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十三撃目 ツァスタバ(暫定)にぶんのいち?

 落ち合う場所に売春宿フッカーモテルとはやりおるなー、と、微妙にプンスコしてるサコーさんの後を歩きつつ、先の会見について考える。


 二階を使わなくても、色っぽいおネエちゃんに囲まれ、ヨイショされていい気分で飲むのを楽しむってのもアリだし、だとすりゃ野郎連れでもそうおかしかない。

会話も、あんな場所なら他人が何を話してるかなんて誰も気にしやしない。

そーいうのを正しく理解した上で、子供わたし売春宿あそこに連れて来させたことを、サコーさんはそれとは別に怒ってるんだろうけど、ほんまサコーさんいいひとですわー。


 取り敢えず、明日朝まではサコーさんが面倒見てくれますが、サコーさん後の保護観察官がここまで面倒見いいとは限らない。

つうか、サコーさんが面倒見よすぎるんだよな、常識的に考えて。

つまり――今後は金の重要性が増大すると考えられます。

手持ちの分で、スターバトまでは十分やってけるけど、その先を考えると少々心許ない。

主街道だから副街道みたく野盗出ないし、出ても保護観察官の前でリリカルトカレフキルゼムオール☆ はできないし、どうしようなかぁ……。


 ……。

…………。

ううむ、ここはやっぱ、アレしかないか。

売春宿で拾った話がガセじゃなけりゃ、イケる! ……はず。多分。きっと。おそらく、メイビー。


 頭の中で、自由時間内に目的を達成するための算段をあれこれやってるうちに、今日の宿に到着した。

表通りの、家族連れでも女性客一人でも安心して泊まれます、といった、やや小さめの宿だ。

先に、今日の晩飯兼明日の朝飯分の持ち込みである、よく肥えた兎三羽を、カウンターの上に置く。

提示された持ち込み割り引き込みの、二人分の宿泊料金分の小銀貨を、サコーさんは当たり前と言った顔で支払ってくれる。

……いやもう本当にすんません。


 そのサコーさんに嘘こくのは、ヒッジョーに心苦しい。

が、すべてはこの先の、『自立した生活のための資金獲得』のためだ、申し訳ないッ!


「……父ちゃん」


 心の中でムーンサルトDOGEZAしつつ、サコーさんの上衣ジャケットの端を掴んで引っ張る。

軟質皮革ソフトレザー硬質皮革ハードレザーの中間みたいな革製で、防具としての一定水準を満たした性能と、身体の自由な動き、静音性、トリプル役満な代物だと気付いたのは、二日目に、裾掴んだ時だったっけ。

