十一撃目 Another One Bites the best・1
ドナルーテの王都、スターバトまで、この街(ウェーラと言うそうな)からだと徒歩で三週間ちょいかかるらしい。
結構広いなドナルーテ、と感心してると、父ちゃ……げふん、サコーさん曰く、レリンクォルの王都、フローレムまでとなると、一カ月ちょいかかるとか。
これが大陸感覚かー……いや、島国感覚からするとありえなくね? な広さなんですけど。単位違うし。
とりあえず、ウェーラから次の大きな街、イビまでは、このままサコーさんが同行してくれるそうで、イビの街で次の保護観察官……もとい、同行者に荷物を引き継ぐらしい。
イビまでは、大人の足で四日だから、坊主連れてなら六日か七日か、と私の頭かいぐりつつ日数計算されてますがサコーさん。
アップダウンに富んだ山道じゃなく、ある程度均された平野の道なら、大人ペース余裕なんすけど。
つか楽勝なんすけど。
あ、大きな街はイビだけど、ちっさい村つーか、町? も途中にはあるとかで、主街道を行く場合、野宿は滅多にしないとか。
旅に金かかんのは、何時の世も変わらんようです。
とりあえず、今日はウェーラのドナルーテ側でもう一泊して、明日早朝の出発にするか? と金のかかるプランを提示されましたが、このまま出発して野宿はあかんのでしょーか。
上げ膳据え膳とか、慣れてなさ過ぎて落ち着かんし、人の気配のない野山の方が安心できるし。
と、思っていても言わぬが花。
社会生活に順応するためのリハビリだと思って、黙って頷く。
いや、このままだと社会生活不適合拗らせて、野人的なナニカになりかねん。
それでも、夕飯の時間までの自由行動だけは、もぎ取りましたがね。
これで都市部での隠密行動の実践訓練もりっとできるっ! いや、人がいる場所じゃなきゃ、他人の気配に自分の気配紛れ込ませる感覚とか掴めないし。
それ以外にも、やりたいことあるし。
となれば、早速今晩の宿に行こうじゃあーりませんかサコーさん!
と、逸る気持ちを押さえて、雑踏に紛れましょう・ステップ1、スタート。
気配は薄く、しかし適度に残して、周囲に溶け込む。雑踏の群衆の、誰でもあって誰でもない気配のひとつになること。
……野山での気配の消し方と違って、適度に人の気配残しとかんといけないのですが、いや、加減が案外難しいわー、コレ。
難しいけど、どうにか形になってはいる……と思う。
ドヤ顔で見上げたサコーさんが、非常に微妙な顔をしてるけど、気にしない気にしない。
「……あー、うん。もう、そんだけできるようになったのか。つうか父ちゃん、教えた覚えがねぇんだけどなー……」
見てて覚えちゃったかー、参ったなー、と半苦笑のサコーさんですが、基本技ってのは、手取り足取りで教えてもらうもんじゃないでしょうに。
見て盗み、盗んだら見よう見真似でトライ&エラーを繰り返し、もしくは体に直接叩き込まれ、汗かきべそかきのた打ち回って血反吐吐きながら、自分の血肉にしてくもんじゃないんですか? うち実際そうだったし。
市川家の教育方針は置いといて、この状態でどこまで動き回れるか、試運転したくてたまらんのです。
早よ、父ちゃん早よ宿行こう!
……って、待て。ちょい待てサコーさん、今さっき父ちゃん言ってませんでしたか? いいの? お兄さんの生命線捨てがまっちゃってええんの?
ドライゼさんと愉快なオッサンどもに、頑張れよ父ちゃんと、か言われちゃってますけど?
……まさかこんな……こんなことになるなんて、思ってもなかったんです……本当なんです刑事さん、信じてください、お願いします……!
