十七撃目 覚えていーますかー♪ いませんかそーですかー
……ああ、太陽が眩しい。
いや、大丈夫だから。別にそれを理由にアラブ人殺すとかしないから。アルジェリア在住のフランセ人ちゃうから。
おはようございます、八歳を迎えて大人の階段上りました、ツァスタバ(暫定)です。
どっ、童貞卒業ちゃうわ! そもそも装備されとらんわ!
ドーナに着いて、シグさん尾行して着いた宿の部屋とって晩飯済ませたところ、現れたシグさんにおもむろにドナドナされて。
行きつけだっつー、売春宿よりワンランク上な娼館の一階に併設されたラウンジ(でいいのか?)で、綺麗所に可愛がられてきただけですよ?
最初はいい店にしとくもんだ、とかシグさんマジかっけーですわ。そこにシビレるアコガレるぅ!
父親にはしたくないけど、年に一、二度訪ねてくる遠縁の叔父さんに欲しい。
父親にしたくない理由? 畑違いの見知らぬ兄弟姉妹が、どこにどんだけいるか分からない、とか怖いジャマイカ。死合ってみたら異母兄弟姉妹でした、とか後味悪いですやん? ヴィルヘルム・マイスターの修行時代のセカンドダンスもゴメンですぬ。
で、だ。
銀座でも指折りの老舗クラブを思い出させる、上品でシックなふいんきでまとめられた娼館のラウンジで、シグさんご指名の綺麗所にもみくちゃにされかけたんで、客待ちのおねえさま方んとこに逃げ込まざるをえなくなりもした。
そりゃね、若い娘は可愛いし華やかだし、確かに目の保養ですよ? けど、初めて入った店では、可愛くて華やかな新人方より、長く勤めてる中堅方に付いていただくのが安全安心だと思うのですよ。
接待で行ったクラブでは、若い娘は接待先に付けて、こっちはお姉さまに付いていただいてましたしねー。気配りつうか空気の読み方とか、客の立て方とか、さすがプロフェッショナル。実に気分よく過ごさせていただいたものででございます。
となれば、ついにお酒様解禁か! とワクテカしたものの、出てきのはシャーリー・テンプル(注1)だったけどな!
そこはダーティ・シャーリー(注2)が来るとこじゃね? なのに。なーのーにーシャーリー・テンプルとか、全私が泣いたわ。
なぁにこれぇ? ないわーマジないわー。
ジト目でシャーリー・テンプルずぞずぞ啜ってる隣で、これ見よがしに、焦がれて止まぬ愛しのお酒様を優雅にたしなみやがってくれやがるとかシグさんェ……。
覚えてろー! 八年経ったらリベンジしてやるからなー!
かくして人生の理不尽を舐めるも、酸いも甘いも噛み分けたおねえさま方に可愛がっていただきまして。
これ食べる? とか、これ美味しいわよ、とかで、あれこれ頂戴しました。菓子とか菓子とか菓子とか菓子とかを。
それ、お馴染みさんからの貰い物ちゃう? みたいなのが混じってたのは気のせいですよね?
