悪女系の定番
夜の舞踏会に向けて、家の中はみんな支度でばたばたと忙しかった。
かくいう私も、ドレスだのメイクだので気づけば一時間は軽く過ぎていた。
私の後ろでは、メイドたちが私を着飾るのに必死だ。
「オリビア様。ネックレスなのですが、サファイアかルビー、もしくはパールにいたしましょうか。深緑のドレスですから無難にパールでしょうか。でも自然を思わせるサファイアも……いえ、対比としてルビーも……本来ネックレスとは――」
ミラの話が終わりそうにないので、横から口を挟む。
「無難にパールでいいんじゃない?」
「わかりました! パールにしましょう!」
ミラが私にネックレスをつけてくれる。
鏡に映るオリビアは、やっぱり綺麗だった。端正な顔立ちに、深緑のドレスがよく映える。
私が男だったら真っ先に狙うわ、これは。
「オリビア様、とっても素敵です! きっとユリウス様も褒めてくださいます!」
ユリウス。
セリシア公爵家の長男で、オリビアの婚約者だった男だ。
彼に一目ぼれしたオリビアが無理を言って婚約にこぎつけた。
本来、侯爵家から公爵家へ婚約の申し入れなどできる立場ではない。
けれど“聖女”となれば話は別だ。
聖女は、厄災が現れたときにそれを祓う力を持つ存在。
聖女の血筋は貴族にとって価値が高い。
そのため、聖女の子孫であるオリビアには、それだけの“特別”があった。
「今日は誰にエスコートしてもらう予定ですか? やっぱりいつも通りファビアン兄さん?」
ミラがにやにやしながら聞いてくる。
「いいえ、今日はユリウス様がエスコートのために来るそうですよ。セリシア公爵家のパーティーですし、大切なことを伝えたいとか」
「大切なこと?」
「はい。ユリウス様がそう仰っていたそうです」
大切なこと……何かあったかしら。
思い出そうとしても、どうしても思い出せない。
まあ、なんとかなるでしょ。
一時間後、ユリウスがフェルセン侯爵家に迎えに来た。
「オリビア、迎えに来たよ」
そう言って、彼は手を差し出す。
「ありがとうございます、ユリウス」
私はちょこんとその手を取る。
ユリウスは馬車まで丁寧に案内してくれる。
……こういうときの“淑女扱い”だけは完璧なのよね。
外面だけは。
馬車の扉が閉まると、ユリウスはすぐに私の手を放した。
そして向かいの席に座ると、つないでいた手をハンカチで拭う。
「今日はいっぱい質問してこないんですね」
「ええ、今日は特に気になるところがないので」
手を拭うってことは……私が汚いとでも言いたいのかしら。
やっぱりこの男、嫌い。
馬車は静かに公爵家へと走り出した。
やがて馬車が止まり、公爵家に到着した。
扉が開くと、夜の冷たい空気が肌を撫でる。
けれど胸のあたりのほうが、もっと冷えていた。
ユリウスが手を差し出すが、私はそれを無視して自分でドレスの裾を上げ、静かに降り立った。
会場の入り口からは、煌びやかな光と笑い声が溢れ出している。
そして、舞踏会の中盤。
ユリウスは皆の前に立ち、淡々と言った。
「この場を借りて――フェルセン侯爵令嬢オリビア様との婚約を、ここに解消する」




