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リア充の帰宅物語  作者: 絶望的メガネ
第一章 村と魔物と眼
9/13

弱者の本気

10年前くらいの事だろうか。

俺、アラヴァルは学校でよくいじめの対象になっていた。最初は耐えられる内容だったのを覚えている。

宿題を隠されたり、靴に落書きされたり、教科書を隠されたり。

俺の弱々しい態度が気に食わなかったのだろう。

いじめの首魁がいるのではなく多くのエルフから差別されていた。


そんなでもめげずに頑張ってこれたのは憧れの存在のおかげだった。

エルフ傭兵団、エルフの屈強で勇敢な戦士達が集まる最強の集団。

いつかここに入ってみんなを守りたいとそう思っていたからこそ、俺はいじめに耐えられた。


だが何の反応も無い俺に段々と周りは腹が立ってきたらしくいじめは更に残酷なものへとエスカレートしていった。

俺が父からプレゼントされ何よりも大切な剣を勝手に使われ刃をボロボロにされたり、教科書を捨てられたり、机に罵詈雑言を落書きされたり。

次第に俺の心は折れていき塞ぎ込むようになってしまった。


そんな状況でも俺の心の救いは傭兵団にある。どんなときでも心を癒し、自らに勇気を与えてくれる存在は傭兵団だったのだ。

ここに入ってみせると本気で決意したのはここらへんだっただろう。

そして数年後、俺は念願の傭兵団に入ることができた。

厳密には訓練生だが細かいことは良いだろう。

だがそこでも友達はおろか話すエルフすら出来ない孤立状態に陥ってしまったのだ。

次第に心もボロボロに傷つき、気づけば顔に笑顔が宿ることは無くなっていた。

あんなに憧れていた傭兵団は今では真っ暗な絶望の延長戦である。


そんなとき俺と同じ寮に住む者が現れた。

しかもその者は外から来た人間だと言う。

普通のエルフなら人間を恐れすぐに拒否申請を出すだろう。

でも俺は違った。これが転機だとそう思ったんだ。だからこそ声をかける勇気があった。

同じ寮になった人間は俺を差別せず普通に接してくれたんだ。

まだ短い付き合いだが俺はそこでこれまで人生で失った数々を取り返すことができた。

そんな気がした。


だからこそ俺はこんなところで死ねない。負けることは出来ない。

これまで本気を出してこなかった訳じゃない。でも本気を出してなにかを取り組むことに俺は恐怖していたのは確かだ。そのうち“やればできる”って自分を信じるためにわざと力を抜いて来たときもあったのかもしれない。何もかも人の責任にして何もかもを投げ出すこともあった。

これまで逃げてきたことへと贖罪のように。

“やればできる”を証明する。

全てを失くした俺が全てを取り返すために。


ーーー


「貴様で終わりですね」


仮面からはみ出した黄金の髪を靡かせながらバイアスはゆっくりと嬲るようにこちらへ歩んでくる。

一歩一歩の足音が今の俺には圧をかけるように、俺を痛め付けるように感じられた。

恐怖を捨てろ。本能で身体を逃がそうとしても知性でそれを止めろ。今まで本能で逃げてきたアラヴァルを戒めるようにがっしりと身体を固めバイアスに対して剣を向ける。

死んでもしがみつく。絶対に負けてはならないのだから。


「終わらせねぇよ…!」


「ーーーッ」


「俺はエルフ傭兵団の訓練兵、アラヴァルだから!」


力を振り絞りいつもは使わないほどに喉を行使してそう宣言する。

他のエルフからは情けないように見えたかもしれない。それでも気持ちは本気だった。


【千里眼】その能力の一部に未来視がある。

これがある以上能力を封じるかそもそも動けないようにしないと攻撃は当たらない。

でも一つだけある可能性に賭けてみたい。

それはこの"未来"というのは何で決まるのか、それによってこの勝敗は大きく変わってくる。

その"未来"が既に決まってる運命によって決まるのか、それとも未来を視られる者の意思で決まるのか。


後者ならばまだ勝ち筋がある。

俺の今の強い意思ならば自分に嘘を付く事は可能だろう。いや、出来る出来ないの話では無い。

やるんだ。


「お前の攻略法が分かった…!」


「つまらん戯言ですね」


バイアスは構え直し拳をこちらに向けて言い放つ。


「それを証明してみてください」


俺は剣を投げるイメージ、いや投げる想定ーー否、投げると決意して投げる姿勢をとる。

腕を大きく振りかぶり、投げにゆく。するとお手本のように隙ができた左脇腹に拳をねじ込みに来た。


「俺の計算に嵌ったなぁ!!」


俺は直前で自分を洗脳するように唱えた【投げる】の思考を無理やり中断し、左脇腹の部分に剣を突き刺す。


「ッーー!?」


バイアスはギリギリでそれに反応するも間に合わず右腕をアラヴァルの剣で掠めた。

いや掠めたというよりは抉ったのが正しいだろう。

遂に俺一人の力であいつの千里眼を破った…!


