九撃目 修羅往く姫(え゛)と六匹の悪漢・1
ツァスタバってのは、間違いなく偽名だろう。
国境越えるまでの付き合いと割り切ってる姿勢は悪くはないが、どう育ったらこんなのができ上がるのか、皆目見当がつかん。
気配の消し方に甘さはあったが、あれは単に、街中の環境に慣れてないだけだろう。
足音はもとより一挙手一投足、呼吸の気配すら希薄で、しかもそれが常態になっているとか、有り得なさ過ぎるだろうが。
……後継者に悩む暗殺者が見たら、大喜びで拐いに来るんじゃないか?
街中での気配の消し方、人体の急所を確実に突く技術と、それを躊躇わず実行できる神経を仕込めば、すぐにでも暗殺者デビューできそうな逸材だからな。
国境を越えるのは、明日の午後を予定していた。
今夜の宿は取っているが、まさかこんなことになるとは、予想もしてなかったからなあ……。
坊主が宿を取っているか、そもそも宿に泊まる気があるのかも怪しい。
まさかとは思うが、野宿とか言ったりは……したよ。しちまったよ。
あのなあ、短い付き合いかもしれんが、面倒見るってなった以上、責任があるんだよ俺には!
あ? 関係ない? んな訳あるか! 国境を越えるまでは、俺はお前の保護者なんだよ、分かったか!
とりあえず、俺と相部屋になるが、いいな?
……は? 幾ら払えばいい? 間違ったことを言っちゃいないけどな? お兄さん頭痛くなってきたわ、うん。
なあ坊主、使わずに済む場面で金を使うのは、余り賢いやり方じゃあない。
お前がガキだってのは、動かしようのない事実だ。
でもな、そいつは期間限定のアドバンテージでもあるんだぞ?
分かったなら、ほら、行くぞ。
……おいこらアストラ、誰がパパだ。シグ、お前もお父さん言うな。
な、ステアーお前もか! ローナーお前も酸欠するまで笑ってんじゃない! いや、構わんドライゼと一緒に笑い死ね。
で、坊主。当てはあるのか? いやだから、ドナルーテで暮らす当てだよ。
……ない。うん、潔いお返事ありがとうなー、お兄さん吃驚だよ。
そりゃあ、お前さんならどこででもやってけそうだけどな、少しは計画的に……あ゛? あと二年も山籠りしたら十歳だから、そうしたらギルドに登録して、冒険者で食ってく? 胸張って言うことか。
って、ちょ、待て待て待て待て、それじゃあ何か、お前さんまだ八つ!? は? もうじき八つ?
うん、お兄さんの中の色んな何かがダメージ受けてるみたいだわ。
……あー、その、何だ、とりあえず宿まで行こうか。
言っとかなけりゃならんことが多そうだな、お前さんには……。
† †
海外ドラマとか洋画とかに、悪徳警官とかで出てきそうなサコーさんがマジいいひとな件について。
つか、よくよく見ると、昔のムービーコンテンツの俳優にちょっと似てる。ええと……ジェット・リーだっけ? 悪役やってる時の。
顔に似合わず苦労人つーか、貧乏クジ引きやすいタイプと見た。
……貧乏クジ(特大)のお前が言うな? フヒヒサーセン。
いやー、それにしてもサコーさんいいひとマジいいひと。
初めての宿屋泊まり、奢りですよ奥さん! いいひと過ぎて逆に心配だわー。
あれだ、顔で損してるタイプだな。善き父善き夫になりそうなのにな。見る目がない女が多いのに吃驚だよ。
にしても、ガキであることのアドバンテージ、か。
