【4】
自転車へ荷物を取りに戻り、教えてもらった勝手口へ廻った。勝手口にはすでにさっきの少女が来ており中へと招き入れてくれた。
厨房の隣にある食品庫へと荷物を運ぶ。場所を案内してくれるこの少女によると、彼女の名前は「七座つばき」といい、さっきの感じの悪いのが姉の「七座椎花」ということだった。姉は俺と同じ年で妹は一つ下の十七歳だということも一緒に教えてくれた。
話しながら廊下をつばき嬢と並んで歩くと、意外と彼女が小柄だということに気がついた。手足がすらっとしていてバランスが整っているせいか、並んでみるまでは小柄な印象を受けなかった。視線を隣へ向けると自然と見下ろす格好になり、大きく開いたワンピースの襟ぐりから彼女の細い鎖骨が見えた。こうしてあらためて間近で見てみると、ここの姉妹の容姿がとてもよく似ていることがわかる。しかし、二人から受ける印象はだいぶ異なっており、ある意味まったく似ていないとも云えた。
いちばん重たいミネラルウォーターの箱を食品庫の棚に載せる。信州にいながらアルプスの天然水を買うというのも妙な感じがするな、などと、どうでもいいことを考えていると、
「あの、辰巳屋さん、お名前お聞きしてもよろしいですか?」
つばき嬢がぐいっと顔を覗きこんできた。大きな瞳に一瞬どきっとさせられる。
「あ、はい。久慈、久慈龍之介です」
「龍之介さんですか。かっこいいお名前ですね、」
「頭にお皿がありそうで」
いや、いろいろおかしい。まず芥川龍之介を連想したのだろうが、芥川自身は別に河童じゃない。それに残念ながら俺の名前はその文豪とは関係がない。曾祖父さんの名前から貰ったんだ――ん? 待て待て、そもそも頭に皿があるとかっこいいのか!? 発想が斜め上すぎる……。
「え、あ、はぁ……」
どんな反応をすればいいのかわからなかったので妙な反応になってしまった。
そんなこっちの戸惑いなどお構いなしにつばき嬢は続ける。
「これからもよろしくお願いしますねっ」
あ、はい。お願いされちゃいました。目元をふにっとさせて微笑むつばき嬢はとんでもなく愛らしく……まぁ、発想が斜め上でもいいか。
たぶん想像するに、その時俺はにやけていたんじゃないかと思う。
そうそう、そして彼女は興味深い事実も教えてくれた。なんで辰巳屋が七座家に配達をしているのかということだ。なんでも、件のお小夜さんなる人物がたまたま遭遇した親父に小売と配達をお願いできないかと尋ねてみたところ、あの親父、一も二もなく全力で快諾したらしい。お小夜さんはつばき嬢の言葉を借りれば『美人さん』らしいので、親父は色香にでもやられたのだろう。デレる親父を想像して息子としてはなんとも気が重くなった。
荷物を運び終わると、つばき嬢に正面玄関近くまで見送ってもらい俺は七座邸を後にした。結局、あの後は感じの悪い姉の方には会わなかった。