行であれこれ作ったやつのうちの、初期の練習品縛りが発生してると考えられる。
鞣しは問題ないけど、染めにムラができちゃったんで仕立ての練習用にした、そこそこ丈夫な軟質皮革で仕立てた上衣やトラウザース、外套、手袋、長革靴そのほかの小物類。
料理してて切った指の傷やちょっとした火傷は治せても、逆に言えばそれだけしか治せないオロ9的な回復薬。
これまで使ってた大型ナイフに比べれば、切れ味と使い勝手の良さが増した、日本刀参考に鍛造したハンティングナイフと短剣、手槍、前使ってたのよりちょっといい合成弓と、貫通力に重点を置いた設計の鉄の鏃の矢、棒手裏剣風スローイングダガー。
あ、鏃とダガーは物量第一なんで鋳造で作ってるから、当たり前だけど鍛造よりグレードは低い。ま、折れたり曲がったりしても鋳潰せば無問題だから安心して使えます。ビバ物量。
……何でそんな初期の試験作みたいなん、後生大事に取っておくのかって? インベントリに入れたはいいけど、そのまま存在自体を忘れていただけであって、片付けられない系とか捨てられない系の女だからではない、断じてない!
その証拠に私の部屋(因みにワンルーム)は、友人も驚くシンプル空間だ。ここ本当に女の部屋? とかある意味近未来とか言われたけど。
そんなに変か。一人がけのソファとベッドとラック一つとVRマシンとノートPCがあれば、家具なんて充分だと思います。
偉い人は言いました。立って半畳寝て一畳、と。
何より、インベントリにすでにあるものしか出し入れできんのです。
バナナがおやつに入らないよーに、新しく手に入れたものはインベントリに入りません。
つまり、今までこさえたもんは、持てる分しか持てないっつーことです。
ま、制限あるけど、これらのアイテム類は大きなアドバンテージなので、あれこれ文句抜かしたら罰があたるわな。
充分アイテムチートなんだし、諦めるしかないですよねー。
加速装置もなー、実用にはまだまだ程遠いし。
内部魔力でガッチガッチに身体強化しまくっても、実時間で一秒が限界だし、解除と同時にキーゼルバッハさんがハジケて鼻血飛沫スプラッシュってその場に卒倒→ご先祖様に「くぉの馬鹿子孫がぁっ!」と川を投げ返されるのも相変わらず。
加速中に体を動かせば、骨格筋断裂するわ末端の毛細血管炸裂で四肢の末端真っ赤っ赤だわ、内部魔力回して組織再生まで含めて、最近じゃ半ば作業ゲーの風情でございます。
そのせいなのか何なのか、ここ最近、『ミヅガルヅ・エッダ』の何周年記念かのログインプレゼントで貰った記念アイテムのひとつ、企業コラボのヘアカラーセット(ちなみに、“オーソドックスな地味色から上空一万メートルからでも判別可能の奇抜色まで自由自在!”が売り文句。一セット十回分で髪色戻し付き)で染めないとヤバいレベルでわっ、わっ、わっ……わかっ、わかしっ、若白髪ががががががGA……っ!
