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第4話

 ケインは眼差しを逸らさぬまま、わきわきと指を蠢かせながら間合いを詰めてくるバンギッシュへと問いかけた。


「それでテルヲ長。魔道具収集の依頼と言っても仔細が分からなければ、ディライト君もどうしようもないと思いますが」

「おい待てよ。俺は受けるなんて、一言もいってないけど」

「それもそうじゃの。では――」

「爺」


 ピシャリ。

 なし崩しに事を運ぼうとしたバンギッシュを制するように、ディライトの鋭い一声が場を裂いた。

 彼はソファに身を沈め、右腕を背もたれ越しにだらりと投げ出している。

 だが、その視線は確かにバンギッシュを射抜き、真剣な色を帯びた表情が場を引き締めていた。


「依頼とやらを受けてやってもいい。でも1つ、条件がある」

「何じゃ」

()()()()俺をランク5に上げろ。報酬はそれ以外いらない」


 傍若無人――。

 傍らでやり取りを聞いていたケインは、思わずそう評した。

 〈冒極〉とは、ただの営利団体ではない。

 この国の根幹を支える組織の1つであり、国中の都市に支部を構える巨大組織だ。各支部には支部長が置かれ、その数は十数名に及ぶ。組織全体の規模からすれば少数派だが、位階としては最上層に位置する。

 そして、その支部長たちを束ねる存在こそが――ギルド長。〈冒極〉ひいては、全冒険者の頂点に立つ人物である。

 そのギルド長を前にして、存外な物言い。

 あまつさえ、直々の依頼を口実にランク昇格を狙うとは……。

 副長(サブマスター)が聞けば激昂しかねない無礼さに、普段ならケインも同調していただろう。

 だが今は違った。

 実際にその言葉を耳にし、目の前で交わされる空気を肌で感じたからこそ――支部長としての立場にありながら、ケインはディライトを咎めることができなかったのだ。

 そこにあったのは怒りだった。

 いつもの飄々とした態度は消え、言葉の奥底には純然たる憤怒が燃えていた。

 二人の間に横たわる確執は、もはや疑いようもない。

 そして、その憤りを当然のものとして受け止めるバンギッシュを前に、ケインはとうとう沈黙するしかなかった。


「安心せい、最初(ハナ)からそのつもりじゃて。ランク4(他の者)もそれを条件に依頼を受けとる」

「おいおいランク5のバーゲンセールじゃん。いつからそんな安くなったわけ?」

「たわけ。魔道具を最も多く集めた者、昇格はただ一人その者だけじゃ」

「仲間内で競争かよ、えげつないね」

「嫌か?」

「まさか、むしろ燃え――――待て、最も多く?」


 バンギッシュの言葉に、ディライトは思わず引っかかりを覚えた。

 〈冒極〉におけるランク4――その人数は十にも満たず、ランク5に迫るほどの昇格難易度を誇る。

 つまり、ランク4に昇格した者たちは皆、研ぎ澄まされた才を有し、一線級の実力者である。ゆえに、魔道具収集が熾烈な争いになることは疑いようがなかった。

 だが、それは前提があってこそだ。

 魔匠が手がけた魔道具の数は、せいぜい片手、いや多くても両手の指に収まる程度――ディライトはそう踏んでいた。

 しかし、バンギッシュが放った言葉――「最も多く集めた者」。

 その一言が示すのは、魔匠の手から世に放たれた魔道具が膨大な数にのぼるという可能性だ。

 もし、収集すべき魔道具の数が予想を遥かに上回るのなら。

 しかも、それぞれが【変幻自在の雫】に匹敵する性能を秘め、尋常ならざる数で国中に散在しているのなら――。

 ディライトの表情が揺らぐ。

 その変化を見逃さなかったバンギッシュは、口の端を吊り上げ、ニヤリと笑みを浮かべながら声高に宣言した。


「緊急依頼じゃ! かの魔匠が産み落とした()()()点もの魔道具が世にバラ撒かれよった。厄介な事に、そのどれもがこの国に散らばっとる。何故大多数がこの国にあるのか、目的や搬入経路全て不明。じゃが放っておけば間違いなく、数多の問題を引き起こすに違いない。依頼達成の条件は、四十九点の魔道具を全て回収、もしくは悪用されないよう破壊することじゃ」