対人戦で、ガキだからと相手が舐めてかかってくるのも、アドバンテージつったらアドバンテージ、だよな。
舐めてかかって油断するから、より隙が生じる。
場面によりけりだけど、ガキってことを利用するのも、確かに手だもんな。
……あ、そうだ。
宿に着いたら相談しようと思ってたことがあったんだわ。
母は読み書きや暦の見方、長さの単位は教えてくれたんだけど、世界一大事なカネの話がすっぽ抜けてたんですよねー。
あのままいけば家畜確定だったし、金が必要になると思わなかったからなのか、それともまだ早いと考えたからなのか、その辺は不明だけど。
野盗連中が溜め込んでたのは、大きさの違う三種類の銀貨が合計で三十枚ちょい、同じく大きさの違う三種類の銅貨が二十枚ちょい、小さな金貨が五枚。
貨幣価値としての順位が、銅貨<銀貨<金貨なのは分かるけど、それで何ができるか、何と交換できるか、その辺の基準が今一不明だったりする。
貨幣経済の外側で、自給自足の狩猟採取生活してたからなあ……。
物々交換とゆー原始的な経済活動すらなかったし。
けどまあ、いくらいいひとだっつっても、さすがに金貨を見せる気はない。
三種類の銅貨と二種類の銀貨について聞いとけば、後はそこから推測できるし、実際にどこかで使って学ぶのもありだろう。
後は、武器の売却だな。
明日の午後までの期間限定でも、保護者がいる間にできれば売っ払っちまいたい。
インベントリがあるとは言え、鋳造の数打ちは趣味じゃないし、何より、ケチが付きそうで持ってたくない。
……サコーさんの後ろにくっついて酒場出た時に、ドライゼさんが笑い死にかけてたけど気にしない。
他の人の名前も分かったけど、軍産複合体で突っ走り過ぎた実験やらかしそうなマッド技術者系がアストラ、マフィアの売春部門取り仕切ってそうな伊達男がシグ、男は黙って長距離精密射撃な暗殺職人風がステアーで、とりあえず殴ってから考えますみたいなのがローナーかな?
多分だけど、これで合ってるはず。
つうか、皆様実に悪そうな顔してはりますわー。
何だかんだで、いいチームなんだろうな、ってのがよく分かる。
何より、馴れ合ったところがないのがいい。
強面悪人面のオサーン集団だけど。
強面悪人面のオサーン集団だけど。
大事なことなのでもう一回、強面悪人面のオサーン集団だけど。
……サコーさんのお兄さんアピールは、正直切ないもんがあるけどな。
でもまあ、見たところ、三十路坂は登ってるけど、五十路坂はまだ先、って感じだから、お兄さんでもセーフってことにしておこう。
アラフォーはオバサンではない、お姉さんだ! とバーのカウンターに打ち付けられた拳と咆哮が、今でも忘れられません。
と、まあ、お兄さんとオッサンの境界という、額の生え際と頭皮の境界はいずこか、との、繊細かつ複雑な区分に匹敵する難問は置いといて。
サコーさんの後くっついて宿に向かってますが、完全に坊主呼び確定しました。装備で体型カバーするまでもない寸胴だしな。
嬢ちゃんとか柄じゃないの理解してるんで、その辺は気にしてないけど、今通ってる辺り立呑屋みたいなのが多くて、そっちのがすごく気になって、涎が出かかってます。
仕方ないじゃん。ここんとこ、なんちゃってジャーキーとビスコッティもどきがメイン食糧だったんだから!
