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ソーダバー・ストラット  作者: 藍澤ユキ
2/24

【2】

 鎮守の杜へ足を踏み入れると、そこは清涼で静寂な空気に満ちた別世界だった。昼間でも仄暗くひんやりとした、すべての音が吸収されてしまったかのような空間。自転車を押し歩く音だけがやたらと耳につく。セミの鳴く声もどこか遠くて存在を忘れてしまう。

 荘厳な雰囲気の中、石畳を進んでいくと社が見えてきた。手前にはお目当ての湧き水がある。近づくと、俺は自転車のスタンドに足をかけ、後ろへ引っ張りあげて固定した。

 斜めに切った竹から流れ出ている水に手を浸すと、刺さるような冷たさが瞬時に伝わってきた。まずはそのまま頭にかぶる。次いで両の手のひらで水を掬い上げると、ゆっくり喉に流し込んだ。

「っんがぁー!」

 思わず歓喜の大声をあげてしまった。大げさではなく生き返る心地だ。その後も貪るように清水を飲み続けていると、ふと社に人がいることに気がついた。視線を向けてみると、そこにはひとりの制服姿をした女子がいた。あの制服には見覚えがある。俺が通った南中学校のものだ。

 だが、どうにも同じ制服とは思えない。この少女、野暮ったいはずのあの制服をおしゃれな衣装のように着こなしている。既に完成されている綺麗な顔立ちと、サイドの編み込みを後ろへ流してひとつに結った光沢のある藍色の髪。美しい立ち姿に際立つスタイルの良さ。こいつ、只者じゃないな。

 無意識に彼女の顔へ目をやると、大きく黒目がちな瞳と視線がぶつかった。すると彼女の瞳は俄に力みだし、無言のメッセージを伝えてきた。

『なに見てんだ変質者』

 すみません! とっさに目線を逸らしながら思わず謝ってしまった。

 いや待てこれは被害妄想だ。先に謝ってしまったらなんだかこっちが悪いみたいだぞ。名誉を回復すべく「きっ」と見返すと、彼女はもう石畳をすたすたと入り口へと歩いていた。

 敵前逃亡は死罪。よって俺の勝ち。と、この一方的被害妄想事案をポジティブに捉えてみた。が、無駄に敗北感が増しただけだった。やっぱり只者じゃなかったのね……。


 喉の渇きもすっかり癒され(若干の傷心はあったものの)生気を取り戻したので配達に戻ろうと自転車に手をかけると、そこでふとお参りをしていないことに思い当たった。

「そういや、お参りついでって云ってたっけな」

 誰もいないのにぶつくさ一人言い訳をしながら社を目指す。一人でいる時間が長いと独り言が多くなる。危険な兆候だ。本当に変質者みたいではないか。

 

 例の大岩は社の横にあるので建物に沿ってそちらへ向かう。

 そこには人の背丈ほどもある大きな一枚岩があり、太い注連縄しめなわがかけられていた。とにかくでかい。上から見るといびつな五角形をした平らな岩なのだが、俺の部屋なんかよりも大きい。アニミズムに見られる巨石信仰の一種だろう。はるか昔に謂われを聞いたことがあるのだが忘れてしまった。ここにある看板に書いてあるけど……長いんだよな。まぁ、また今度ということにしておこう。なにせ俺は忙しい。

「えっと五円玉五円玉……」

 ズボンの右ポケットに突っ込んである小銭の中から五円玉を探すと賽銭箱へ放り入れた。ご縁がありますように。

 手を合わせて願い事……。そういえば、この岩は願い事を叶えてくれる類のやつなのだろうか。まぁいいか。無病息さ……いやいや、ここはひとつ大きくでとくか。全地球外生命体の夢と野望『地球征服』……いや、すみません、まぁなんというかジョークですよ神様。


 自転車まで戻ってくると石畳を入り口へと向かった。

 途中、届け先などが書かれたメモ紙を確認しながらふと思った。そもそも元を正せばなんで個人宅に配達に行かなければならないのだ。ウチは卸し問屋で主な配達先は飲食店とかだ。近所の人が買いに来たら小売りはするけれど配達まではやってないはずだ、まったく。まぁ、出戻りの引きこもりニートである俺には拒否権はないんだが。いやいや、俺は云うほど引きこもりニートではないはず。かわいく『プチ』ぐらいだ。こうしてちゃんと働いてもいるし。立派な家事手伝いというやつだ。いや、それって世間的には花嫁修行と称した言い訳的なアレ的なヤツだったっけ? 料理教室には通っていないしな……。んー、家業手伝い……? まぁ、いいか。どのみちニートとニアイコールなのは変わらんかも。


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