将棋
パチパチと音がする。
萎びたその手は迷いなく動いていく。
「詰みだ」
一体何処にそんな力強さが残っているのだろうか。
「参りました」
かれこれ2時間はこうしているだろうか、全くここまで頭が動くのであれば自分は必要ないのではなかろうか、とも思ってしまう。
全くこのお爺さんはいささか強すぎる。
冷たい木の感触が実感を伴って私に現実を伝える。
命乞いも何もなく、ただ淡々と将棋を指すだなんて中々珍しい。
一手目は決まっている。
飛車か角か、私は角筋を通している。
そちらの方がより可能性が多いから好みだ。
相手は飛車が好みなようで、意固地にも変えることはないようだ。
ふと目を覗き込んでみる。
真っ黒なその目の中には自分の姿しか捉えることが出来なかった。
「本当にこんなことでいいんですか?」
無視された。
全く初心者をボコボコにして何が楽しいのやら、どうせならもう少し後に来るのだった、と思いながらふと時計を見やる。
正確な時間は知らせないことになっているが、恐らく途中で終わってしまうだろう。
しかし速く打つことはお互い望んでいないだろうことも分かっていた。
しょうがなく真面目に打つことにした。
穴熊…また尖った囲い方をする。少しらしいな、とも思った。
私は美濃だ。というかそれしか手順を知らないのでしょうがない。
次のために少しばかり勉強をしてみようかとも思う。
「好きな駒はありますか?」
「香車」
盤外戦術を仕掛けてみると、食いついた。
珍しいなと思いつつさらに聞いてみる。
「なぜ?」
返事が返ってこない…悲しい。
理由はあるけど話したくないのか、理由なんてないのか、会話が面倒なのか。
最後の考えを頭を振って追い出し、そして桂馬に両取りをされているのに気づいて舌を打つ。
思いっきり顔を顰めてやると少し顔を歪めたように見えた。
…性格の悪い。
そしておもむろに立ち上がるといつもの鎌を取り出す。
「最後に何かある?」
「有難う。」
言えるじゃないか、と思いながら鎌を振るう。
少し鎌が軽いような気がした。