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結婚するならあなた  作者: 桜庭ミカ
2/6

第2話 俺じゃない誰か



翌朝、目が覚めたとき、菜月はまだ寝ていた。


俺の隣で、布団を胸まで引き上げている。


昨日、美咲と寝た。


その日の夜、菜月と同じベッドで寝た。


文字にすると最低だった。


自覚はある。


だからといって何かが変わるわけでもなかった。


スマホを見る。


午前七時十三分。


通知がいくつか並んでいた。


仕事のメール。


ニュース。


美咲の配信アプリ。


『朝倉美咲さんが配信を終了しました』


終了時刻は午前三時四十八分。


四時近くまでやっていたらしい。


開かなかった。


代わりにLINEを開いた。


美咲との最後のやり取り。


『また会おうね』


『うん』


それだけ。


俺はトーク画面を閉じた。


「……何時?」


菜月が布団の中で言った。


「七時過ぎ」


「早い」


「平日だぞ」


「休みたい」


「俺も」


菜月が目を閉じたまま俺の腕を探して、掴んだ。


「あと五分」


「五分で起きれる?」


「起こして」


「俺も寝るぞ」


「悠真はちゃんとしてるから大丈夫」


「何だよそれ」


「ちゃんとしてる人」


胸の奥に何か刺さった。


「……そうでもないよ」


「ちゃんとしてるよ」


菜月は目を開けなかった。


たぶん深い意味なんてない。


俺はちゃんとしていない。


菜月が知らないだけだ。


五分後、菜月を起こした。


一緒に家を出た。


駅で別れるとき、


「今日どうする?」


と聞かれた。


「何が?」


「夜」


「ああ。特に何もない」


「じゃあご飯食べよ」


「いいよ」


「何食べたい?」


「なんでも」


「一番困るやつ」


「じゃあカレー」


「昨日パスタだったのに?」


「関係なくない?」


「炭水化物ばっか」


「カレーは飲み物だから」


「おじさんみたい」


「うるさい」


菜月が笑う。


「じゃあ仕事頑張って」


「菜月も」


手を振る。


改札の向こうへ消えていく。


俺は反対方向のホームへ向かった。


電車に乗る。


混んでいた。


吊革につかまりながらスマホを見る。


何となくSNSを開く。


何となく。


最近、この「何となく」が多い。


美咲の名前を検索した。


昨日の配信の切り抜きが、もう上がっていた。


タイトル。


『朝倉美咲、東京の男宅から配信!?』


馬鹿みたいなタイトルだった。


投稿しているのは、美咲本人ではない。


ファンが勝手に切り抜いているアカウントだ。


再生数は一万を超えていた。


開く。


音は出さない。


字幕だけ見る。


『今日はね、ちょっと人のお家からやってます』


昨日見た場面。


コメント。


『男?』


『誰の家?』


『蓮くん?』


美咲が笑う。


『違う違う。そういうんじゃないから』


そこで動画が編集されていた。


数秒後。


画面の外から蓮の声。


『水いる?』


美咲。


『いる。ありがと』


大げさな効果音。


画面いっぱいに、


『蓮確定』


という文字。


くだらない。


こんなもの、何の証拠にもならない。


仕事で一緒だった。


そのまま蓮の家で配信した。


それだけ。


美咲自身も、何もないと言っている。


動画を閉じた。


少しして、また開いた。


コメント欄を見る。


『これ付き合ってるだろ』


『付き合ってない男女で家行く?』


『普通に仕事仲間でしょ』


『美咲ちゃんこういう匂わせ多いよね』


『蓮のほうが美咲好きそう』


『いや美咲が蓮好きなんだろ』


知らない人間たちが好き勝手に書いている。


誰一人、美咲のことなんて知らない。


俺は知っている。


二年以上付き合った。


美咲の寝顔を知っている。


機嫌が悪いときの黙り方を知っている。


コンビニで何を買うか知っている。


生理前に甘いものばかり食べることも。


眠くなると声が低くなることも。


本当に怒っているときは逆に笑うことも。


知っている。


昨日だって一緒にいた。


俺の腕の中にいた。


「結婚するなら悠真」


そう言った。


