ゆびきりと、約束と、
夏。
父ちゃんの山の中で遊んでいたときのことだった。
女の子が木の陰から出てきて「遊ぼう」といった。
浴衣を着ていて、ショートカットヘアの黒髪がさらさらと揺れる。優しいおおきな瞳。
僕はその子に花冠を作った。いびつな形になったけど、女の子はとてもうれしそうに「ありがとう」といった。
僕たちは夕暮れまで遊んだ。
「また遊ぼうね。約束だよ」
そういって女の子は小指を僕の前に出した。僕は小指を絡め、
「指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。ゆびきった!」
とうとう待ちに待った夏休みだ。
俺ーー藤井速人。中学2年生。毎年恒例、いとこの家に遊びに行っている。田舎のほうなので、木、山が多い。
戸を叩くと山義家の一人息子ーー裕也が出てきた。
「速人! 今回は一人?」
「父ちゃんも母ちゃんも忙しいんだ」
部屋に荷物を置くと、早速始まるじいちゃんの手伝い。
じいちゃんーー山義仁は家の裏の山を丸々1つ持っている。代々受け継いでいる山らしい。
その山の中に、『山神様』が住んでいるといわれる、一本の小さな楓の木がある。
昔、山火事で山の全ての木が焼けてしまったのに、その楓の木は奇跡的に無事だった……。成長もせず、枯れもせず、時の流れがそこだけ止まったように、今もある。
「今回、手伝ってほしいのは……倉庫の片付けじゃ! いらんもんがいっぱいあるでの、人手が沢山あるときに、捨てられるもんは捨てようと思ってな」
(じいちゃんは怒ると怖いので)断ることはできず、俺と裕也とじいちゃんで倉庫へ向かう。
「ゲッホ……ゴホ……」
倉庫の中は、蜘蛛の巣が張っていて、ほこりのせいで電気を点けても暗く、不気味だった。
「速人!! こっちに来てよ。面白いものがあるよ」
裕也が何かを見つけたらしい。山積にされた箱の中から、数冊のノートを取り出して叫んでいる。
「なんだコレ……じいちゃんの絵日記だ。子供の頃に書いていたものかな」
「おーおー、こんな懐かしいものをよく見つけたな」
後ろからじいちゃんの声がした。1ページずつ丁寧にめくっていく。1日1日の出来事を懐かしむように。
ところが、手は残りの数ページを残してピタリと止まった。
△月□日 はれ
きょう、山へいったらおんなの子がいた。みじかい黒髪で、ゆかたをきていた。
花かんむりをつくって、その子にあげた。
夕がたまでいっしょにあそんだ。
またあそぼう ってゆびきりをした。
おんなの子の名まえは、かえでちゃんだって。
「かえでちゃん……」
じいちゃんの口からはっきりと聞こえた。
「かえでって、誰!? 初恋の人??」
ワクワクしてくる。昔話が聞きたい! 淡い青春……幼い恋心ーー。
「行かなんだら……。待ってくれとる……」
「……え?」
それだけ言い残し、じいちゃんは倉庫を出て山へ向かう。
「速人、僕たちも行こうよ!!」
家の裏にある山に、迷わず向かうじいちゃん。どうしたのだろう。
「裕也! 遅れんなよ!!」
「まっ……。待って……みんな早いよ……」
裕也は半分べそをかいている。その間にもどんどん登っていくじいちゃん。
風もないのに木が揺れている。昼間でも、光が木に遮られ、暗く寒い。背中に寒気が走る。
わざと大声をあげて裕也を叱った。
「ったく。中2にもなって、泣くやつがいるか!!」
俺は裕也の手を引いて走った。
目の前は広く開けていて、じいちゃんは一本の楓の前に立っていた。この木は小さかった。辺りの木が高すぎるせいだろうか。真上を向いてもてっぺんが見えない。葉で、光も遮られている。
裕也が聞いた。
「じいちゃん。この木って、『山神様が住んでる』って言い伝えがあるんだよね」
ビクッとじいちゃんの体が震えた。「なんじゃ、来てたんか……」
「かえでちゃん、だっけ……会えた??」
裕也の質問に、口をつぐんだ。
「もう、何十年も前に交わした約束じゃ。わしがすっかり忘れてしもうてーー」
そのとき、木の陰から女の子が顔を出した。
浴衣を着ていて、ショートカットヘアの黒髪がさらさらと揺れる。頭には花冠。優しい、おおきな瞳。
「じん君、遊ぼう。約束だよ」
その子は、じいちゃんを知っているらしい。
そして、『約束』と。
「……!! かえで……ちゃん……?」
驚いたような、嬉しいような顔をするじいちゃん。それをお構いなしで続ける少女。
「見て! あたし、じん君が作ってくれたものと同じ花冠が作れるようになったの。お返し。これ、じん君にあげるね」
少女は、じいちゃんの手に、花冠をおいた。
「きみ、どこからきたの」
裕也が話しかけた。少女は、さっき顔を覗かせた楓の木を指差して、
「この木から」
と言った。
「もしかして、きみが『山神様』!!?」
「ばぁーか。そんなわけないだろ」
俺は笑って否定した。が。
「皆はそう呼ぶけどね、あたしは『楓』って呼ばれるほうが好きなの」
俺は唖然とした。裕也の言ったことが正しかったのだ。
「『山神様』としてのあたしはね、ここの木を守ることが仕事だったの。でも、前の山火事で、お友達の木がみんな焼けちゃった。あたしは自分を守るので精一杯だった」
眼は、遠くの方を見ている。地べたに腰を下ろし、小さな手のひらを見ている。
「だから、『山神様』なんて呼ばれる資格は無いの。あたし、山火事に奪われたお友達を返して欲しい……!! 無理だとは思うけれど、このお願いを叶えて欲しい……」
「俺たちが“友達”になっちゃ、いけないのか?」
アレッどうしたんだ……? 自分でもどうしたのか分からない。けど、自分の口から自然に出てきた言葉。
「ホント……に? 嘘じゃないよね??」
おおきな瞳の奥に、俺が映っている。
「本当だって。だからまた、会いにくるよ。絶対。約束する」
俺は小指を出した。小さな小指が絡まる。
「「指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指きった!!」」
『楓』ちゃんは、幸せそうな顔をしていた。
そしてーー。
秋。
少しの休みを利用して、俺は、またやってきた。
じいちゃんと裕也を連れて、山へと登る。
目の前は広く開けていて、そこには息を呑むほど美しい、真っ赤に染まった楓が一本、立っていた。
木の下には、楓の葉と同じ色をした浴衣を着
ている、幼い少女が立っている。
「遊ぼう。約束だよ!!」
少女が言った。