第7話 アルタイル 序
第七話です。
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ホッと一息つく少女。許容できない事態に思考を半ば放棄していたが、思っていた以上に空気に飲まれていたようだ。当然だ。空前絶後の光景を見せられたのだから。だが、その中心人物が己に振り向いた途端、対岸の火事では終わらないと悟る。
「あ・・・あな・・・・に」
従順な感情は容易く恐怖に犯される。刺し違えてもと意気込んでいたのは最早過去の話。今は成す術無く項垂れる他なかった。絶対的強者に対して弱者が行えるのは抗うことではなく従順に身を任せるしかないのだ。
そんな少女の様子に、ハアトは溜息を一つ零す。と、悠々とした態度を崩さなかったハアトは鋭く背後を見やる。
ハアトの行動に間違いはなく反応は直ぐに表れた。
ゆくりなく率爾に出現せしは光。呼応するは闇。無骨な視線を隠す気も無く、再構築されるが如く頭から足先まで順に闇を喰らい、光から出でる。その姿は老人と呼ぶに相応しく、猫背の体躯に枯れた指は杖を支えに立っていた。しかし、糸のように細い目の下には人を食った瞳がありありと見て取れ、生気有り余る唇は嗤笑の笑窪を作っている。くすんだ長い金髪もハアトと同じく後ろで縛っている。
少女の驚きに息を呑む音を背景に、ハアトは不機嫌に口火を切る。
「他人の厄介事はそんなに面白いか?御老人」
「それは心外な!ワシは手助けをと馳せ参じたのじゃが・・・遅かったようじゃな」
「それは御苦労なこった。周りの連中は誰もが知らんぷりだ。それに比べて、あんたは何時からそこにいた?御老体」
「いやはや。流石じゃな、気づいておったのか。流石今世紀の指導者どの」
「・・・・・・・・・何の用だ?」
一瞬の沈黙。それの表す意味を少女が知るよしもなく、二人の視線は徐々に険悪さを増してゆく。いや、険悪なのはハアトのみで、老人は終始飄々と笑っているだけ。だが、険悪な沈黙は風上からの知らせによって突如終わりを告げる。3人の元に届けられる音は石畳を打ち付ける勢いで、決して友好的な雰囲気を奏でてはいなかった。
「こっちじゃ」
何時の間に動いたのか、老人が狭い裏路地の一角に差し掛かる所だった。一言。それっきり振り返る事もなく我先にと姿を暗ます。
「・・・・・・」
思考は一瞬。迷いは断ち切る。ふと、見下ろすと腰が砕けたかのようにペタンと座り込む少女がいた。
「わっ!ちょっ!」
無言で少女を横抱きにして老人の後を追った。
☆
「良い判断じゃ」
狭隘さの目立つ道、倒れ込みそうな壁にはシミや汚れなど生活の痕跡が目立つ。夜陰を妨げる物はない。その中を迷いなく闊歩する老人は出し抜けにそんなことを口走る。ハアトは無言をもって答えとする。
2、3路地を曲がった角の袋小路で老人は唐突に歩みを止めた。
「ここじゃな」
つま先で2回コツコツと地面を叩く。すると、共鳴するかの如く光の玉が辺りに点在する。次いで、持った杖を空中になぞるように文字を象る。その軌跡は点在する光を育み、繋ぎ、一つの大きな魔法陣となる。これで終と己の足元に杖の先を叩く。
カコーンッ
音が響き渡る。
「我見えずして汝の理を紡ぐ。汝聞かずして我を見よ。我言わずして汝を知る。ツヴィッシェン・シュピール!」
老人の奏でる調べに反応し、光が木漏れ日のように足下から滲みだした。それは次第に光の渦となり3人を飲み込んだ。
☆
ハアトと少女が目を開けると、そこには見渡す限り一面灰色の世界が広がっていた。足元には塩の砂浜がサラサラと音を立てている。
「リヒト・ヴェルト。この場の名前じゃ」
「光の世界か。年の割には安直なネーミングセンスだ」
皮肉を飛ばしたハアトが一歩踏み出すと、お返しとばかりに老人から忠告が飛ぶ。
「好奇心で動くのは構わぬが、一歩道から外れると一生日の目は拝めぬぞ。・・・試みるのも一興かのう」
たちまちにして不機嫌になったハアトは口を鋭くする。
「なるほど。老後の暇つぶしには丁度よさそうだな」
「くくく、生み出した儂には出口は作りだせるがのぅ」
「あっそ」
老人の歩みは止まることなく先を行く。ハアトは憮然と跡を辿る。
周囲に物と呼べる物体は一切ない、寂寞たる空間を黙々と進む。不意に老人がその歩みを止めた。
行きと同じ手数を掛ける事なく、コツコツと地面を杖で2回叩くことで事足りるようだ。再び光の渦に飲まれ、景色は一変する。
目を開けた先に広がるのは本の壁。菱形を思い起こす壁の並べに添う形で据え付けられている。
視線を戻すと、眼前にあるアンティーク調の長方形の机がぽつんと置かれ、その後ろに追随するように置かれた椅子に、老人が座る所だった。老人が何か所作を施すと、途端にブワッっと向かって左側に付けられた暖炉に赤い火が灯った。暖炉の前に置かれた花柄のファイヤー・スクリーンが室内を明るく、淡い花柄に照らし出す。見れば調度品の類は無く、あくまで憩いの場としての面が強く感じられた。表情を和らげたハアトの様子に満足したのか、老人は機嫌が良さそうに話し始める。
「暖炉を見るのは初めてかのう?こうした魔法を用いず火を使い灯した火は自然の火と呼ぶ。魔光という我々の体に宿る魔素を媒体とした光もあるが・・・魔光では身体が休まらん。人間の魔素に対する抵抗力は強く、光でさえ遮ってしまう。その点自然の火の光は抵抗を感じる事無く自然と体に染み込む。最も、実用性を鑑みれば魔光の有用性は揺るぎないじゃろう。じゃが欠点が一つ。情緒がない。人生は楽しんでこそじゃ。例えちっぽけな事でも幸せを感じ取ることはできる。その努力をを怠らなければのう。まあ、寂しい努力じゃよ。今のところは」
「そんな事はどうでもいい。そろそろ要件を話せ」
老人の長講にハアトは早速顔を顰め、にべもなく答える。
「君は知らんだろうが我々人間の会話には親睦を深めるという大義があるのじゃぞ。もうちっと歩み寄ってもよいのではないか?」
「ハッキリ言おう。俺はあんたの事が嫌いだ」
「ははは、随分嫌われたもんえ」
「・・・・・・・・・」
「まあ、そうじゃな。お主の性格を少し覗けただけで収穫とするかのう。では、単刀直入に言わせてもらおう。」
老人の目に子供のような無邪気な邪気が見えた。
「お主、私の配下にならぬか?」
「・・・・・・・・・はあ?」
一拍間を置き、ハアトは素っ頓狂な声を上げた。
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