第9話 アルタイル 上
3年ぶりの投稿です。何ていうか。もし、仮にずっと待ち望んでいた方がいらしたら本当に申し訳ありませんでした。己の優柔不断さを叱るばかりです。結局、何度も内容を直した結果。今までの内容とは一切を変えることになりました。本当にすみません。もし以前の話を覚えている方がいらしたら、0話からの見直す事をお願いします。
「は?」
「聞こえんかったか?ではもう一度言おう。お主を我が配下に加えたいと望んでおる」
「嫌だ。何が悲しくて貴様のような老いぼれの後ろに立たないといけない?」
「即答か・・・」
「そもそも、俺はこの都に来たばかりだ。そんな俺を雇って得があるとは到底思えないがな」
「そういえばそうじゃな。其方達子孫を持たぬ一族がこの都を訪れたのは丁度100年程前が最後じゃしな」
「・・・・・・・・親父が、ここに来たのか?」
老人は頷く。まるで旧友を懐かしむような笑みを浮かべて。
その様子を見てハアトも笑みを浮かべる。二人の間には言い得ぬ理解が示された。ハアトは身を乗り出して言葉を続ける。
「で?要件はそれだけか?ならもういいな、俺は帰るぞ」
老人の人柄は理解した、信頼できるかもしれない。だがそれはそれとして性格は嫌いだ。それに、親父が信頼したからと言って自分が信頼する要因にはまだ遠い。そんな言葉の不要な敵意を老人に向ける。老人は一瞬あっけにとられた様子を取ったが、直ぐに薄い笑みを浮かべた。
「ここまではわしの魔法で来ておる。出口は分かるのかのう」
「安心しろ。いざとなったら壁ごとぶち抜くさ」
「そうしたら我が兵は黙っておらぬが?一人で大丈夫かの?」
「覗きが趣味の変態爺さんならお分かりの通り、俺は大抵の強さなら退けられる自信がある」
「お主はこの地へはどういう理由できたのかね?」
「・・・?お前に言う理由はない」
「これはわしの思い込みじゃが、もしお主が観光目的のために外の世界から来たのではないとするならば、その行為はこの地での居場所を失う破目に陥る。・・・かも、しれんのう」
「・・・・・・・・・」
「この地区では治安を何よりも大切にしておる。外からの不安分子だと思われるものには徹底した迫害が懸念される。今それ(・・)を知っているのはわしだけじゃが、万が一にもそれが世間に知れたら。お主はこの国のあらゆるしがらみによって押し潰されるであろう。仮に、お主がただの都の平民だと主張するのであればまた別の結末が待っているがのう」
「・・・糞ジジイ」
「ははは、それを面と向かって言われるのはこれで二回目じゃ」
机に肘を付き、手で頬を支えるようにして老人は朗らかに笑う。反対にハアトは苦虫を噛み潰したような思いだった。言葉にせず返事を待つ老人の様子に勝ち誇った様子がありありと見てとれる。
「スゥー・・・・いいだろう。ただし条件がある」
「んむ?わしにその条件を呑む理由は――「ある!」・・・・・」
老人の言葉を遮り、ハアトは唾を飲み込み続ける。
「お前がどうやって俺を察知したのかは知らないが、俺がお前の言う不安分子だと最初から知っていたのなら、ここまで連れてくるのには何か訳がある。違うか?」
「・・・・・」
「俺はお前が思っているほど殊勝な理由でこの地を訪れた訳では無い。俺がこの地に留まらずに一番困るのはお前ではないのか?そして態々、お前が言う通りの不安分子である俺を、その事実を隠してまで貴様の配下として迎え入れる気でいる。どう考えても裏がある。・・・・俺はそれに乗ってもいい。だが俺の条件を飲むならの話だ」
虚実の混じったハアトの主張を、老人は黙して聞いていた。相好も崩さずに。ニヤついた笑みが寧ろ能面のように見える。老人はおもむろに口を開いた。
「条件を聞こう。但し、変わりに対価を貰おう」
「それは、俺の要求を呑むってことでいいのか?」
帰ってくるのは老人の張り付いた笑みだけ。互いの妥協でしか活路を見いだせないと確信している顔だ。
「・・・わかった。対価は何だ?」
「提示する対価は三つ。一つ。願いは相互の合意による口頭に限る。二つ。願いの拒否権は相互にあり、合意後の撤回は不可。三つ。一度成立した願いは叶えた側に加算され、加算分だけ願った側に拒否権は無くなる。」
ようは、叶えてやる代わりに逆に願われた場合は絶対服従ってわけか。
「・・・・いいだろう。その対価でよかろう」
目の前の机に腰を降ろし、老人を見下ろすようにしてその顔面に手の平を向ける。それから順番に指を折っていく。
「俺が要求する願いは二つ」
「いきなり奮発するのう。いいのか?わしがその願いを聞き届けた場合、今度はお主がその分願いを叶えなければならないのじゃぞ?」
「はっ、そんなこと分かっている。だが、やるべき時にやらなければそれは無駄でしかない。故に、今必要なことを一気にやってしまった方が後腐れなくて俺好みだ」
「なろほどのう」
納得した様子で老人は先を促す。
「まず一つ目。衣食住の全面的な提供」
「それは・・・一つの願いで集約してよいのかのう?」
「ふむ。では言いなおそう。おれがここで生活できる最低限を用意しろってな。それともお前の配下とやらは人として扱われないのか?違うだろう?」
「なるほどそう来るか。まあよかろう(わしの配下になる以上それは最初から保証されているのじゃが、せっかく対価として使ってくれるのじゃ。あまり無下にせんほうが良いか)」
