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ソーダバー・ストラット  作者: 藍澤ユキ
17/24

【17】

 海津城の入り口付近には、凶暴で強烈な真夏の日差しを遮る物は何もなかった。

 待ち合わせの十五分前から此処にこうしてつっ立っているので、かれこれ三十分は直射日光に晒されていることになる。密度の高い熱気と湿気に全身をすっぽり包み込まれて、もう少しでアルデンテに茹で上がりそうだ。止めどなく首筋を伝う汗がTシャツの襟ぐりを濡らしていく。

 昨日の夜、部屋で鬱々と考え事に耽りながらストレッチをしていると、亜美が脳天気全開な調子で電話をかけてきた。

『龍ちゃん、残念ながらあたしも世間一般の平均的女子っていうやつに含まれる凡庸でいたいけな、それでいてプリチーでメランコリックでスイートでアンニュイな乙女だったよ』

「切っていいか」

『ちょ、ちょ、ラブリー亜美たんがわざわざ電話かけてあげてるってのに切るってどーいうことさ!? 感謝感激雨霰、感涙にむせび泣くぐらいの一大イベントでしょうが!?』

「用件を云え」

『パフェ奢って』

「なんで?」

『食べたいから』

「切るぞ。じゃーな」

『あー、いや、ちょ、ちょ、待った待った! 耳寄りなネタがあるんですぜ旦那っ!』

 なんだってこいつはいつも外連味たっぷりの小芝居調なんだろうか。劇団員でも目指してんのか?

「へー、どんなネタ?」

『いやー電話じゃ一口にはなかなかねぇ。やっぱりフェイストゥフェイスでハートウォーミングな会話のキャッチボールが必要じゃないかと思うんですよ。分断されたコミュニティの復活にはリアルな場での対話が欠かせないって云うのかなー。体験に優る情報の共有はないって云うのかなー甘いモン食べたい』

「…………わかった、わかったって。んで、どーすんのさ?」

『なんかねー、海津城の近くに自宅カフェがあるんだって。んでもって、そこのアップルパイパフェってのが美味しいらしいのよ。行くしかないでしょーってことで明日ね』

 その後、亜美は一方的に予定を決めてさっさと電話を切りやがった……くせに遅刻ってどういうことだ!? 仕方ない、電話してみるか。もう昼過ぎだってのに、まさか寝てるとかないよな? イビキをかいて眠りこける亜美を想像しながら携帯にかけてみる。すると意外にもノーコールの電光石火で応答した。

『ハロハロー! もう着いた?』

「とっくに着いてるよ! おまえ今どこいんだよ? こっちはもう茹でダコにでもなりそうだぞ」

『んー、マツヤ』

「はぁ?」

『いや、外暑いからさ。涼しーよーマツヤ』

「――帰っていいよな……」

『すぐ行く今行くそっこー行くよー、待っててー』

 こっちは真夏の紫外線に晒されてDNAレベルで損傷してるってのに、あんにゃろは近場のスーパーで涼んでやがったとは……。

 ――ふと、つばき嬢にもこのぐらいの適当さがあればいいのにと思った。

 昨日の様子だとつばき嬢は長いこと自分で自分を許せないでいるのだろう。人は誰だって自己矛盾を内包しているものだから気に病む必要はないと云ってはみたものの、そうした言葉はつばき嬢に刺さらなかった。結局、俺が引き上げる時まで口数も少なく俯き気味のままだった。

 そんなつばき嬢の心細く頼りなさ気な姿に、俺はもどかしく庇護欲を掻き立てられて何度となくその細い肩を抱きしめたい衝動に駆られた。しかし、そこまで踏み込んでいい親しさが自分にあるとも思えず、ただ眺めるしかなかった。

 今日は七座邸には行っていない。配達もなかった。アイスの注文もなし。一応、夕方にでも様子を見に行ってみようか……。

 そんなことを考えながら、たぶん亜美がここから来るであろう道を眺めていると、向こうの方からてけてけ歩いてくるシルエットがあった。橙色のタンクトップにショートパンツ、すらりと伸びた足の先にはブルーのスニーカー。その辺で虫取りに興じている小学生男児に混ざっていても違和感のない安定のちびっ子ぶり。

 なんでチャリじゃないんだ、あいつ。

 視界に亜美を捉えてから、実際に近くにやって来るまでにそれから二分はかかった。

「ちーすっ!」

 脳天気全開の作ったアホっぽさで亜美は片手を上げてポーズを決めた。タンクトップの胸には『AC/DC』のロゴがプリントされている。亜美はこのオーストラリアのバンドのことを知っているのだろうか。

「おせーよ! 熱中症になるかと思ったぞ」

「いやー、ごめんねぇ。出かけ際に自転車が壊れちゃってさぁー」

 亜美がにひひっと笑った後に「てへ」と首を傾げてみせる。んーなんだこのあざとさは。

「んで、なんでマツヤで涼んでるわけさ。遅れるなら連絡しろよな」

「亜美ちゃん、ほら、か弱いからさー。暑さにやられたら大変じゃん? 亜美ちゃんにもしものことがあったら日本の損失じゃん? っつーか人類の損失じゃん!?」

「えーっと、店の場所どこだっけか……」

「スルーかよっ! ただの痛いオンナみたいになっちゃったじゃんか!」

「いや、事実痛いだろーが」

 泣き真似をしてみせる亜美が手に持っていたメモを取り上げると、店名と住所が書いてあった。

「――リトルブルーバード……って、これおまえ文武学校の方じゃねーか。ここまで来る必要なかったじゃん。戻んのかよ」

 亜美をジロリと睨みつけると、「てへ」ってまたやり始めた……。そろそろ鉄拳による修正がいるかも、ブリッジ上がって来い。

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