知らない奴らより、俺のほうが美咲を知っている。


それなのに。


『付き合ってない男女で家行く?』


そのコメントだけが頭に残った。


付き合っていない男女で家に行く。


行くだろ。


俺と美咲がそうだ。


付き合っていない。


ホテルに行く。


寝る。


だったら。


美咲と蓮も。


そこまで考えて、スマホを閉じた。


馬鹿らしい。


会社に着く。


仕事を始める。


午前中は忙しかった。


会議が二本。


メール。


資料修正。


昼になって、智也からLINEが来た。


『今日暇?』


『仕事』


『夜』


『彼女と飯』


『リア充死ね』


『お前も彼女作れ』


『紹介しろ』


『いない』


『配信者の元カノに紹介してもらえ』


画面を見たまま止まった。


智也は美咲のことを知っている。


付き合っていた頃、何度か三人で飲んだこともある。


別れたことも知っている。


菜月と付き合い始めたことも知っている。


ただ。


今でも美咲と会っていることは知らない。


少なくとも、俺は言っていない。


『無理』


と返した。


『ケチ』


それで終わった。


午後一時十二分。


美咲からLINE。


『眠い』


俺は仕事中だった。


返さなかった。


一時十九分。


『死ぬほど眠い』


一時二十五分。


猫が机に突っ伏しているスタンプ。


通知だけ見る。


返信しない。


昨日、蓮の家に何時までいたんだ。


そう聞きたかった。


聞いてどうする。


俺には関係ない。


一時四十分。


『無視?』


返信欄を開く。


『仕事中』


送る。


すぐ既読。


『知ってる』


『じゃあ送んな』


『眠いから』


『寝ろよ』


『仕事』


『知らん』


『冷たい』


昨日と同じ泣いている猫。


笑いそうになった。


『昨日何時まで配信してたの』


送信した。


既読。


返事が来るまで二十秒くらい。


その二十秒が妙に長かった。


『4時くらい』


知っている。


『馬鹿じゃん』


『盛り上がった』


『蓮の家?』


送った。


今度は既読がついても返ってこなかった。


十秒。


二十秒。


一分。


仕事をしろ。


画面を伏せた。


震える。


『そうだよ』


それだけ。


嘘をつかなかったことに、少し安心した。


『泊まったの?』


打つ。


送らない。


消す。


『何時に帰った?』


消す。


『二人だった?』


消す。


結局、


『そりゃ眠いわ』


と送った。


『でしょ』


『今日大阪帰るんだっけ』


『明後日』


『まだいるんだ』


『うん』


『今日も仕事?』


『夜ご飯行く』


『誰と』


入力した。


そこで止めた。


消した。


『楽しんで』


送る。


美咲からハートのついたスタンプ。


会話終了。


俺はスマホを机に置いた。


五分後、また見る。


何も来ていない。


当たり前だ。


自分で会話を終わらせた。


それなのに、少し寂しかった。


午後六時。


会社を出る。


菜月と待ち合わせて、駅前のカレー屋に入った。


「ほんとにカレーにしたんだ」


「食いたかったんだろ」


「悠真がね」


「菜月は?」


「私はオムライス食べたかった」


「じゃあ言えよ」


「カレーって言ったとき嬉しそうだったから」


「そんな顔してた?」


「してた」


菜月は俺の顔をよく見ている。


怖いくらい。


「仕事どうだった?」


「普通」


「私は今日ね」


菜月が職場の話をする。


同僚がミスした話。


上司が妙な差し入れを持ってきた話。


後輩が彼氏と別れた話。


俺は聞いていた。


ちゃんと聞いていたつもりだった。


スマホが震えた。


テーブルの上。


画面が光る。


『美咲』


見えた。


俺は反射的にスマホを裏返した。


その動作をしてから気づいた。


菜月が見ている。


「誰?」


「ん?」


「LINE」


「友達」


「女の名前だったけど」


「ああ」


喉が乾いた。


「昔の友達」


「美咲って人?」


「うん」


「私、知ってる?」


「知らないと思う」


嘘ではない。


「大学?」


「いや、昔の知り合い」


