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ソーダバー・ストラット  作者: 藍澤ユキ
11/24

【11】

 翌日、いつもの様にアイスを届けながら母親から聞いた話しを椎花に伝えた。

「なるほどな。では、下田茜は何を願うのか。本当の動機は何なのか」

 ソーダアイスを片手に、椎花は座っている椅子を斜め後ろへ器用に傾けてバランスを取りながら呟く。

「面白くなってきただろ?」

 そう云うと目線だけチラッとこちらへ送ってくる。

「何か知っていそうな様子だな」

 どうも椎花の浮かれっぷりが嘘くさい。何か含みを感じるので訊いてみた。

「知っているわけではないが、推測はできる」

 そう云いながら椎花が視線を動かすと、その先には飲み物を持ってこちらへとやって来るつばき嬢がいた。

 ミントを浮かべたレモン水。見た目にも涼やかな琉球グラスが3つ。テーブルに並べ終わるとつばき嬢は俺の横にある椅子に座った。

「今日は甘くない、さっぱりしたものにしてみました。どうぞ」

 少し口に含むと、夏にしか感じることのできない清涼感がふわっと広がった。

「で、推測ってどんなんだ?」

 話しの軌道修正をすべく椎花へ水を向ける。

「昨日、人が神仏に頼るのはどんな時か訊いたよな? お前は最終的な段階にある時、つまり人間にできることはすべてやった時だ。というようなことだったな? しかし、他にもまだある」

 俺は無言で軽く頷くと目線で続きを促す。

「それは、誰にも云うことができない時だ。誰にも相談できない問題を抱えてしまった時に神仏に頼るんじゃないのか?」

 確かにそういう場合もあるだろう。しかし、下田茜が誰にも云えないどんな問題を抱えているというのだろうか。椎花の主張に何となく同意はできるものの、どうも今ひとつピンとこない。

 それを椎花に伝えると、少しもったいつけてから答えを返してきた。

「んー、大半の中学生の世界など狭いものだ。家と学校がほぼ世界のすべてで、せいぜいあとは数個のコミュニティといったところだろう。そのどこかで問題があったのだが、どこにも相談できる相手はいなかった。世界が狭い故に」

「問題が発生した場所はどこだと思っている?」

 おそらく、それについてもアタリを付けているだろうから訊いてみた。

「『家』の範疇である祖母が違うのであれば、学校だと考えるのが順当だ。問題が発生しやすい場所だしな」

 そう云うと椎花はレモン水を一口飲んで酸っぱそうに顔をしかめる。

「学校……」

 それまで黙って聞いていたつばき嬢が漏らすように呟いた。

「まぁ、あくまで仮説だ。だが、下田茜の学校での様子を確認する価値はそれなりにあると思うぞ」

「いじめ……られてるとか?」

 両手でグラスを包むように持って視線を落としたままのつばき嬢が尋ねる。

「それも可能性のひとつだ。逆にいじめているのかもしれないしな。そこまではまだわからんよ」

「んで、どうやって確認するつもりなんだ?」

 どうにも嫌な予感しかしない――。

「そりゃ、足で稼ぐんだろ。訊いてまわれ」

 当然だろ何云ってんだ、という人を小馬鹿にしたような椎花の視線に射られる。

「あ、やっぱ俺……?」

「お前以外に誰がいるんだ」

 心底呆れたという風に「はぁっ」とため息をつく。

「はいはい、やりますよ。まったく……」

「あの……よろしくお願いします。龍之介さん」

 眼を潤ませながらつばき嬢がおずおずと頭を下げる。

「え、いやそんな。大丈夫です、まかせてください。乗りかかった船ですから」

「大丈夫だつばき。そこの引きこもりはニートで暇だからな。問題ない」

「いや、勝手に決めつけんなよ!」

「本当にすみません……」

「あーいや、だからそんなっ! 大丈夫ですって! 気にしないで!」

 椎花に反論するとつばき嬢への攻撃になってしまいかねない。それはちょっと困るので、ここはおとなしく引き受けることにしよう。

「んじゃ、何かわかったら報告しますよ」

「おう、しっかりやれ」

 グラスの氷をつつきながら椎花がにやっとした。

 ――このやり場のない憤りをどこへ……。



 実は今回の件についてはちょっと当てがあったりする。いま積極的に絡みたいとは思わないのだが、いや、むしろできれば絡みたくないのだが、下田茜が通っている南中学校、通称南中なんちゅうに妹がいる人物を知っているのだ。

 鍛冶純太。

 あいつの妹の亜美は南中に通っているはずだ。しかし、彼女は何年生だっただろうか。もし、同じ学校に通っているだけのつながりであれば、大した情報は得られないかもしれない……。いや、そもそも下田茜は何年生なんだ? それすら把握していないことにいまさら気が付いた。やっぱり今は亜美が何かしらの有益な情報をもたらしてくれることに賭けてみるしかないか――。


 純太のケータイに連絡をしてみる。ツーコール目で出た。

『おう、どうした?』

「あのさ、亜美って南中だよな? 何年生だっけ?」

『なんだ珍しく連絡してきたと思ったら唐突に……』

「ちょっと訊きたいことがあってさ、亜美と連絡取れねぇかな?」

『いくらお前でも亜美はダメだからな』

 なぜだか純太の声のトーンが下がる。

「ん?」

『まだ中二なんだし……やっぱダメだ』

「お前なにいってんだ?」

『あいつは確かにかわいいけどな、わりぃ諦めてくれ』

「おいシスコン。誰がお前の妹に対する恋慕の情を吐露したよ!?」

『そういう話じゃないのか?』

 純太の亜美の溺愛ぶりは昔からだ。最近エスカレートしている気もするが……。こんな兄はさぞ鬱陶しいだろうに。亜美に同情の念を禁じ得ない。

 その後、亜美の方から連絡をもらえるようになんとか純太に頼むことができた。が、最後まであいつは「亜美はダメだからな!」としつこかった。


 一瞬、障壁(某シスコン兄)が立ち塞がりそうだったが、どうにか亜美と連絡を取ることに成功し、後日、七座邸へ足を運んでもらえることになった。

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