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第9話

 背後で生じた違和感。

 その違和の正体を確かめようと、ディライトは即座に振り返る。

 魔法を使えぬ者であっても、大なり小なり人間は魔力を宿している。

 ディライトもケインも当然その力を有しており、鍛えた感覚によって揺らぎを感知できるのだ。

 そして――その揺らぎは、コイコイから発せられていた。

 倒れ伏していたはずのコイコイが突如として痙攣し、藻掻き苦しんだかと思うと――次の瞬間には、完全に動きを止めていた。


「……なんですか?」

「おい、大丈夫か」


 突如の異変に、ケインは訝しげな目を向け、ディライトも声を投げかけた。

 だが二人がコイコイへ歩み寄ることはない。むしろ数歩、後退して距離を取った。

 ――依然として魔力の揺らぎが収まらず、地鳴りのように膨れ上がっていたからだ。

 互いに次の一手を打てず、場を沈黙が数秒支配する。

 最初に動いたのは、コイコイだった。

 いや――正確には、コイコイが身につけた()()()の方だ。

 象を模した長鼻が独りでに動き、先端を持ち上げる。

 まるで辺りを伺う獣のように鼻をひくつかせ、しばし空気を嗅ぎ回った。

 やがて、鼻先はゆっくりとコイコイ本人へと向く。

 次の瞬間――。

 象の鼻が膨張し、凄まじい吸引力でコイコイの足を呑み込んだ。


「な、やめ――っ!」


 叫びも虚しく、鼻はじわじわと全身を呑み込み、ついにその姿を完全に消し去った。

 直後、膨れ上がっていた鼻はみるみる縮み、人の頭ほどの大きさへと収束する。

 そして――不気味な沈黙の中で、その動きを止めた。

 

「これは一体――」

 

 到底理解の及ばぬ光景に、ケインは固唾を飲んだ。

 魔道具が人間を吸い込むなど聞いたこともない。実際に目の前で起こった悍ましい出来事を、はいそうですかと受け入れられるはずがない。脳が異常を理解することそのものを拒んでいた。

 だが、人間を吸収した正体不明の魔道具と対峙する状況が危機的であることくらいは、支部長に至るまでに経験を積んだケインでなくとも分かる。

 逃走はない。〈冒極〉の名の下、ペルニット町の治安を守る者が、その選択肢を選んではならない。

 前進か、維持か。取り得る手は多くない。

 こうした局面では、常に最高位の者が舵を取るものだ。

 ギルドランクの上であるディライトに判断を仰ごうとしたケインの行動は、普段であれば誤りではない。

 ――だが、未知との遭遇で後手に回ること自体が誤りだった。

 既にディライトは、いつの間にか片手に漆黒の銃器を構え、ためらいなく()()()()()()()()()

 直後、轟音とともにケインの身体を衝撃が貫いた。


「ッぐ――!」

「ケイン!」


 正体不明の衝撃を受け、ケインの身体が真後ろへと吹き飛ぶ。

 そのまま路地に積まれていた木箱へ突っ込み、ガシャァンッ――激しい破砕音とともに積み上げられた木箱が崩れ、雪崩のようにケインを覆い隠した。

 安否を確かめたい――だが、ディライトにその余裕はなかった。

 彼自身もまた、同じ攻撃の標的となっていたからだ。

 直撃の直前に辛うじて掻き消しはしたものの、それは目で追えるぎりぎりの速度だった。

 右手に漆黒の銃器を構え、ディライトは正面を射抜く。

 その視線の先で、新たな異変が生じていた。

 眼前の空間が、わずかに歪んでいる。

 面全体ではなく、視界の一角――球状の範囲だけが揺らぎ、景色の輪郭を朧にしていた。


 次の瞬間、その歪みが弾丸のような速度で迫る。

 まるで空気をまとった弾丸のごとく、目にも留まらぬ勢いでディライトへと撃ち込まれた。

 迎え撃つように、銃口を向けて引き金を引く。

 鉛玉が飛び出すわけではない。だが、その動作に呼応するかのように、迫りくる空気弾は掻き消えた。

 空中に漂う魔力の残滓――それが魔法攻撃であることを物語っている。

 そしてもし、それが単発の魔法にすぎないのなら――ディライト、ひいては彼の手に握られた()()の前では無力も同然だった。

 銃を構えたまま、険しい眼差しを前方へ。

 その視線の先に浮かんでいたのは――物体とも生命とも判じがたい、正体不明の存在だった。

 

「何その魔道具キッショ」

『Zuuuruuuuuッ!』


 最初に目を奪うのは、異様なまでに肥大化した顔面だった。

 顔だけが空中に顕現し、滞空することで、その異質さを存分に誇示している。

 不気味な光を帯びた眼球は飛び出さんばかりに浮き出し、2つの眼の中央にはさらに異様な部位があった。

 ――膨らんだ顔面に比例するように肥大化した、象の鼻。

 その先端はディライトへと向けられ、まるで砲台のごとく固定されていた。

 突如、コイコイと融合した魔道具――否、魔法生物が鼻から大きく息を吸い込む。

 みるみるうちに鼻腔が膨張し、幼子ひとりを飲み込めるほどの容積にまで膨れ上がった。

 破裂寸前まで空気を詰め込んだのは一瞬のこと。

 吐き出されたのは、空気の奔流。

 それはひとつの弾丸となり、ディライトを粉砕せんと射出された。

 だが、結果は同じ。

 ディライトが引き金を引いた瞬間、迫りくる空気弾は三度、跡形もなく霧散する。

 思い通りにいかないことに、魔法生物は鼻息を荒くして威嚇する。

 一方、対峙するディライトの胸中には――醜悪、生理的嫌悪、吐き気を催す拒絶感情が渦巻いていた。

 

 だが、その全てを上回る感情があった。


 ――キッショいなぁ。


 それは怒りだった。

 ただ醜悪さに向けた嫌悪ではない。

 コイコイを吸収した成れの果てに対して抱く憐憫でもない。


 ――やり方がさぁ。マジでキッショいなぁ。


 魔道具をコイコイに与え、裏から糸を引く存在。

 オールバックを特徴とする謎の男。

 【変幻自在の雫】を狙うという行為は、〈冒極〉ひいては国そのものに喧嘩を売るものだ。

 無謀極まりない行為ではあるが、まだ理解できる。だが、自らは安全圏に身を置き、コイコイらを捨て駒にして動かす。

 その卑劣さが、ディライトは死ぬほど気に入らなかった。

 動きを見せぬディライトを前に、魔法生物は鼻を再び膨らませる。

 今度は二発、連続で空気弾を射出。

 しかし――やはり結果は変わらない。

 勢いよく迸った空気弾は、ディライトへと届く前に掻き消えた。


「安心しなよ、ちゃんと殺してやる。俺の経験上、お前みたいになったらまず助からない。だから――」


 それは殺意というより、諦念に近かった。

 幾多の冒険を潜り抜けてきた中で、ディライトは似た光景を何度も目にしている。

 人間を媒体にして生まれた“何か”――その触媒となった者が助かったためしはない。

 もしコイコイを救える道があるとすれば、ただ一つ。

 この異形へと変じた存在から解き放ってやることだけだ。

 ディライトは静かに銃口を持ち上げ、その黒き先端を魔法生物へと定めた。


「M字ハゲオールバック野郎には、必ずケジメをつけさせる」


 静かな怒りと確かな決意を込めて、ディライトは引き金を引いた。

次話は明日22:30投稿です!

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