元カノ。


その三文字が言えなかった。


「ふーん」


菜月は水を飲んだ。


「何?」


「別に」


その「ふーん」が昨日の俺と同じだった。


「気になる?」


「ちょっと」


「何もないよ」


言った。


美咲が昨日、俺に言った言葉だった。


何もない。


菜月は、


「そっか」


と言った。


それ以上聞かなかった。


信じたのだと思う。


俺はスマホを裏返したままにした。


美咲から何が来たのか気になった。


でも菜月の前では見なかった。


カレーを食べる。


話す。


笑う。


店を出る。


菜月を駅まで送る。


「今日泊まらないの?」


「明日早いから帰る」


「そっか」


「また週末ね」


「うん」


菜月が電車に乗る。


ドアが閉まる。


電車が見えなくなる。


その瞬間。


スマホを取り出した。


美咲。


『今日暇?』


送信時刻は四十分前。


『菜月と飯だった』


送った。


少し迷った。


『どうした?』


追加する。


既読。


『暇だったから』


『飯は?』


『食べた』


『誰と』


今度は送ってしまった。


既読。


『友達』


『男?』


送信。


既読。


返事がない。


心臓が速くなる。


何やってるんだ。


駅のホームで、俺はスマホを握っていた。


一分。


二分。


返信。


『そうだけど』


胃が沈んだ。


『誰』


送る。


『なんで?』


『聞いただけ』


『配信の人』


『蓮?』


既読。


また返ってこない。


電車が来る。


乗る。


吊革につかまる。


スマホを見る。


返信。


『違うよ』


安心した。


自分でも驚くほど。


じゃあ誰だよ。


次にそう思った。


蓮じゃなければいいのか。


違う男ならいいのか。


『誰』


『悠真知らない人』


『二人?』


『うん』


『何してたの』


既読。


しばらくして、


『ご飯食べてただけ』


ご飯。


二人で。


男と。


昨日は蓮の家。


今日は別の男と二人で飯。


『へえ』


送った。


『なに』


『別に』


『またそれ』


『何もないよ』


『怒ってる?』


『なんで俺が怒るんだよ』


『知らない』


『怒ってない』


『そっか』


会話が止まる。


電車の窓に自分の顔が映っている。


ひどい顔だった。


俺には菜月がいる。


さっきまで菜月と二人で飯を食っていた。


美咲からすれば同じだ。


それどころか、俺のほうが悪い。


美咲は独身だ。


誰と飯を食おうが自由。


誰と寝ようが自由。


俺には恋人がいる。


なのに昨日、美咲と寝た。


どう考えても俺のほうが最低だ。


分かっている。


分かっているのに。


スマホを開く。


美咲とのトーク。


『結婚するなら悠真なんだけどね』


昨日の声を思い出す。


あれはどういう意味なんだ。


結婚するなら俺。


でも今日は別の男と飯を食う。


別に矛盾していない。


付き合ってないんだから。


それでも。


俺だけが特別なんじゃなかったのか。


『昨日言ってたやつ』


送った。


『なに?』


『結婚するなら俺って』


既読。


『うん』


『あれ本気?』


少し間。


『本気だよ』


『じゃあ今日の男は?』


送ってから、後悔した。


取り消そうかと思った。


既読がついた。


もう遅い。


美咲から電話がかかってきた。


出る。


「もしもし」


『悠真、何が言いたいの?』


少し怒っている。


「別に」


『別にじゃないじゃん』


「聞いただけ」


『だから何を?』


「その男と何かあんの?」


『ないよ』


「じゃあなんで二人で飯行くの」


『友達だから』


「男友達と二人で?」


『行くでしょ』


「ふーん」


『それやめて』


「何が」


『その言い方』


「じゃあどう言えばいいんだよ」


『知らないよ』


電車の音がうるさい。


俺は次の駅で降りた。


ホームの端へ行く。


「美咲」


『なに』


「俺のこと好き?」


沈黙。


『何急に』


「いいから」


『好きだよ』


「じゃあなんで付き合わないの」


『昨日話したじゃん』


