一撃目 どう考えても人選ミス
私はゲーマーである。名前は市川鷹。VRゲーム黎明期から今日まで十年以上ユーザーを魅了し続けた剣と魔法のVRMMO、『ミヅガルヅ・エッダ』に一日最低一時間(休日祝祭日は最大六時間、出張等のあった日を除く)を、サービス開始時から注ぎ続けた古参兵である。
ちなみにXX染色体(♀)ね、ハイここ重要テストに出ます。
まあ、“理想の戦闘スタイル”を実現すべくひたすら鍛えに鍛え、気付いた時にはぼっちだったけど気にしない。
ジークぼっち! ハイルぼっち! おひとり様の何が悪い!
……まあそれはそれとして、『ミヅガルヅ・エッダ』の面白いところは、戦って経験値とレベルとスキルポイントボーナスを稼いで成長する、古きよきRPGの伝統を継ぐ成長方法とは別に、経験値やレベル、スキルポイントボーナスに依存しない成長方法があることだと私は思っている。
それは、走り込みや筋トレで体を鍛え剣を振る土台を作り、致死量に至らない量の毒物を摂取して耐性をつけ、ギルドで「魔力開放」の儀式を行ってもらい魔力を感じられるようになったら、瞑想で集中力と魔力の制御を高め、書物から魔術の理を学び、店売りの武器や防具などの装備品に不満があれば作り方を学んで自分で作り、卵や幼獣を探して育てて、と、試行錯誤を繰り返し、派手さのかけらもない泥臭く地味な行為を積み重ねていく、現実に近い方法だ。
私が選んだのは、その泥臭く地味な行為を積み重ねるやり方だった。
お陰で同時期に始めたプレイヤーは、私がひいこらやってる間にトップランカーとして知られるようになったし、後発のプレイヤーにもあっさり追い抜かれた。
時にNPCに間違われたり(スタート地点の城壁都市の外周走りこんだり、ギルドの鍛錬場で木刀の素振りや弓の練習してたり、瞑想室で座禅組んでたり、書庫で魔術書読んでたり、鍛冶屋や農場や牧場で働いてたりしてたからなー……)、後発組にプギャーされたりしたけど、私は私の信念の元、派手さのかけらもない泥臭く地味な行為の積み重ねで、“理想の戦闘スタイル”を目指した訳で……でもそれは、決して無駄ではなかった訳で……十とウン年目にして、やっとその“理想の戦闘スタイル”にこぎつけられそうな訳で……だからこの“理想(の戦闘スタイル)”は、間違いなんかじゃないんだから――!
とまあ、それはさておき。
私の“理想の戦闘スタイル”、それはズバリ“龍騎士”である。
剣と魔法のファンタジー世界、最強の幻想種たる龍を従え天に舞う最強の戦闘職。これに憧れずにいられようか。
と言っても、『ミヅガルヅ・エッダ』はスキルはあるがクラスはない。故に剣技スキルをメインにしたPLが“剣士”を、魔術スキルの中でも攻撃魔術メインのPLが“魔術師”、回復魔術メインのPLが“僧侶”を名乗ろうと関係ない、一種の自己満足の称号みたいなものだ。
なので、それ――私の理想である“龍騎士”の場合、「龍を乗りこなせる騎乗技術」と、「龍に騎乗した状態で交戦可能な戦闘技術」があり、かつ、「騎乗する龍がいる」、という条件を満たしていれば名乗れるのではないかと思っていいたので、それらを満たせるようにひたすら頑張ったとですよ。
まあ、「騎乗する龍」については、課金アイテムのペットというのもあったのだけど、そこはそれ、力ある龍に打ち勝ち、従えてこその“龍騎士”ではないか、と。
そんな訳でひたすら自分を鍛え上げ、最強の幻想種の名に相応しい龍を探したところ、フィールドモンスター最強の一角と名高いネームドユニーク、盤古大龍・ククルカン(と言うかタイトルが『ミヅガルヅ・エッダ』と北欧神話なのに中国神話とマヤ・アステカ神話がリミックスなのは何故ですかと運営に問いたい、いや割とマジで)が挙がりまして。
龍種最強との噂の高い君に決めた! ということで挑む回数実に四桁弱、ホームへの死に戻りをひたすら繰り返し、遂に遂に、つーいーにー下したのですよ!
