十撃目 修羅往く姫(え゛)と六匹の悪漢・2
あったーらしーいあーさですよっ!
おはようございます、ジェーン・ドゥ改ことツァスタバ(暫定)です。
突然ですが、部屋の空気が最悪です。
いや、99.999%私のせいなんですが。
そう、あれは応仁の乱の頃、いいえ建仁の乱の頃のことでした、東の空に光り輝く円盤が……じゃなくて。
いやね、正直申し上げますと浮かれてた訳ですよ、色々と。
初宿屋に初子供扱いと、テンション上がった反動なのか何なのか、ニワトリ起こし、日曜朝の子供、目覚まし廃業屋と呼ばれた早起き体質の私が何と、寝過ごしたのですよ。
それだけなら、それだけで済んでりゃよかったんですが、よりにもよって、起こそうとしてくれたサコーさんに、襲いかかりました。
ええ、そうです襲いかかりました。
枕の下に隠しておいた笄モドキを手に跳ね起きてこう、目狙って体が動いてました、脊髄反射的に。
うん、10時37分頃に、親兄弟恋人とかの仇ラストワンを断崖絶壁の岬に呼び出して殺そうとしたところを、探偵や弁護士や刑事や検事や医者や温泉若女将に止められた犯人って、こんなかなー。
むしろ犯人に殺されかかった被害者だけど、「〇〇の事件についてお聞きしたいことがあります、署までご同行下さい」されるラストワンの方か、これは。
気まずい。めっちゃ気まずい。
もう、気まずいってレベルじゃ済まねーぞってくらい。
どーすんだよ、フォローのしようがねーぞ。マジでどーすんだよ、安西先生も試合終了宣言もんだよっ!
あばっ、あばばっ、あばばばばっ! あぶだにらぶたあただかかばここばうばらはどままかはどまっ! あべしひでぶうわらばたわばっ!
……うん、じいさまの仕込みがよすぎたんだねきっと!
『避けてみよう! 夜討ち朝駆け殺気/zero攻撃短期集中講座』がレベル高過ぎたんだよ!
脳の制止より先に体が動くのが、半分本能と化してなくね?
寝こけてるんで、朝だぞー、と頭撫でくって起こそうとした保護者(暫定)に、至近距離での刺突用武器片手に跳ね起きて、襲ってくるもうすぐ八歳児。
……ないないない、マジでないわー、クレイジー過ぎて。
いやもう本当に、世界の中心でヘルプミーと叫びたい。
幸い、サコーさんが大概だったおかげで、殺人未遂で済んでますけど。
サコーさんもマジ大概なお人やでぇ。
笄モドキで目ぇ突きにいった右の手首をすかさず取って、微妙な加減の捻りで手首・肘・肩三点まとめて極めたら、後頭部と両足押さえ込んでベッドに沈め、見事な捕縛術です。
三十路男と十歳未満の(見た目)少年と、絵的には色々ギリギリかもしれんが、実際は殺人未遂の被害者と加害者っすから、別の意味でギリギリっちゃギリギリだがな。
サコーさんからも、何かすっごい気まずい空気が漂ってますが、互いに動くに動けない不動金縛り状態です。
じわーっと手のひらに、気まずさ極まって変な汗かいてきたし。
いやホント、どうすんだ、これ……。
† †
気が緩んでるのか、わずかに横を向いて顔を枕に突っ伏し、俯せでキルトの上掛けにくるまってるところは、静かな寝息と相まって、妙な格好で爆睡する仔犬の風情だな。
寝かしといてやってもいいんだが、朝飯食いっぱぐれたら拗ねそうだからなあ、この坊主は。
「起きろ、坊主」
妙にクセになる手触りの頭に伸ばしかけた手で、咄嗟に掴んだのは、坊主の手首だ。
キルトの上掛けを跳ね除け、枕の下から取り出した刺突用らしい暗器で、俺の目を貫こうと、バネ仕掛けの機敏さで繰り出された一撃に、殺気は乗っていなかった。
動物じみた無表情さからも、半ば本能的な反射なんだろうが……本当に、どんな育てられ方してんだこの坊主は……!
取った手首を捻り、肘と肩もついでに決めて、頭を押さえて、反射的に取り押さえちまっていた。
……この状況でも暗器を手放さないとは、いやはや。
取り押さえられて、坊主もはっきりと目を覚ましたらしく、ものすごく緊張してるのが、全身の硬直具合からも伝わってくる。
自分がやっちまったことに気が付いて、どうしていいか分からずに、しでかした粗相の叱られ待ちしてる犬のように、緊張しながら全身で、俺の出方をうかがっている。
……いやな、お兄さん吃驚したけど、怒ってる訳じゃないからな?
