五の眼の男
結局は同じ様な作業の繰り返しだ。
魔物を探す→魔物を狩る→素材を剥ぐ
ただひたすらにこれを繰り返すのみ。
だがそこで慢心して注意を疎かにした時にボロがでる。
常に自分を、そして周りを見ておかないと、惨事になってからでは遅いのだ。
それを念頭に置いておきながら不気味を孕んだ霧の中、目を凝らしながら草木を掻き分けていった。
「本当にここは青臭いね」
「確かにダス…」
すぐにハラバラと打ち解けているアラヴァルには少し感心である。
アラヴァルは社交性の高いタイプでは無いと思っていたが、ハラバラのコミュ力が高いからなのか、将又俺がアラヴァルを見誤っていたのか、真偽は分からないが予想より早く仲良くなっていて少々安心した。
その時、透の耳に懐かしいような、悍ましいような、そして憎たらしいような声が突き刺さった。
「たす…けて…」
人によく似た声で情に訴えかけるようにその声は助けを求め続けた。
アラヴァルが「助けに行かないと!」と切羽詰まったような声で走り出そうと脚に力を入れている。
すぐにハラバラが腕を掴み、アラヴァルを止める。
するとアラヴァルは激昂してハラバラに「お前!」と掴みかかった。
「なんで止めるんだ!? お前は良い奴だと思っていたのに! 早く助けに行かないと!!」
すぐに俺はアラヴァルに対して口の前で人差し指を立てて「静かに」を意味するジェスチャーを送った。
その後に俺はあの声の正体について、"魔物"についての解説を始めた。
「あれは人の声に化けて獲物を待つ魔物だ。確か名前は擬声獣、不用意に近づかずに全員で攻めよう。」
すぐにアラヴァルはハラバラに対して謝罪をし、戦う準備を整えた。
他のメンバーも武器や、装備を整備して万全の状態を作り、もういつでも突撃出来る状態まで仕上げていた。
作戦としてはまずシェルラニが矢を放ち、擬声獣の目、もしくは脚の機能を停止させる。
そこからは簡単だ。
全員で突撃してご自慢の爪をもぎ、首を刈り取る。
抽象的すぎる作戦に少し苦笑いが漏れるアラヴァルの意思と関係無く事は進んでいった。
作戦が固まり、恐る恐る声の方に近づくと姿が見えてきた。
獲物を狩るためだけにあるかの様な荒々しく凶暴な爪にカモフラージュの為にも思える新緑の鱗、そして獲物を逃がさんとする狂気的な一つの眼。
全てが脳裏に焼き付けられたものと酷似していた。
否、同じだった。
その姿が目に飛び込んできた瞬間、訓練生の三人は息を呑み無意識のうちに少し後退りしていた。
だが二人は違った。
シェルラニとカラバリはその悍ましい姿を見ても臆する事なく一歩一歩、歩みを進めていきシェルラニの射程圏内に近づいている。
シェルラニの足が弓矢の射程圏内に入ったその時、シェルラニは即座に弓をエルフを騙そうと必死に偽りの助けを求めている擬声獣の眼球へと向け、矢を糸に掛けて力一杯引き、開放した。
矢はまたもや吸い込まれるかのように擬声獣の眼をめがけて放たれ、正確に眼を打ち抜き視覚を奪った。
前が見えなくなった事によりパニックに陥った擬声獣は暴れて周りの木々をその鎌のような爪で破壊を繰り返す。
その隙を俺達は絶対に逃さない。
理由も分からず暴れている擬声獣の右脚をハラバラの巨大な槌で荒々しい爪ごと粉々にし、アラヴァルが走りながら流れるように左腕に傷を付けて、俺が弱り脆くなった左腕を剣で斬り落とした。
武器を失った擬声獣は必死で体をうねらせて逃げようとするも、抵抗虚しくカラバリの一太刀により頸を落とされ動きを止めた。
奇襲は見事大成功に納めることができた。