思ったより量があるから消費しようと思ったんだけど、正直あれで過ごすのって、イギリス飯で一日三食よりちょっとマシレベルですわ。
……あ、この匂いは揚げ物かな。串カツ系? 揚げたて熱々をジュワーっとソースに、いや、白身かホタテにレモン絞って醤油一滴垂らしたのにかぶり付き、火傷しそうな口の中によく冷えたビールか、辛口の冷酒、できれば大吟醸をキューッと……。
あっちのはシュラスコか? 羊、じゃないな。牛か。牛の赤身と嗅いだ。味付けはザッパだけど、ザッパさがワイルドさに昇華したやつをがぶっと頬張って、ライム入りのコロナをチェイサーにショットグラスでテキーラをぐいっと……。
ううううう、は や く お と な に な り た い 。
ぴすぴす鼻が鳴ってるのを聞きつけたサコーさんの、微笑ましいものを見る眼差しの優しさが辛いです……。
腹を空かせたワンコ見る目とか、勘弁してつかぁさい。
頭撫でないでくださいしんでしまいますいたたまれなさに。
……あ、フード外れた。
† †
後ろから聞こえる、犬が鼻鳴らしてるような音は、もしかしなくても坊主か? おーい、解けてるぞ隠行が。
歳相応なとこもあるじゃないか。
振り返ると、フードの下から覗いている口元が、うずうずと緩んでいて、腹を減らした犬に見えてくる。
何だ、腹減ってんのか? こういうとこはやっぱりガキだな。
フードの上から、犬にするようにわしゃっと頭を撫でてやったんだが……あー、成る程なー……こりゃフードいるわ。
枯れ草色の髪と目の、色合いの地味さを差っ引いても釣りがくる面の、まー整ってること。
抜き身の刃物に似て鋭く、斬られると分かっても手を伸ばしたくなるような、美貌と言っても差し支えない面に甘さはなく、こんなんをさらして歩いてたら、後継者に悩む暗殺者より、人買いが駆け付けるのが先だろう。
将来に備えて、シグに女の扱いを伝授してもらうべきか?
ほっといたら、毎日が女絡みの刃傷沙汰になりかねんぞ。
† †
……外れたフードを被せ直してくれたのはいいんですがサコーさん。
思っきししみじみしながら、将来女で苦労しそうだなぁ、とか言わんでくれますか。
しょっぱすぎて泣けるから。
屋敷で見かけた奥方様とご令嬢、旦那様は別として、屋敷の使用人連中も野盗どもも、この町入ってから見かけた人らも、チーム強面悪人面オサーンズも、髪や目の色は茶色や砂色のバリエーションか黒と地味だった。
野盗見た辺りで、実は白髪頭って目立つんじゃね? と、『ミヅガルヅ・エッダ』の髪色変更アイテムと理不尽性能のカラコンで、ありがち地味カラーにしたんだが……これならリムーバー使わないで、黒にしたままの方がよかったんじゃろうかー。
あ、奥方様とご令嬢、旦那様はある意味衝撃ですた。生物学関係者が、ざっけんないいピエロじゃねーかよ俺ら、と叫んで台パンする方向に。
大赤金はまだありえそうな色だからいいとして。
奥方様とご令嬢のピンクの髪とか、その色素どっから来たし。フラミンゴか。βカロテンか。藻類でも食ってんのか。ナトロン湖なんざねーぞ。いや、あるかもしれんが近所にゃなかったはずだ。
つうか旦那遺伝子負けてんなー、母にも負けてんじゃん。どんだけー。
……あん時は、視覚の強化してなかったから髪色しか分からなかったけど、目の色もやっぱすごいんじゃろうかー。
やっべ、ちょっと見てみたいわー、赤とか金色とか居そうだし。ピンクとかもいたりしてな。
とか考えてたら、客層の柄も普通寄りな店がある辺りに出ていた。
お、宿ってここ? うわー、何か凄い、凄い普通だー!
