二十四撃目 The wolf knows what the ill beast thinks.
魔法講座終了後、部屋に戻ってきっちり対価をお支払しました。金貨(小)一枚飛んできましたけど、得られたものは確実にそれより大きいと思いますが……等価交換じゃなくねコレ? いやマジに。っべー真理に何ぞ臓物とか取られんじゃね?
そんなささやかな恐怖感をよそに、何事もなく一夜が明けて、ガッツリ朝食もいただき、次の護送げふん保護観察官とのランデブー地点である街門脇で待機中なう。
ザッパな感想としては、物と人の流れが、途中の街より活発かなー、みたいな。
あと一週間弱で王都らしいから、この辺はもう首都圏内ってことか。群馬埼玉千葉茨城? それとも奥多摩とか八王子辺り? 立川? あそこは神の子と目覚めた人のいる聖地(笑)だから。あと荒川は異界。異論は認める。
ま、それはさておき。
次の保護観察官、ステアーさんの姿はまだ見えないけど、定刻十分前だし、当然っちゃ当然か。
アストラさん、時間には几帳面なのね。時間に対しては、ルーズなのよりゃ細かい方がいい。
少なくとも、女だから支度に時間がどーのこーのと、相手は待つのが当たり前、みたいな寝言を目ん玉かっ開いてお抜かしやがってくれやがるゆるふわ脳に比べ……るのは失礼か。あの手のは、同性でもないわー、ですけんのー。
さて、王都方面に向かう荷馬車には、木箱や麻袋、樽が積まれている。多分だけど、農産物やその加工品かな。それなりに重量のあるの積んでるからだろうか、轍の音が重たい。
王都方面からの荷馬車の積み荷はほぼ木箱だけど、反対に轍轍の音は軽い。
地方の農産物を中央に、中央にあるものを地方に持ってくことで、金が回る訳だ。天下の回りものがちゃんと回るって、大事ですよ。
そんなことらつら考えながら、競走馬とは骨格から違うガチムキ労働馬が鼻息も猛々しく行き来するのを眺めていると、待ち人がやってきた。
荷馬車に同乗して。
ポカーンとしてると、ド・ゴール暗殺とか頑張っちゃう系正統派ブリティッシュダンディー、ステアーさんが、一時停止した荷馬車の荷台の上で木箱に寄りかかって半分寝そべった姿勢のまま、片手を上げ、こちらに向かってへらりと笑いかけてきた。
うん、ダンディー台無し! でもそこがいい!
「よーぅ、おはよう諸君」
顔同様に気の抜けた、へらりとした声と口調に、アストラさんがしゃあねえな、と呟くのが聞こえたけど、アイサツは人間関係の基本だよね! ハイクは詠まんが。
「……おはよう」
会釈してアイサツを返すと、ステアーさんの手がおいでおいでしてるじゃあーりませんか。
一応アストラさんと荷台のおば……げふん、マダムの顔を見て、行ってもOKそうだと確認したところで、アストラさんに向かい、頭を下げる。
うん、お世話になったし、お礼しなきゃあかんでしょ。
「……お世話に、なりました。ありがとう、ございました」
ちょっとまだ不自由つーかつっかえるけど、まあいいかと。
お礼をしたら、荷台のマダムにも頭を下げる。
「……よろしく、お願いします」
余計な荷物乗せていただくんですから、このくらいの気遣いは必須だと思います。
その一言が人間関係の潤滑油。
挨拶が済んだら、荷台に近づき、ひょいと跳び乗る。着地の瞬間、下半身を経て全身に衝撃を流し荷台の揺れを最小限に抑えるのがポイントです。
が、まだ完全に着地の衝撃を消しきることはできないので、ぎし、と荷台が音を立てる。ぬう、残念。
こっそり悔しさを噛み締めているすぐ近くでは、ステアーさんが、アストラさんに、
「子守りご苦労さん。そんじゃま、コイツ預かるなー」
と、へらりと声をかけている。
うん、この人のテーマ曲はアレだ、スー○ラ節だ。バズーカモーニングコールとかすごく似合うんじゃないかな、純○的な意味で。
それを横目に、そそくさとおがくずが散らばる荷台の片隅、なるべく死角が少なく視界を広く保てる場所を探す。
