【23】
椎花はすぐにかかりつけの病院へと運ばれて事なきを得た。いままでに短いインターバルで発作が起きたことはなく、症状の進行が懸念されたが、暑気にあてられて少しづつ体力が落ちていたことが原因のようで、急激な病状の悪化は認められなかったらしい。
しかし結局、検査や経過観察やらで椎花は十日間の入院が必要になった。
椎花が入院している間に暦は八月へと移り変わり、日差しは更なる猛暑の気配を漂わせている。藍色グラデーションの夏空には積乱雲が聳え立ち、セミの鳴く声はよりいっそう激しさを増していた。
見舞いに行くつもりでいたのだが、椎花は弱っているところをこれ以上見せたくなかったようで、異常な筆圧でもって『来るな』とだけ書きなぐった、内容に相反する可愛らしいピンクの便箋を俺に送って寄こしてきた。――お小夜さんを使いにして。
といっても正確には、お小夜さんから受け取ったウチの母親から俺は渡されたのだが……ここまで来ると、お小夜さんに意図的に避けられていると考えた方が自然な感じがしてくるから怖い。得意の被害妄想だろうか……ぜひ、そうだと言って欲しい。
今日、七座邸へ配達に行って、つばき嬢と少しだけ話しをした。
「あいつも結局のところ普通の人間だったんだなぁ……いや、変な意味じゃなくて。むしろ安心したというか……」
感情を正確に言語化することは難しい。俺が思っているこの感覚を正しく伝えることができるだろうか。
「やだな、お姉ちゃんはずっと人間ですってば。まぁ、でも、取り乱すお姉ちゃんなんて初めて見たかもしれませんね……。それに、これほどお姉ちゃんを近くに感じられたことも……ありません」
半袖の白いブラウスシャツにデニムのショートパンツという、いつもとだいぶ印象の違うつばき嬢が真剣な面持ちで答えた。でも、その表情にはどことなく喜色が浮かんでいるようにも感じられた。
椎花はたぶん、生き恥を晒したとか思っているかもしれない。けれど、彼女の実体に触れたような、心の奥に触れたような、そんな気になっているのだと思う、つばき嬢も、俺も。
「――許せるようになるかな……?」
「たぶん……少しずつ」
互いを思いやっているのに、届かなくて、互いに傷つきあう。そんな不器用な姉妹の関係が変わっていくことを俺は素直に願った。
夕方には椎花が退院してくる。