爆発しそうな喜びを心の内に留めて、ひとまずは戦利品を回収することにした。
まだあまり慣れないが皮を剥ぎ、肉をもいで袋に詰める作業が少しの間続く。
面倒臭いという感情がまだ湧くことは無いが、気持ち悪いという感情は真っ先に透の脳天に届いた。
物凄い吐き気と共に喉の奥が酸っぱい感触を味わい吐きそうになったが何とか抑えて剥ぎ取りに専念した。
色々な魔物が生息しているこの森では新たな発見が沢山あって面白い。
色々な植物に虫や魔物、初めて目にするもののみで構成されているこの森はこの異世界の勉強にもなるのだ。
本で見るのと実物に触れるのじゃ訳が違う。
すべてが目新しくて、全てが興味深い。
あっちの世界では勉強は普通程度で、そんなに好きなものでもなかったが、こっちの異世界の勉強は何故か分からないがとても楽しい。
魔物狩りにも慣れてきて手際よくサクサク討伐していけるようになった頃、空をみると日はすっかり落ちていた。
それに気づいたシェルラニの合図により俺達は先程の道を辿って村に帰る事にした。
魔物の肉や皮が大量に手に入った。
「こりゃ村で宴が始まるな」
「どした?」
完全に偏見だが、肉が大量に手に入ったので多分宴が行われるだろう、多分な。
そんなこんなで村に戻るため足を進めていると、何やら後ろから物音が聞こえた。
魔物に後ろを取られるのは非常にマズイのですぐに陣形を作り魔物を狩ることにした。
「声は聞こえない…おそらく擬声獣ではないな」
シェルラニの耳で魔物の特定を試みた結果、完全な特定は難しいが、ある程度なら正体が掴めた。
だが一つ不確定なのが足音が4つあるので四足歩行に近い音なのだが、少し違和感と言うのだ。
それは四本の足が横一列に配置されているということだ。
あくまで足音での推測だがほぼ確実らしい。
そこでカラバリが、
「少し見に行くよ」
と言い出したので出来る限り後ろから支援されつつ恐る恐る草むらから足音の正体を覗く。
カラバリが頭を出した時全員の鼓膜に液体が飛び散る音が突き抜けていった。
気づけばカラバリの生首を片手で掴んでいる臙脂色の肌で大柄な男が立っていた。
凶暴を体現したような身体で胸には瞼を閉じた目の様な模様が彫ってある。
男は生首をみてつまらなそうに顔を曇らせそれを地面に投げ捨てた。
ニタニタと笑いながらこちらに近づいてくる様子はまるで悪魔のようだった。
臙脂色の肌と血の色が同化した姿はまるで血を体現しているように感じられる。
すぐにシェルラニが声を張り叫ぶ。
「逃げろッ!!」
その声で三人の身体は無意識のうちに動きだし、村の方向へ走り出した。
この世界で二度目の命の危機だが、今回はわけが違う。
何がどう転んでも勝てる未来が全く見えないのだ。
俺は無我夢中で走った。
そして魔法のことを隠していることすらも忘れて叫んでいた。
「『止まれ』ッ!!」
その言葉で男の動きが一瞬だけ止まったがすぐに動き出した。
どうやら俺の魔法に少し驚いた様子だったがすぐに表情をニヤけた顔に戻し近づいてくる。
その後ろには仮面をつけたスレンダーな男が歩いている。
何故こうなった。
どうして、何故、何で、有り得ない、あってはならない、おかしいじゃないか。
事前に説明されてない。
こんな強い魔物、否あれば魔物ではない。
信じ難いがあの姿、形は人間だ。
少なくとも魔物図鑑には人に擬態する魔物は見ていない。
するとシェルラニが図体のデカい荒々しい男に矢を放った。
だが矢は男の人差し指と親指に簡単に抓まれてしまった。
矢はダーツの要領でシェルラニに投げられて、シェルラニは回避することができずに脳天を自分の矢で撃ち抜かれ、地面に倒れた。