袖は手首の十五メル弱上までの長さで、ちょっとした暗器を隠すのによさそうな折り返しがあるのが、さりげないワンポイントです。


 上着は長く使い込まれているようで、細かな傷ができてるけど、手入れはいい。

傷には、矢傷刀傷も混じってた。かすった程度のだけど、形には覚えがあるから、よくわかる。

何だかんだで物騒な生業してんだろうなー、との印象は、今も変わってない。


「うん? どうした坊主」


 ちょいちょいと裾を引っ張られ、振り返ったサコーさんに、ストレートに切り出す。


「外、行ってきても、いいか?」

「……構わねえが、あんま買い食いすんなよ。晩飯食えなくなるからな」

「いいのか?」

「裏通りに近付かなけりゃあな」


 ……あー、ゴメン多分つか100%確実にそれは破る。

が、イカサマと一緒でバレなきゃいいんだ。バレなきゃイカサマじゃあねえんだぜ。


 つか、買い食いて。夏祭りの屋台に小遣い握りしめて突撃する小学生じゃないんだから。

そんなにアレか、そんな腹ペコキャラなのか、サコーさんの中での私は。

否定できんのが悔しいけど。事実だから。


「わかった。晩飯前には戻る」


 父ちゃんのお許しも出たし、そんじゃ早速、遊びに行くとしましょうか。

……じいさま仕込みの“遊び”をしに。







 部屋には行かず、速攻で宿を出て向かったのは、裏通り……ではなく、人通りのない表通りの店の裏手だ。

人の気配はない

店の従業員は、ショーの準備に駆け回ってるのが“聞こえる”から、出てくることは、まずない。

店の客も、食事を楽しみつつショーの開演を待っている様子が“聞こえる”から、その辺も問題ない。

いやー内部魔力オドによる強化ってここまでできるんですねー。アクティブソナーも夢じゃないんじゃね? その前にエコーロケーションの会得だな。


 ……さて、今から“遊び”に行く準備をしないと。

まず取りい出したるは、『ミヅガルヅ・エッダ』が誇るマッド調剤マニア集団“ミヅガルヅ青年薬愛師怪”謹製の素敵に無敵なスーパー秘薬アイテム

つか、青年・・薬愛師怪に、豊胸薬で乳道士会二大派閥、聖貧派と聖峰派の宗派間抗争の激化を招き、前者からは異端認定、後者からは聖人認定されたnotロリのガチBBAドワーフや、神は美しい筋肉にこそ宿る、と、プロテインとポージングオイルを開発、ボディービルと共に世に広めた自称ミヅガルヅビルダー協会会長マッチョエルフ親爺、“女たちよ、美しく”との理念を掲げ、美肌コスメと美的生活のカリスマ伝道師として女性とおネエPC・PLに絶大な支持を誇ったジャイアントのアラフォーおネエがいたのは、一体どーいうことなのでしょうか。


 とまあ、開発陣はイロモノとキワモノ揃いだけど、性能はチートだ。

ただし、ネタアイテムとしてチートという辺り、あいつらの“バカバカしさを本気で愛し、本気で極める”精神歪みねえよな、ホント。


 さてさて、ここに取りいだしたる薬は二種類。ひとつは青玉丹せいぎょくたん、もうひとつは碧甘丹へきかんたんと言う。ちなみに碧甘丹の類似品に、赤甘丹せきかんたんがございます。

前に一度試したけど、チートでもネタアイテムなので使えたし、大丈夫だ問題ない。

効能は、と言うと、これがまたスゴいんだが、ひとまずそれは置いといて。

青玉丹一粒と碧甘丹二粒を口に含んで飲み下し、意識を切り替える準備をする。


「……っつぅ……」


 けど、結構痛いんだよなコレ。しかも地味に。

一年分の成長痛を三日三晩じっくりコトコト煮詰めて凝縮したような節々の痛みに呻きながら、装備一式とコンタクトレンズ的な何か(実はこれが正式名称だったりする。他にも“バールのようなもの”なる鈍器があったっけ……)をインベントリに収納する。

いや、『ミヅガルヅ・エッダ』でもできたことだから、こっちでもできるかなー、と思って、前に一度試したら、出来ちゃったんだなこれが。


 『ミヅガルヅ・エッダ』七不思議のひとつ、作成時にサイズ自動調整が自動で付与下着アンダー――タンクトップとボクサーもどき二丁になったところで、次はインベントリからの直接装備を実行する。

『ミヅガルヅ・エッダ』で“M仕様”に合わせて作った装備一式――黒で揃えたタイトな上衣とトラウザース、外套マント、タートルネックのインナーに、焦茶色ダークブラウン革手袋レザーグローブ革長靴ブーツ、ベルト二本(一本は主装備メイン用の剣帯)、剣帯に吊るす細身の篭柄バスケット・ヒルトクレイモア、副装備サブ短剣ショートソード、ダガーを含む各種暗器、気休め程度の護符タリスマンを兼ねたブルートパーズのピアス――は、下着とピアスを除けば、当たり前だがサイズが全く合ってない……はず、なのだ。

本来・・なら。


 ほんの二呼吸の間に、それらは私――いや、の体にしっくりと馴染んだ。

装備が縮んだ訳じゃない、俺の体が大きくなったのだ。


 青玉丹、又の名はプリンス・サファイア。

碧甘丹、別名は、ブルーキャンディ。

青玉丹は服用したした女性を男性に変え、碧甘丹は服用者を、一粒で十歳分成長あるいは老化させる。

イベントの年齢・性別による縛りを克服するため開発した、と言っていたが、実際のところは魔が差してやっちまったらできちゃった、なんだそうな。

文字通り、持て余した暇を拗らせた斜め上の天才アホタレどもの、遊びの賜物だ。

ただし、持続性はなく、三時間で効果は消え、使用後は三十日間、同じ薬を使うことができない。

その上、容姿に何らかの偽装を施している場合、その偽装を無効化してしまう。

実用性の低さに反比例する反則級の効能はまさに、ネタアイテムの白眉と言えよう。

他にも何か注意事項があったような気がするけど、あれ何だったっけ。使用中は真夜中過ぎに食事をしない、水に濡らさない、朝日を浴びない、だったっけ?