無駄のない直線的な動きってのは、逆に言えば読みやすい動きだから、狙い分かった時点で避けられたし、お前さんみたいな野性動物が寝てるところに、手ぇ出した俺も、少しはまずかったし、だから、な?
「……着替え済んだら、下に来い。飯にするぞ」
言って、手を離し、ベッドに突っ伏したまま動かない坊主の頭を一撫でして、部屋を出た。
多少なりともマトモな神経の人間なら、あんな風な育て方はしないだろう。
まさか、本当に、どこぞの暗殺者に育てられたとか言うんじゃないだろうな。
そうであってもおかしかないぞ、あれは。
一階の食堂の、やや込み入った話がしやすい席を取り、坊主を待つ。
坊主が降りてきたのは、それから五分ほどしてからだった。
昨日の灰色の上着を着て、短剣とポーチを下げたベルトをしている。
フードは被っているが、顔を隠すほど目深には被っていない。
長い袖を捲り、脹脛の半ばまで届く裾が、まるでコートのようだ。
全身で俺の方をうかがいながら、そのくせ、表情には相変わらず動きが見えない。
俺の正面、を少し外れて席につき、落ち着かない雰囲気を撒き散らし、視線をさ迷わせている。
悄気返った目が、時折こちらを見ては、やや薄い唇がもぞもぞ動く。
分かりにくいが、唇の端と眉も、微妙に下がっている。
意を決したといった目を、真っ直ぐ俺へと向けた坊主が、口を開こうとした、正にその瞬間。
GURURURURURURURUAAA〜〜
……これ聞いたことあるな。
あれだ、ゴルゴン=カニスの唸り声だ。
ゴルゴン=ウルススに比べりゃ、そう討伐に手はかからんが、変異種、それも巨化変異だったからなぁ、あれ。
って、待て。
今の魔獣の咆哮はお前か、坊主。
すげえなおい、何飼ってんだ腹ん中に。
自分の腹の虫の雄叫びに驚いたように、目ぇ真ん丸にしてる坊主の顔が、余りにも“ただのガキ”に見えて、それが何故か、ひどく可笑しい。
堪えきれず、笑い出した俺につられたのか、坊主の顔が少しだけ綻んだ。
眉は情けなく下がったままだが、口許は、笑いと呼べなくもない形を作っている。
……何だ、ちゃんと笑えんじゃないか。
「飯にするか」
言うと、坊主は頷いて、
「……さっきは、ごめん、なさい」
言って、へにゃりと歪んだ情けない顔をした。
† †
……や、やった! やったよ私! ごめんなさい言えましたー!
いや、脊髄反射で襲いかかってごめんで済む訳ねえだろ脳味噌膿んでんのかと、そう言われたら終わりですが、頑張ったことだけは認めて欲しい。
つうか……腹の虫に救われたってのが正しい。
有難う腹の虫! 助かった! 超助かった!
そんな腹の虫に感謝を込めて、初めての外食、ガッツリいただきましたー!
シンプルな塩と酢、オリーブオイル(だと思う)のドレッシングのかかった、そこらの野草じゃない、ちゃんとした栽培種の新鮮野菜のサラダ。
表面をフライパンでこんがり炙った、分厚いハムの一切れ。
とろっとした半熟卵を乗っけたイングリッシュマフィン風のパンは、どれも大層美味でした。
ただ、サコーさんはコーヒーなのに、私はミルクとか、そりゃないんでないですか? いや、美味しいけど。
美味しい、けど……私はコーヒーを要求するー! カフェインレスの代用コーヒーにはもう飽きたんじゃー! 女将ぃー! コーヒーを寄越せぇー!