いやはやソロ撃破の難易度頭おかしいレベルですよってアレ。
ファナティック全属性開幕同時スーパー弾幕ブッパタイムに始まり、雷撃ゲリラ豪雨、荷電粒子砲もびっくりブレス時々テイルウィップ、加えて巨体に似合わぬ高速立体機動の飛行能力持ちと詰みゲー以外の何物でもなかったですが、勝利の瞬間は私が男だったらイッちゃってたと思う、性的な意味で。
理不尽の体現者とも言うべきハイパー鬼畜仕様サマをソロで下した瞬間の、こいつは私のものだ、って至福の恍惚と征服欲の満たされ具合、半端なかったです、はい。
こっちもHPギリギリであとちょっとで死に戻りでしたが、向こうも瀕死と言うか臨死だったので、無事従えられました。
アレです。強いやつが正義みたいな。野生の掟ですね。
かくして理想の戦闘スタイルの極致、“龍騎士”に到って最初のログインとなるはずの今日、オフラインオタ友の同僚ヲ友壱号(仮名)が「コレ絶対ハマるから!」と、朝っぱらから会社の給湯室で強引に貸し付けてきた、非VRのいわゆる乙女ゲームなるものをバッグにインしたまま、歩道にチャージしてきたランクルに、現在進行形ingで轢かれております。
内臓ミンチの肉骨粉ですかそうですか。
つうか車に楽しいで「ひく」ってそれどうなのよ字面的にあかんのとちゃいますのん? ねえ?
朝からだるいし、頭は重いし、全身の関節は熱持って変に疼くし、食欲ないし、妙に動きに冴えがないし、「今日のお前絶対おかしい」と同僚一同に検温を強制され、測定結果40度で即時帰宅を言い渡されたと思ったら、ごらんの有様だよ!
人類最小最強の敵とはよく言ったもんだわ。伊達や酔狂で人類の大量殺戮レコード保有してないね、あいつら。
とりあえず運転席のDQN臭い金髪、奴は呪う。うんと呪う。すぐ呪う。凄く呪う。
具体的には一生這い上がれない社会のヒエラルキーの最底辺を一生這い回って元同級生とかにプギャーされ、最後の最期は行旅死亡者で無縁仏ENDになりやがれ、くらいの勢いで呪う。
ティンダロスの猟犬に死んでも追いかけられろ。角のある空間の向うの、もの凄い原子核の渾沌世界にお住まいの字祷子様拝んで、存在の根底から破滅しろ。
……ああ、目が霞んできた。痛いとか通り越して、妙にふわっふわした感じで感覚ないし、やけに肌寒いし異様に眠いし、これはあかんやつや。死ぬなこれ。多分じゃなくて、確実に。
でも、せめて。せめて一度、一度でいいから『ミヅガルヅ・エッダ』を、憧れの龍騎士として闊歩したかった……。
で。
あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ! 私はDQNの車に轢かれて内臓肉骨粉カクテルでおっ死んだと思ったらいつのまにか六歳児になっていた。
な……何を言っているのか分からないと思うが、私も何をされたのか分からなかった……頭がどうにかなりそうだった……思い違いだとかドッキリだとかそんなチャチなものじゃあ断じてない、もっと恐ろしいものの片鱗を、今全力で味わっとります。
うん、凄く混乱してますが、何か? 思わず全力でネタに走るくらい。言ってる事がわからない……イカレてるのか? みたいな目で見られても仕方がないレベルで。
いやだって、死んだと思ったら六歳児ですよ? 何故六歳児かと申しますと、目を覚まして枕元見たら、「六歳の誕生日おめでとう 愛するミーナへ ママより」ってカードが置いてあったからですが、これってどゆこと?
いやもう本当に何が何だか。
そうやって混乱しているんですが、同時にひどく納得してる自分もいるのですよ。
私はゲーオタ日本人女性市川鷹であり、カードの送り主であるヨハンナさんの娘、ミーナことヴェルヘルミナである、と。
……うん? ヴェルヘルミナ? 聞き覚えがあるようなないような……って、あ゛。
リアルのオタ友兼同僚の同僚ヲ友壱号(仮名)に、乙女ゲームとか言うやたらとパッケージがカラフルなソフト貸し付けられた時、何か言っとったよーな気がするんですけど。
美中年から美少年まで攻略対象がバラエティ豊かで、しかも皆イケボでとかどーたらこーたらと。
で、その作品の、純真で天真爛漫ながらも芯の強い、守ってあげたい系の可憐なヒロインの名前が確か、アナ=マリア・マルゲリット・ガブリエル・サヴィニャック。
一方、そんなヒロイン付きのメイドでありながら、陰であれこれ画策し、周りの連中扇動してヒロインをあの手この手でいびる根性ババ色の女の名前が、ヴェルヘルミナだったような……って、え?
おい。ちょっと待てそれが私? え? マジ? 悪役ですかそうですか。
じゃなくてだな、そもそも剣と魔法の世界だったら切った張った、血沸き肉踊り骨軋む戦いに身を投じて何ぼだと思うのですが。
唸る太刀風に身をさらし、死ぬか生きるか、刃の火花に命をさらす。
惚れた腫れたのに割いてる時間なんてねえだろJK。
おっと失礼、市川鷹は女子力たったの5……ゴミめ、な女子力底辺人でしたんで。ええ。
学校の制服以外のスカートはいた覚えがありません。
バレンタイン? ああ翌日には売れ残りのチョコレートセールにダッシュしましたねー。大体あんなん製菓会社の戦略でがしょう。もしくはブリテンスメル漂うステッキー戦車でFA? FA。いいよね珍兵器王国。パンジャンドラムさんとかステキ過ぎません?