……お、見っけ。
御者台に近い方の荷台の角っこが、ちょうど空いてる。
おがくずを軽く手で払い、尻の座りのいい位置をもそもそ探し、体育座りでコンパクトにまとまったところで、ステアーさんがアストラさんに一声かける。
「手間かからねえから、楽だぞ子守り。……ま、精々励めよ、小僧」
おや、ステアーさんだけかと思ったけど、私にも一言ありましたよ。
励めよ、ってのは魔法のことだと思われますが、そりゃもう励みますよ? まずは内部魔力を体外に放出するとこからですね。
「……授業料分は、取り返す」
そんな意気込みを返せば、アストラさんはにやりと笑ってみせた。
悪の組織の狂科学者が、正義のヒーローに負けて更なる力を求め改造手術を志願した幹部を前に浮かべる笑みって、多分こんな感じじゃないかなー。
会話が途切れたところで、御者台のマダムが手綱を繰り、ガチムキ労働馬が動き出した。
さて、次の飛び石宿場町までのんびりするかね。
……あ、宿代節約用の獲物どうしよう。
† †
轍の音と、馬の蹄が地面を打つ音のほかは、時折の風が草原と葡萄畑を吹き抜け、葉を揺らす音くらいしかしない。
穏やかな陽気と相まって眠気を誘うが、ダイレクトに尻に響く揺れが、瞬く間に眠気を追い散らす。
半ば寝そべるような格好で、足を投げ出しているステアーだが、その目は、荷台の隅で小さくまとまっている少年――ツァスタバを、それとなく観察していた。
――気張り過ぎだろ。
探るように周囲を伺う様は、少々肩に力が入りすぎているようにも見える。
それが悪いとは思わないが、もう少し肩の力を抜いた方がいいのではないか、とも思う。
草原のどこからか、甲高い鳥の鳴き声が響くのを聞きながら、ステアーは視線を上空高くへと向けた。
他の季節より、心持ち青さが深みを増している。
確かに手はかからなそうだが、別の意味で少々面倒くさそうだ、とステアーは小さな溜め息をついた。
† †
荷馬車のおかげで、パキスの二つ先にある飛び石宿場町まで一日で進めたのはラッキーだったけど、ケツがごっつ痛いツァスタバです。
もうね、ケツが割れるかと思いました。
板バネもサスペンションもゴムのタイヤもないから、振動がケツにダイレクトアタックかましてくれます。
え? 板バネとかサスペンションとかゴムタイヤの技術チート? そんなん余所の転生者に丸投げですが何か。そもそも私以外にいるのか転生者。
軽いストレッチで体を解しながら見上げた、半ば沈んだ日が鮮やかに染め上げる空には、半紙に墨が染みてくみたいに、じわじわと藍色が滲んでいた。
温暖つっても、暦の上では一応冬だし、夜ともなればちょっと肌寒い秋の中頃から終わりくらいには冷えるけど、その程度だからなー。
ちらっと横目で見やったステアーさんは、荷馬車のマダムと別れた後も、あの何ともへらりとしたお調子者じみた表情で、持ってけ泥棒とばかりの投げ売りをしてる屋台の果物売りのおばちゃんやら、既にできあがりつつある酔っぱらいやらと言葉を交わしていた。
どこの宿が安い、どこの店が美味い、どこの酒がいい、おばちゃんと酔っぱらいの口からは、そんな話がつるつる滑りよく出てきてた。
たまに下ネタすれすれのジョークが飛び出す、下世話な部類に入る世間話からよくまあそんなに引き出せるもんだ。
「よし、坊主。今日の宿は未亡人とその娘がやってるってとこだ。顔見えるようにしとけよ」
「へぇー……って待てやコラ」
振り向き、にやりと笑ったステアーさん……ステアーのおっさんにジト目でツッコむ。
私の面と未亡人とその娘がやってる宿に泊まることについての因果関係について問いたい。問いつめたい。小一時間くらい問いつめたい。
そりゃあね? 確かに小僧とか坊主とか言われてますよ? イビの街で二回目の碧甘丹使ってから、一層男骨格に傾いてるっぽいですよ? 前世でも扁平胸言われてましたが第二次性徴前の幼児に胸部装甲求める方がおかしいんですよ?