木造二階建てで、一階に酒場兼の食堂? があって、二階が客室の、ホント普通の、ファンタジーRPGとかそーいう映画に出てきそうな宿。
受付っつうか、宿の主人もめっちゃ普通の父ちゃん母ちゃんだし、手伝ってる娘(多分あの父ちゃん母ちゃんの娘だと思う)も、贔屓目に見てちょっと可愛い程度の、普通の娘だし。
普通過ぎて逆にテンション上がりそう。つうか上がってる。
サコーさんが、知り合いの子供なんだけど、急に預かることになっちまってさあ、とか言って、銀貨の小さいのを一枚と、大きい銅貨を一枚、カウンターに出した。
……成る程、あれで一人追加分、と。少なくとも、あれでこの宿には一泊できる訳だ。
でも、どういった泊まりかも、ちゃんと知っときたい。素泊まりなのか、食事が付くのか。食事が付くとして何時出るのか。
そういうのを知っとかないと、後々苦労するからなー。
世間のお勉強は大事ですが、カネの話はもっと大切です。人によっちゃ、金は命より重いみたいだし。
宿の部屋だけど、ちょうど昼過ぎに、二人部屋の人が予定切り上げて急いで出発したとかで、二人部屋が運よく空いたんだそうな。
その部屋にチャージって運びで、サコーさんが一人部屋から荷物を持ってくるまでの間、とりあえず食堂の椅子に座って待つことにした。
サコーさんの部屋は一階で、さっきの宿だとカードのテーブルがあった辺りを、ここでは一人部屋に使ってるようだ。
宿の設計自体は似たり寄ったりだけど、場所柄や主人の人柄で、随分と違ってくるもんだな。
こっちの宿は、明るくて、暖かくて、人を迎え入れる雰囲気があるけど、あっちは鉄火場のひりつく空気ムンムンで、殺伐ーっとしてたからな。
大人用の椅子なんで、微妙につかない足が面白くて、ついぶらぶらさせて待ってると、欧州、特にロシア方面に見られるビッグバン現象を経たと確認されるおばちゃん――おかみさんが、陶器のマグを片手にやってきた。
三つ編みにひっつめた、少し白いものが混じり始めた茶色い髪、ふくよかな顔の笑い皺、ぼやけたアースカラーのワンピースに前掛けと、地味で素朴な、いかにも“おっかさん”な感じがする。
割烹着似合いそうだなー。あと買い物カゴ。買い物カゴにはネギお願いします。もしくは大根。
「はいよ。伯父さんから聞いたよ。お腹減ってんだろ? 食事は終わっちゃって出せないけど、空きっ腹で寝るよりはマシだからね」
そう言って、おばちゃ――げふん、おかみさんはマグをテーブルに置いて、雄大なる大臀筋を揺らして去っていった。
何だろう、市川鷹の修学旅行で乗った水牛車、アレ思い出してる自分がいる。
つうか、預かった知り合いの子供、の私が、いつの間にかサコーさんの甥っ子になっていた件について。
お父さんじゃないだけマシだけどさ。
おかみさんが置いてったマグからは、ふんわりと、覚えのある仄かに甘い匂いと、湯気が立ち上っていた。
蜂蜜入りのホットミルクって……うわー、転生後初の子供扱いですよ!
すげえ。おかみさんマジすげえ。
かくも怪しい人物を子供扱いとか、おっかさんてマジぱねえわ。
マグを手に取り、中を覗く。
うん、ホットミルクです。どこからどう見ても普通にホットミルクです。
この構図を客観的に見たら……ホットミルクのマグを覗き込んでる、フード姿の胡散臭いガキ。
凄く……シュールです……。
そう言えば、水とハーブティー、ドングリとタンポポの代用コーヒー以外の飲み物も、私は初めてじゃね? わあい初体験だー。
まずは一口、舌の上に薄く広がる程度の量を含んで、待つことしばし。
……うん、普通に美味い。
飲み込んで、また少し待って、今度はもうちょい多めに一口。
いや、ヴェルヘルミナ(元)だった頃、明らかに体によくないの混じってる系のやつ、ムリクリ飲まされたことがあったんですわ。
ちなみに犯人は、将来お屋敷で働かせようってんで、手伝いに来させてた他の使用人のガキの何人か。
親経由で、そういう扱いをしても怒られない、便利な玩具だと知ってたっぽいな、あれ。
体格が違っても、目なり金的なり狙ってやりゃ、鍛え始める前の私でも逃げるくらいはできるけど、ヴェルヘルミナ(元)ではそもそも、その発想がないからな。
その記憶を見てるから、他人の手を介した飲食物に、どうしても警戒心がねー……市川鷹が出てきてからは大分マシになったんだけど、癖になってるっぽいなー、これ。
いや、あれが異常で特殊だっただけだって、分かっちゃいるんですがね。
食中毒と火事が何より怖い宿泊施設でんなことある訳ないし、安全確認も済んだので、早速いただきます。
これでブランデーかラムが入ってりゃ完璧なんだけどなー、とちびちびホットミルクを飲んでいると、荷物まとめたサコーさんが、部屋から出てきた。
出てきて、こっちを見て――。
……ふっ……噴いたね! 親父にも噴かれたことないのに!
