表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ゆびきりと、約束と、

作者: 名草よもぎ




夏。


父ちゃんの山の中で遊んでいたときのことだった。


女の子が木の陰から出てきて「遊ぼう」といった。


浴衣を着ていて、ショートカットヘアの黒髪がさらさらと揺れる。優しいおおきな瞳。


僕はその子に花冠を作った。いびつな形になったけど、女の子はとてもうれしそうに「ありがとう」といった。


僕たちは夕暮れまで遊んだ。


「また遊ぼうね。約束だよ」


そういって女の子は小指を僕の前に出した。僕は小指を絡め、


「指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。ゆびきった!」










とうとう待ちに待った夏休みだ。


俺ーー藤井速人(ふじいはやと)。中学2年生。毎年恒例、いとこの家に遊びに行っている。田舎のほうなので、木、山が多い。


戸を叩くと山義(やまぎ)家の一人息子ーー裕也(ゆうや)が出てきた。


「速人! 今回は一人?」


「父ちゃんも母ちゃんも忙しいんだ」


部屋に荷物を置くと、早速始まるじいちゃんの手伝い。


じいちゃんーー山義仁(やまぎじん)は家の裏の山を丸々1つ持っている。代々受け継いでいる山らしい。


その山の中に、『山神様』が住んでいるといわれる、一本の小さな(かえで)の木がある。

昔、山火事で山の全ての木が焼けてしまったのに、その楓の木は奇跡的に無事だった……。成長もせず、枯れもせず、時の流れがそこだけ止まったように、今もある。


「今回、手伝ってほしいのは……倉庫の片付けじゃ! いらんもんがいっぱいあるでの、人手が沢山あるときに、捨てられるもんは捨てようと思ってな」


(じいちゃんは怒ると怖いので)断ることはできず、俺と裕也とじいちゃんで倉庫へ向かう。




「ゲッホ……ゴホ……」


倉庫の中は、蜘蛛の巣が張っていて、ほこりのせいで電気を点けても暗く、不気味だった。


「速人!! こっちに来てよ。面白いものがあるよ」


裕也が何かを見つけたらしい。山積にされた箱の中から、数冊のノートを取り出して叫んでいる。


「なんだコレ……じいちゃんの絵日記だ。子供の頃に書いていたものかな」


「おーおー、こんな懐かしいものをよく見つけたな」


後ろからじいちゃんの声がした。1ページずつ丁寧にめくっていく。1日1日の出来事を懐かしむように。


ところが、手は残りの数ページを残してピタリと止まった。







  



 △月□日  はれ

  

 きょう、山へいったらおんなの子がいた。みじかい黒髪で、ゆかたをきていた。

   花かんむりをつくって、その子にあげた。

   夕がたまでいっしょにあそんだ。

   またあそぼう ってゆびきりをした。

   おんなの子の名まえは、かえでちゃんだって。




「かえでちゃん……」


じいちゃんの口からはっきりと聞こえた。


「かえでって、誰!? 初恋の人??」


ワクワクしてくる。昔話が聞きたい! 淡い青春……幼い恋心ーー。


「行かなんだら……。待ってくれとる……」


「……え?」


それだけ言い残し、じいちゃんは倉庫を出て山へ向かう。


「速人、僕たちも行こうよ!!」










家の裏にある山に、迷わず向かうじいちゃん。どうしたのだろう。


「裕也! 遅れんなよ!!」


「まっ……。待って……みんな早いよ……」


裕也は半分べそをかいている。その間にもどんどん登っていくじいちゃん。


風もないのに木が揺れている。昼間でも、光が木に遮られ、暗く寒い。背中に寒気が走る。


わざと大声をあげて裕也を叱った。


「ったく。中2にもなって、泣くやつがいるか!!」


俺は裕也の手を引いて走った。










目の前は広く開けていて、じいちゃんは一本の楓の前に立っていた。この木は小さかった。辺りの木が高すぎるせいだろうか。真上を向いてもてっぺんが見えない。葉で、光も遮られている。


裕也が聞いた。


「じいちゃん。この木って、『山神様が住んでる』って言い伝えがあるんだよね」


ビクッとじいちゃんの体が震えた。「なんじゃ、来てたんか……」


「かえでちゃん、だっけ……会えた??」


裕也の質問に、口をつぐんだ。


「もう、何十年も前に交わした約束じゃ。わしがすっかり忘れてしもうてーー」


そのとき、木の陰から女の子が顔を出した。


浴衣を着ていて、ショートカットヘアの黒髪がさらさらと揺れる。頭には花冠。優しい、おおきな瞳。


「じん君、遊ぼう。約束だよ」


その子は、じいちゃんを知っているらしい。


そして、『約束』と。


「……!! かえで……ちゃん……?」


驚いたような、嬉しいような顔をするじいちゃん。それをお構いなしで続ける少女。


「見て! あたし、じん君が作ってくれたものと同じ花冠が作れるようになったの。お返し。これ、じん君にあげるね」


少女は、じいちゃんの手に、花冠をおいた。


「きみ、どこからきたの」


裕也が話しかけた。少女は、さっき顔を覗かせた楓の木を指差して、


「この木から」


と言った。


「もしかして、きみが『山神様』!!?」


「ばぁーか。そんなわけないだろ」


俺は笑って否定した。が。


「皆はそう呼ぶけどね、あたしは『楓』って呼ばれるほうが好きなの」


俺は唖然とした。裕也の言ったことが正しかったのだ。


「『山神様』としてのあたしはね、ここの木を守ることが仕事だったの。でも、前の山火事で、お友達の木がみんな焼けちゃった。あたしは自分を守るので精一杯だった」


眼は、遠くの方を見ている。地べたに腰を下ろし、小さな手のひらを見ている。


「だから、『山神様』なんて呼ばれる資格は無いの。あたし、山火事に奪われたお友達を返して欲しい……!! 無理だとは思うけれど、このお願いを叶えて欲しい……」









「俺たちが“友達”になっちゃ、いけないのか?」


アレッどうしたんだ……? 自分でもどうしたのか分からない。けど、自分の口から自然に出てきた言葉。


「ホント……に? 嘘じゃないよね??」


おおきな瞳の奥に、俺が映っている。


「本当だって。だからまた、会いにくるよ。絶対。約束する」


俺は小指を出した。小さな小指が絡まる。


「「指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指きった!!」」


『楓』ちゃんは、幸せそうな顔をしていた。



そしてーー。




秋。


少しの休みを利用して、俺は、またやってきた。


じいちゃんと裕也を連れて、山へと登る。



目の前は広く開けていて、そこには息を呑むほど美しい、真っ赤に染まった楓が一本、立っていた。


木の下には、楓の葉と同じ色をした浴衣を着

ている、幼い少女が立っている。


「遊ぼう。約束だよ!!」


少女が言った。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