それでも一応生物学上は♀なんだけどなー私。
が、ステアーのおっさんは相変わらずへらりとした顔で、
「丸い卵も切りよで四角つってな、使える時に使っといた方がいいぞ。顔なんざ幾ら使ってもタダだぞ、タダ」
ときたもんだ。
けどな。
「タダより高いものは、ない、つってな」
そう返すと、ステアーのおっさんは一瞬目を丸くすると、からからと声を上げて笑った。
笑うだけならいいけど、ばしばし肩叩くのやめてくんないかなー。
未亡人とその娘がやってるっつー本日の宿に向かったのは、ステアーのおっさんが一頻り笑ってからだった。
立地条件はそこそこだが、入り口を入って中を見回してみれば、掃除が行き届いているのが分かる。うん、これ大事だよね。
四つの丸テーブルもほぼ全部が埋まっているから、食事についてはかなり期待できそうだ。
……未亡人とその娘? 豊満な前期高齢者と熟女ですが何か。クレアおばさんとかステラおばさんが姉妹にいそうな感じ。あと絶対シチューとクッキーが得意。
ボンキュッボンで熟れ熟れの未亡人とピッチピチ(死語)な娘二人でやってるい宿? そんなんDTの妄想の中にしかねーよ。そんな優良物件、普通再婚してんだろ。
それはそれとして、ステアーのおっさんが取ったのは、二階の二人部屋だ。
アストラさんの時のような、宿泊者との世界観の隔絶っぷりがギャグレベルなカントリースタイルではなく、質素で清潔な農家の寝室といった部屋だった。
ベッドとクローゼット、二人がけのテーブルと椅子は、古びてるけどガッシリとして頑丈そうなやつで、妙な安心感がある。
ひとまず旅装と武装を解き、トラウザースと革長靴、内着の軽装になったところで、荷物をクローゼットにしまう。
クローゼットにしまうフリしてインベントリ、っつーのを考えなかった訳じゃないけど、ステアーのおっさんがクローゼット使うときに中がエンプティだったら面倒だし。
何より、インベントリの思わぬ問題点が露呈したのですよ。
いえね、時々使えなくなるんですわ、インベントリ。
何故かはわからんのですが、インベントリ自体が反応しないってことが道中ありましたんよ。
携帯電話が主流だった時代、地域によっては繋がらなくなるってことがあったそうだけど、そんな感じでインベントリに繋がらない時がありまして。
便利だけど万能じゃないっつーことがよく分かりました。
軽装になったところで、早速階下の食堂に向かう。
宿代は二食分の食事代込みだし、さっきちょっと見た限りではかなり美味そうだったし、これは期待大。
ステアーのおっさんも、外套を脱いで椅子の背にかけ、食堂に突撃する私の後から部屋を出た。
足取り軽く向かった食堂では、三人組のおっさんがちょうど席を立ったとこだったので、すかさず空いた椅子に滑り込む。
太ましいボンボンボンの熟女、ではなく、従業員らしい十ウン年前の看板娘(推定)が、逞しい腕で空いた食器をまとめて運んでいくのを見送り、わくわくと晩飯を待つ。
「はいよ、おまちどうさん」
しばらくして、十ウン年前の看板娘が、陶器のビアマグと湯気の立つ皿をテーブルに運んできた。
つっても、私の方のビアマグの中身は、ただのレモン水だったけどな!
気を取り直し、テーブルに並んだ晩飯に向かい合う。
メインはトマトソースで煮込んだ鶏モモ。タマネギに赤パプリカ、茸が入った鶏モモのトマトソース煮込みは、ニンニクとローリエ、パプリカパウダーの風味が肉の癖を上手に美味さに変えている。塩加減も流石年季の入った主婦は違うわー、と感心せざるを得ない。
付け合わせのセロリのピクルスは、唐辛子のピリッとした辛さとまろやかな酸っぱさが爽やかで、口の中の脂がさっと拭われるようだ。
鶏ガラと、本来ならゴミ箱行きの野菜屑(セロリの葉とかパセリの茎とかその辺な)とローリエで取ったスープストックで、タマネギと茹でて潰したジャガイモを煮込んだスープも、フレッシュのバジルのアクセントが素朴な美味さをよく引き立てている。
パンについては、ブールでもバゲットでもなく、スペイン家庭料理の定番、パンと野菜の炒め物として出てきた。硬くなってそのまま食べるのが難しくなったパンを野菜と炒め煮したと推測されるが、こういうのもアリだと思う。フレンチトーストほど柔らかくはなく、適度な歯ごたえを芯に残して野菜の甘さをたっぷり含んだパンがもうね、美味いとしか。
一心不乱に目の前の食事に没頭してたら、その姿が何かに触れたらしく、「おやまあ、いい食べっぷりだねぇ坊や。さ、たんとお上がり」と太ましい熟女、もとい豊満なマダムがパンと野菜の炒め物を一皿サービスして下さいました。やったねツァスちゃんご飯が増えたよ!
そんなこんなで結果的に重労働の成人男性二.五人前近くを平らげ、余は満足じゃ、と食後のレモン水をちびちび飲んでると、ステアーのおっさんと目が合った。
「な、一皿儲けたじゃねぇか」
にやにやしながら、二杯目だか三杯目だかのビアマグをぐっとあおる。
これはサコーの父ちゃんが言ってたんだけど、こうした飛び石宿場町の宿で出るのは大概エールで、それも宿の自家製のものが殆どなんだとか。そりゃ下面醗酵のラガーは数週間の熟成が必要だしな。
だから宿ごとに違う味わいがあるので、飲み比べで宿をあれこれ変える楽しみもあるってことだ。
それはあと八年待たないとできないんですけどねー。
「……顔じゃなくて、食べっぷりで、だけどな」
「けど儲けたろ。ほーら俺の方が合ってただろー」
「おっさん、子供か」
「おっさんじゃねえ、お兄さんだ。いいか坊主、もてる男は少年の心をだな」
「そいうことを、言い出した時点で、おっさん認定」
などと軽口を叩き合っているうちに、ステアーのおっさんの声が変わった。
声っつーか、音の質? が変わったと言うべきか。
すとん、とテーブルを中心に穴にでも落ちたように、限られた範囲だけで聞こえる声、とでも言うか……何と言う天○り松。
え、これって相当どえらい技術じゃね?
