第6話 ハアト 終
ようやく更新できました。
2週間ぶりです。
遅くなって申し訳ありませんでした。
此方を見据え、男は淡然と腰から剣を抜き放つ。翡翠の刃には漆黒のルーン文字が緑色に明暗している。両翼の鍔は漆黒に広がり彩りを与えている。その中央には琥珀が黄褐色に輝いている。鋩からは吹き荒れる息吹の如き風を纏いて軌跡を生み出し、大気を震わせる。
黒い髪。その意味を、ミラは重くとらえる。魔素の属性が体毛に影響する故、敵に己の属性を見られないよう戦闘では顔を隠すのは常套手段である。だが、明かされた敵の属性は、恐らく闇。その属性はこの都では特殊な意味を成す。王の一族。限れた正統な後継者にしか発露しない初代国王の属性だ。この都で確認されているのは王と王妃、そして実子の三人だけの筈。ではこの男は何者なのか。未だ魔素の発する魔力によって、髪の色を偽る事は不可能だ。つまり、男は正真正銘の限られた者にしか所有できない闇の属性を用いている事となる。
警戒を強めるミラは、次いで齎された現象にはさらなる驚きを生んだ。未だに男からは魔力は一切感じない。本来、例え優秀な魔素を所有していようと魔力がなければ意味がない。故にそいつが魔装具を抜いただけで、滑稽な姿に笑って中傷する所だ。だが、思わず足が竦む程形容しがたい圧力が吹き荒れたのだ。このプレッシャーは何だ!?
ミラは即座に行動を開始した。何かがヤバイ。そう察知したミラ同様、他のメンバーもそれぞれの形で戦闘態勢を取る。次なる行動は互いに熟知していた。幾多の危険をくぐり抜けた実力者が、それしかないと思わずにはいられないほどの危険を、その場にいた全員が感じたのだ。
「祝福せし我らが神代」
唱えるは顕正。
「汝の理に幸あれ」
叶えるは憧憬。
「空蝉に顕現せしは火」
為業は掣肘。
「その真名はサラマンダー」
「我願いてその魂を現したまえ」
四人による同時完全演唱。口々の言の葉に乗せられた魔力が舞い踊り、紅蓮の軌跡生み出す。男の足下に円形の魔法陣が描かれ、回避行動より先に魔法が完成する。
「「「「妨げし全てを灰にッ!。フェアブレイネル!!」」」」
ミラが大地を叩きつけた瞬間、火炎の奔流が円の縁から吹き上がり男を飲み込む。回避は不可能だ。速度、効果範囲。どれも一級の最上級火炎魔法だ。また、真名演唱によって通常の倍の威力を発揮している。これならば・・・・・・・・・・・・
――ッ!!?
「あり・・・えない・・・・」
意識せず口が動く。
そう。ありえない光景が煙火の先に広がっていた。
効果は絶大だったはず。その証拠に囂々(ごうごう)と燃え上がる火柱は健在。しかし、対象者には何の害も与え得なかったのだ。飄々と立ち竦む男の姿に、一同は驚愕に染まった。
「これならどう!?発火せし者を討ち滅ぼせ!災禍を叶えよ!!。バッケン・シュネルフォイヤー!!」
ミラの2重演唱が8つの炎弾を生み出し、敵へと降り注ぐ。雷火の如き速さで発動と同時に着弾、爆発する――筈だった。しかし今だ健在。
ミラは理解した。今の刹那の一幕で男が何をしたのかを。だが理解はできなかった。人間の知覚できる速さではないのだ。それを剣で打ち払ったなどと、理解したくなかった。男の着ている黒緑の衣装が破格の魔力を秘めていることは分かった。男の持つ剣が古今に比類なき一品であることも分かった。だが、一切の魔力を持たぬ筈のその身一つでは成し得る筈のない偉業には何事にも理解し難い。
「何をした?」
それは分かっている。しかし、聞かずにはいられなかった。
だが、その問に回答者はいなかった。
「――ッ!!」
瞬き一つ。たったそれだけで男は懐へ飛び込んでいた。鋩が跳ね上がり、ミラの喉へと迫る!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
流した汗を翡翠の鋩が吸う。唾を飲み込むことさえ許されない。
絶体絶命。だが、敵は一人。対してこちらは4人。私の仲間を舐めるな!
