002 地瀬学園
「そういえば、さっき逃げる時に周りが物凄く眩しかったんだけど、もしかして矢島君の能力って光子制御?珍しい能力持ってるね。」
寮に向かう道すがら、神野さんが訊ねてきた。
やはり女性としては気になるのだろう。
「能力が弱いから、さっきみたいに光球を作る程度のことしかできないけどね。」
俺はそう言って肩をすくめる。
が、多少深読みしすぎだったらしい。
「あ・・・ごめん。別にそういう意味で言ったわけじゃなかったんだけど・・・。」
彼女は申し訳なさそうに苦笑いした。
光子制御能力―俺が持つ能力の一つだが、その応用の一つに透視と呼ばれる能力がある。
本来は反射するはずだったはずの光を透過させ、物体の裏側にある風景を視る能力だ。
能力を使用することで、その・・・女性が気にするような良からぬこともできてしまうわけで・・・男性の光子制御能力者は世間から白い目で見られるのが常である。
もっとも、透視を扱えるレベルの光子制御能力者は世界でも100人程度しか居ないとされており、その殆どが国家の要職に就いていて顔が知れ渡っているので無用の心配なのだが、そうは言っても気分が良いものではないということだろう。
「そ、それはそうと、あそこに2つ見える建物が寮だよ。その奥に見えるのが矢島君が明日から通うことになる校舎。右が本校舎で左が別館ね。地図は後で貰えると思うけど。」
一瞬、気まずい雰囲気が漂ったが、寮の建物が見えてきたことで彼女は話題を逸らすことに成功する。
「すごい外見だね・・・。って・・・あれ?」
「最初に見た人はみんなそう言うよ。・・・どうかした?」
「いや・・・物凄く今更なんだけど・・・寮って学園の敷地内にあったの?」
―――一瞬、場が凍りつく。
「ぇぇぇ!?!?それすら知らずに行こうとしてたの!?そういえば確かに、私に道を尋ねる時も「学生寮へはどう行けばいいか?」って訊いてたような・・・。」
「ああ、なるほど。だから制服屋で道を訊いたときも怪訝な顔をされたのか。そういえば神野さんもさっき、「学園に行くなら帰り道だ」って言ってたね。」
驚く神野さんと納得する俺。
なんだか、俺がとんでもない天然だと思われていそうで、何が困るというわけではないが、何となく不本意だ。
「あれ?そういえば端末は?」
彼女の疑問はもっともだ。
情報端末が発達した現代、そもそも道に迷うこと自体が稀だ。
もっとも、端末の故障や紛失はそれなりの頻度であるし、俺のようなケースも無いわけではない。
「急な転校だったからね。支給は明日になるってさ。」
「前の端末を返す前にそこは調べとこうよ・・・。」
「店で聞けばいいやと思ってたからね。」
現代では、原則として携帯用の情報端末は所属する組織から借り出すことになっている。
例外として、自営業者や療養中の者など特段の事情がある場合は、所定の手続きを行うことで地方自治体から貸与される。
2台目の端末を自費で所持することまで禁じられているわけではないが、高価であり、情報が漏洩した場合の訴訟リスクを自己負担する責任を負うことになるため、端末のデザイン性を追求するごく一部の人達が購入するくらいで、大半の人は無料の法定端末を使用している。
かくいう俺もその一人だ。
端末自体に記憶装置はなく、データや機能は全てオンライン上のプライベートスペースにあるため、所属組織が変わるなどして端末が変更される場合にも特に不便を感じることはない。
ただ、いつの時代も学校という組織のお役所体質は変わらないものらしく、急な転校があったりすると困った状態に置かれることがある。
今の俺のように。
通常、転入先の端末を前倒しで受け取ることになっているのだが、急である場合には転入先の端末が事前に用意できないことがある。
そういった場合でも端末の返却は転出時に行わなければならないことが法律上定められており、新たな端末を受け取るまでの1~2日間、端末が使えなくなってしまうのだ。
もっとも、俺の場合はそれだけが理由でもないのだけれど。
そんなことを話しながらしばらく歩いていると、次第に建物がよく見えるようになってきた。
遠目に見てもすごい外観だと思ってはいたが、近づくとそれがさらに際立つ。
悪い意味で。
「学園の建物が悪趣味だってのは噂に聞いてたけど、まさか寮までとはね・・・。」
「1ヶ月もすれば慣れるよ。」
地瀬学園は、その建物の殆どがドイツ風の建築様式で建てられている。
今から42年前に地瀬学園が日本初の国立能力研究機関として設立された頃の名残だそうだ。
当時、能力大国として名を馳せていたドイツの研究機関に協力を仰いだ際に、歓迎の意を示すためにそのようにしたのだとか。
ただ、その意図が相手に伝わらなかったであろうことは想像に難くない。