「あのなあ、おっさんてな繊細な生き物なんだぞ。おっさんおっさん連呼されたら傷付いちゃうんだぞ」
なのに内容コレかよ! とんだ技術の無駄遣いだよ!
おっさんおっさん連呼してんの自分じゃん。じゃなくてだな、普通そーゆー技術は別の場所で使うものだと先生思います。
「俺から見れば、十分おっさん」
とりあえず、ステアーのおっさんの声のような質、を目指して発声してみたけど前々駄目。
その駄目っぽいのをプークスクスしてるステアーのおっさんは、大人げないにもほどがある。
「え、それ俺の真似? 俺の真似? 似てねぇー。あ、お嬢さんエールもう一杯」
……その声で器用に笑ったかと思えば、看板娘(元)に普通の声でエールのおかわりコールとか、その器用さに腹が立つ。
そんでドヤ顔とかイラってくるわー。
ムスーンとしてると、ステアーのおっさんは相変わらずへらりとした顔で、
「まあ何だ、お前気張り過ぎ。眉間に溝刻んで生きてても楽しくねえぞー。俺程じゃねえけど面も不味くねえんだ。ほれ、試しにあちらのマダムにニッコリ笑って「ご馳走様」とかあざとく言ってみろ。飯代割り引いてもらえるかもしれねえぞー?」
言われて、眉間に触るが、溝なんざない。おのれシャ○、図ったな!?
ってのは冗談だけど、そんなに私肩に力入っとったんじゃろかー。私的にはわりかし自由人だったと思うんだけど……どっかで気張ってたんだろうか。
だとしても、それを見透かされてたとしたら……キャーハズカシー(棒)ですわ。
参ったなぁ。
それが顔に出たのか、ステアーのおっさんはなおもへらりとした顔を維持したまま、
「ほれ、やってみやってみ」
うぬぅ、このおっさん煽りよる。
が、ここまで煽られたならやってらろうじゃあーりませんか。
見てろやおっさん、飯代ロハになってもびっくりすんじゃねーぞ。
隠行を一端解き、顔の筋肉の手のひらでマッサージして動きをよくしてから、高校生なのに小学生探偵を思い浮かべる。
たたたーたー、たたたーたーたたー(略)よし、行け江○川ツァスタバ! 真実はいつもひ(バキューン)
空になったレモン水のマグを持ち、てててと足音を立て、食堂のカウンター席内側でつまみらしき生ハム切ってるおかみさんに、
「おかみさん、ごちそうさまー」
満面のあざとい笑顔でマグを差し出す。
っておいおっさん聞こえとるぞ大噴出が。
おかみさんを見れば、びっくりしたとでも言うように眼を丸くして、しばしの間まじまじと私の顔を見て、
「おやまあ、ずいぶんときれいな顔をした坊やだこと。お父さんかお母さんは一緒じゃないのかい?」
「どっちもいないけど、知り合いのおじさんと一緒なんだー」
どっちもいない、におかみさんが表情を曇らせ、
「そうかい、苦労したんだねぇ」
え、どうしてそこで涙ぐむ。ちょ、待てよ。
あれれー? おかみさんの中で何ぞストーリー始まってね? これ。
ちゃうからね? おかみさん思ってるようなことはないから! 隣の国の地方貴族んとこで働いてた女中が、雇用主に放送禁止されて身二つになった挙句、子供取り上げられて追い出されたとかよくあるし。多分。その子供が家出しただけだから!
うん、こうやって振り返ると私の身の上って案外波乱万丈? いやダ○ターンとか呼ばないし。ギャリソンはめっちゃ欲しいけどな。ぐう有能超執事。
どーすんだよと振り返れば、なんということでしょう、ステアーさんの姿がないではありませんか。匠もびっくりだよその投げっぱなしジャーマン。
ほらお食べ、ってつまみに切ってたのより厚く切った生ハム盛った皿とか渡されましても……どうしておばちゃんて子供にもの食べさすの好きなんだろーねー。
もうどーにでもなーれ、だコンチクショウ。
とりあえず、できたとこまで上げてみました。
多分確実に加筆修正する。
あと確実に最短。
生まれてすいません。




