十三狩目 狩り暮らしのカレルレン
素で高いグロ耐性が一段と向上したカレルレンさんじゅういっさいになりました。もう何も怖くない……!
振り返れば、毎日が充実していた一カ月の職場見学。
規則は多かったけど、旧ナートゥム領の実情を一度でも目にすれば、何でそうしなきゃいけないか、頭じゃなくて心で理解できた、貴重かつ有意義な時間でした。
たとえば、旧ナートゥム領での瘴魔狩りに続けていいのは三日まで。どんなに元気で怪我ひとつしていなくても、四日目には協会付属の施療院で一日ガッツリ除染を受け、翌五日目もまるっと休養にあてなければならない。
狩りに出ていいのは六日目からで、それでも続けていいのは三サイクルまで。
三サイクルしたら、五日はガッツリ休暇を強制されます。
あと、四カ月に一度、ホーラで一カ月(移動分含まず)の休養が義務付けられているけど、交代制だから、リーデトから人がいなくなることはない。
でもって、瘴魔狩りに出た日数が合計で三百三十六日に達したら、ホーラ以東の土地で最低半年(移動分含まず)はしっかり休養を取らないと、リーデトでの瘴魔狩りに戻ることはできない。
欧米もビックリの分厚く手厚い福利厚生だけど、瘴魔による汚染がキツい場所に行くってことは、それだけこっちも汚染され易いってことだから、例のアレみたいな変異を起こされないための予防手段でもある訳だ。
瘴魔狩りに出ない住人の場合は、狩りに出る連中ほど汚染の危険度は下がるから、週に一度の施療院での除染と、月に一度の徹底除染でいいんだそうな。
まあでも、大塞壁ん中は中和剤の篝火を一日二十四時間、一年三百三十六日年中無休で焚き続け、朝昼晩に打ち水ならぬ打ち中和剤して、偏執狂か強迫観念かってなくらいの神経質っぷりだから、そんくらいで済んでるんだろう。
つか、そんくらいしなきゃ無理、ってゆーのは、リーデトに入ってから四日目の朝、初心者研修を終えて、初心者向けガイドをして下さるベテラン殲祓者――瘴魔狩りを専門にしとる方は、傭兵の中でも別格扱いでそう呼ばれとるそうですが、何とも厨二ライクな響きに乾いた笑いが浮いちゃったのは内緒ってことで――に先導されて、初めて旧ナートゥムに足を踏み入れた時に、理解できた。心っつーか、魂で。
リーデトから旧ナートゥムへ唯一続いてる、巨石を積み重ねた人工の隘路は、Yの字の下側を旧ナートゥム側に向けたみたいな構造をしていた。いざって時はこの巨石を崩して封鎖するものと予測されます。
で、そのY時の、上のVと下のIの接続部分に、公立学校の格技場よりちょっと大きいくらいの建物――通称、殯宮。うわ縁起悪っ! なおLDKなし更衣室、除染室、検査室、焼却炉完備です――があって、そこで支給される使い捨て防瘴スーツ兼防具に着替えてから旧ナートゥムに入る訳ですが。このスーツ兼防具ってのがまた、ボディラインがモロ出る、フォーエバーな方の蝙蝠男に出てきた猫女のアレっつーより、えーっとこれは何タスティカさんかな? もしくは何ゴニアさんですか? って感じのデザインで、剣と魔法のファンタジーを微妙に無視した感はあれども、それなりにオシャンティーでして……でも、挽肉製造機持ってこーい、ってなります。もしくはマキシカスタムはよ。いいよね撲殺用拳銃。
で、そーやってやっとこさ旧ナートゥム領に入れるんだけど、もうね、殯宮から出て空堀渡った先から、違う星になってやがんの。
もしくは漂流クラスルーム的に、カマドウマ型未来人類とかが出てきても違和感仕事しないレベル。
ブロック大の石を積んだ家の壁は、ここがこうなってから十四年しか経ってないのに、風に吹かれただけで崩れてきそうなくらいボロッボロ。
……まあ、屋根吹っ飛んでたり壁吹っ飛んでたりあちこちに小型のクレーターできてたりの八割五分くらいは、十四年前に転生者(推定)がやらかしたメテオストライク(仮)のせいなんだろうけど、それでも、これはひどい。マジで。