ミラの内なる言葉に呼応するように雷光が二人を通過する。男は背後を一瞥すると、アルヘナが片方の掌を地面につけ、もう一方の手を招くように引いた。ミラは瞬時にアルヘナの行動を理解し、切っ先を突き付けられた喉を気にせず頭を横にずらす。と同時に雷撃が一本の線を引くようにミラの背後から男へ向けて強襲する。
「(どうだ!)」
刹那の交差、男とミラの目線が合わさる。
次の瞬間、ミラは驚愕。アルヘナは吃驚した。
男はミラの胸倉を掴み上げ、雷撃の交差点へと引き擦り出したのだ。
「なぁ!」
「ぐ!」
アルヘナは既の所で魔力を解除し、ミラの後ろ髪が数本焦げる。
「「「(人質か!)」」」
四人は直ぐに現状を理解し、行動を開始した。
ウェイの魔法により、ミラの足元から二本の鋭い土塊が男に迫る。しかし、男は慌てた様子もなく後退する。ミラを片手に持ちながら。当然刃はミラへと迫る。
「ちッ!」
ウェイが舌打ちと共に魔力を解除すると、まるでその隙を見計らったように男はウェイに向けてミラを投げ飛ばしたのだ。片手で実に軽々と。
「ぐあ!」
「う!」
魔力操作の隙を突かれ、ミラは勿論。ウェイは避けることもできず両者は激突する。
「ぐぶッ!」
その様子を呆気に取られていたアルヘナの腹部を、男の回し蹴りが捉えた。アルヘナは遥か後方へ吹き飛ばされ、壁を砕いて停止した。
その様子を俯瞰していたエルナトは冷静に、男の攻撃後の隙を狙い魔法を仕掛ける。
「立ち塞がる全てを退けん。自由たる根源をここに。シュトゥルム・トーベン!」
エルナト渾身の2重演唱魔法が発動し、無形無色の風の刃が男を取り囲み切り刻む――
「は?」
――筈だった。暴風が埃を立ち上がらせ、視界を一瞬防いだその一瞬で男は姿を消したのだ。いや違う。こっちに!
「がッあ!」
男の頭上に居た筈が、今度は男がそれよりも上空へと出現し踵落としを頭部へくらい、地面に叩きつけられる。
意識が混濁するエルナトの目先に、緑色の切っ先が突き付けられる。
「ここから去れ」
短く、それでいて腹の底に轟く男の声。澄んだ黒い瞳がエルナトを、エルナトを助けようと魔法を演唱する段階にあったミラとウェイを、腹部を押さえる様にして戻ってきたアルヘナを、其々射抜くように見つめる。男の魔装具はエルナトの頬を軽く切り、そのままうなじへと沿うように這わせる。その目は、次の自分達の行動次第でエルナトの運命が決まると宣言していた。
重苦しい空気がミラの肌を撫でる。先ほどの刃を向けられた恐怖とは別格の汗が一滴流れ落ちる。ミラの決断を見守る仲間を見渡し、
「はあ。・・・・分かった。降参よ。私達は貴方から手を引くわ」
両手を上げ、諦めた。
カチンと、男が魔装具を鞘に納めた瞬間、ミラ達を重くしていた空気が消えた。プレッシャーも、驚くほどの呆気なく。
男の横をすり抜け、こちらへ戻るアルヘナが目だけで告げていた。
「(今、この瞬間ならやれるか?)」
「(無理ね。今度はたぶん殺される。いや、絶対にね)」
「(了解だ。リーダー)」
無言のアイコンタクトを取り、ミラ達天邪鬼は撤退する。先ほどから無言だった男がその時になって口を開いた。
「次会うときは殺す気で来るといい。それなら俺も問答無用で貴様等を殺せる」
風が唸り、その言葉はミラ達に後ろから纏りつくかのように耳に残った。
バトル回。バトル描写は苦手です。でも好きです。