表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界再生 ~来訪~  作者: 中村 ヒカル
3/10

第2話    リーリエ

書きたい事が多すぎて、なかなか話が進みません。

             

ぬかるんだ土砂の道に小さな足跡が形取られる。生まれてから一度も水が降る事なんてないのに。

 あるとすれば城下町の方だろう。城下町にある水泉魔具ヴァッサアーティコアが無限の水脈を生み出している限り、そんな贅沢な使い方も叶うのだ。最も、こんな小さな村にそんな大層な物はない。水泉魔具ヴァッサアーティコアから漏れた僅かな水が運良く流れてくるのを願うだけだ。

 一応水路を作ったが距離が遠すぎる為、また途中の村が汲み上げてしまう所為で殆ど水がないと言っても過言ではない。

 稲作を主とした収入源であるこの村にとっては死活問題であり、結局平等とうたわれた恵みの水も、村人は涙を流しながら少ない農金で買い上げるしかなかった。

 金も水もない。

 そんな廃れた環境が住む人々を残酷に仕立て上げてしまったのだろうか。 

 石をぶつけられたお陰で腫れた頬を擦りながら少女は考える。途中、尖った石を踏んづけてしまった所為で足からは血も流れている。痛みを緩和してくれる濡れた大地にささやかな感謝を告げながら少女はただ歩いた。

 ふと視線を上げると大きな風車が目に留まった。風を捕まえ、小麦を粉にする製粉機だ。

 風作魔具ヴィントアーティコアは幸いにも農産業が盛んな外縁部にも設置されている為、最北端のこの村にも良い風が来る。

 少女は我知れず興奮した。この風に乗って外の世界に行けたら・・・と。

 そんな益体の無い夢をその眼に宿し、持っていた本を両手で抱く。

 本の題名は擦り切れていて読めない。それは何時も何処に行くにも持ち歩く少女の宝物だったからだ。

 本には生まれてから見上げていた虹色の空が閉ざされた空だと書かれていた。この虹の先にはまだ見ぬ世界が果てまで続いているのだと。世界には人間はおらず。凶暴な猛獣が住んでいる森や、見目麗しい人魚の住む透き通るような湖。他にも火を噴く山なるものなど、少女の知らない事ばかり載っていた。そして、それぞれの世界を統べる王がいるのだとも書いてある。王は己の為に在らず、王は民の為なり。とても良い言葉だと少女は子供ながらに思った。まあ、人間を統べる王はそうではなかったようだが。

 最後にこうも書かれていた。それら全ての王を統べる世界の王と呼ばれるもの。世界を統べし者は存在すると。その者はすべての存在を救う力を宿し、すべての者の思い願う世界を成し遂げると。この本を拾った時、また読み終わったとき、少女の胸はこれ以上ないほど高鳴った。本当にそのような存在がいたら、今の私を救ってくれるかもしれない。そんな無邪気な希望に心を焦がしたのだ。

 だが、一時の願望は時の流れが無残にも切り裂いてしまった。一向に来る気配のない希望なんて何の価値もないと。差し迫る絶望を前に、夢見る少女は大人になってしまった。

 そもそも、外の世界は一度ひとたび足を踏み入れたら死を待つ地獄である。空に見える虹色の空は結界魔具シルトアーティコアと言い。初代国王が作り出した人間の生きるための結界。私たち人間はこの結界に囲まれた中でしか生きることができないのだ。

 勿論望んで死の世界に行きたいなどと言う者は誰もいない。頭がおかしいと思われるだけだ。それは最北端に位置する村に住み、最も結界に片隅に近かった少女が一番良く知っていた。

 それでもと少女は願わずにはおれなかった。いくら理性が大人になろうとも、心の底ではやはり願望に縋るしかない。本を抱く限り。

 本には風はあらゆる世界を繋ぐもの、きっと風の行く末には私が想像もできないような場所。いや、少なくとも此処よりは美しく楽しい場所があるのかもしれない。だからこそ、吹き付ける風と本が今の彼女のささやかな希望であった。

 小さな希望に縋る少女の胸に突如風が引き込まれる。

 風はうねりを加えて少女を容易く吹き飛ばした。

 突然のことに視界が暗転する。地面がぬかるんでいるお陰で太ももを擦り剥いた程度ですんだ。しかし、その幼くも端正な顔には泥がつき、着ていたみすぼらしい服も元の灰色から泥の色へと変色する。