眉毛と睫毛まで若白髪化してしもーて、緑の黒髪が、数少ない女子らしさが終了のお知らせでございますですよ。
純白ではなく、微妙に鈍い鉛色が薄ら混ざっているあたり、何かもう駄目かもしんない。色々と。
これって、一旦実験中止した方がいいんじゃね? と思わなかった訳じゃないですが、体毛総若白髪化で食らう精神的ダメージの大きさよりも、加速装置を実用化することのメリットの方が、私には大きく、かつ魅力的だった訳でして。
やっぱ切り札は欲しいじゃないですか。ここぞって時の奥の手って、カッコいいと思いません? 残しておいた次の変身や、こんなこともあろうかと! は普遍のロマンだと思うのです。
それに、ヴェルヘルミナ、イコール黒髪の子供、とヴェルヘルミナについて屋敷の人間が認識しているこの状況は、三年後には有利に働くはずだし。
ヴェルヘルミナがいなくなり、同年代の子供が別の名前、いや仮に同じ名前でギルド登録したとしても、ここの人間にとって白髪の子供は、それだけで彼・彼女等の知るヴェルヘルミナとはノットイコールになる。
もっとも、サヴィニャック家所領内やその近在のギルドに、ヴェルヘルミナの名前で登録する気は更々ないけどね。
最低でも北辺境、理想は隣国のギルドでの登録だ。
あ、修行だけど、そろそろ武術系も基礎なら入れても良さげかなー、で初歩の初歩から始めたけど、これが予想以上だった。
うまいこといかない方向に。
何つうか、剣、弓、槍、杖は相性いいけど、斧と鎚は相性イマイチな気がすんだよな。
何より、体さばき、足運び、重心の移動の全てにおいて、基礎の基礎の動作だってのにこの程度の動きしかできないってことが、たまらなく悔しい。
ぶっちゃけ辛い。身体的にではなく精神的に。
分かっちゃいるけど、もどかしいやら悔しいやらでやりきれないっつうか。
理想の動きがまずあり、肉体の性能を含めて、そこに今の自分を近付けるのが修行なんだと、分かっちゃいるけど……全てに足りなさ過ぎてこう、たまらんです。
まだ体ができていないってのもあるけど、それでもこう、忸怩たり思いがこう、やっぱりね?
甲冑組手術はまあ、長年の積み重ねがあるし、そん中で、あのモヤッとした境地も味わってるから、かなり順調だ。
今の状態でもそこそこ戦えるだろうけど、前のような動きは無論不可能だし、極めた関節強引に壊す程度の、不っ細工でザッパなんが関の山だと思う。
じいさま直伝の打つ→崩す→組む→極める→投げる→折る、のアーティスティック首折りコンボに至っては、まだ遠い先の話だ。
初めて見たじいさまの、アーティスティックな首折りコンボ。
あくまで技を見せるためだったので、本来は叩き付けて折るところを、紙一重で通常の投げ技に移行したじいさまの技量は、正直化け物だと思う。
うちのじいさま物理的に倒せる人間がいたら、ノーベル白兵戦賞受賞もんだと思う。
まあ、じいさまが化け物だとしても、あの技は、あの動きは、ひたすらに美しかった。
それだけは絶対的な事実だ。
極限まで研かれ、高められた技は、例えそれが、ひとの生命を絶つための技であっても美しいのだと、ひとはこんなにも美しく動くことができるのだと、胸に込み上げた言い様のない熱さに――感動と、そう呼べる静かな熱さに震えながら、幼い私は瞬きひとつできずに、ただただ涙していた。
ぼろぼろと泣きながら、美しさに涙したことを忘れまいと、目に、心に、魂に、余すことなく焼き付けた。
水の上であっても、漣どころか波紋も立てないだろう滑らかな踏み込み。
ゆったりとしていながら、いつ放ったのか理解できなかった鋭い崩しの一打。
ふうわりと触れた瞬間には、既に相手の手首から肩までの関節を極めていた。
羽毛の軽やかさで宙に浮かせた体を、自らの重みに耐え兼ね枝を離れる花弁の儚さと、獲物へと落下するように滑空する猛禽の速度をもって地へと叩き付ける様は、天仙の舞いにも似て、崇高ですらあった。
あんなふうに、胸が切なくなるほど美しく動けるように、感動に涙することしかできないほど、美しく戦えるように、私もなれるのだろうか。
いや、そうなるのだ。
あんなふうに、胸が切なくなるほど美しく戦えるように。
いつか、必ず、ああなるのだ。
考えてみれば、幼き日のあの光景が私の人生の最大の原体験なんだろう。
今生にまで引きずるとは思わなかったけど、前世においても成し遂げられなかった目標を、今生の目標に加えるのも、悪くはない。
三年後の、十歳の誕生日までを生き延び。
かつて一度は届いた理想に再び到り。
そこまで到ってようやく、あの日のじいさまに一歩近付くのなら。
……齢七つにして、人生の目標が何となく見えてきた気がする。
……おかしい。乙女ゲーム世界に転生してんのに、コイツだけ夢○獏の世界に転生してる。
そのうち、
「危ねえなあ、そんなもんを出されたら、手加減してやれなくなっちまうぜ――」
とか言い出すんとちゃうかコイツ。
そして言い出しても違和感が仕事しない件。