ついつい出てしまう食べ方の癖に、サコーさんが微妙な顔をするけど、気にしない気にしない。
がっちょり食って腹も膨れたところで、この後どうするか、とサコーさんが聞いてきた。
どうするも、サコーさんが関所行くまでは、こっちはこっちで、あちこち見て回って時間潰して、関所の手前で落ち合うつもりだったんですが。
……と、かいつまんで申し上げたところ、野放しにしたら何をやらかすか分からないから、関所越えるまではサコーさんと行動するように、と釘刺されました。
ああ、うん、反論できねえや、あはははは。
代わりに、しっかり私の知らない一般常識のあれこれを学ばせていただこう。
「分かった、頼……み、ます」
あかん、頼む、とか言いかけたし。
何とか言い直すと、生がつく感じに温かく優しい眼差しで、無理に敬語使わんでいいぞー、と頭撫でられた。
普段おバカで待てもできない犬が、トンチンカンな方向だけど超頑張ったのを褒めてる、って感じなんすけど。
……で。
結論から申し上げますと、それから夕刻まで、大変有意義なお時間を過ごさせていただきました。
通貨は貨幣で、紙幣はない。
貨幣の最小単位は小銅貨で、最大が珠晶貨。
小銅貨は十枚で大銅貨一枚。五枚で銅貨一枚。
小銅貨が十円玉で大銅貨が百円玉、銅貨が五十円玉、と言ったところか。
で、銅貨の上に銀貨が来る。
大銅貨十枚で小銀貨一枚。この小銀貨十枚が銀貨一枚。五枚で半銀貨一枚。
千円札と万札、五千円札だな。
で、銀貨十枚で大銀貨一枚。この大銀貨五枚が銀板貨一枚。
銅、銀、とくれば、次の単位は金貨だ。
大銀貨十枚で小金貨一枚。銀板貨なら二枚で小金貨一枚。
小金貨十枚で金貨一枚。五枚で半金貨一枚。
大金貨は、金貨十枚。
大金貨十枚で金板貨一枚になる。
金板貨なんかは、貴族やら王族やらとも関わりがあるようなでかい商会の大口取引とか、国家予算とか、そーいう雲の上の取引に出てくる代物で、一般庶民には半金貨すら遠い世界の貨幣だ。
そんな金の上に、さらに白金貨がある。
金板貨五枚で白金貨一枚。ここまで来ると子供銀行の一億円札とか、ひょっとしてギャグでやってるのかレベルの話になる。
白金貨だけでお腹いっぱいなんだが、そのまた上にあるのが、珠晶貨だ。
白金貨十枚で一枚とか、どんだけだっつーの。これ一枚で、人一人が死ぬまでヒキニート超余裕じゃね? マジで。
んで、その人一人の一日の最低生活資金が小銀貨一枚。ただし、あくまでも生活資金で、住居などの財産は含まれない。
宿代は、一人部屋一泊二食付きで小銀貨四枚が普通だけど、二人部屋だと二人で小銀貨三枚になるそうな。当然、素泊まりになるともっと安い。あと、獲物持込割引なるサービスがあるらしい。最大で小銀貨一枚分まで値引きされるそうだ。
屋台以外の、ちゃんとしたとこの食事なら、一食で大銅貨五枚が最低価格で、屋台の食い物なんかはどんだけ高くても大銅貨二枚かそこらで、大体は銅貨で買えるようなものらしい。
いやあ、世界一大事なカネの話ができたのが一番でかいね、やっぱり!
あとは、とりあえず街中でフル武装は目立つので、そーいうのは街を出るとき入る時くらいだってこと。
けど、私の装備はあくまで常識の範囲だと思うんですが。日本と違って安全と水はアホのように安くはない訳だし、自衛の手段は必要だと思います。
大概の店は、日が落ちてちょっとしたらクローズだけど、飲み屋飯屋宿屋は深夜営業だってこと。
屋台は基本ボッてくるから、基本は三割引かせて上記のお値段だそうな。
あと、ちょっと大きい街には冒険者ギルドの支店? があって、こっちは二十四時間営業だとか。コンビニか。まあ、年中無休の商売だしねえ。
何より、所謂ポーション的な回復薬はアホじゃねえかとツッコミ入れるしかないお値段だそうな。
一番安いのでも最低価格で銀貨五枚、それも外傷を塞ぐだけで、出血で失われた体力や血液自体は回復しないし、欠損部位を再生させるやつとなると、大金貨ウン枚って話だそうで、故に、大前提は「怪我をしないこと」なんだそうな。
色んな店を冷やかして回ったり、ケバブサンド的な屋台のファストフード奢ってもらったりしてるうちに、気が付いたらもうすぐチェックアウトのお時間で、急いで宿戻って旅支度整えて。
そんで――今、目の前には関所がある。
ここを通り抜けたら、サコーさんともお別れか。
何かしんみりしてきた。
案外、私は人恋しかったようだ。
通行手形的なのがあるのかと思ったけど、順番が来てサコーさんが関所の役人に見せたのは、何かちっこい、ドッグタグを一回り小さくしたくらいの、銀色の札のようなものだった。
あれが身分証なんだろうか。
んで、一言二言、私の方を示して言ったら、それで終わり。
……え? あれ? もしかしてサコーさんて、実はスゴイお人だったりする?