「けほけほ」

「おい、クソ病魔。何で俺達の土地にいやがる!てめぇの病気が移ったらどうするつもりだ、ああ?」

 胸を抑え苦しむ少女を押し潰すかのように再び重圧が掛かる。

「う・・・ぐ・・・」

 地べたに頬をつけ、目線のみ相手を捉えるとそこには憎悪で満ちた男と懐疑的な目を向ける男がいた。少女の知らない男達だった。

「(ああ・・・またか)」

 そう悟った少女は諦めたかのように顔を地面に埋めた。口だけで空気を吸い、その口は薄く笑みすら浮かべていた。

 だが、その薄い氷のような笑みは容易く崩れ去った。

「(私の本!)」

 少女の手から離れた本の所在を目で追うと、懐疑的な目をしていた男が本を拾おうと手を伸ばしていた。その男に――

「馬鹿野郎!!触るんじゃねえよ!」

「――えっ!?」

 少女を魔法で押さえつける男が慌てて怒鳴りつけた。

「あの白い病魔の触った本だぞ!どんな病気移されるか分かったもんじゃねえ」

「この子供が、あの?」

「その病魔の髪の色を見てみろ、白いだろ。それが病魔たる理由だ」

「だから白い病魔・・・」

「そうだ。だから白い病魔に近づくんじゃねえぞ。近づくだけで移されるからな。その本も燃やしてしまえ」

「あ、いや。これヤーマの婆さんの子供が無くしたって言ってた本じゃないか?」

「何だと?じゃあこの病魔が盗んだってことか!」

「そうに違いない!許せない。いるだけで俺らに迷惑を掛ける分際で、これ以上何を奪うつもりだっ!」 

「(違う。それは子供が面白くないって捨てられた本を見て、拾っただけなのに・・・)」

 少女の真実は空しく、男達の形相はみるみるうちに怒りに染まってゆくのが分かる。

 誤解を解こうにも、少女を押さえつける重圧は止めど無く痛みを与え、声も出せない。もっとも仮に声を絞りだしたとしても、彼等が信じないのは自明の理であることは、幼い少女にも理解できていた。

 俯いた少女に周囲から罵声の他に沢山の別の感情が突き刺さるのを敏感に感じ取る。

 男たちの声は小さな村には大きすぎたのだ。あちこちから腫れ物のように見やる視線が少女の小さな体躯を突き刺し凍えさせる。それは老若男女問わず、さらには小さな子供すら自分と違う髪色の少女を恐れていたからだ。