あれ、違う? まあいいや。


 二呼吸目で全身の痛みが引いたところで、壁に手を付き立ち上がり、外套の埃を払い落とす。

視界は、市川鷹よりも高い。


 今のこの身は、誰のものでもない。Mメール仕様である、俺のものだ。

夜は長いが、この身の時間は短い。

さて、行くか。




     †     †




 裏通りの薄汚れた石畳の上に、硬く乾いた音が落ちる。

革長靴の硬い靴底が立てる音だ。


 靴音を刻む革長靴の上には、タイトなトラウザースに包まれた、腹立たしいほど長い足が伸びている。

更にその上、二本のベルト(斜めにかけた細身の一本は、篭柄の部分に、炎を吐く狼の姿が透かし彫りされたクレイモアを吊るす剣帯である)が回る腰から腹にかけては、トラウザース同様、体の線がはっきりと出るタイトな上衣の上からでも、その下の、無駄なく引き締まった、野の獣に似てしなやかに鍛えられた肉体を、容易く想像させた。

そこから続く肩、胸板、両腕もまた、同じように逞しいのだろう。


 長革靴と皮手袋、ベルトを除き、ほぼ一式を黒で揃えた装備は、十人中十人が鼻で笑うような気障ったらしさだ。

だが、その気障ったらしい出で立ちを、通りに立つ誰もが、ただ呆然と――あるいは恍惚とした目で追っている。

十人中十人に似合わぬ装束が様になる、十一人目の例外がそこにいた。


 時折覗く緋色の裏地が黒を際立たせる、踝に届こうかという丈の外套に覆われた背で、一歩を踏み出すたびに揺れる、緩く波打つ長く豊かな銀糸の髪に、ある女は夜の虹を、ある男は断頭台ギロチンの刃を見た。


 街角に立つ男女が、魂を抜かれたように、虚ろさと熱っぽさとが入り混じった眼差しを注ぐ、銀糸の髪に縁取られた男の、透き通るような白さのおもてを、何と形容すればよいのだろう。

鋭利だが端整な輪郭の中に配された、形のよい眉と、強い意志を感じさせる引き結ばれた唇、すっきりと通った鼻梁。

耳朶を飾る貴石の青よりも冷たく、また輝かしい、氷に似た銀の睫毛に縁取られた、鉛色の虹がかかる薄青色の瞳。

それらが絶妙な比率の配置で構成するものを、美しいと、そう言うより他に何があるだろうか。


 だが、それは、己と同等かそれ以上に獰猛な獣を狩り喰らう獣を前に、被捕食者であった遠い過去の、原始的な恐怖を喚起する美しさだ。

人を殺めることをきわめて作られた刃と技に似た、その足許に身を投げ平伏し、己が命を差し出してしまいたくなるような美しさだ。


 畏怖と恍惚とにとろけきった眼差しで、男の背を見送った女たちは、日頃の感覚ならまだ宵の口、これからが稼ぎ時だと言うのに、ふらふらと覚束ない足取りで、各々の部屋へと戻っていった。

そうして、夢見るような眼差しのまま、商売にも使う狭い寝室の、安っぽいベッドのけばけばしい寝具の中に潜り込むが早いか、目を閉じた。

その日の稼ぎをふいにしてまでも、ひとときの夢に、うつつでは叶わぬ逢瀬を願う、初恋に身を焦がす乙女のいじらしさで、あの美しい男の姿を、目から溢してしまわぬようにと、切なげな溜め息をつきながら。


 また、男たちも、女たちの勝手な行動を咎めようとはしなかった。

いつもは、仕事を終えてから足を運ぶ行き付けの酒場に行き、己が目にしたものは、果たして真実、血肉を備えたこの世の存在であったのだろうかと、虚ろに蕩けた目をさ迷わせながら、機械的にグラスを傾けていた。