「分かんないんだよ」


『何が?』


「全部」


『全部って?』


「俺に会いに東京まで来るだろ」


『うん』


「金も全部お前が出す」


『それは私が来てるから』


「寝るじゃん」


『……うん』


「好きって言う」


『言うよ』


「結婚するなら俺って言う」


『うん』


「なのに付き合わない」


美咲が黙った。


「で、他の男とは二人で飯行く」


『それは関係ないじゃん』


「分かってるよ」


『じゃあ何?』


「分かんないから聞いてんだよ」


『悠真』


「何」


『私たち、付き合ってないよ』


分かっている。


一番言われたくない言葉だった。


「知ってるよ」


『悠真には菜月ちゃんいるでしょ』


「……いるよ」


『じゃあ私が誰とご飯食べてもよくない?』


「いいよ」


『じゃあ何で怒ってるの?』


「怒ってない」


『怒ってるじゃん』


「だから」


言葉が出ない。


美咲が小さく息を吐いた。


『悠真はどうしたいの?』


「……分からん」


『私と付き合いたい?』


「付き合えるなら」


『菜月ちゃんは?』


答えられなかった。


最低だった。


本当に。


『ほら』


美咲が言った。


「何がほらだよ」


『悠真だって分かんないんじゃん』


「……」


『私も分かんないよ』


初めてだった。


美咲がそんなことを言ったのは。


いつも美咲は、


付き合わない。


でも好き。


結婚するなら悠真。


そうやって、自分の気持ちを全部分かっているみたいに話していた。


「何が分かんないの」


『全部』


さっき俺が言ったのと同じだった。


『悠真といるの好きだよ』


「うん」


『東京行ったら会いたいし』


「うん」


『一緒に寝るのも好き』


「うん」


『でも付き合ったら、また同じになると思う』


「何が」


『しんどくなる』


「誰が?」


『二人とも』


ホームに電車が入ってきた。


風が吹く。


『今くらいがいいの』


「俺はよくない」


言ってしまった。


美咲が黙った。


「……ごめん」


『何で謝るの』


「知らん」


『悠真』


「ん」


『今日の人、本当に何もないよ』


「……うん」


『蓮くんも』


「うん」


『信じてない?』


「信じるよ」


嘘だった。


『そっか』


「うん」


『じゃあ切るね』


「おう」


『おやすみ』


「おやすみ」


電話が切れた。


俺はホームのベンチに座った。


次の電車を一本見送った。


スマホを見る。


美咲との通話。


十二分四十七秒。


たったそれだけの電話で、疲れ切っていた。


でも。


少し安心していた。


今日の男とは何もない。


蓮とも何もない。


美咲がそう言った。


信じればいい。


信じたいなら信じればいい。


簡単な話だ。


帰宅した。


シャワーを浴びる。


ベッドに入る。


眠れない。


午前零時を過ぎる。


美咲のSNSを見る。


新しい投稿。


東京の夜景。


『東京たのしい』


写真には美咲しか写っていない。


誰が撮ったんだろう。


考える。


やめる。


コメントを見る。


『彼氏に撮ってもらった?』


美咲が返信していた。


『彼氏いません笑』


安心する。


馬鹿みたいだ。


その下。


『じゃあ撮影者は?』


返信なし。


また考える。


やめる。


スマホを置く。


五分後、拾う。


桐谷蓮のSNSを見る。


フォローしていない。


でも名前は覚えている。


今日の投稿。


『東京帰ってきたー』


写真。


駅。


時刻は夕方。


昨日、美咲と一緒だった。


今日は別行動だったらしい。


安心する。


また馬鹿みたいだと思う。


蓮の投稿を遡る。


美咲との写真。


先週。


二週間前。


一か月前。


多い。


仕事だから。


配信者同士だから。


そういうものだ。


一か月前の写真。


二人で居酒屋。


コメント。


『デート?』


蓮の返信。


『仕事です笑』


二か月前。


美咲の誕生日。


蓮が、


『おめでとう。また飲も』


と書いている。


美咲。


『ありがとー!絶対ね』


普通だ。