崩れた石組みの隙間に張り付いてる、苔だか粘菌だか分からないけど、妙にべたっとした質感の、びらびら平べったい原色の膜のようなものを、足の数が二乗か三乗されてそうな、見るからにぶにょぶにょした腐った生肉色のザトウムシっぽいナニカが捕食してるとか。
木工用ボンドにタラコ混ぜたのをラップで包んで、成人男性の親指大に形成したっぽいナニカが群れを成し、蠕動しながら行進してるとか。
そんなナニカをリアル九相図青瘀相ライクに青くてグロいタガメの卵的な突起物を全身にびっしり纏った、成人男性の握り拳二つ分はあるカマドウマっぽいナニカがむしゃむしゃしてるとか。
よくまあここまで生態系狂ったよなと、一周回って感動しちゃうSAN値直葬このイカれた世界へようこそ! な光景がお出迎え、だからね。
朝食は摂らずにおきたまえよ、との超ジェントルマンの忠告の意味がよく分かった。精神にダイレクトアタック&オーバーキルだもん。
思わずえろっとリバースしたけど、あれはもう、気持ち悪いとかそんななまっちょろいもんじゃなくて、あの光景が人類社会の一部に存在してるっつー現実に対する拒絶反応つーか、生理的な現象レベルでの拒否反応だと思う。
鼻から口にかけてを覆う、そこはかとなくダイナミック感漂う支給品の防瘴マスク兼のスカーフをずらして、げーげー胃液ブチ撒けてテラ涙目だったけど、意地と根性と気合で、旧ナートゥム領わくわくSAN値直葬ツアー乗り切った私偉い。超偉い。
ツアコンの殲祓者に連れ回されたのは、旧ナートゥム領内でも汚染が比較的軽度な、海で言ったら波打ち際か潮だまり程度の安全な場所。汚染は旧ナートゥム領の中心部へ行くほど深刻になっていき、当然危険度も上がっていく、ってのは、初心者研修で叩き込まれたことの一つ。
波打ち際→浅瀬→(地学上での)大陸棚→東京海底谷→駿河湾海底谷みたいに難易度が上がっていって、最深部、最重度汚染区域の難易度になるとチャレンジャー海淵(マリアナ海溝)とか、そーいうレベルになるっぽい。
汚染度が高くなればなるほど、そこに出没する瘴魔も、大型化&狂暴化していくから、最深部ともなると、特に腕の立つ殲祓者でも、最低二個分隊規模で組まなきゃ潜らないとか。
あと、グロ方面でR指定モンのキモグロクリーチャーども、あれって、旧ナートゥム領内に生息していた在来種が、瘴魔に汚染されて変質つーか変性つーか、ああなっちゃったモノで、広義では一応アレも瘴魔に分類される。
まあ、危険度低いから駆除の優先順位は低いけど、大型になると駆除の対象になる。
じゃあ狭義としてはどーなんだっつーと、人類種を主食とし、周囲の環境を汚染する以外、何物なのか何処から来て何処へ行くのかもサッパリ不明の、ナートゥムを旧ナートゥムにしたクリーチャーども、となる。
ちなみに、前者の変異したモノをⅡ種、後者をⅠ種と区分しており、更にサイズや危険度によって兵・車・馬・象の四つに区分されていて、旧ナートゥム領SAN値直葬ツアーで見た蟲っぽい諸々は、一応Ⅱ種の兵級に分類される。
でもってこの四つの区分は、人間大未満が兵、人間以上馬未満を車、馬以上水牛未満を馬、それ以上はまとめて象となってるので、割とザッパだ。
ちなみに象は、こっちじゃ見たことないけど、北の大陸に生息してるらしい。ライオンも北の大陸らしいし……アフリカか。アフリカなのか北の大陸。野性の王国か。動物ランドか。ハシビロコウはおらんのか。
あと、狩った後の瘴魔は焼却処分一択。焼却剤使って、骨まで灰になるほどの高温でしっかり焼いて、やっと無害になるそうで、だったら旧ナートゥム領丸ごと消毒だァー! すりゃいいんじゃね? と思うんだけど、現状、空飛ぶ魔王様(宝剣付黄金柏葉騎士鉄十字勲章受勲)搭載のJu―87Gカノーネンフォーゲルで急降下爆撃どーん、とはいかないからねー。
まあ、そうやってこんがり焼き上げ灰にすると、瘴魔は瘡蓋一歩手前の血の塊に似た結晶体を残すのですが――お分かりいただけただろうか。それが、現在流通する魔道具の心臓部ともいえる血晶玉の原石? なのである。
原石を除染剤と一緒に坩堝で焙焼し、更に幾つかの行程を経ることで、血晶玉になるんだとか。うわあ知りたくなかった原材料!