 その夜、幾つかの通りから名物・・が消えたが、その通りに立っていた者たちは、何があったかを語ろうとはしなかった。

ただ、その誰もが、恍惚とした眼差しで、世にも美しい夢を見たのだと、溜め息混じりに囁くばかりであった。







 正式な認可を受けていないことを、一応は考慮しているらしい。

売春宿を兼ねた酒場の地下にある賭博場カジノでは、上階でお茶を挽いてる娼婦おんなたちが、それなりに上品に見えるよう気を使った格好で、足の長いグラスを並べたトレイを手に、客の間を歩いていた。

ここに来る客の目当ては、娼婦おんなではなく一攫千金の夢だ。グラスを配るのが、娼婦だろうが案山子だろうが骸骨だろうが、気にする者などいやしない。


 薄暗い階段を降りてくる靴音に気付いたのは、いささかとうの立った、上階ではダリアと呼ばれている古株の娼婦のひとりだ。

カモられてるとも知らない間抜けがまた来たか、と冷ややかな眼差しを向けた直後、色鮮やかなルージュを引いたその唇がぽかんと開いた。


 頭ひとつ分は優に高い位置にある、“カモられてるとも知らない間抜け”であるはずの男の横顔から、目を離すことができない。

開いたままの口から、喘ぎとも溜め息ともつかない熱を帯びた息を吐いて、無意識の動きで髪を整えようと手が動き、トレイから離れた。


 酒とグラスは安物でも、落として割ればその分を借金に加算される。

それがひとつであったとしても、だ。

普段からは考えられないような失態に、あ、と気の抜けた声が漏れる。

取り繕おうと慌ててトレイに手を伸ばすが、余程動転していたのか、勢い余って踏み出したヒールが、おかしな具合にふらつき、足首がくなりと曲がった。


 床に落ちたグラスの上に倒れ込む数秒先に備えるように、きつく目を閉じるが、グラスの落ちる音も、鋭い破片が肌を裂く痛みも一向にやってはこない。

恐る恐る目を開いたダリアの頬が、初恋の相手に手を握られた少女のように、見る間に赤く染まってゆく。

厚みのある皮革を用いた上着の上からでも分かる、鋼に似た逞しい腕に、花束でも抱くように支えられているのだと気付いたからだ。

朋輩たちの、羨望を通り過ぎ、物理的な殺傷力さえ伴う嫉妬の眼差しが突き刺さるが、蚊に刺されたほども感じない。

間近の美貌に、思考のすべてを奪われているからだ。


 何て――何て美しい男なのだろう。その男の腕に、今、自分は抱えられている!

ダリアの頭の中にあるのは、ただそれだけだった。

仮に、嫉妬に変じた羨望が高じた誰かに、後ろから刺されたとしても、ダリアが気付くことはないだろう。

いや、この男の腕の中で、その姿を目にしながら迎える死であれば、むしろ恍惚をもって迎え入れられるに違いない。


 海千山千の娼婦を初な小娘に変えた男は、呆けたような顔でぼけっと突っ立っている黒服を目配せひとつで呼びつけた。

ダリアの腰に回した腕とは反対側の腕の先で、無傷のまま直立不動の姿勢を取るグラスをトレイごと渡すと、また別の黒服を呼びつける。


「足首を傷めているかもしれん。診てやれ」


 岩か鋼がものを言えば、このような声になるのではないだろうか。

若さと重厚さが相殺することなく同居した、よく通る、艶のある深いバリトンが発したのは、命令、と言ってもいい言葉であったが、この男の命令に従いたいと、心底思わせる奇妙な強制力みりょくがあった。

事実、呼びつけられた黒服は反発するどころか、主君に心酔する忠臣よろしく、申し訳程度に併設されたバーコーナーの、更に隅に置かれた長椅子ソファーへと、あたかもダリアが貴婦人であるかのようにエスコートしていった。