所々にイタリア風の建築物やイギリス風の建築物が混ざっている上、観光地にあるような中世の建築物を日本人の主観でアレンジしたようにしか見えないそれらは、現地の人間から見れば驚きを通り越して呆れしか感じないだろう。
江戸時代の街並みの一部に中国や韓国の建物が混ざってアメリカナイズされているようなものだ、と言えば日本人には伝わりやすいだろうか。
「この奇怪な環境に慣れるのか・・・それはそれで嫌だな・・・。」
「気にしてると疲れるだけだよ。あ、門はこっちね。」
神野さんは俺の呟きをさらりと流してスタスタと歩いていく。
慌てて追いすがると彼女の言葉通り門があった。
悪い意味で予想通りの、大仰極まりない門が。
プチ・ブランデンブルク門とでも言えば良いだろうか。
流石に砂岩でできたりはしていないが、見た目は近いものがある。
何を思って研究機関の入り口にこんな門を作ろうと思ったのか、当時の設計者の正気を疑わざるをえない。
「この門をくぐる者は一切の望みを捨てよ・・・なんてね。」
神野さんが冗談めかして言う。
言ってみたかっただけなのだろうが、色々な意味で台無しだ。
「ドイツを意識した建築物にイタリアの詩人を引用するのはどうかと思う。あと、地獄の門はこんなに横に広くない。」
所々にイタリア風の建築物も混ざっているような何でもアリの学園だから、状況に合っていると言えばその通りな気もするのだけど、流石にそれをネタにするのは自虐が過ぎるというものだろう。
「細かいなぁ。そんなの気にしてたら将来ハゲるよ。」
「失礼な・・・。」
案の定、大した意味はなかったらしい。
そんなやりとりを繰り広げつつ、俺達は門をくぐる。
左右に広がるヨーロッパ風の建造物、そして目の前に吹き上げる巨大な噴水。
噴水はとてつもない水圧で高さ5mくらいの水飛沫を上げている。
「こんなところまでドイツの真似をしなくても良いだろうに・・・。」
俺は独り言ちる。
「何の話?」
独り言のつもりだったが、聞かれていたらしい。
が、取り立てて説明するほどのことでもない。
どうしても気になるなら「ドイツの噴水が色々やりすぎている件」で動画でも検索してくれ。
「何でもないよ。えっと・・・さっき外から見た感じだと、寮はあの建物かな?」
俺は強引に話題を逸らしつつ、向かって左の建物を指差す。
「そうだよ。多分、外から見た時に建物が2つ見えてたと思うけど、手前が男子寮で奥が女子寮ね。」
「ということは、正面にあるのが本校舎で裏が別館かな。」
「そうね。」
なるほど、外から見えていた範囲は大体分かった。
「ちなみに、右手の奥に色々ある建物は?」
折角なので、他の建物についても聞いておくことにする。
「研究棟とか、実技演習棟とか、図書館とかね。もう少し手前というか右というか・・・警備室と事務棟の裏って言った方がいいかな?そこにあるのが生活棟ね。」
「生活棟というか、もはや小型のショッピングモールに見えるんだけど・・・。」
見たところ、敷地面積は10,000平米くらいだろうか。
この位置からだと奥行が掴み辛いので概算でしかないが、大幅に外れてはいないだろう。
6階建のその建物は、その全てが商業施設だとすると小型のショッピングモールに匹敵する大きさだ。
「そんなに間違ってないかもね。実際、あれのお陰で学園から一歩も出ずに一年間生活してる子も居るくらいだし。」
なるほど、自分でやろうとは思わないが確かにそのくらいのことはできそうだ。
「生活棟は色んな店があって面白いから、今日行く時に見て回ればいいと思うよ。」
「今日・・・?生活棟で何かあるの?」
確かに越してきたばかりで物入りではあるが、今すぐ必要な物は特にないし、今日は持ち込んだ荷物の整理に専念しようと思っていたのだが・・・。
「あ、もしかして食事のこと聞いてない?」
「???」
「まぁ、急に決まったって言ってたしね。えっと、食事は寮で出ないから基本的には生活棟の6階にあるレストランで食べることになるの。時間によっては混み合うから気をつけてね。」
なるほど、そういうことか。
「ちなみに、食堂って雰囲気じゃないからレストランって呼んでるだけで、学園生は無料だから気にしなくていいよ。」
「そうだろうね。」
能力者に対しては国立の能力学園に通う限り、学費をはじめとして、学園生活に必要なあらゆる費用が免除される制度がある。
もっとも、通常は能力者のみに適用される制度なので、非能力者に対しても同様の制度があることには、内心驚いたのだが。
「ちなみに、「学園生は」ってことは結構外からも人が来たりするのかな?」
「半々くらいかな。学園生は支払いの時に端末で認証してるから見てると分かるよ。レストランでの食事もそうだし、ショップでも割引が効くの。」
「なるほどね。・・・ん?」
端末認証・・・?