このままでは死ぬ。
必死に走り、叫びながら助けを求めても返事がない。
希望が無い。
助かる見込みもない。
ふと後ろを確認したとき、男は既に真後ろに立っていた。
「お前の血はどんな味がするか楽しみだぜ」
狂気的な言葉を吐きながら殴りかかってくる。
あの拳を身体に打ち込まれたら即絶命してしまうだろう。
だがもう距離が縮まり過ぎている。
回避は難しいだろう。
攻撃など恐らく無駄だ。
死ぬしか無いらしい。
突如こんな世界に連れてこられて、最初は楽しかった。
だがそれはこの世界の過酷さを知っていなかったから、いや知った気になっていたからだ。
刹那、男の拳が眼前まで放たれる。
その時らハラバラが鉄鎚で男の拳を弾き蹴りを腹に一発撃ち込んだ。
男は予想外の攻撃に驚き、後退する。
俺は思わず声を上げた。
「お前、そんなに強かったのか…!?」
「早く逃げるダス。後ろの仮面はともかくこの男はマズイダス、村に近づかれたら全ておじゃんダス。ひとまず全力で走るダスよ!」
その言葉に俺は勇気を貰い足に力を込め、全力で走った。
先頭をアラヴァルが走り、その後ろを俺が走り、背後を守る形でハラバラが走っている。
村まであと数百mといったところだ。
いつもなら短く感じるこの距離でも今では物凄く遠く感じる。
するとアラヴァルが小声である提案をしてきた。
「俺は念の為煙玉を持ってきている。霧と煙玉があればあんな化け物とは言え一筋縄では行かないだろう。そのうちに逃げるぞ。」
そう言い、アラヴァルは最後尾へと躍り出て、煙玉を地面に向かって投げつけた。
瞬時に煙を出し、透達の姿を包み込み隠し始めた事により遂に男は透達を見失った。
「見失っちまったな。俺は疲れたから帰る。あとはお前がやれ。」
「ハッ…!」
男が見失っても尚、透たちを追い続けるものが居た。
理由は簡単、奴には見えていた。
『千里眼』の"異能"によって。
ーーー
「撒いたっぽいな。」
アラヴァルのその言葉でひとまず緊張感と恐怖は少しだけ抜けた。
ハラバラが後ろを確認するも気配はとても遠くなっている。
「この距離なら問題ないだろう。」
ハラバラとアラヴァルは切り株に腰を掛けてひとまず休憩をとることにした。
俺はただ一人先程いた方向を見つめ続けていた。
胸のざわつきが止まらない。
この感情が安堵では無いことが伝わってくる程にこのざわつきは脳に危険を、恐怖を直接訴えかけているのだ。
早く、今すぐにでもここを離れたい。
村に戻っても安全を保証できるとも限らない。
もはや時間の問題かもしれない。
俺が一人で頭を駆け巡らせて、恐怖を抑えようと努力していると「おい!」と肩を叩かれ、現実に一気に引き戻された。
「大丈夫か? 滝みてぇに汗かいてんぞ。」
そう声をかけてきたのはアラヴァルだった。
アラヴァルも俺達を安心させようと、落ち着かせようと努力しているのだ。
だが胸のざわつきは増す一方でアラヴァルの言葉は何の効力も発揮しなかった。
ドクドクと心臓が鳴り出す。
体内に響くほどに強い音を放つ心臓はロックンロールを奏でていた。
心臓の音がノイズになり、周りの音がほとんど聞こえなくなったとき、先程走っていた方向から恐ろしいスピードで走っている、否近づいてくる音が聞こえた。
「ーーーッ?!」
驚きのあまり声がでない。
一刻も早く伝えなくてはならないのに。
気づけば音はもうすぐそこまで近づいてきていた。
すると草を掻き分ける音が聞こえ、全員がその方向へ振り向いた。
そこには仮面の男が立っていた。
仮面の隙間から見える目には途轍もない殺気が立ち昇っている。