ハアトは次に曲げた指を一本上げる。
「次に二つ目・・・」
ハアトは手元に乗っかる少女に目を向ける。
「彼女も俺と一緒の条件で配下にしてやれ」
少女はギョッとしたようにハアトを見上げる。老人も心無しか驚いたようだ。
「それは・・・構わないが、その子は?」
「さっき拾った」
「ちょ、ちょっと!」
今の今まであまりの空気の重圧に飲まれされるがままだった少女だが、ハアトの横暴さに怒りを覚える。
「勝手に私を巻き込まないでよ!何なのよ貴方、襲われても平然としているし私に乱暴するし、かと思えば助けて。しかも私を誘拐した上に今度は何!?貴族の配下?冗談じゃないわ!私は嫌よ。て言うかいつまで私を持っているのよ!」
身体を捩りハアトの手から逃れると、少女は今までの恐怖を忘れ必至に言い募る。それは、まるで己に課せられた理不尽をようやく発露することができたような激情であった。
ハアトも少女がここまで饒舌とは思わず、呆気に取られている。だが、ハアトは直ぐに笑みを取り繕い、
「最初に襲ってきたのは君なんだがな」
少女に刺された手のひらを見せびらかす。
「――――ッ!」
少女は咄嗟に目を背けた。今にして思えばこの男は自分を助ける為に魔法をかけたことは真実だ。確かに理不尽な目にあったが、それでも死ぬはずだった自分を助けてくれた恩に変わりはない。その相手に、錯乱していたとはいえナイフを突き立てたのだ。弁明の余地もない。
「ご・・・ごめん、なさい」
深く頭を下げ酷く後悔した様子の少女を見て、ハアトは相好を崩す。
「(自らの行いを正当化する言い訳をつらつら語るかと思ったが、存外に素直だな)」
優しい笑みを浮かべたハアトは少女を見下ろし言い放つ。
「じゃあ交換条件だ。俺にした事を許してほしければ俺のいう事を聞け」
「・・・お主も大概鬼畜な事言うよのう」
「ふん。この子が都で野垂れ死んでいる時にご自慢の暖炉で情緒を憂いていた奴が何を言う」
「おおう・・・。い、痛い所を突くのう」
意気消沈した老人を視界から外し、ハアトは少女を真っすぐに見つめる。少女は言い淀むも、
「・・・・・分かったわ」
不承不承頷いた。
「ってわけだ、俺とこの・・・・お前、名前は何て言う?」
「・・・・リーリエよ」
「そうか。俺とリーリエが貴様の配下になるってことでいいんだな?」
「了解した。手続きはこちらで済ませておくから、先に宿舎で休んでおるとよい。キルシュ」
老人の言葉によって、老人の背後に出現した影は女性の形を取った。櫛の通った明るい緑髪を背中まで垂らし、こちらを見詰める鋭い瞳も薄緑色に染まっている。
「はい」
「彼らを宿へ送ってやってくれ、それと明日から君の下に就くからそちらの挨拶も済ませておいてくれ」
「かしこまりました」
深々と一礼したキルシュは、手をハアト達の後ろの扉へと促した。
「こちらです」
招かれるまま、ハアト達は彼女の後を追う。その背後に老人の声が掛けられた。
「まあ。ほどほどに頑張りたまえ」
「期待に応えない程度にな」
軽口を返し終えたと同時に扉は閉められた。訪れる静寂。
「ついて来て下さい」
キルシュはその一言発したのみ、黙々と目的地へと歩を進める。
ハアトが分かった事があるとすれば、キルシュという女は寡黙な者だという事くらいだ。ハアトも饒舌な質ではない。どちらかと言うと静寂を好む。故に、おどおどしく後を追う少女以外、実に有意義な時間が過ぎていた。
「あ、あの・・・キルシュさん」
「はい。なんでしょう・・・と、お名前を聞いておりませんでしたね。それと私も名乗っておりませんでした。私の名前はキルシュ・グリーントルマリン。今後共よろしくお願いします」
「は、はい。私の名前はリーリエ。リーリエ・・・いえ、それだけです」
「俺はハアト。俺もハアトだけだな」
名前に関して何か後ろめたさがあるのか俯いてしまったリーリエとは正反対に、ハアトは己の名を実に簡潔に済ませる。リーリエを気遣ってかは判断つかないが、キルシュは頓着することも無く「そうですか」と一言述べたのみだった。
自己紹介を終えた頃、キルシュが立ち止まる。振り返り、左手にある扉を指し示す。
「こちらがお二人の部屋となります」
「は?」
「え?」
「何か?」
「2人部屋ってこと?」
「そうですが?」
キルシュの言葉を受けハアトとリーリエは期せずして向かい合う。リーリエは実に嫌そうな顔を作った。
「嫌です!」
「主の決めたことですので。それでは」
ハアトに括られた何枚もの紙を押し付けると、仕事は終わったとばかりに足早とその場を去ってしまう。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
リーリエは自分の身体を抱き、警戒心を剥き出しにしてハアトを睨みつけている。宿での一件での前科があるのは否定しないが、そもそもあれはリーリエが騒ぎ出そうとしたのが原因なのだが・・・。
「まあ、よろしくな」
「・・・・・・・」
「はあ」
何を言っても蛇足にしかならないな。
ハアトは前途多難だなとため息を漏らした。
会話劇が苦手な方がいらしたら申し訳ありません。しかし、私としては会話劇は好きなので程ほどにやっていきます。