 少女が再び視線を上げると、その目元は赤く腫れていた。

 彼らの中に一人として少女と同じ髪色のものはいない。緑に赤に多種多用な彩色が、少女には眩しかった。羨ましかった。

 自分と彼等の相違点はたった一つ。髪の色が違うだけだというのに。

 両親からは自分を忌み子恐れられ追い出された。

 何処に行っても悪魔と罵られ暴力を受ける。

 自分は何なのかわからない。どうしてこんなに苦しまなければならないのか分からない。

 この苦しみを何処に向ければいいのかわからない。

 暴力を振るう村人、または自分を見捨てた親を憎めばまだ楽になれただろうか。

 だが、不幸にも少女は幼過ぎた。

「(私の・・・所為なんだ。きっと。こんな色の髪で生まれた私の)」

 己の運命を呪うしか、少女の心を保つ手段はなかったのだ。

 そして、ひ弱な少女の体を奮い立たせる手段は――

「おい、その本は燃やしておけ」

「そ・・・(そんな!)」

「いや、でもマーヤの婆さんには何て言えば・・・」

「病魔の手で汚された以上、もう触ることもできやしねよ。だから燃やすんだ」

「ああ。仕方ないな」

「や・・・(やめて!)」

 ――少女の伸ばした手の先で、無残にも塵に変えられた。

「ああ・・・」

 チリチリと燃え立つ火の粉を虚ろな眼差しで見送る。宙を舞う手と呟いた声が空しく地に落ちる。

 だが、少女の不幸は終わりではなかった。

「白い病魔も殺しちまった方がいいのか?」

「・・・ああ。神官様が来てくれる今日まで待っていたが、やはり病魔を野晒しにしていいわけがない。ずっと我慢してきたんだ。殺そう。殺すしかない」

 その言葉は先ほどの男達だけでなく、村人全員の相違であると纏わり付く雰囲気が語っていた。否定する者、静止する者、その瞳が語る真実はいつも残酷だ。

 少女に暗い影が映る。だが、それは少女の命を刈り取る死神の影ではなかった。

「お待ちなさい」

「し、神官様!」

「「「神官様!」」」

 村人全員の驚愕の声と共に、少女を苦しめる重圧は鳴りを潜めた。

「げほげほっ――はぁはぁ・・・」

 ようやく吸える新鮮な空気で肺を満たしている少女が見上げると、そこには高級そうなローブを身に纏い、明らかに村の人間でない男が見下ろしていた。

「君が件の病魔かね?」

 神官様とやらは少女に優しく微笑み、それから回りの村人へ視線を巡らせる。その視線は最後に少女を痛めつけていた男へと注がれた。男は笑顔で安心したように応じる。

「へい。コイツが依頼させて頂いた病魔です」

 村人に笑顔が戻る。その神官様とやらは分厚い教本を片手に持ち、もう一方の手を少女の眼前に翳す。

「神官様!そんなに近づいたら危険です!」

「安心しなさい。私には病を消し去る方法を知っています」

「おお!それは本当ですか。それなら安心です」

「ええ。だから安心して見ていなさい」

 神官はそう言い、白い布を着けた手を少女の額に当てる。

「ふむ。確かに。髪の色は身体に宿る魔素の色素に強く依存する。通常、一人につき一つの魔素が存在し、その属性に伴い色素も決まる。赤なら炎。青なら水といった具合に。なのに、君の色素は中も外も真っ白だ。つまり、魔素が存在しないということは明白。魔素がないという事は体のあらゆる免疫作用が機能せず、疫病を宿し易くなり、そして最後には病魔へとなり果てる・・・・。君の御両親も同じなのかな?」

 病を消し去る方法。もしそんなものがあるのなら、自分はこんな思いをしなくて済むのだろうか。お父さん、お母さんの所に戻れるのかな?

 少女は突然舞い降りた希望に手を伸ばすべく、素直に口を開いた。

「いいえ。私だけです」

正直に話せば私を治してくれる!そうすれば、またお父さんとお母さんと会える!

 胸の内が淡い期待で満たされる。

 神官様はそうかそうかと安心したように笑みを浮かべて言った。

「よかった。じゃあ君だけを殺処分すれば大丈夫だね」

「え?」

 神官様が何を言ったのか少女は理解できなかった。少女の戸惑いなど歯牙にも掛けず、神官のローブの内からロープが少女目掛けて触手のように伸びてくる。

 ロープは少女の喉に巻きつき容赦なく締め上げる。

「がっ」

 麻縄なのか苦しさにロープを掻き毟る少女の手は血で赤く染まる。

「病原体の有効な処置は殺処分と決まっているのでね。恨まないでください。恨むのなら、そのような体に生まれた自分自身を恨んでください。化けて出てこられても困るので」

「が・・・ぐぐぐぐ・・・」

 喉を潰さんと食い込む縄に、少女の薄くなる意識に神官の声が染み込む。

「(そうか・・・やっぱり私のせいだった。・・・・よかった。お父さんお母さんのせいじゃなかった)」

 少女はどこか安心したように微笑を浮かべた。自分だけの問題であるならば父と母に害が及ぶことはないと知り。確かに、少女を追い出しこのような境遇へと陥れたのは父と母の二人である。だが、それでも、病魔が治ると信じ魔素の確定する年齢まで必死に育ててくれたのは父と母なのだ。自分を産んでくれた二人を恨むことは、小さな少女にはできなかった。

 視界に靄が掛かり、身体の感覚は殆ど無くなっていた。

「(でも・・・・)」

 少女の縄を掴んでいた手が垂れ下がり、暴れていた足も次第に動かなくなる。

 頭部が力無く項垂れる。神官も死んだかと縄を緩めようとしたとき、少女の目に神官の腰に掛かるナイフが見えた。

 ――瞬間、少女は一つの言葉を爆発させた。

「死にたくない!」

 心の内なのか、実際に口にしたのかは少女自身分からなかったが、行動は現実のものにした。

「いだああああああぃい」

 感覚を殆ど失った腕を無理やり動かし、神官のナイフを勢い良く抜き取ったのだ。その際、神官の頬にナイフの傷をつけたお陰で縄の拘束が解かれた。

 悲鳴を上げる神官はもはや少女の目にはなかった。誰の視線も気にしている場合ではなかった。唯々おぼつかない足取りで必死に村の外を目指す。生まれてきた意義を知る為、生きたいが為に。

