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ソーダバー・ストラット  作者: 藍澤ユキ
5/24

【5】

 次の日。俺はまた例の急坂を全力で登っていた。

 今日は積荷が軽いせいか登り切ってもそこまでじゃなかった。そのまま七座邸を目指す。

 勝手口には廻らずに裏のテラスへ入っていくと、依頼主が昨日と同様に籐椅子に座っていた。

「遅い」

 文庫本から眼を上げることなくぶっきらぼうに云い放つ。

「あのー、これ一つだけ持って来いって云われてもねぇ……。あと、つばきさんから何と聞いたのか知らないが、河童はやめてもらいたい」

 俺はクーラーボックスからソーダアイスを取り出すと感じの悪い椎花(こいつに敬称はいらん)の顔の前に突き出した。

 今朝、注文の電話を受けた母親が首をかしげていたので話しを訊いてみると、ソーダアイスを一本テラスに届けるよう河童に伝えてほしいという内容だったらしい。ちなみに、河童の話しをしたら母親は大ウケしていたが。

「ご苦労」

 文庫本を見つめたまま、むんずとアイスを受け取る。

「帰っていいぞ」

 あまりのぞんざいな態度にわなわなしていると妹の方がやってきた。

「こんにちは、龍之介さん。ほら、お姉ちゃん。ご挨拶は?」

 こんにちは、つばきさん。お姉ちゃんは礼節に問題があるので、就学前教育からやり直した方が世のため人のためです。 

「ごめんなさい。お姉ちゃん、同い年くらいのお友達とかいないから龍之介さんが珍しかったんだと思うんです」

 俺は珍獣かなにかだろうか。やっぱり河童なのか。珍獣デリバリー。三十分以内にお届けできない場合は料金をお返ししま――被害妄想の翼をたくましく広げていると弾む声で、

「これに懲りずにまた相手してあげてくださいね、龍之介さん」 

 などと云われてしまった。いや、そういう上目遣いはなんだかすごく反則だ。ってか、お姉ちゃんやっぱり友達いないんだな……妙に親しみを感じて優しい気持ちになってしまった。

「おい、つばき。ひとを可哀想な人みたいに云うな。本当に可哀想な人はそっちの引きこもりニートの河童だぞ」

「いや、俺は引きこもりニートじゃない。せいぜいプチぐらいのものだ。あと河童ちがうし」

 優しい気持ち全力で撤回。やっぱ嫌なやつだ、こいつ。

 ん? なぜ俺が『プチ』引きこもりチックなニート状態なことを知っているのか――親父か!? ったくベラベラと……。

 とりあえずこれ以上暴言を吐かれないように全身の毛を逆立てて威嚇をしていると、つばき嬢が口に手をやりながら嬉しそうに笑う。

「ホントに仲良しさんですねぇ」

 つばきさん。どこをどう見たらそんな感想が出てくるんでしょうか。こっちは精神抉られかけたんですけど……。

 じろっと椎花を見てみると、片手で開いた文庫本を睨んだまま、右手と前歯で器用にアイスの袋を開けていた。

 おい、とりあえず文庫本は置いとけよ……。


 それからというものの、急坂を登ってアイスを届けるというのがすっかり日課になってしまった。一度、箱で持ってくるからなくなったら云ってくれと提案してみたが「注文は一本だといっているだろう。数も数えられないのか?」と嘲笑を浴びせられて諦めた。まぁ、毎日つばき嬢に会いに来ていると考えればそれはそれで悪くない気もする。最近は行けば麦茶だ冷茶だと出してくれるし、好意的に接してくれているような……錯覚じゃないよな?

 それと、『紙屋さん』に通うようになってわかってきたこともある。七座家はやはり東京に拠点を移しており、今は椎花の療養のために姉妹とお付きのお小夜さんでこっちに逗留しているらしい。なんの療養なのかを聞くのはなんとなく憚られた。椎花は療養が必要そうな感じには見えないんだけどな……毎日アイス食ってるし。まぁ、誰にでも他人には立ち入ってほしくないことはあるものだ。ここは無遠慮に踏み込んだりはしないでおくのが正解だろう。ちなみに、いまだにお小夜さんとは会ったことがないのだが本当に実在しているのだろうか?


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