それはともかくとして、そもそも同じ惑星どころか同軸上の次元に存在するモノなのかすら疑わしいレベルでおかしいわ。
旧ナートゥム領内最深部にハイヴとかものっそい原子核の渾沌世界に繋がるナニカとかがあってもおかしくない気がする。アザーティだったとしても、寧ろそれだ! って納得できるわ、うん。
そんなレクチャーを受けつつ、旧ナートゥム領がどんだけ異界で裏世界でクレイジーなのかを肌身で感じる洗礼式を終わらせてリーデトに戻ったのは、正午ちょっと前。
防瘴装備一式を殯宮で返却して、除染室の中和剤風呂に頭のてっぺんまでザッパー浸かって風呂ならぬ除染槽上がりの中和剤一気して、検診受けてよーやくリーデトに戻り、協会のリーデト支部付属の研修生用寄宿舎の前まで、ツアコンの殲祓者に送ってもらった後は、部屋まっしぐらで速攻ベッドにダイブしたもんです。
肉体的疲労はそんななかったけど、精神的疲労に引っ張られたのか、即寝オチたからね。
それでもギリ装備換装して、インベントリ死蔵品、ダサ過ぎて逆にシャレオツと評判だったウン周年記念Tシャツとスウェットモドキにチェンジしたのは、我ながらファインプレーだったけど。
結局、その日どころか翌朝まで爆睡こいた挙句、起きた後もしばらくは使い物にならなくて、シガレットタイプの中和剤ふかしながらぼひゃーっと腑抜けて何時間か無駄にしちゃったのは、今思い出しても痛恨の極みであります。勿体ない。
そんな腑抜けた有様でしたが、あー着替えなきゃーと、うぞうぞもそもそしてる最中ふと目に入った、残酷なまでにスットーンと真っ平らな大平原の中央部、心臓の上にぽつんとできたそれのおかげで、目がね。一気に醒めた。
赤く引き攣れた皮膚。グロリオサや彼岸花に似た形なのは、皮膚と肉がこう、小規模ながら派手にぐちょっと爆ぜ割れた感じになってた傷を、ものっそく雑に治したからなんだけど、正直人に見せらんねーわな仕上がりです。だってアレやん。厨二臭いですやん。
でも、その厨二臭いソレのおかげで、思い出せたんですよね。何でリーデトに来ようと思ったのか、何のために今リーデトにいるのか、そういうのを。
あの化け物に倍返しするんだろ惚けてる暇ねーぞ一カ月しかねーんだぞ時は金なりハリーハリーハリーハリー! と、腑抜けてた反動なのか最高にハイってヤツだァ! みたいなメーターぶっちぎれたテンションの赴くまま、午後から辺縁浅部での狩り捻じ込んで、汚物(瘴魔)は消毒だァー! しまくりました。
以降、三狩二休三サイクルのペースで瘴魔ぶっ殺すマン(♀)として元気にヒャッハーしとったとですが、そのヒャッハー具合が先輩殲祓者の方々の目にとまったようで、何日か様子見してから、アレなら使える、と判断したらしく、ひと狩り行こうぜ! と声をかけられるようになりました。
この手の狩りは単独の方が気楽なぼっち体質としては正直気が重かったけど、中堅から一つ先に抜け出そうな辺りにいる殲祓者の分隊に紛れ込むことで、より上位の、危険度の高い瘴魔をぬっ殺す機会に恵まれる訳だし、なら気の重さなぞ投げ捨てるもの! した結果、車級に近いⅡ種兵級瘴魔の頭部(推定)を戦鎚で磨り潰すお仕事を体験させていただけたので、非常に有意義だったと思います。
一カ月の研修を終え、輜重隊の皆様とミヒまでご一緒させていただいた後は、乗合馬車乗り継ぎ乗り継ぎ、スキースに戻ったその足で協会に直行。瘴魔狩りがしたいです安西先生……! と頭を下げて頼み込むこと十ウン日の努力が報われて。
そう。
待ちに待った時が来たのだ! あの連日の怒涛の嘆願活動が無駄で無かったことの証のために……再び戦鎚を瘴魔の血で染め上げる為に! 胸焦がす殺意の成就のために! ソロモンよ! 私は帰ってきた!
