時計
時計、時間を計るために製作された道具だ。
誰もを平等に、一歩一歩と未来へ推し進める。
そこに差はないのだ。
パチ、パチと木と木がぶつかる冷たい音が響く。
その音は鳴ったかというと止まり、止まったかと思うと動く。
ふと手が止まる。
そして大きなため息とともに本を置いて腕を組んでしまった。
先日、将棋でまともに相手にならなかったおじいさん、それを思い出す。
(人が安らかに逝けるために、)
今の目標、というか指針はそれだけだ。
首を切られた人は魂が抜け出てしまう。
死んだ時点で魂から記憶は失われると聞いた時は取り乱したものだ。
今はもうそういうものかと受け入れている、というよりかは諦めがついた。
死んだ人は取り返しがつかない、言い残した事はやり直しがきかない、覆水盆に返らず、後のまつり。
そこまで考えてから自分が頭を抱えていることに気づく。
紙を手で千切ったような音、心臓が脈を打つ。
一度息を吸って吐き、部屋の隅に置いてある、自分には不格好なほどに立派な、大鎌を意識する。
黒を基調とした無駄な装飾のないそれは、仕事にまじめで拘りを持っているように見えた。
蝋燭を見やるとまだ少し蝋は残っているように見えたが立ち上がる。
別にそこまで早く行く必要もないのだが、そう、その人のやり残したことを死神だけでも覚えるために向かうのだ。
木の音は鳴り止んでいるはずだが、その散発的な音は妙に頭の中に残るままであった。
そしてその部屋には時計は置いていなかった。
彼女は仕事のための時計しかもっていなかったのである。