とか言っちゃう犯人って、こんな気持ちなんでしょーか。
取調室で純情派刑事に諭されつつ、カツ丼か“お袋さんの差し入れの弁当”かっこみながら啜り泣かなあかん気がしてきました。
でも取調室のカツ丼て、あれ違法なんだよな。
……まあ、本人がそれでいいならいいんだけどね……。
で。
いやー隠形楽しいマジ楽しい。
宿の部屋に背嚢と短剣だけ置いて、中世ヨーロッパ的、もしくはファンタジー系RPG的な雰囲気の、窓の大きな石造りの建物が並ぶ街へと繰り出してますが、割かし目立つ格好してんのに、めっちゃ雑踏に埋没してます。
やっぱ野山で気配薄めるより、人いる場所でする方が、回りに紛れ易いですわー。
どの程度まで動けるか、これから一杯引っかけに行くか、引っかけて帰るとこらしいおっさんや、閉店間際のタイムセール狙いとおぼしいおばちゃんその他を掻き分け進んでみたり、走ってみたり、人の流れに逆らって逆方向に進んでみたりしたけど、さすがに逆進すると目を引くかなー。
よーし、“逆進しても気付かれない”目指しちゃうぞー。
な、テンションのまま、あっちゃこっちゃ行ってるうちに、現在位置ロストです。資材置き場みたいな、人気のないとこに出ちゃってます。
所謂一つの迷子ですが、しかァしッ! 市川家の人間は狼狽えないッ!
念のために内部魔力でかけっぱにしてる制約を解除して、指先を重点的に握力強化すると、あんま使われてなさそうな、鐘楼っぽい建物の外側をよじ登る。
いっちょまえに施錠とは生意気な。こんなことなら、『ミヅガルヅ・エッダ』で錠前破り、覚えときゃよかったなー。
石組の小さな凹みや隙間、明かり取り兼換気用の小窓の窓枠とかに手をかけ、足場にしながら五分弱で、天辺の屋根の上に到着しました。
人目がないのは確認済みだけど、念には念をで一旦しゃがみ、重心を低くして安定した姿勢を取る。
目算で大体地上21メールほどだから、日本の平均的なビルの六階ってとこか。
10メールより高い建物が滅多にないし、あっても精々14メールほどなんで、見晴らしは大変よろしい。
新月に向かっているが、十分な月明かりに加えて、街の明かりがあるので、視界はそれほど悪くない。
けど、やっぱ念には念をで、握力強化を解除解除っと。
んで、視覚系強化して……光感度上げてー、画像の解析度上げてー……ててててってて~。はい、生体スターライトスコープぅー(拡大機能付き)。
少なくとも、国家とゆーものが誕生してから四千年弱の歴史があるなら、人類としての歴史はもっとありそうだし、だったら科学技術も発達するもんなんじゃね? と思ってましたが、内部魔力だけでこんな便利なんだもんなー、ここに外部魔力がプラスされりゃ、科学技術の発達が残念でもしゃあないわな。
ま、御大も、充分に発達した科学技術は魔法と見分けが付かない、と申されてましたし、逆もまた真なりなんざんしょ。
えーと、宿の目印はニワトリの形の看板だから……お、あったあった。
こっからだと、2時の方向、直線距離で六百、ってとこか。
えーと、ああ行ってこう行ってそこをそうして……よっしゃ、見えた。
ついでに、宿周辺の地形とこの街からの最短脱出ルートも確認して、と。
距離と方向、目的地までのラインが確認できたところで、屋根の上に立ち、強化を全身、下半身には特に念入りに施す。
目を閉じてー、はい深呼吸ー……よし。
イメージするのは、風を切り、落下するかのごとく獲物に向かって急降下する、猛禽の姿だ。
急降下爆撃は浪漫ですよね!