……つーか、これ餌付けじゃね? うん、知ってた。
とまあ、おねえさま方が珍獣の餌付けに興じること小一時間後、シグさんが綺麗所の一人と二階に上がったところで、私は宿に帰ることになった訳ですが。
餌付けしつつも、将来に備えてあれやこれや教えて下さったおねえさま方に、何のお礼もないとかないわー、だと思った訳でして。
そりゃ、金はシグさん持ちだけど、そこはそれ、と申しますか。
世間一般の八歳男児の、本人的には“お礼のつもり”なんて、蝉やら蛇の脱け殻とかカブトムシとか、節子それお礼やない、嫌がらせや。じゃないですか。
何かないかなー、とインベントリん中見てたら、何かに使えるかと思って取っといた、やたら派手な色合いの鳥の羽根があったんで、形のいい尾羽根をいくつか見繕って、(菓子を)ありがとう&お休みなさいのご挨拶と一緒にお渡しすることにしました。
今はゲルマン=アーリア調猛禽系少年(♀)でも、中の人の基本は、お歳暮お中元お年賀と、季節の挨拶が欠かせない礼節の国、日ノ本の民でございますけん。
いやー、言葉通じるって地味にチートですよねー。
何言ってるか分かんねえよう、日ノ本言葉喋れよう、とか理不尽にキレずに済むんだし。
じゃ、なくて。
結果、おねえさま方から頬っぺチューとハグのお返しいただいたりで、神秘の谷間で窒息死しかかったりもしたけど、きちんとお礼もしたので、宿に帰って一っ風呂浴びて爆睡し、朝の鍛練と朝飯を済ませて、装備含めて出立準備完了の、只今朝九時(推定)、シグさん未帰還でございます。
まあ、宿に部屋とってないし、昨夜のアレコレ考えたら当然なんすけどね。
しかぁーし。私の記憶が確かなら、次の保護観察官への引き継ぎは、本日朝街門前で行われるはず。
またか。また昼過ぎるのか。黄色い太陽がいっぱいなのか。
伊達に某国情報部のナンバー持ち似じゃねえな。
朝飯の、昨夜の残りの、グレイビーソース付き鹿肉のローストと、角切り野菜たっぷりのミネストローネ風スープ、豆のサラダ、カンパーニュ、チェダーチーズっぽいハードチーズ、デザートの桃に、夢にまで見た念願のコーヒーまで、ガッツリ腹一杯喰ったし、昼飯用とおやつ用のカンパーニュのサンドも、鹿のローストとチーズの二種類作って背嚢にインして、出発の準備は万端なんですがねー。
初コーヒー(真)体験したはいいけど、子供舌だからなんでしょーか。今の私になって二年、求めて止まなかったコーヒーなのに……すごく……苦いです……。
やむなくカフェオレにしたけど、脳ではなく体が苦味を“美味い”と感じられるまでは、コーヒーとお酒様はお預けと、そういうことですかそうですかトンちくせう。
八歳児が飲むドーナのコーヒーは、苦い。いろんな意味で。染み付いて噎せましたとも。ええ。
それはさておき、今回は、遅れてるのは引き渡し側であって引き渡される側じゃない。
なら、さっさと街門まで行って自主的に引き渡されてくればいい。
遠足で迷子になったら、そのまま家に帰っちゃえばいいじゃない理論である。
そうとなったら行動あるのみ。
万が一、シグのおっさんがこっちに来た場合、入れ違いになる可能性がなきにしもあらずなんで、インベントリから出したハガキ大の板切れに、棒手裏剣もどきでガリガリと簡単な伝言を刻み、「昨日の人がまた来たら、頼む」と帳場の爺さんに渡す。
シグのおっさんセレクトの宿だけに、脛に傷の五つ六つはありそうな爺さんは、何も言わず文面も見ず、板切れを裏返して背後のキーボックスにしまった。
女、子供の一人旅、でなくても、それなりに堅気なら使わない類いの宿だけど、その分、表通りのファミリー層も安心、な宿にはないサービスが充実してる。
将来的に役立つ知識なんで、しっかり覚えさせていただきますよ?