 それを見届けた上で、男は、本来の目的である博打ゲームのテーブルへと足を運ぶ。

クラップス、バカラ、レッドドッグ、ポーカー、数あるゲームのテーブルの中から男が選んだのは、ブラックジャックのテーブルだった。


 既にゲームが始まっているため、参加はできないが、ブラックジャックのディーラーは、男と同じか、男よりやや若いくらいの、何となく気弱そうなところがある優男だった。

そのせいか、勝てると踏んで銀貨を積み、返り討ちに遭った者が多数出ているようで、ディーラーの優男の前には、銀色の小山ができていた。

小銀貨がほとんどだが、半銀貨や銀貨、中には大銀貨まで混じっている。


 テーブルの客は五人。

スタンドの一人を除き、三人がヒット、残る一人はダブルを宣言した。

ダブルの客は余程自信があるらしい。

優男がカードを追加する一瞬、男の、鉛色の虹がかかる薄青い双眸が、わずかに眇められる。


 賭け金が積まれ、勝負の瞬間が来た。

スタンドの客の手札は、キングと7。

ヒットの三人は、9・7・2、8・9・2、10・3・6。

ダブルの客はジャックと8。

優男の手札は――クィーン・7・3。

口汚く罵りの言葉を吐き出す客など存在しない、とでも言うように、優男は銀貨を手元に引き寄せる。


 捨て台詞を残してダブルで張っていた客が立った席に、入れ替わるように男がつくと、優男と四人の客が、ぽかんと口を開け、魂が半分抜けかけたような顔をさらした。

男に気付いた他のテーブルの客や黒服、上階から来ている娼婦たちも、似たり寄ったりの有様だ。

虚ろでありながら、熱に浮かされているような、恍惚に蕩けきった眼差しであり、顔であった。


 使い込まれ、張り付くようにぴったりとした革手袋に包まれた指先が、テーブルを叩く音に、真っ先に優男が我に返り、残り四人の客がそれに続いたが、その目は詰まれた貨幣やカードではなく、男の面へと注がれている。