目を開き、息を一つ吐いてから屋根から身を投げ、重力に身を委ねる。
「あい・きゃん・ふらぁーいっ」
風を切り落下する爽快さをしばし味わい、地上5メールの辺りで着地姿勢を取り、衝撃に備える。
着地地点は土の地面だし、崖っぷちからのノーロープバンジー敢行時に比べれば……着地の衝撃は大分マイルドでございましたが、やっぱり微妙に足痺れてます。
さて、宿までの帰路は見えてるので、後は夕飯の時間に間に合うよう、一直線で帰りましょう。
積んである木箱に飛び乗り、屋根の上に出たら、ダッシュあるのみ。
強化は解除したけど、制約もかけてない状態での身体能力を再確認するのも含めて、ツァスタバ(暫定)、行きまーす。
路地の上を飛び越え、屋根の上を走り抜け、張り出した軒をジャンプ台にし、楽しいパルクール(都市部編)を大満喫して、本日の宿、歌う雄鶏亭の屋根に無事到着。
軒を伝って、ぶらんと天井下がりごっこで、窓を叩く。
父ちゃんただいまー。夕飯の時間ギリギリセーフ、だよね?
† †
いつもの習慣でついやっちまった隠行を、見て覚えたのか、多少ぎこちないながらも、十分実用レベルでやって見せたと思えば、今度は窓から帰ってきた。
非常時の使い方としちゃ間違ってないが、平時の正しい使い方じゃないぞ、坊主。
「……で、何してきたんだ?」
問えば、存外素直な坊主は、心持ち自慢げな顔をして見せた。
「隠形の、練習」
「あ゛ー……そうか、隠形の練習か……。で、どんな感じだ?」
「大分、感覚が掴めてきた。もう少しで、使えるレベルに、なると思う」
満面の笑みとはいかないが、わずかに綻んだ口許から察するに、余程それが嬉しいらしい。
大した学習能力だが、このままだと将来の進路が本気で暗殺者になりそうで、父ちゃんちょーっと心配だぞ坊主。
坊主にとっては標準装備らしい暗器の数々を外して灰白色の上着を脱ぎ、黒い長袖の内着と濃灰色のトラウザース、茶の長革靴と、寛いだ格好になった途端、目と腹とが空腹を訴えてきた。
おーおー、今日もいい音で鳴いてるじゃないか、腹の虫。
「飯にするか」
「する」
目を輝かせ、力強く頷くところはガキらしいんだがなぁ。
部屋を出た途端、坊主の気配が薄れる。
目立たず、しかし希薄過ぎて違和感を生じさせることなく、自分の存在を限りなく没個性なものと認識させる薄さだ。
まだ、わずかに固さと言うか不慣れさはあるが、この調子でいけば、数日と経たず、完全にものにできるだろうが、いやはや。
「?」
図抜けた学習能力に感心するべきか呆れるべきか、足の止まったこちらを、坊主がいささか不満げな目で見上げてくる。
腹減った飯! と、口と顔以上に語る目に言わせてる坊主の頭をかき回し、
「分かった、分かった」
下の食堂に向かう。
その間も、坊主は隠形を解くことはない。
坊主としちゃ、隠形の練習の一環なんだろうが、おかげで十分過ぎるほど整った容姿に、回りが気付いた様子はない。
余計な面倒を避けるって意味では、坊主にゃ必須の技術なのかもしれんな。
食堂の隅のテーブルを選んで着くと、親爺が料理を運んできたが、そいつを見る坊主の目は爛々と輝いて、餌を前にした犬をつい連想しちまう。
今朝も思ったことだが、坊主のものの食い方には、食い盛り育ち盛りの旺盛な食欲はあるが、がっついたところがない。
食いっぷりは見事だが、ある種の品のよさ、のようなものがある。
気取っている訳でもなく、ごく自然に身に付いたもののようだが、どんな環境で育ったか、余計分からなくなる。
それとなく聞き出そうとしてみてはいるものの、今までに分かったのは、ツァスタバという偽名と、もうじき八つで、十になったら冒険者としてやっていくつもりであること、育ったのは森の中で、身に付けてる装備の類いは形見の品だという程度だ。
歳を考えれば、あり得ない慎重さであり用心深さだが、コイツならそれもありかと、納得できちまうんだよなぁ。
俺にはある程度なついちゃいるが、気は許していない。
それが見て取れたからこそ、ドライゼはスターバトまで坊主を同行させると言い出したんだろう。
もっとも、それを含めて面白そうだから、ってのがあるんだが。
イビで誰に引き継ぐかは俺も知らないが、マトモに面倒を見る気がありそうな奴がいないんだよなぁ……。
せめてイビまでは、俺が面倒見ねえとな。
† †
晩飯うまー!