「ぁ・・・」
神野さんも同じところに気づいたらしい。
そもそも俺が道に迷って彼女に案内を頼まなければならなかったのは、転入までに端末が手配できなかったからだ。
「ま、一食の食費でとやかく言うほどお金に困ってるわけじゃないし、気にしなくてもいいけどね。」
俺はそう言って苦笑する。
「そうなんだ、前の学校でアルバイトとかしてたの?」
「そんなとこ。」
ま、アルバイトというかそっちが本業だったんだけどね。
「地瀬では禁止だから気をつけてね。」
それは、やらないようにという忠告だろうか。
それとも、見つからないようにという忠告だろうか。
「今のところやるつもりはないよ。」
下手に勘繰られても困るので、とりあえず言葉を濁しておくことにした。
「さて、見える範囲だとあと説明してないのは・・・野外演習場かな?歩きながら説明しよっか。」
生活棟の話が一区切りついたところで、神野さんはそう言って寮の方に歩き出した。
「野外演習場って、あの寮の隣にあるフラウィウス闘技場みたいな建物?」
俺も彼女の隣に並んで歩きながら質問する。
が、例えが伝わらなかったらしい。
「フラ・・・何て・・・?」
「フラウィウス闘技場。あれ?知らない?ローマにある円形闘技場なんだけど。」
有名な観光名所だと思っていたのだが。
「ローマの闘技場なんてコロッセオくらいしか知らないけど、そのフラなんとかっていうのも有名なところなの?」
「それそれ。フラウィウス闘技場はコロッセオの正式名称だよ。」
「そんなの普通知らないって・・・。」
そうなのか。
「ともかく、あの円形闘技場もどきが野外演習場ってことでいいのかな?」
「そうよ。丸っきり"もどき”ってわけでもないけどね。能力者バトルトーナメントみたいなイベントの試合場にもなってるから。」
「あの真ん中で試合するのか・・・。」
去年は断っておいて正解だったな・・・と内心で呟く。
そのまま野外演習場を通り過ぎ、男子寮の前まで辿り着く。
神野さんと出会ってからまだ30~40分くらいなのだが、随分と長い時間が過ぎたような錯覚を覚える。
きっと、地のb・・・いや、考えることが多かったからだろう。
「到着~。さて、今日はここでお別れかな。」
「そうだね。今日は色々ありがとう。今度、何かの形でお礼するよ。」
「いいって。どうせ私も帰り道だったし。」
「その前のこともあるし、そういうわけにはいかないよ。」
借りを作ったままというのは俺の性に合わないのだ。
「強情だなぁ。それなら、今日の代わりに、そのうち私が何か困ったら助けてもらおうかな。」
「OK。端末を受け取ったら借りを登録しておくよ。」
「そこまでしなくてもいいのに・・・。」
非有形の借りを端末に登録して、困ったことがあれば貸しのある人に協力を求めるシステムは、ここ5年くらいの流行だ。
サービス開始当初は色モノ扱いを受けていたシステムだが、一方的に借りを登録することしかできない上に、協力要請を断っても良いという緩さが好評を縛して、今や日本中に広まっている。
残念ながらこの感覚は日本特有のものらしく、海外では不評らしいが。
「必要なかったら貯めておいてくれればいいよ。」
「そう思うんだけど、あったらあったで、使いたくなっちゃうんだよね~。」
こういった気軽さは俺も高く評価しているだけに、少し残念だ。
「ま、いつでもご用命あれ。」
「機会があればね。」
神野さんは俺の社交辞令をさらりと流すと、
「それじゃ、また。」
そう言って女子寮の方へ歩き去っていった。
俺はしばらく彼女の背中を見送っていたが、女子寮に着くまで見送っていると優に3分は経ってしまうので適当なところで振り返り、男子寮に足を踏み入れた。
ちなみにこの時の俺は、路地裏で彼女が言った「もしかしたら同じクラスになるかもね。」というフラグめいた一言をすっかり忘れ去っていた。
勿論、それを思い出すのは翌日のことになる。