全部普通。


何一つ証拠なんてない。


三か月前。


美咲が東京に来ていた時期。


俺と会った二日後。


蓮の投稿。


写真は料理だけ。


『久々に朝まで飲んだ』


美咲がいいねしている。


それだけ。


俺は画面を見つめた。


三か月前。


美咲は俺と会った。


ホテルに泊まった。


二日後。


蓮は朝まで誰かと飲んだ。


美咲がその投稿にいいねした。


だから何だ。


何の関係もない。


証拠なんてない。


俺が勝手に線を引いているだけだ。


点と点を見つけて。


勝手につないで。


そこに自分が一番傷つく絵を描いている。


分かっている。


それでも指が止まらなかった。


美咲の過去の投稿。


蓮の過去の投稿。


二人の配信予定。


東京に来た日。


大阪へ帰った日。


照らし合わせる。


気づいたら午前二時だった。


何をやってるんだ。


スマホを投げた。


目を閉じる。


眠れない。


「結婚するなら、悠真」


思い出す。


「特別だよ」


思い出す。


「好きだよ」


思い出す。


その言葉を信じたい。


でも信じた瞬間、


じゃあ、あの男は誰なんだ。


別の疑問が出てくる。


美咲が嘘をついているのか。


俺が疑いすぎているのか。


どちらなのか分からない。


たぶん。


本当に欲しいのは、


「何もないよ」


という美咲の言葉じゃない。


蓮と何もないという証拠でもない。


他の男と寝ていないという保証でもない。


俺が欲しいのは、もっと単純なものだった。


俺だけ。


その一言。


美咲の中で。


男として。


俺だけが特別。


そう言ってほしい。


でも。


もし美咲が明日そう言ったとして。


俺は信じられるんだろうか。


スマホが震えた。


午前二時十一分。


美咲。


『起きてる?』


数秒見つめた。


返信する。


『起きてる』


すぐ電話が来た。


「もしもし」


『寝れない』


声が低い。


眠いときの美咲の声。


知っている声。


「俺も」


『なんで?』


お前のせいだよ。


そう言いかけた。


「知らん」


『ふーん』


「その言い方やめろ」


『悠真も言うじゃん』


「そうだった」


美咲が小さく笑った。


『ねえ』


「ん?」


『次いつ会える?』


胸が鳴った。


さっきまで二時間。


俺はこの女を疑っていた。


SNSを遡って。


男との関係を探して。


勝手に傷ついて。


もうやめようと思っていた。


なのに。


「いつでも」


と答えそうになった。


少しだけ我慢した。


「分かんない。仕事次第」


『そっか』


「また東京来るの?」


『うん』


「いつ?」


『まだ決めてない』


「決まったら言って」


『うん』


沈黙。


『悠真』


「何」


『好きだよ』


まただ。


たった四文字。


それだけで。


二時間かけて作った疑いが、全部どうでもよくなる。


「……俺も」


言ってから。


菜月の顔が浮かんだ。


電話の向こうで美咲が笑った。


『じゃあ寝る』


「何だよそれ」


『言いたかっただけ』


「迷惑」


『嬉しかったくせに』


「寝ろ」


『おやすみ』


「おやすみ」


電話が切れる。


俺は暗い天井を見た。


美咲は俺を好きだ。


たぶん。


俺も美咲が好きだ。


たぶんじゃない。


だったら、何が問題なんだろう。


俺たちはもう恋人じゃない。


俺には恋人がいる。


美咲には、俺の知らない男たちがいる。


それでも、


好きだと言う。


会いたいと言う。


結婚するなら俺だと言う。


こんな関係に名前なんてない。


名前がないから、ルールもない。


ルールがないから、裏切りもない。


裏切りじゃないから、怒る資格もない。


だから。


俺は何度でも自分に言うしかなかった。


美咲が誰といても。


誰と飯を食っても。


誰の家で配信しても。


俺には関係ない。


関係ない。


関係ない。


そう思いながら。


翌朝目を覚まして最初にしたことは、


美咲のSNSを確認することだった。

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