本日のディナー、メインはチキングリルでございます。
熟成した鶏胸肉に塩胡椒と数種類のハーブで味を整え、肉は肉汁たっぷりふっくらジューシー、皮はカリッカリに香ばしく、レモンの酸味が脂っこさを解消し、マジ美味いです。
塩胡椒とハーブにレモンも美味いが、卸しポン酢に柚子皮卸し&一味や山葵醤油、オレンジママレードと赤ワインの醤油仕立てソースも合うと思う。
付け合わせは丸のまま皮ごと焼いた、ジャイアント馬場の拳骨ぐらいありそうなでっかい馬鈴薯のみ。
鶏ガラと香味野菜で出汁を取ったスープには、角切りのセロリに人参、玉葱その他の野菜が大量投入されてるので、バランスもいい。
パンは断った。馬鈴薯だけで炭水化物は十分です。
肉も芋も野菜も、味が確りしていて、実に美味いんだが、ボリュームが半端ない。
労働量、運動量が根本的から違う訳だから、摂取する熱量も違うのは当然なんだけど、軽くビビったし。
でもって、私はレモンスライスを浮かべたただの水だってのに、サコーさんは美味っそーにエールをジョッキでやってるのが恨めしい。
おにょれ父ちゃん……!
この世界、アルコール解禁が十六歳からだから、あと八年……八年も待たなきゃあかんとは……!
ワインなんか水と一緒じゃんよー、と主張しようにも、中世ヨーロッパと違って“魔法”というものがあり、公衆衛生が比較にならないほど向上してるから、不衛生な水よりワインが安全、とはいかんよーです。
それはともかく、動き回ってるから、軽くヒくボリュームも気付けば完食。
うぁー食った食った。後は歯磨きして、ひとっ風呂浴びて寝支度するだけだ。
今の時間だと、宿風呂は女性と十歳以下の子供用になっているので、さっさと支度せな。
木に豚毛の歯ブラシと磨き粉だけど、口腔ケア用品がちゃんとある辺り、水回りの便利さと相まって、何らかの意図を感じるんだよなぁ。
台所や風呂といった水回り、何よりトイレがベルサイユ式じゃなくて、水洗なのはいいんだけど……いいんだけどさぁ……。
「風呂、行ってくる」
いつの間にか三杯目のエールを引っかけてるサコーさんに言い、部屋に向かう。
風呂の準備は、替えの下着をインベントリから出すだけ。
タオルと石鹸は小銅貨二枚で貸してくれるので、手ぶらみたいなもんだ。
金は、部屋で準備するついでに小銅貨二枚抜き出して、財布代わりの巾着ごとインベントリにしまってるから無問題。
なお、アメニティグッズの充実した風呂付きの部屋となると、宿のランクから違ってくるので、宿泊代もアホほど高いらしい。
これ、隣のテーブルの女性冒険者三人連れ情報ね。
情報収集って大事ですよねー。なので盗み聞きではない。聞き耳を立てていたら聞こえてきただけだ。
しっかり動き、しっかり食べた。
明日っからの二人旅に備え、しっかり寝る、で今日を〆よう。
……明日の朝は、うっかり脊髄反射で攻撃行動しちゃわないように、頑張りたいと思います、まる
キュエーンはお好きですか?(サラドはお好きですか? 風に)
……風呂イベントあると思った? 残念でした!
そんな少女マンガか乙女ゲームみたいな展開がある訳なかろうなのだァーッ!