歯磨きもしたし、暗器の最終チェックもした。
普段よりちょっと早めに起きて、装備してる刃物類一通りメンテしたから、コンディションもいい。
今の装備品って、日本刀の鍛造技術ベースで作ってるんだけど、野盗と禽獣にしか使われてない辺り、不憫だなーと。
不憫なんで、合金の鋳造品に替えようかなー、とか思ったり。あれ、握りをメリケンにした撲殺用ナイフだから頑丈だし。
ネットのアーカイブで見付けた、秀逸過ぎるデザインに一目惚れして発作的に作ったんだけど、『ミヅカルヅ・エッダ』じゃ使わずじまいだったんだよね。オリジナルにあやかって、“バートリ伯爵夫人の愉悦”って銘まで付けたのに。
ま、その辺は追々考えるとして、街門に向かいますか。
次の保護観察官は誰が来るかなー。シグさんみたく基本放置の方向でお願いしたい。カンムリツカツクリとか、あのスタンスいいよね。
宿を出て、街の中央を縦断する大通りを、気配を薄めて街門へと小走りで向かう。
両側に建ち並ぶ建物は、大きさや細々した外観の差異はあるけど、基礎設計には共通した部分がある。
天井が瓦葺きではなく平らな点を除けば、フォトデータで見たスペインのフリヒアナの街並みに似てるっぽいな。
ドナルーテって国の国民性? みたいのもラテン気質っぽいし。
宿屋、飯屋、鋳掛け屋、雑貨屋、金物屋、八百屋、肉屋と、いろんな店が並び、主人と客が値引き交渉で火花を散らしてる脇では、トランペットの欲しいアフリカ系アメリカ人少年の目をした子供が、菓子屋の前に張り付いてる。
いやあ、値引き交渉熾烈だわー、主人が迫力負けしてるもん。そりゃ相手がヴィーナスじゃあなー。ただしヴィレンドルフの、だけどな。ぶう。
……そう言や、ウェーラからこっち、いわゆる“ファンタジー種族”ってのに、お目にかかってなくね?
エルフ、ドワーフ、ホビット、ジャイアントみたいな由緒正しいのはもとより、お前らこういうのが好きなんだろ、みたいな獣人まで、影も形もありゃーせんが、人種自体は多様だ。
私含めてコーカソイド系が多いけど、サコーさんモンゴロイド系だし、ネグロイド系やオーストラロイド系も珍しくない。
たまーに、おまいの塩基配列どうなってるん? な、スッ頓狂な髪色してんのは見かけるけど、ファンタジー種族はホント見ない。
もしかすると、この世界には存在しなかったりするんだろうか。
ホビットのシーフとか、エルフの策士とか、ドワーフの探偵とかはいないんですかそうですか。
人の間をすり抜け、王都方面側の街門についたのは、宿を出て十五分ぐらいしてからだった。
ウェーラで見た顔は、ない。
ありゃ、早かったか? ま、遅れるよかいいよな。
街門のすぐ脇には、でっかい常緑樹が生えている。
なぜ山に登るのか。そこに山があるからだ。
なぜ木に登るのか。そこに木があるからだ。
煙とナントカは高いところが好きだから、ではない! 多分。きっと。おそらくメイビー。
ジャンプで下側の枝に飛び付き、逆上がりの要領で枝の上に立ち、次の枝へと同じように飛び移り、を繰り返して、地上七メールくらいの枝に腰を下ろす。
さーて、次の保護観察官はだーれっかなー。
† †
巨きな、男だった。
周囲から、頭一つぶんは、飛び出している。
二メールに、握り拳一つ分ほど足した長身の、人の形に似せて岩を削り、肉で覆ったような、見惚れるほどの巨体であった。
首も腕も、みっしりと肉が詰まって、太い。
首と腕だけでなく、肩も、胸も、胴も、腰も、脚も、すべてが太い。
太いが、だらしなく肉の弛んだところは、どこにもない。
見てくれを重視した、どこか不自然で無理のある肉体とは違う、使うために作り込まれた肉体だ。
ごつごつと、節くれだった手の硬い胝は、岩に張り付く藤壺のようでもある。
厳つい手は、握り込めば、それ自体が鈍器になるだろう。
太い首の上には、厳つい顔が乗っかっていた。
潰れた耳。
鼻も、何度か折っているのが見て取れる。
ただ、太い眉の下の目は、思いがけないほど穏やかであった。
王都方面側の街門へと、男は向かっていた。
ゆったりとした歩みだが、一歩の幅は広い。