「俺のターン、続行だ!」


バイアスは右手を押さえアラヴァルを強く睨んだ。


ーーー


「あと一組帰ってこねぇな?」


エルフの村の傭兵団では団長が日没までに帰ってくるように言ったのに出発した組と帰ってきた組の数が合わないことを不思議だと嘆いていた。

その場では団員は道に少し迷っただけだとその組のメンバーを少し嘲笑している。


「迎えに行ってくるよ」


なんとなく嫌な予感がした団長、カラベルは愛剣デネボラを鞘に収め、日が落ちている中一人で暗闇の森の中を駆けた。


ーーー


〔自分に嘘をつく〕いい響きではないがこれこそがバイアスを攻略する糸口となっている。


「俺だって…俺だってみんなの役に立ちたい…!」


俺は剣を向けて更に宣言する。


「お前は此処で俺が斬り倒す!」


バイアスは言葉を流すかのように無言でこちらを睨み続けている。極度の集中状態に入っているのか、ただ単に無視しているのか、後者であることを願いたいが、現実はそう甘くないらしい。


「お前、未来視を捨てたな?」


アラヴァルはそれに気づき素直に前に突撃していった。

それを横に回避したバイアスはアラヴァルの背中に肘鉄を突き刺す。

アラヴァルはそれを予想していたかのように身体を全力で捻り、剣で肘を受け止めた。


「あっぶねぇ」


だがその努力も虚しく、バイアスはその場その場でアラヴァルの弱点(ウィークポイント)を正確に狙い拳を打ち込む。

アラヴァルはそれに応えようと必死に剣を振るも全てを抑え切ることは出来ずに一発、また一発と受け切れなかった拳がアラヴァルの身体に捩じ込まれた。


「ぐっ…!」


アラヴァルは考えが追いついていなかった。

未来視さえ封じればバイアスに勝利することが出来るなどと甘い考えを持っていた。

バイアスの力はあくまで【千里眼】であり未来視はその一部だ。

千里眼は文字通り千里先を見通すことも可能だし、相手の弱点を見つけたり、相手の隠しているものを透かすことも出来る。

そんないくらでもある能力の一部を封じただけであってまだまだバイアスの真髄はこの程度ではない。


「未来視を封じた程度で価値を確信とは、哀しいエルフですね」


「関係ない…!」


「魔族のくせにこの程度とは…エルフも衰えましたねぇ」


魔族?何のことかは分からないが何となく俺だけではなくハラバラ達まで悪く言われているような気がして気分が悪い。

やはり早く倒さなければ。でも決定打が無い。

自分を洗脳作戦は未来視を使用しないことで対策された。かといって普通に攻撃しにいっても弱点を突かれて負ける。

時間稼ぎなんてしたところで蛇足だ。


「詰んだな」


「貴方だけは苦しませて死なせてあげましょう」


バイアスはカウンタースタイルを崩しこちらへ向かってきた。それでも未来視を封じた状態での最善策がこれなのは間違い無いだろう。

結局負けなのは変わらない。

もう意味がない。

  

「『瑕疵(ディフェクタス)掃射(アサルト)』ッ!!」


刹那、無数の拳がアラヴァルの弱点に正確に打ち込まれる。何発も、何発も、数え切れないくらいに、目で追えないくらいに。

頭をだけを綺麗に避けたその打撃はアラヴァルの骨を砕き、動けないようにその場に倒れ込ませた。

その後バイアスはハラバラの方へ近づき右腕を掴んだ。


「今からこの2人を殺します」


バイアスは無慈悲に、そして軽々しくハラバラの右腕をへし折った。


「ぐあぁッ!?」


ハラバラはすぐに悲鳴を上げて意識を取り戻した。

その苦しむ様子を見てバイアスは笑いが込み上げてきたらしく森に響く声で大笑いした。


「傑作だな」


アラヴァルは痛みに耐えながらその場を見届けることしか出来なかった。

こんなとこで負けてて良いのか?

ハラバラをこんな目にあわせて、本当にバイアスを許せるのか?

そんな数々の問がアラヴァルの脳を駆け巡る。


「俺は…俺は…!」


アラヴァルは全身の痛みに悶えながら立ち上がる。


「負けねぇ…! 負けるわけにはいかねぇ!!」


ーー瞬間、バイアスの動きが止まる。


「ッ!?」


「やれぇ!!」


バイアスの後ろからその場に倒れ込んだ透の声が聞こえた。どうやら透がなけなしの力を使いバイアスの動きを封じたらしい。


「俺が…お前を…倒す…!」


アラヴァルは剣を持ちバイアスに斬りかかる。


ーーだが剣はバイアスの身体を舐めるように傷を付けたのみで、アラヴァルはその場に倒れ込んでしまった。


バイアスの顔も動きも見ることは出来ないが、雰囲気が透達を嘲笑っていると直感させてくれた。

負けた。終わったんだ。


すると遠くから何かの足音が聞こえる。

俺はなんとなくその音をかき消すために叫び更に「『止まれ』ッ!!」と叫び更にバイアスを止める。

透は力が全て抜けてゆきその場で失神した。

とてもでかいかつ速い足音が近づく。

その足音が眼の前にきた瞬間にバイアスが動きを取り戻す。


「これで無意…」


バイアスが何かを言いかけたその時、バイアスの上半身と首が分離する。


「すまなかった、遅れたようだ」


そこには血に染まった剣を握りしめるカラベルの姿があった。

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