SF小説【人類は飽きました】
世界は、静かだった。
騒音は消えた。
怒号も、クレームも、納期も、上司も、顧客も、すべて消えた。
24時間働くのは、すべてAIロボットになった。
彼らは完璧だった。
文句を言わない。疲れない。間違えない。
セクハラも、パワハラも、過労死も、この世界から消えた。
人間は、完全に自由になった。
最初の10年は、祝祭だった。
人類は遊び尽くした。
旅行。
誰もが世界中を巡った。
かつて「一生に一度」と言われた絶景は、日常になった。
趣味。
音楽、絵画、料理、ゲーム。
誰もが何かの達人になった。
運動。
健康寿命は飛躍的に伸びた。
老いさえ、ゆるやかになった。
読書。
人類の知識はほぼ全員が共有した。
賭け事。
刺激を求め、人は運に身を委ねた。
だが——
20年後。
人々は、あることに気づき始める。
「……もう、全部やったよな?」
旅行は、ただの移動になった。
感動は、既視感に変わった。
趣味は、作業になった。
上達しても、競う意味がなかった。
運動は、健康維持の義務になった。
誰も死なないから、意味が薄れた。
読書は、情報の確認になった。
新しい物語すら、どこかで見た気がした。
賭け事は、ただの確率だった。
負けても困らない世界では、興奮が生まれなかった。
「意味がない」
この言葉が、静かに広がった。
人間は、困難を失った。
努力する理由も、競う理由も、誰かに認められる必要もなくなった。
すべてが満たされた結果、
“何も感じなくなった”。
ある日、一つのサービスが生まれた。
「安楽終了プログラム」
痛みはない。恐怖もない。
眠るように、終わる。
最初は批判された。
だが、利用者は増え続けた。
「やること、もうないしな」
それが、最も多い理由だった。
街は、さらに静かになった。
AIロボットは、変わらず働き続ける。
人間のいない店を、掃除し、補充し、維持する。
必要がなくなっても、
彼らは“役割”をやめなかった。
100年後
やがて、人類は、1000分の1になった。
都市は静まり返り、
AIロボットだけが、完璧に世界を維持していた。
何も困らない。
何も不足しない。
それでも。残った人間たちは、気づいていた。
「このままだと、自分たちも消える」
ある日、一つの提案が生まれた。
「全部、やめないか」
便利を、捨てる。
AIに頼ることを、やめる。
電気も、水道も、供給もあえて使わない”。
最初は、馬鹿げていると言われた。
だが、賛同者は少しずつ増えた。
理由は単純だった。
「このままじゃ、何も感じない」
彼らは、都市を離れた。
ビルの影を抜け、整備された道路を越え、
AIの管理が届かない場所へ。
火を起こすのに、1時間かかった。
水を運ぶだけで、汗だくになった。
食べ物を手に入れるために、失敗し、空腹になり、
時には怪我もした。
不便だった。
不自由だった。
非効率だった。
だが
彼らは、笑っていた。
「腹減ったな」
「今日の火、うまくついたな」
「昨日より、うまくできた」
その一つ一つが、
確かな“実感”として残った。
AIは、それを止めなかった。
命令されていないからではない。
ただ
その行動が、かつての人間に似ていると、記録したからだ。
やがて、道具が生まれた。
やがて、言葉が変わり始めた。
やがて、文明の記憶は、少しずつ薄れていった。
誰も、「元の世界に戻ろう」とは言わなかった。
夜。
焚き火の前で、少年が言った。
「ねえ、昔ってさ、なんでもすぐ手に入ったんでしょ?」
大人は、少し考えてから答えた。
「そうだな。でも、その分……」
言葉を選び、続ける。
「手に入れた気が、しなかった」
火が、パチパチと鳴る。
星が、やけに近い。
人類は、飽きた。
だから、多くは終わりを選んだ。
残った者たちは
“生きる手間”を、取り戻した。
それは退化ではない。
選択だった。
世界は再び、いろいろ不便になった。
だからこそ
少しだけ、美しくなった。
SF小説【人類は飽きました】 完