 奇妙な空気に包まれたまま、ゲームが始まり、カードが配られる。

最初の一枚が配られたところで、自分のカードを捲り手札を確認するが、男はテーブルの上のカードに手を触れようともしない。

二枚目が客に配られ、優男が自分の分を配ろうとした次の瞬間、


「ぎゃっ!?」


 右手の甲を押さえて喚いた優男の、やや余裕のある袖口から、数枚のカードがテーブルへとばらけて落ちた。

殺気立った客が、優男に詰め寄ろうと腰を浮かせるが、男は長い足を組んだまま、動こうとはしなかった。


 騒ぎを聞きつけた強面が、テーブルへと近付く。

ディーラーのイカサマが露見し、客が騒ぎ出した場合、腕尽くで物事を収めるのが、強面の仕事だ。

だが、イカサマを暴いた男を視界に入れた瞬間、強面の頭から仕事の存在は吹っ飛んでいた。


「ナメた真似してくれるじゃねえか、ああ?」


 それを誤魔化すように、殊更声を荒げてテーブルを叩き凄む様に、浮きかけた客の腰が椅子に戻る。

だが、凄まれている当の男の方はと言えば、お前のような三下では話にならない、とでも言うように、泰然としたものだった。

蟷螂がいくら威嚇したところで、獅子が脅えるなどあり得ぬとばかりの態度に、三下の顔色が変わる。


 舐められた――いや、意識の片隅にも留めていない。

路傍の石のごとく、己の存在すら認識していない男への怒りに突き動かされ、掴みかかろうとした三下を止めたのは、艶かしい白い腕だった。


「およし。翼竜ワイバーン大竜ドレイクの見分けくらい、いくらお前でもできるだろう?」


 年の頃なら四十過ぎ。

体型こそ崩れてきているが、そのようなことはまるで気にならない、艶やかな女である。

重ねた歳の数だけいい女になる、そういう類いの女だ。

言外に引っ込んでいろ、と言われた三下が、多少渋々とだが大人しく引っ込んだところを見ると、ここを取り仕切っているのはこの女らしい。


「で? そこの坊やが何かやらかしたようだね。責任取れとでも言う気かい?」


 安っぽい色硝子の頭が付いた女物の髪留ヘアピンの先端が、掌から覗くほど深く突き刺さった手の甲を押さえ、痛みに呻いている優男を見遣る女の眼差しは、おそろしく冷たい。

イカサマを仕掛けるにしても、それが通じるか通じないかの区別も付けられない盆暗を、守ってやる理由はない。そういうことなのだろう。


「おかしなことを言う。責任はそいつが負うべきだ。……違うか?」


 男の双眸が、女を見据えると、女の首筋が、さっと赤く染まった。


「……やれやれ、何て男だろうね。心臓に悪いったらありゃしない」


 首筋から頬へと燃え広がった熱さをどうにか抑えようと、溜め息をつく女に、


「そいつは光栄だな」


 わずかに唇の端を持ち上げた男が返す。


「それで、どうするつもりだい?」

「言っただろう。責任を負うのはそいつだ。だが、ケリの付け方を決める権利は、俺にある」

「確かにね。……分かった、あんたに任せよう」


 切られたと理解した優男の顔から、血の気が一気に引く。

媚びを浮かばせた縋り付く眼差しも、女の心を動かすことはなかった。


「立て」


 男の言葉めいれいに、優男は、手の甲を押さえたまま、卑屈な笑みを顔に張り付かせ、おどおどと立ち上がる。


「続きといこうか。……お前が勝てば、“なかったこと”にしてやる」


 先程のイカサマを“なかったこと”にできる。

あくまでその可能性があるに過ぎないが、皮一枚で首が繋がっている状況において、それはまさに、ヘンメリー王女の糸玉であった。

だが、迷宮に挑む勇士に糸玉を与えた王女ほど、男は優しくはない。


「ただし、全て賭けろ」


 全て。

優男の前に積まれた銀貨全てを賭けろ。

全てを失うか、何一つ失わないか、これはそういう博打しょうぶなのだ。


 紙のような顔色になる優男をよそに、男の指が、小金貨を放った。

小金貨一枚で、ひとりの人間が、ただ生きていくだけであれば二年は過ごせる。

無罪放免となっても、着の身着のままケツを捲って逃げ出さざるを得ない状況だ。

ならば――。


 震える左手で、カードの山から一枚を引く。

最初のカードは8。十点札が来れば、あるいは。

引いたカードは――A。

勝てる。相手は自分の手札すら見ていない。ハッタリだ、そうだ、そうに決まっている。俺の勝ちだ。

カードを開いた優男の顔は、勝利の確信に満ちていた。


 男の手が、伏せられていたカードへと伸び――。




     †     †




 うひゃひゃひゃひゃ、いやー笑いが止まらんとです。がっちょり稼いだ私偉い超偉い。

化けの皮が剥がれる前にとんずらこいて、効果切れの前に隠形で宿の近くまで戻ってきたら、いい感じにタイムリミットで、元のに戻った次第でございます。


 ……“M仕様”は野郎でアラサーで便利っちゃ便利なんだけど、終わった後の黒歴史感がパねえんですよ。黒っつーか暗黒物質ダークマターつーかむしろブラックホール級? Mってメールじゃなくてマゾ仕様じゃねーのコレ? ってレベル。

何あの小学生低学年児童の“ぼくのかんがえたさいきょうの〇〇”みたいな痛いキャラ。

そのキャラ作ったの私だけどさ。うわ地層処理深度まで穴掘って埋まってべトンで固めて一万年と二千年くらい、いや一億と二千年くらい引きこもりてぇー! 何より、そういうキャラ作ってロールプレイしないと滑らかに言語的コミュニケーションが円滑に取れない自分の現状に絶望した!

稼いだどー! ってムリムリテンション上げないと地底までめり込む勢いで落ち込むっちゅーねん。


 ステータス異常が切れて偽装効果が回復して、コンタクト入れて装備戻して、やっと人心地ついたとですよ。

マイナス方向にプライスレスな時間と引き換えに、所持金増やしてきたけど……こ、ココロが……ココロがががががGA。


 つか、ぶっちゃけ運頼みのいきあたりばったりだったんだけど、あそこでブラックジャック出た時は心底ほっとしたわー。終わってからは行き倒れてぐったりだったけどな。心労的な意味で。

人の顔見てすっ転げかけた姐さんには、髪留一本台無しにしてもーてスマンことしたけど、暗器使ったらディーラーのあんちゃん利き手変更のお知らせだし、仕方なかったんやー!

