【6】
「りゅーのすけぇー!」
慌てて呼んだせいで思ったより大きな声が出てしまった、そんな印象を受ける少し裏返り気味の声が聞こえてきた。
遅かれ早かれこうなるとは思っていた。
ちょうど四ツ木屋の勝手口にある引き戸を潜って出てきたところだった。料亭へ日本酒を収めるという本業に今日は従事していたのだ。
向こうの十字路から駆け寄ってきた見知った顔は鍛冶純太。小中高と見事なまでに同じクラスで過ごした腐れ縁というやつだ。今は実家から地元の大学に通っている。
「おまえ、帰ってきてんなら連絡しろよ!」
いきなりヘッドロックをかけられた。
頭を引き寄せるように抑え込まれたので、必然的に地面を覗きこむ格好になる。純太の履いているアウトドアブランドのサンダルが見える。
すぐに抑え込んでいた力が緩むのを感じて、ゆっくり上体を起こしていく。視線が上がっていくにしたがって純太の全身が視界に入る。カーキ色のハーフパンツにタイトなブルーのTシャツ。長い手足はしっかり日焼けをしており夏全開を猛アピールしている。短く刈り込まれた髪に細めの顔立ち。まぁ、整っていると云って差し支えないだろう。その口元には笑みを浮かべているものの、眼はそういうわけでもなさそうだった。
「あぁ、わりぃ」
できるだけ普通に聞こえるように意識した。
「この前おばさんに聞いたんだけどさ、おまえ大学休学したんだって? どうした、やっぱり田舎モンには東京の水は合わなかったか?」
いきなり斬りこんできた。が、茶化す口調の中にも慎重に言葉を選んだ気配が感じられる。気を使わせてしまっているな。
「そんなんじゃねぇけど……」
でも、うまく返せなかった。
純太は一瞬だけ眉を動かしたが、俺の肩を軽く叩きながら続ける。
「まぁ、まだ始まったばかりだからさ。焦らずゆっくりでもいいんじゃねぇかな」
俺は純太の顔から視線を逸らすと黙って頷いた。
いつもそうだ。こいつは常に俺の前を歩いている。いつだって……。
「しばらくいるんだろう? 俺から連絡するよ」
「あぁ、そうして」
「今日はこれからリサちゃんと約束があるからよ」
意味ありげに笑って寄こすと、純太は片手を軽く上げて、もと来た道を戻って行った。
もし、すべての善意が善なるものだと考えているならば、それは傲慢というものだ。しかし、善意を善なるものとして解さないのであれば、それもまた傲慢だ。
わかっていても互いに干渉しない方がうまくいく時もあるのだ。
純太の背中を見送りながらふと思った。あいつの彼女はリサという名前だったかな……。