「殺しなさい!病魔を逃がしてはなりません!」

 尻もちをつき血の流れる頬を抑えた神官が激高した様子で命ずる。

 村人は躊躇なく応じ、少女に襲い掛からんと追従する。引き摺る容体で走ることの叶わない少女に、村人は容易く追い付いた。

 少女は迫りくる脅威を背に感じ、歩みを速めた。と、丁度その場で坂道になっていた所為で少女は大きくバランスを崩し、もんどり打って倒れこんでしまう。 

 瞬間、少女の髪の端を切り裂くように村人の魔法が過ぎ去る。

 神官だけでなく、村人までもが自分を殺そうと躍起になっている事実を目の前に、少女は倒れこんだ草花で髪を緑色にしながら唇を噛む。

「(それでも・・・私は生きたい。生きて、幸せになりたい)」

 小さく脆弱な決意を胸に、少女は立ち上がり再び歩き始める。

 

 だが、力のない少女には大きすぎる夢だったのかもしれない。

 もう少しで歓楽街の裏道へと通ずる道に辿り着けると手を伸ばす。

 その時、背中に焼き付けるような痛みが生じる。

 背中を切り裂かれたと認知するよりも前に、歩みが止まったことが何よりも少女を絶望に叩きこむ要因と成り得た。

 膝から崩れ落ち、それでも倒れまいと手で身体を支える。

 四つん這いの少女の指先数センチの場所の土砂が張り裂ける。村人の戦闘の経験不足と距離感によって目標を定められないなどという理由は、少女の知るよしもない事実だった。少女が思ったのは、村人は自分を殺す算段が確実にあると誇示しているのだろうということ。

 ジクジクと痛む背中を反転させ、少女は姿勢を変えずに彼等に向き直る。

 少女の一つの不気味な行動に村人達は一瞬怯んだ様子を見せる。が、

「お、追い詰めたぞ化け物!」

「ば・・・け・・・も・・・の?」

「お前が死ねば俺らは安心して暮らせるんだ!」

「頼むから死んでくれ!」

「俺らを困らせるな!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 村人たちの血走った眼を見て、少女は不敵に笑う。

 少女の様子が変わったことに、村人は恐れを全身に露わにする。

「生きるためならば・・・」

 片足を前に出し片膝立ちの状態にすると、少女は決心した様にナイフを構えた。

「ひっ、化け物が武器を取り出したぞ」

「恐れるな!神官様が言っていた通りなら魔素が無い奴は魔法が使えない筈。この距離から攻撃すれば問題ない」

 最初に少女を吹き飛ばした男の鼓舞に村人達は活力を取り戻し各々が魔法の発動の準備をする。

「天空に歯向かう全てを地に落とせ!シュトゥルムヴィント」

 男の魔法を区切りに、村人全員の魔法が発動し死の暴風が少女に迫る。

 視界すべてを覆うほどの数多くの死を眼前に、少女の目は死んでいなかった。

 次の瞬間、少女の姿が掻き消える。続いて轟音。パラパラと土が舞い上がり、村人に土砂の雨を落とす。

「やったか?」

「分からん」

「土埃が晴れるぞ」

 風に舞い埃が晴れると、そこには透明なガラスのような空間があった。丁度少女のいた土に血溜まりが確認できる。対して、そのガラス空間の手前の土には、たった今魔法で掘り起こされた跡が残されていることから、村人は少女を取り逃したことを知った。

「奴は・・・・これを待っていたのか」

 天候結界シルトクリスタル。それは、土地ごとに定期的に行われる天候を変える結界だ。最初に天候結界シルトクリスタルで区画を区切り、その土地の上空にある天候魔具ウェッターアーティコアによって必要な気候に変更させるのだ。

 天候操作の魔法は複雑で、外部の魔法が加わると動作しなくなる恐れから天候結界シルトクリスタルには、あらゆる魔法を遮断する効果がある。

 彼女はそれを知っていた。だから、この瞬間を待っていたのだ。だが、天候操作のローテーションは年周期だ。どこで調べたのか。ましてや正確な時間まで。実行まで持って行った胆力に瞳目する。

 と、驚愕する男の肩に手が掛かる。

「ぼけっとするな。追うぞ」

「でもどうやって?」

天候結界シルトクリスタルは1時間もすれば一時的に解除される。その時に入るぞ」

「ここまでやれば大丈夫じゃないのか?あれだけ血を流せばじきに死ぬだろうし」

「馬鹿野郎。その死んだ場所で病が蔓延したらどうすんだ。俺らの村出身だってわかったら後でお役所様になんて言われるか分かってるのかっ!?」

「お、おう。分かった」

 村人の善意たる殺意は止まることはなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