てな訳で、大塞壁を越える、唯一の手段である昇降機の中から見下ろす、三カ月ぶりの懐かしの戦場に、顔がにやけてしょうがありません。
うふふふふ。
† †
研修許可証に添えられていた紹介状の、「期待の新人」は、文字通りの意味だったようだ。
ヴェルヴェリア大陸自由傭兵協会、リーデト拠点の統括責任者であり、元銀位の殲祓者、ビズリーは、研修を終えて三か月後、推薦状を携えて、再びリーデトの地を踏んだ新人――カレルレン=ナガンの、今夜一晩の研修用寄宿舎の使用申請の手続きを行いながら、そんなことを考えていた。
一晩どころか、一週間だろうと一カ月だろうと空きはいくらでもある。研修用寄宿舎の全室が、研修者で埋まるなどという椿事は、まず起こらない。
そもそも、リーデトで殲祓者としてやっていこうとする者の数以前に、その前段階の研修希望者の絶対数が、圧倒的に少ないのだ。
研修希望者がいて、拠点の統括責任者が研修許可を出し、リーデトで研修を受けたとしても、研修後、拠点の統括責任者からの推薦状を持って戻ってくる例は、更に少ない。
研修の終了後、リーデトでの評価は、研修者本人にではなく、研修許可を出した拠点の統括責任者に通知される。
評価を下すのは、主にリーデトの殲祓者である。
まずその行動を観察し、しかる後理由を付けて研修者に同行し、その過程で本人の適性を判断するのだが、余りにも使えない場合、観察対象が『無断離脱』し『戦闘中行方不明』となり、最終的に『戦闘中死亡』することが、稀にある
もっとも、そういった事例が起こるのは、協会ですら矯正不能と判断した、再生不能の粗悪品を、煽て持ち上げ褒めそやし、あれやこれやと美味しそうな理由を付けて研修に出した場合に限られているが、それを踏まえて口さがない者の中には、殲祓者を屍肉喰いの蔑称で呼ぶものもいる。
それはさておき、研修後、研修者がリーデトで殲祓者としての活動を希望した場合、評価を担当した殲祓者が、研修者に可能な能力があると判断した場合に限り、統括責任者からの推薦状が出され、能力がないと判断された場合には紹介状が出されるが、どちらの場合でも、最終的には本人が選択することに変わりはない。
研修終了から三カ月、紹介状ではなく、推薦状を携えやってきたカレルレンは、間違いなく、歴代最年少の殲祓者となるだろう。
リーデト拠点を預かる身として、年々減少傾向にある対瘴魔防衛の現場戦力をどう確保するか、常々悩まされてきたビズリーとしては、若手が増えたことは喜ばしいが、若手を通り越し、幼さすら残した少年を戦力とすることに、忸怩たる思いがない訳ではない。
加えて、深層部と中層部の間を狩場にしている殲祓者によれば、それまでⅠ種の出現など、兵級でも月に二、三例あるかないかであったが、車級が混じった兵級の群の目撃報告が、月に五例は入るようになっている。
報告を受けたビズリーの想定した最悪の事態は、大瘴侵の再発生だ。
猫の手でも馬の骨でもいいから戦力は欲しいが、できることならあと六、七年早く生まれていて欲しかったと、手続きを終え、二階の空き部屋に向かうカレルレンの後姿を眺めて、ため息をついた。