赤毛のアンはアンの長広舌にウンザリして五ページで挫折したけど、ヴェルヌは大好きでしたよ? スーパー潜水艦とかああいうブッ飛んだ性能の超級戦艦的なのって、憧れません? 宇宙戦艦とか胸熱じゃないですか。波動砲は漢の浪漫です。あと強化装甲服とかも燃える。
変身するなら魔女っ子アニメより断然特撮ヒーロー。子供の頃情熱を持って打ち込んだのは、必殺技の飛び蹴りでしたが何か……って、いやだから節子それ違う。節子って誰。
……オーケイ、冷静になって考えよう。
私は日本人で、女子力底辺のゲーオタ社会人(♀)の市川鷹である。
私はヴェルヴェリア大陸にある国家のひとつ、レリンクォル王国のロッセル・ギャボリオ・サヴィニャック子爵とその妻、エリザベト・マルゲリット・サヴィニャック子爵夫人、ではなくサヴィニャック子爵のお手付きとなったメイドのヨハンナが生んだ娘である。
うん、わけがわからないよ。
とりあえず今の私は、本来のヴェルヘルミナの人格が市川鷹という人格によって侵食統合されて発生した新たな人格と、そう考えるべきか。
けどまあ、そうなってしまったものは仕方がない。
着替えたし部屋の外に出よう、と思ったんだがここ屋根裏部屋じゃねーかよ。いや着替えした時点でそれっぽいなーと思ったけど、改めてよく見てみたらマジで屋根裏部屋でした。
六歳児の部屋じゃねーぞこれマジで。
侵食してしまったヴェルヘルミナの記憶によれば、起きたら食堂、ではなく当然使用人と一緒に台所で食事して、旦那様と奥方様とご令嬢の目に触れないよう屋根裏部屋か厩か森ん中で日中を過ごし、夕方になったらまた使用人と台所で食事して、残り湯で体拭いて屋根裏部屋に戻るルーチンワークの繰り返しでした。
児童虐待ですねわかります。
いっそ感動的なまでの養育放棄と無関心。児相に通報したろか。
ないわーひくわードンびくわーと思いつつ屋根裏部屋から出て、一階(あ、ここん家三階建てでした)の台所に下りたら、かっちかっちの古いパンにしなびた野菜の切れっ端が申し訳程度に浮かんだ、水で薄めたうっすいスープとか出てきましたよ。
某名作劇場か。リトルプリンセスか。屋根裏部屋のネズミに名前つけろとでも言うんかい。衛生害獣だぞ奴ら。魔女狩り華やかなりし暗黒時代、魔女の使い魔ってんでぬこブッ殺しまくったもんだから大繁殖して、エルシニア・ペスティスさんデリバリーとか逆恩返しした奴らですよ?
つーか、正直笑いそうになったね、お約束過ぎてむしろテンプレ乙だわ。訴えて勝つぞコラ。
あ、ちなみに生母のヨハンナさんは先日付けで解雇され、屋敷を追い出されてました。
市川鷹に侵食される前のヴェルヘルミナにとって、唯一の味方であるヨハンナさんとの離別は、心が千切れるほどのショックだったようで、そのせいで市川鷹という前世? の人格が目を覚まし、本来あるべきヴェルヘルミナの人格を食い潰してしまったのかもしれない。
あるいは、そのショックから自分を守るため、ヴェルヘルミナがこの先生き残り、生き続けるために市川鷹を目覚めさせた結果がこれであるなら、私のやるこたぁただひとつ。
市川鷹としての経験と、シャール・エスコットとして『ミヅガルヅ・エッダ』で積み重ねた経験とをヴェルヘルミナにフィードバックし、サヴィニャック家を出て自立し自活する道を作ることしかない。
学園生活? 知らんがなそないなもん。
それに、この世界が件の乙女ゲームの、剣と魔法と恋の学園物語の舞台となる世界なら、剣と魔法、つまり血沸き肉踊り骨軋む剣風囂々たる戦いがないとは言い切れない! いや、あるに決まっている! つかあると決めた!
なので、とりあえずはおとなしく、地味に地道に泥臭く、体を鍛えることから始めようと思います。
初投稿です。
女子力底辺のゲーオタ喪女で戦闘脳を乙女ゲームに放り込んでみました。
亀更新ですが、よろしければ気長にお付き合いください。
※5月30日 人物関係その他含めて修正