平均的な体格の成人男性の小走りと、そう大差はない。
十日ほど前だ。
ウェーラの街で、国境越えのため、臨時の同行者を探して、カードのテーブルに紛れ込んできた子供を、一行の舵取り役であるドライゼはいたく気に入ったらしく、王都までの道中、持ち回りで面倒を見ることになったのだ。
偽名だろうが、子供はツァスタバと名乗った。
言い方は悪いが、使い捨ての、一回限りの関係と割り切った姿勢が、あの場に堂々と潜り込んできた度胸とあわせて、ドライゼに興味を抱かせたのだろう。
男――ローナーは、短く刈り込まれた檜皮色の頭髪を、ごつい手でがしがしとかき回し、深く溜め息をついた。
ローナー以下、お世辞にも善人面とは言い難い、揃いも揃った強面の悪人面を前に、ツァスタバは、怯みも動じもしなかった。
二度目の対面でも、自分の能力では、彼らの足手まといだと言い切った。
その上で、言葉にはしないものの、強さへの飢餓を抱えた在り様は、確かに面白くはあった。
面白いが、子供のお守りなど、ローナーは臍の緒を切ってからこの方、したことがない。
人のぶちのめし方、魔獣のぶち殺し方は熟知しているが、八つかそこらの子供をどう扱えばいかなど、見当すらつかない。
ゴルゴン=カニスの群れひとつ、素手で潰してこい、と言われる方が、まだマシだ。
どうしたものか、と再度溜め息をつき、足を止める。
考えながら歩いているうちに、王都方面側の街門そばまで、いつの間にか到着していたようだ。
イビから、ここドーナまでの同行者であるシグも、当のツァスタバの姿も、街門付近には見当たらない。
重要度の低い雑事に対するシグの態度は、いい加減極まりない。
子供のお守りなど、シグにとっては最底辺の重要度だ。
しかし、必要な時に、求められる役割を完璧に果たすからこそ、シグの普段のいい加減さは許容されている。
仕方ねえなぁ、と厚い唇に苦笑を浮かばせたローナーだが、不意にその苦笑をしまうと、すぐ側の、楡の大木を仰いだ。
何かが、いる。
はらはらと、数枚の葉が、ローナーの肩に落ちてくる。
自然に落ちたものではない。
と――ローナーの目の前に、灰色がかった白色の大きな鳥が、枝の間から地面に向けて、落下するように降りてきた。
否、外套のように裾の長い、ローブに似た上衣を着込み、フードを目深に被った、それは、人であった。
外れないように、片手でフードを押さえている。
見覚えが、ある。
ウェーラの街で顔を合わせた、あの子供――ツァスタバだ。
木登りという行為だけを見れば、子供らしいやんちゃさに、微笑ましいと頬が緩んでも、これと言っておかしなところはない。
ただし、わずかにではあるが、不自然な揺れ方をしている枝が、頭上八メール近い高さにあるのでなければ、だが。
「……おはよ、う?」
ローナーの沈黙をどう解釈したのか、とりあえず、といった様子でツァスタバが言う。
疑問形なあたり、ツァスタバもローナー同様、困っているのかもしれない。
「……おう」
シグはどうした、とか、何で木に登っていたのか、とか、あの高さから飛び降りて平気なのか、とか、次の街まで身柄を預かる立場なら、その辺を聞くべきなのだろう。
だが、ローナーが返したのは、そんな一言だった。
同時に、子供扱いをする必要がないことに、肩の荷が下りたような気がした。
あいつらと同じ扱い、ではさすがにまずいが、C級に近いD級の冒険者だと思って扱えばいいだろう。
そう思うと、途端に、気が楽になった。
「行くか」
「行こう」
そういうことになった。
(注1)シャーリー・テンプル
タンブラーにらせん状にむいたレモンの皮を入れ、端をグラスの縁に掛ける。氷を入れ、グレナデンシロップを注ぎ、ジンジャーエールで満たし、軽くステアする。ノンアルコールの子供用カクテル。ジンジャーエールをコーラにするとシャーリー・テンプル・ブラックに。
(注2)ダーティ・シャーリー
シャーリー・テンプル+ウォッカのカクテル。
ええとその、すいません。魔に刺されました。
王都到着まで時間かかりますが、到着後はサクサク進む……といいなあ。(とぉーい目をしている)




