【19】
『リトルブルーバード』を後にして亜美を家まで送って行くと、玄関先で純太のヤツに出くわした。
「おう。龍之介、ちょっと付き合えよ」
そう云って浮かべた笑みは爽やかで嘘くさい。
「云っておくけど亜美にはなんもしてねーからな」
軽く冗談で牽制しておく。
「ひ、ひどい……あれは遊びだったのねっ!?」
――おいこら……事態をややこしくするな……。
「少し歩こうぜ」
そんな亜美の悪ノリをスルーして純太は歩き出す。
俺は自転車を押しながら後を付いていく。首だけで振り向いて亜美に手を挙げると、亜美は胸の前で小さく手を振って返してきた。
陽が傾き始めた川沿いの細い道を、二人で並んで歩く。こうして一緒に歩くのは久しぶりのことだった。無言の時間が流れ、自転車のカラカラという音と、地面を擦る互いの靴音だけが鳴っていた。
やがて沈黙はもう十分だと判断したように純太が口を開いた。
「――話し聴くぐらいなら俺にだってできるんだぜ、龍之介。たいした力にはなれないけどさ、なんか困ってるなら……云ってくれよ」
距離を空け始めているヤツにさらっと寄り添えてしまう。そういうトコなんだよ、純太。見せられると辛くなるのは。
いつもおまえの背中を見せられてきた。気が付くと、いつもおまえが前にいる。いつもいつも……。どれだけ全力で走ろうと抜き去れない壁。そんなものがいてみろ、おまえ、どう思うよ。
横目で純太の様子を伺うと、足元に視線を落としたまま少し固い表情をしていた。
「俺はなぁ、龍之介。おまえが羨ましいんだよ」
意外な純太の発言に驚いて思わず足を止めてしまった。
純太は二歩先を歩いてから立ち止まると、半身だけ振り返って横目で俺の顔を見た。
「おまえの自由さが、さ」
「自由……?」
なんのことを云っているのかわからなかった。
「俺には地元を離れるって選択肢はないし、学校を休学するだなんてこともできない。別に誰に何を云われたってわけじゃない。親に何かを云われたこともない。……でもな、周りが俺にどうしてほしいと思っているのか、それを俺は知っている。そして、そこから外れることが俺にはできない。いや、人のせいにしているんじゃないんだ。……俺自身も外れたくないんだよ」
そう云うと、視線を逸らして純太はまた前を向き直った。
「自由の代償を誰もが払えるわけじゃないんだ……例えそれが他人からすればわずかな対価だったとしても――代償の払えない俺は、おまえのことが羨ましいんだ」
「そんなこと……おまえ次第じゃないのか? おまえがどうしたいか決めさえすれば、どうとでもなることじゃないのか?」
純太が俺の何を羨んでいるのかわからない。
「おまえには想像がつかないかもしれないけどな、そういう不自由さを能動的に選択せざるを得ないヤツもいるってことなんだよ」
俺の前を常に歩いていた純太が、俺のことを羨ましいと云う。純太は俺にないものをすべて持っていると思っていた。俺は今まで想像したこともなかった。持つが故に失うことができないだなんて。
正直、純太の感覚には共感することができない。持つ者の痛みを俺は知らないから。でもな、おまえはわかっていない。自由は誰もが望んでいることじゃない。持たなければ自由だなんて、そんな単純なわけないだろう。おまえが云う自由なんか存在しない、それはな――言い訳だ。
世界をオレンジ色に染める夕日の中、振り返らずに再び歩き出した純太の背中は、手を伸ばしさえすれば届きそうだった。