まあ、確かに大概でしたけどね色々と。
あーるぇーやらかしたか? ひょっとして、いや、ひょっとしなくてもやらかしましたか!? そうですかそうですね!?
けっ、けどまあ無事関所も通過したことだし、ここでお別れですよねっ!
……よし。
ならばここで、かまさねばなるまい取って置きのアレを――そう、疼く好奇心と探求心を押さえ込み、投下の瞬間を待ち続けたあのネタを、今こそッ! ここでッ!
かまさねばならない、しかるべきネタをッ!
足を止め、深く息を吸い込む。
サコーさんも足を止め、訝しげにこちらを見た。
よし、今だ。今しかないッ! さあ往けぃッ!
「あ、ありがと、な……父ちゃん」
明日の朝には表情筋が筋肉痛確定だろうが、構うものか。精一杯の満面の笑顔……らしきものを添えて、やりました!
ミッション・コンプリィィィトォォォッ!
私の心の中の世紀末覇者が、高々と天に拳を突き上げる。我が人生に一点の悔いなし、と!
ですからね? 期待してたのはサコーさんの「誰が父ちゃんだ!」のツッコミであって、何だかいい感じの場面になっちゃってる感とかじゃなかったんですが?
更に背後から大爆笑とか、予想してなかったんですけど……アルェー?
世界はいつだって、こんなはずじゃなかったことばっかりだと、改めて実感したツァスタバ(暫定)なのでした……。
ぎぎぎぎぎ、と音がしそうな感じで背後を見れば、振り向けば奴(等)がいた、とでも申しましょうか。
ウケてる。めっちゃウケてる。すごいウケてる。
ヤンキー座りでしゃがみ込んで腹抱えてまで大爆笑せんでもいいでしょーにドライゼさんェ……ローナーさんも似たり寄ったりで大爆笑なう、ですし。二人とも笑い過ぎて酸欠になってしまうがいい……!
それはそれは人の悪ぅーい、倫理的にアレな実験に成功したよやったね的な顔で笑ってるアストラさん、マジ狂技術屋にしか見えない。やめろー改造なんかするなーぶーっとばーすぞぉー。
隣のステアーさんの肩に肘乗っけて、銜え煙草でにやにや笑ってらっしゃるシグさん、ステアーさんが超迷惑そうにしてますよ? こいつ死ねばいいのにみたいな目ぇで見られてましたよ?
ステアーさんもさぁ……笑えば、いいと思うよ……? ほら、微妙に肩震えてえるし。頬引きつってるし。無理に我慢せんでもさぁ……いっそ笑われた方がマシですがな。
もう皆様お好きなだけ、笑いを抱いて溺死して下さいやがってくれやがりませですよ。
ハイパー笑い物タイムのいたたまれなさに、振り返り仰ぎ見たサコーさんですが。
……いやね、その、私としましては「誰が父ちゃんか!」ってツッコミをね、期待してたのであって、照れくさそうに、それでいて満更でもなさそうな顔して「そうか、父ちゃんかー……」とか呟かれちゃうとか想定外も甚だしくて、つまりですね。
結論:こんなの絶対おかしいよ……!
いやもうリアルにこれ何てカオス状態なんですけど。
これか、この心境があれなのか、どうにでもなーれの境地なのか。
どーしょーもねえなと、とぉーい目をして一万年と二千年くらい彼方を眺めて現実から少し目を逸らしているうちに、オッサンどもの笑禍が一応過ぎていったらしい。
いい年した大の大人のするこっちゃねーだろ。
そんな思いを込めてじっとり睨んでみたところで、暖簾に腕押し糠に釘、豆腐に鎹馬の耳に念仏でしたけどね!
