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ソーダバー・ストラット  作者: 藍澤ユキ
1/24

【1】

「暑い……」

 俺の認識が正しければ7月下旬は真夏といっていいはずだ。その夏真っ盛りの炎天下に、醤油と味醂、ミネラルウォーター一箱を荷台に載せて自転車を漕ぐというのは、やはり正気の沙汰ではないだろう。

 気象庁が真夏日とか云いだしたら、その日はエアコンをガンガンに効かせた部屋にこもって、ソーダアイスを食べながら特撮モノの再放送を観るのが日本の正しい夏の過ごし方というものだ。最近あんましやんないけど。そうそう、B級洋画の再放送もなかなかに味わい深いものがあるな。

 そんな正しい日本の夏のあり方に思いを馳せながら自転車を漕ぎ漕ぎ顔を上げると、視線の先には逃げ水が見えた。さらにその逃げ水の向こうには急坂がゆらゆらと浮かんで見えている。これから登ることになるであろうなんとも素敵な坂道だ。その凶暴なまでに残酷な傾斜は、想像力を欠いた誰かが考案した罰ゲームのように容赦がない。虚しくセミの鳴き声だけが響きわたる。

 ぐっと太ももに力を入れてペダルを踏み込む。坂を登り始めると積荷の重さを嫌でも実感させられる。筋肉への負荷が一漕ぎごとに増していく感触がじわじわと広がる。

「くっそ! なんでこんな時に壊れてんだよ!」

 ウチには配達用の三輪スクーターがあるのだが、先日、やつは日頃のメンテ不足に対して猛烈な抗議行動に出た。労働者による争議行為『ストライキ』。やつは見事に勝利を勝ち取り、今は近所のバイク屋にめでたく入院中だ。

 ペダルを漕ぎまくり、人間に必要な水分やミネラル分がすべて出きったのではないかというほどの大量の汗が吹き出したところで、やっと坂は残すところ4分の1になった。

 さぁ、仕上げに取り掛かるとしますか。更に太ももに力を込めながら重心を前方へずらすと、勢いをつけてペダルの上に立ち上がった。視界がぐっと広くなる。これで頂上まで立ち漕ぎだ。

 自重をペダルに載せながらしっかり踏み込んでいくが、しばらくすると勢いは徐々に失われ前輪がふらつき始める。

「……うがぁぁ」

 意味不明のうめき声が自然に漏れる。脚力はもうすぐ限界をむかえそうだ。

 それでもなんとか歯を食いしばり、張り詰めた太ももに最後の力を込めてようやく登りきった。妙な達成感に浸って気を抜いた次の瞬間、車体が倒れ込みそうになる。とっさに右足を出して身体を支えると、両腕に力を込めて自転車の傾きを止めた。

「……はぁ、っんはぁ……」

 息を吐き出すたびに喉がひりつく。後ろの荷台に括りつけられたミネラルウォーターの箱を恨めしく見やる。

 ――たくさんあるんだけどな――箱を睨めつける視線の先、坂の下遠くに千曲川が見えた。

 視線を前へ戻し自転車を押しながら歩き始めると、前方の右手に楠木の森が見えてきた。

 鎮守の杜だ。確か、なんとかの岩とかいうでかい岩が祀ってあったはずだ。

 この辺にはあまり来ないので忘れていたがあそこには湧き水が出ていた記憶がある。お参りついでに一口いただいていこう。喉がゴクリと鳴った。


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