「それは国難って言うんだよ、爺」

「だからランク5昇格が報酬じゃといってるじゃろ。それとこの件は、全ギルドにも通達がいっとる」

「は? 合同? それも聞いてないよ」

「私はもう、ディライト君の伝達係はしませんからね」


 バンギッシュの語った依頼内容は――まさしく国の存続すら揺るがす、緊急中の緊急。

 他の何よりも優先されるべき重大事だった。

 事態がディライトの予想を遥かに超えていることは明白だ。

 それでもバンギッシュはもちろん、ケインまでが妙に冷静でいられるのは、支部長としてすでに依頼の全容を把握していたからに違いない。

 ディライトの避難に、当のケインはまるで納得がいかない様子だった。

 突然訪れるギルド長。

 話を一切聞かないランク4。

 ――結局、組織の上層部の無茶振りに振り回されるのは、いつも下の者たちなのだ。

 だからこそケインは、心の内で固く誓う。

 自分だけは絶対、部下に余計な負担を背負わせまい――と。

 そんな決意を胸に秘めるケインを横目に、ディライトは心底うんざりしたように深い溜息を吐いた。


「ってことは他のギルド連中とかち合うことがあるんでしょ。うーわ、めっちゃ嫌。俺降りていい?」

「駄目に決まっているでしょう。それに今回の件は、箝口令を敷かれていますからね。いくらディライト君といえど、そう簡単には抜けられませんよ」


 だからこそ、支部長を含むランク4以上にしか知らされていないんですよ、とケインは眼鏡の縁を指でクイッと押し上げながら、淡々と話を続けた。

 確かに、組織全体に通達すれば魔道具の回収速度は飛躍的に上がるだろう。

 だが一方で――もしも邪な思惑を抱く者が情報を掴めば、凶行に及ぶ危険もある。

 ゆえに、そう軽々しく触れ回るわけにはいかない。

 ランク4といえど、その原則から逃れられるわけではなかった。

 だが、ディライトにとってそんな理屈は些末なものにすぎない。

 ケインのもっともらしい指摘が癪に障ったのか、彼は掛けていた薄暗い黒眼鏡(サングラス)の縁に指をかけ――ケインと同じ仕草を、わざとらしくなぞってみせた。


「ほんっと典型的な組織人って感じだよね、ケインは。だから裏で部下に陰口言われんだよ」

「なっ……陰口なんて……! 私は部下に嫌われてなどいない!」

「そこまで言ってないよ」

「まあ、ディよ。ここまではギルドの長として、ここからは一冒険者として言わせてもらうが――これに一枚噛まんなど、冒険者として失格じゃぞ」


 挑発めいたバンギッシュの物言いに、ディライトは鼻で笑って返した。

 なんだかんだと口では言いながらも――【変幻自在の雫】を目にしたその瞬間から、すでに彼の冒険心(こころ)は抗いがたく惹きつけられていたのだ。


「誰に向かって物言ってんだよ爺。冒険しない冒険者なんてクソ喰らえ、だろ?」

「分かっとるならええんじゃ。では、そろそろ儂は行くでの。後は頼んだぞ」

「わざわざ辺鄙な町にまで来て、用件は焚きつける(それ)だけかよ」

「儂は多忙なんじゃ。魔道具収集はお主に任せる」


 そう言うが早いか、バンギッシュはソファから立ち上がり、懐から鉄製の丸い物体を取り出した。

 よく目を凝らせば――それは、ドアの開閉に用いられる部品、ドアノブである。

 彼はそれを片手に握りしめ、宙へ突き出すと、鍵を解くかのようにひねった。

 その瞬間、虚空に人ひとりが通れるほどの扉が、唐突に現れる。

 【記憶する取手(メモリードアノブ)】。

 半径十キロ以内の任意の場所を三箇所まで記憶し、従来のドアノブ同様に扱うことで扉を生じさせる。

 その扉をくぐれば、指定の場所へと自由に往来できる――利便性に特化した魔道具である。

 迷宮から発掘されたというが、少なくともディライトはバンギッシュ以外の所有者を見たことがない。

 その希少性の高さは、まさに垂涎の一品と呼ぶにふさわしかった。


「それではの!」

 

 扉を開け放つと同時に、バンギッシュは一歩、先へと身を踏み入れた。

 扉の向こうには、ただ三人が滞在していた同じ部屋の壁が映し出されているだけ。

 だが境界を越えた彼の身体は、水面に沈む影のように揺らぎ、空中へと溶けて消えていった。

 やがて完全にその姿が掻き消えると、数秒の静寂を挟み――扉もまた、最初から存在しなかったかのように跡形なく消失する。

 取り残された二人。

 室内に静寂が落ちる中、最初に口を開いたのはケインだった。


「辺鄙で悪かったですね」

「褒め言葉だよ。休暇には最適でしょ」

「物はいいようですね」


 肩を竦めたケインを前に、ディライトは勢いよくソファから立ち上がった。

 大きく伸びをひとつ――空気を払うように身をほぐすと、彼はその場で最も必要とされる言葉を口にした。

 

「とりあえずさ――飯行かない?」

「賛成です」


 嵐のように去っていったバンギッシュ――。

 その余韻の中で、ディライトはふと嵐が訪れる前、自分が何をしていたのかを思い出す。

 そうだ、結局〈鈴々亭〉で満足に食事をとることができなかったのだ。

 腹が減っていては、魔道具集めに精も出せない。

 ディライトの提案に、ケインも苦笑しながら同意した。

 こうして二人は、まず空腹を満たすことから始めるのだった。

次話から毎日19:00投稿になります。

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