「まあそう照れんなって、小僧」
……何をどう解釈すればそうなるのか、理解不能ですローナーさん。
あと頭かいぐりするなら自分の腕力考えてして下さい、首がもげます。もろりと。やめてくださいマミってしまいます。
つうか本当に人殴り慣れた分厚い手ぇしてますね! じいさまといい勝負ですよ。
……うん、あれだ。この人、灰色熊だ灰色熊。後足で立ち上がった灰色熊な。
市川鷹の身長をもってしても見上げるほどの長身、角張った顔、潰れた耳、太い鼻、太い首。
服の上からでも、分厚い肩、岩の塊を肉で包んだような胸と胴周り、太い腕に大腿は、見てくれ重視で鍛えたものじゃなく、実戦の中で、殴り殴られして作り上げられた代物だと分かる。
武器を使うなら、重く、分厚く大きく大雑把な武器で、相手の小手先の技術なんか歯牙にもかけず、それごと真っ向から叩き割るような代物だ。
無手でも似たり寄ったりで、破城槌の如き正拳の一発で、喰らった相手はこの世から即退場だろう。
今の私じゃ、ローナーさんには逆立ちしても勝てないと、よく分かる。
制約を解除して、内部魔力で筋骨格から神経系ガッチガチに強化しまくって、回避に徹して辛うじて一発か二発、いいのを入れられれば御の字ってとこだろう。
速度でなら上回る自信はあるけど、フィジカルな部分が圧倒的に足りてない。
何せ肉の量が、肉体の出力が、絶望的に違う。
ま、ローナーさんに限ったこっちゃないけど、この場で一番弱いのが私だってのは間違いない。
体格、経験、それらに裏打ちされた技術、特に体格と経験の差が圧倒的だ。
やっぱアレだ、兼業農家のパートタイム野盗とは、根本から違うってことだよな。
そんなことを考えながらローナーさんを見上げていると、笑いの発作が治まったドライゼさんが、こっちを見て、口の端を歪めてにやりと笑った。
うん、誓ってもいい。絶対ロクなこと考えてないね! このなんちゃってジャーキーを賭けてもいい!
「……おいおい、別に取って喰おうってんじゃねんだ。そんなに警戒心丸出しで尖るこたァねえだろう?」
まあねー、取って喰われるとは思わないけど、その人を喰ったよーな、如何にも何か企んでますな面見て、警戒するなっつー方がどだい無理な話だと思うんですけど。
破壊目標の要所要所にC4仕掛けてデトネーティングコード巡らせ終わって、今から起爆スイッチ押しますよー、みたいな顔してますよ?
首置いてかされそうなローナーさんの手から脱出し、じりじりとサコーさんの後ろに回り込む。
済まんが弾除けになってくれ父ちゃん……!
カバディカバディカバディカバディ、と内心呟きつつ、じわじわ気配を薄れさせつつ、にじにじ安全圏に逃げようと動く私の襟首を引っ掴んだのは、ローナーさんだった。
うわあ、このガタイで速さも備えてるんかーい。筋肉ついてきちゃいるけど、所詮ひょろこいもうじき八歳女児としては、マジ裏山ですわー。
そのまま掴み上げられて、ぶらーんと吊り下げられた状態で、ドライゼさんの前まで運搬される。
ええい実験用のマウスか私ゃ。
おい、あんま手荒なことはすんなよ! と背後から聞こえるサコーさんのお心遣いが心に沁みる。サコーさんいいひとマジいいひと……!
と、感動していところに、ドライゼさんの顔面が視界にどーんとアップになる。
うん、ちょっと前の大爆笑見てるから威厳もへったくれも……ありましたわ、うん。
満面の悪っそーな笑顔がすげえ怖いんですが。
「喜べ、坊主。」
「……何を、喜べと?」
……警告、警告! これアカンやつやー! 逃げて私超逃げてー! プロデュースドバイじいさまイベントの臭いだこれー!
ぶら下げられたまま、逃げようとじたじたやってるのを、サコーさん除く五名様は面白動物を見る目で見ています。
めっちゃ心臓が痛い。精神的な方向で。
……引きが長ぇーよ、早く言っていただけませんかね私の精神安定のためにっ!