一応、詫びにピアス渡しといたから大丈夫だろ。多分。アレ売って新しい髪留でも買って下さい。


 次からあの装備一式、ピアス抜けるんだよな。別のセットしとかんと。今度のは何にしようかなー。

ここまで戻る途中、諸事情で短剣とダガーをボロ短剣と交換したけど、それも補充して……って何またあの一式使う気でいるの自分。M仕様また出す気でいるの自分。ちょ、待てよ。忘れたのかッ! そいつに触れることは(羞恥心とか後悔とかそういう意味で)死を意味するッ!


 ……あ、ピアスだけど、こっちって、男女問わずピアスホール開けてるんだよね。付けてない人でも跡残ってるし。

生後一年を無事過ぎると、魔除けとしてピアスホール開けてピアス付ける風習? があるみたいで。

当然私も開けてるし、付けとる訳ですが、ヴェルヘルミナがヨハンナさんに付けてもらったやつは、インベントリ開けるようになってから付け替えました。

今付けてるのは、『ミヅガルヅ・エッダ』でNPCの金銀細工師に弟子入りした時作った練習品で、K10にカボションカットの茶水晶ブラウンクォーツをヘッドストーンにした、地っ味ーなやつ。

煙水晶スモーキークォーツのと黒曜石オブシディアンのも候補にあったけど、一番地味な茶水晶が勝ちました。


 姐さんに、髪留パクったお詫びに渡したやつはK18ホワイトゴールドで、オーバルカットのブルートパーズをヘッドにした、少し腕が上がってから作ったやつ。

所詮は毛の生えた素人の作品だから、装飾品としての価値は低いはず。石だってそんなグレードよくないし。

護符として付与エンチャしたのは、“四葉のクローバーを見つけるといいことがある”程度のザッパな使い捨ての幸運ラックに、“ラベンダーの香りでリラックス”程度の持続型の精神安定と、効果は気休め程度だし、素材も自分で採掘したやつ使ってるし、まあいかと。


 手放した短剣とダガーも、それなりにちゃんとした鍛造品ではあるけど、素材はちょっと質のいい程度のただの鋼で、付与エンチャしてあるのも錆止めと刃毀れの自動修復だけだし。

……あーでも、交換した方の短剣はインベントリ入らないからなー。背嚢ん中に突っ込んどこう。


 一頻り悶え倒して気分も落ち着いたので、宿に帰って飯食って風呂入って、あの三時間のことは忘れませう。

晩飯何かなー、兎のソテーとシチューかなー。昨日泊まった宿で食べた兎のカッチャトーラ風、美味かったなー。

そう言やピーター某の父ちゃんて、人間に捕まってシチューにされたんだっけか? あ、ありゃパイだったか。衝撃のキャラ紹介図だけど、まーそら畑荒らされたら農家も怒るわな。

そうそう、兎にも大腰筋フィレあるんだわ、ホタテの貝柱ぐらいのちっちぇーの。

兎の大腰筋がっちょり食おうとしたら、ヌララグス・レックスでも狙わんと。

推定体重12㎏だし、体長一般的な兎の約六倍だし。兎だっつうのに視力脚力聴力退化してどうすんだよ。特に聴力。兎の命綱じゃねーか。だから絶滅すんだよ。


 ……ま、黒歴史と引き換えに小金貨も四枚(正確には小金貨三枚と銀板貨一枚、大銀貨五枚)増えたし、王都で別れても、ギルド登録して生活軌道に乗せるまでは、これでどうにかできるだろ。

さーて宿に帰るべ。

飯風呂寝床と夜遊び坊主を心配する父ちゃんが私を呼んでいる。

あ、青玉丹使わなきゃよかったかなー、そしたら風呂で背中流すとか、父と息子のコミュニケーションできたのに。


 そう言や明日っから保護観察官代わるけど、朝ってどのくらいまで朝なんだろ。

昼過ぎるとかはないよな。いくら何でも、さすがに、ねえ?

今まで(注・章統合前の段階で)一番長い話になりました。



……主人公が♂として転生してヴィルヘルムくんにならなかった理由。

Oとりさん家のK君、くKさん家のR君、御山の美坊主さん系列の夢〇美形ならまだしも、西新宿の煎餅屋とか院長様とか一万年後の狩人レベルの対世界宝具級の菊〇美形来たら、攻略対象が可哀想じゃないですか。

勝てる要素家柄だけですよ?



ええそうです、♂で生まれてきた方が美形度上がったんです本当は……。

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