まあ気持ちは分かる。私だってそうする。誰だってそうする。
だからですね、表情筋ひきつらせてまで我慢せんでえーですから、笑いたきゃ笑っていただいて結構ですんで。
腹筋が波打ってますよって。
呼吸狂ってますよって。
すんごい頑張ってるけど誤魔化せてないサコーさんを横目に、カウンターに空のマグを置きに行く。
「美味かった。ありがとう」
相変わらず会話機能錆びてます。会話機能ポンコツまじポンコツ。
Q.いつになったらまともな会話ができるんでしょうか。
A.その予定はありません。
ってか?
軽く頭を下げてお礼をしてから、一応発作の治まったサコーさんの側に移動する。
治まったら治まったで、今度は微笑ましいものを見るよーな目を向けられてます。
解せぬ。
ぽん、と犬の頭でも撫でるように頭に手を乗せたサコーさんが、行くぞ、と無言で促してくるので、頷いて了承の意をを示す。
この人、何だかんだで頭撫でんの好きなのか? 犬とか猫とかにも同じことやってそうだよな。
部屋分かんないから、サコーさんの後をくっついて歩いてますが、こん人も大概だわー。
動きに無駄がない。しかもそれと悟らせない自然さがある。
この世界、出鱈目どもの万国ビックリショーに事欠かないみたいです。
ゆったりめの階段を上がって、廊下突き当たった角の部屋が、そうらしい。
すごいぞー、隙間風ぴーひゅーする屋根裏部屋でも、樹上寝袋でもない、まっとうな宿の部屋だぞー!
やっべまたテンション上がってきたわー。
入った部屋は、狭からず広からず、二人で使うのにちょうどいい手頃さがあった。
掃除が行き届いて清潔な室内には、丈夫そうなシングルベッド二つと、二人がけの小さいテーブルセット、クローゼットが、使いやすいようにと配置され、ベッドの上掛けの、ハンドメイドらしいキルトが、何とも家庭的な雰囲気を漂わせてる。
そこに泊まるのが、一見悪徳警官風の自称お兄さんと、世界の中心で胡散臭さを叫ぶガキっていうギャップを考えると、シュール通り越してるけどな。
現代美術も心筋梗塞のビックリ加減だわ、うん。
ドア側のベッドに荷物を下ろして、実行支配イェー! したところで、旅装を解く準備を始める。
まずベルト外して、袖丈調整の腕の革帯解いて仕込んだダガーを外して、っと。
左右両方解いたら胴回りの帯解いて、腰骨の上辺りに隠して仕込んだダガーを回収して、上着を脱ぐ。
インナー代わりのハイネックの黒の長袖とトラウザースは、寝る前に着替えればいいし。
寝巻きは裁縫技術の練習で作った作務衣でいいだろ。
ダガーは帯でくるんでひとまとめにして、ベルトと荷物と一緒にサイドテーブルに置いたら、まったり寛ぎモードです。
ふぃー、かーいほーうかーん! やっふー!
……ところでサコーさんは、何を唖然とした顔をしていらっしゃるのでしょうか。
いや、これって剣と魔法の世界における正しい一人旅装束ですよね?
え、ダガーの仕込み場所が間違ってたとか? え? いやでも、前腕と腰って一般的ですよね? おかしいとことかないですよね? あるぇー?
† †
いや、そのな? 宿のかみさんに頼んでおいたホットミルクを飲んでるとこなんかは、割と普通のガキっぽかったんだよ。
マグ返しに行って、頭下げて礼言ってさ、ああこいつ、まだ八つなんだよなあ、って思った訳だ。
部屋に行く時も、妙に嬉しそうな雰囲気漂わせながら後ろにくっついて歩いてて、犬猫並みには可愛いかもしれんと、そう思うだろ?