† †
全身の毛を逆立て、フーフーと唸り声をあげている猫のような子供――ツァスタバに、ドライゼは、人を喰ったような表情を崩さぬまま、重々しい声で宣告した。
「なに、坊主の勝ち分がな。この程度でチャラにするにゃあ、いささかデカ過ぎるってぇ話になってな。当てがねえなら、王都まで連れてってやろうと、そういう話でまとまったんだわ」
ドライゼのその言葉に、フードに覆われたツァスタバの頭が、がっくりと下がる。
例えそれがどのような無茶であっても、一度言い出したら引っ込めない。そんな傍迷惑な人間の同類を知っているらしい、諦めのようなものを漂わせたツァスタバが、下がった頭をのろのろと持ち上げた。
「……決定事項?」
確認するように問うツァスタバの頭が、フードの上からわしわしと撫でくり回すドライゼの手の動きに合わせて、ぐらぐらと揺れる。
「おう、そういうこった」
がっくりきているツァスタバの頭をもう一度撫でくり回したドライゼは、ローナーに手を離すよう目線で指示を出す。
ぱっと襟首を掴んでいた手が離れ、不安定な状態で放り出されたツァスタバだったが、すぐさま姿勢を立て直してつま先から柔らかく足を着き、物音ひとつ立てず着地を決めると同時に、ローナーとドライゼの手が届かないだろう位置まで、とん、と軽やかに後方に跳び退き距離を置く。
その位置から、ツァスタバはドライゼを見上げると、
「……けど、いいのか?」
「あ?」
「足手まとい、だろ。弱い奴は」
弱い、と言ったその言葉に滲む悔しさに、ローナーがおや、というような顔をした。
自分が、彼らにくっついて行くには“足手まとい”の“弱い奴”だと自覚した上で、自分の弱さを、本気で悔しがっている。
気配の消し方、身のこなし、そこから察せられる戦闘技術。
経験不足は否めないものの、そこらの駆け出し冒険者に比べても遜色ない、どころか既に凌駕しているだろうに、それでは、それだけでは足りないのだろう。
下を見て安堵するのではなく、上を見て届かぬことに歯噛みし、到ってやろうと這い登る飢えが、強さへの本能的な飢えが、ある。
育ちのせいか、当人の生来の資質のせいかは不明であるが、幼いながらも強さへの飢えを抱え込む、そのありようの歪さに、ローナーは興味を持った。
その悔しさと飢えは、ローナーにも身に覚えのあるものだからだ。
「まあな」
「じゃあ、どうして」
重ねて問うツァスタバに、ドライゼはにやりと笑い、
「博打の借りは作らねえのが大人の作法だ」
「……ちゃんと、払ってもらった」
「おう、サコーの奴はな。払ってねえだろ、俺たちは」
なあ、と残りの連中に声をかける。
しゃあねえわな、とおどけたように肩を竦めるアストラの隣で、そういうこった、とシグが紫煙を吐き出し、如何にも承服しかねるといった苦り切った顔のステアーが頷き、負けは負けだかんなあ、と頭を掻きながらローナーが言う。
聞いてねえぞ、とでも言いたげなサコーだが、同時に、どこかほっとしているようにも見えた。
一日足らずの付き合いで、ツァスタバが恐ろしく一般常識に欠けていることに気付いたサコーとしては、このまま放りだすのは、正直気が引けていたらしい。
少しの間、じっと、フードの下からドライゼらを見ていたツァスタバだが、やがて、ふうっと息を吐き、肩のあたりに漂っていた緊張を解くと、酒場でしたように、ぺこりと頭を下げた。
† †
……貰って困る土産物ベストテンの、熊の置物の銜えてる鮭の気持ちが、痛いほど分かっちゃいました。
もしくはFBIに捕まった宇宙人写真の宇宙人の気持ち。
まあ、そりゃ助かるけど。
助かるけど、どう見ても足手まといじゃん、私。
ほら、さ。意地があるんだよ女の子には!
……あ゛? どこに女の子がいる? よーし砂利か電球頬張ってから体育館裏に来い。ちゃんとついてないぞいーい度胸だこの野郎。
げふん。
えー、とりあえず、ドナルーテの王都までは、子供の一人旅に付随するだろう諸々の面倒に遭わずに済みそうですが、ぶっちゃけそっちの方がよかったよーな気が薄らしています。
つか、あのオッサン何だかんだで、結局「何となく面白そうでやった」だと思うんだよなー。しかも後悔も反省もしない。
でも、同じくらい楽しみでもある。
王都までどれくらいかかるか分からないけど、その間に、盗んでものにできるものが沢山ありそうな気がするんだよねー。
街中での気配の消し方は、サコーさん見てて何となくだけど、野山での気配の消し方との違いが見えてきたような気がするし。
学べる時に学ばないと、次がいつあるか、そもそも次があるかも分からない。
えーと、その。
とりあえず、王都までお世話になります。
予想に反して何だか「イイハナシダナー」なふいんきになってしまったオッサンと少年。響き渡る爆笑。あーたぶんそーくると思ったわー<読者 な展開。
次回、十二撃目 修羅往く姫(え゛)と六匹の悪漢・3(仮)
オッサン祭は終わらないッ!
……あなた憑かれてるのよ作者……。
ところで、首の後ろにプラグ刺してPCに繋いで小説書ける時代はまだでしょうか。(虚ろな目)