部屋に着いてからも、小走りでベッド占拠しに行くとこなんか、やっぱガキだなあと、微笑ましくなるだろ?
ぶち壊しじゃねーか。よく分からんが何かが色々と。
そもそもお前は、一体、何をどれだけ込んでる。
ブーツにも仕込んでるだろ。
まさかとは思うが、インナーの下にも仕込んでんじゃないだろうな。
いやはや、出るわ出るわ、次から次へと暗器がぼろぼろと。
それも、殺傷力の高いシロモノばっかり。
まさかと思うけど、もう殺人童貞卒業しちゃったりしてないよな? お兄さんの心の平安のためにも、頼むからそこはまだだと言ってくれ。
しっかし……完全に自分の影響下にあり、状況をコントロールできる場所でなけりゃ、この坊主はもしかすると、完全にリラックスすることができないんじゃないだろうか。
本当に、一体どんな場所で、どんな育ち方をしたら、こんなガキができあがるんだ?
……けどまあ、そういうガキが、この程度までなら武装を解いてもいいと、そのくらいにゃ思われてるんだろうか。
懐っこいんだか警戒心旺盛なんだか、分からん坊主だな。
しみじみ眺めてる俺を、変化に乏しい表情の代わりに、随分と多弁な目が、不思議そうに見返していた。
顔に出ないだけで、感情自体は豊かなんだよな。
おい、坊主。
もうちょい、そいつを目だけじゃなく、顔全体に出す努力をしてみろ。
そうすりゃあ、あと十年、いや五年もすりゃ、お前モッテモテだぞー。
お兄さんが嫉妬しちゃうくらい、モッテモテになるぞー。
そんなことを考えてたら、自然と手が坊主の頭を撫でくっていた。
嫌がるか逃げるかするかと思ったんだが、大人しく撫でくられている。
もっとゴワゴワした感触かと思ったんだが、ちょっと力を入れたらすぐ千切れてしまいそうな、柔らかく繊細な手触りだった。
気ぃ付けろよ坊主、こういう髪はある年齢まで行くと、一気に来るぞ。
そりゃあもう、見るも無惨、聞くも無残、語るも無慚に……。
しかし、だ。
正体不明で世界に一匹の珍獣に、ちょっとだけ懐かれた。
多分、これはそういうことなんだろう。
ま、これはこれで、悪い気はしない、かもしれん。
† †
……えー、サコーさんに、頭撫でくられてます。
現在進行形でぐりぐりと。
何がどうしてこうなった。
でも、これ完全に動物の頭撫でくる手じゃね?
よーしゃよしゃよしゃよしゃよしゃ、って幻聴聞こえてきそうだわ、うん。
でもまあ、動物扱いかもしれんけど、悪い気はしない。
初めてじいさまに一撃当てた日、よくやった、って頭撫でくられて、首もげるかと思ったけど、すごく嬉しかったのを思い出した。
サコーさんの手は、じいさまの手ほど、大きく分厚くはないけど、戦える人間の手をしている。
戦って、結果相手を殺しても、その結果から逃げず、また戦える人間の手だ。
その手に免じて、存分に撫でくらせてやろうではないか!
え、そうじゃない奴だったらどうしてたって?
そんなん手首から切り落として一昨日来やがれXXXX野郎、で終わりですが、何か?
……何か頭がすごいことになってるっぽいけど、気にしないでおこう。
あと、このタイミングで「父ちゃん」言ったらどうなるか、好奇心と探求心が疼いてます。
いつ投下すっかなー……。
強面悪人面のオサーンが子供の面倒を見ると、それだけでいいひとに見えるのはヤンキーと捨て猫の方程式ですが、サコーさんはマジで子供に甘いお人好しでした。
強面悪人面なオサーンが子供に甘いお人好しとか、萌えませんか……? 私は萌える。(キリッ)