実戦演習開始!!
天国のような休日が明けて、絶望の平日が幕を開けた。
虚ろな目をしたアラヴァルをよそに俺は少し緊張している。
なんてったって今日は護衛隊と合同で行う魔物狩りだ。
隊長から少し話を聞いていて心の準備が出来ていたはずだが、当日になるとそんなものは関係ない。
そういえば俺は剣術を一週間しか習っていない。
とても戦えるような状態じゃないが俺には魔法がある。
てか、魔法についてこの一週間全く触れてないから忘れていたがここのエルフが魔法を使ってるの見たこと無い。
この世界では魔法は禁忌として扱われている、もしくはこの村では魔法は禁忌として扱われているなどがあり得るか。
「大賢者の空へ飛ぶ力、魔法の手掛かりは無しか、」
そんな哀しげな声が部屋に吐き捨てられた。
とりあえず今日は切り替えて魔物狩りに集中することにしよう。
というか村の外に少し出るって話だけど、それじゃあリリベル見に来れなくない?
透は膝から地面に崩れ両手をつき落胆した。
「元気出せよ…」
すると普段の元気が失われた声でアラヴァルが手を差し伸べてきた。
俺は弱々しくその手を取り体を持ち上げる。
想像以上に俺の力が強かったのかアラヴァルが少し体勢を崩していたがそんなことは今は気にしない。
こんなんでくたばっていたらこの先が思いやられるので手のひらで頰を叩き、気合を注入した。
その後は適当に装備を整えて寮を出発の流れだ。
ーーー
隊長の号令で正規の隊員と訓練生が一斉に背筋を伸ばした。
異様な光景だがここではこれが普通だ。
統制のとれたエルフ達を見ると魔物狩りも順調に行きそうで少し安堵する。
簡単なことだ。
ベテランと共に魔物を倒すなんて楽でしか無い。
たとえそれがとても難しい事だとしても保険はある。
緊張で本来のパフォーマンスが失われても損だ。
もっとも、本来のパフォーマンスを発揮したところでたかが知れているがな。
「考えれば考えるほど不安になるな...」
「そんな悲しい事言うなよ」
俺が弱音を吐くとまたアラヴァルが慰めに来た。
ほんとにいい奴だ。
アラヴァルは一生涯の友にしようと決意した瞬間である。
心の準備ができてきた頃、移動が始まった。
正門は結界が薄く、出入りが可能なんだとか。
正門付近に魔物が出る事もあるがそういう場合は門番が追い払って危機を救う。
結界に魔法が使われている可能性を見た俺は少し調べてみたがどうやら大昔にこの土地に村を作ろうと考えた先代のエルフが建てたもので情報は不鮮明。
今現在それが分かるエルフは存在しないという。
まぁ分からないのなら仕方ない。
正門に着いた俺達は装備の最終確認を行なっていた。
すると大柄の影が俺を太陽から隠した。
急に暗くなったので驚きアラヴァルの方を見ると酷く怯えた様子で俺の後ろを指差していた。
指の先に視線を送ると、大男が後ろに鎮座していた。
よーく顔を覗いた時男は口を開く。
「久しぶりダスねぇ!」
「その声は!?」
特徴的な語尾に野性的だが幼気のある声、良い意味で少し馬鹿な部分が見える顔。
こいつの名前は…!
「ハラバラ!!」
久しぶりと言っても5日ぶり程度だが心の時間で行ったら1年ほどの月日が経っただろう。
この特殊な環境でも共通の趣味のある珍しい友だ。
アラヴァルもそうだが彼も大事にしていきたい人間、いやエルフの一人である。
ふと違和感に気づき隣に目をやるとそこには腰を抜かし地面にぶっ倒れているアラヴァルの姿があった。
そういえば二人が対面するのは恐らく初だろう。
二人には仲良くなってくれるとこっちも楽なので紹介してあげることにしよう。
「こいつの名前はハラバラ、俺と共通の趣味がある友達だ!」
アラヴァルは少し信じていない様子だったがひとまずは理解してくれたようだ。
口を開けたまま首を縦に振るアラヴァルは、何かが抜けたような呆気にとられた顔を維持し続けた。
この状態のアラヴァルを治すのには非常に骨の折れる作業だったが、これもアラヴァルのためだ。
アラヴァルはハラバラとまだあまり馴染めていながったが、ハラバラの適応は早かった。
気づけば俺と変わらないような距離感でアラヴァルも話していたので本当に驚きが隠せない。
流石ハラバラだ。
このコミュ力は今後も役に立っていくだろう。
なにかあったときはこれからこいつに頼ることにしようと決意した瞬間であった。
戦闘力の高そうなハラバラと合流したことにより安心感が数倍も増したように感じられた。
いやデータで見ても勝率は大幅に上がっているだろう。
正直アラヴァルと俺のタッグだと戦闘面が少し、いやだいぶきつい。
体力が全く無いアラヴァルと剣術初心者の俺の二人だ。
流石に魔物と戦うには心許ない。
魔法がここであまり使われていないなら迂闊に使うのもあまりいい選択とは言えないだろう。
よって魔法も緊急時以外は禁止だ。
そんなこんなである程度大勢の整った俺たちは魔物を探しに森に出るのであった。
訓練生内で最低2人でチームを組み、本隊のチームと合体し一つのチームを作りその状態で自由行動となるのが今回の魔物討伐の流れだ。
俺が少し心配していた帰宅は本隊のエルフ達が結界周りの霧に慣れているので問題無いとか。
俺もトラウマ克服のために慣れておかないとな。
同じチームを組む本隊のチームはシェルラニさんとカラバリさんという方々である。
シェルラニさんは弓使い、カラバリさんは剣使いらしい。
因みに俺は言わずもがな剣、アラヴァルは体術でハラバラは特殊だがハンマーを使う。
ハラバラのハンマーは取っ手部分が長くなっており扱いづらい武器となっているがその分威力が高い。
喰らえば魔物とてひとたまりもないだろう。
威力をみるのが少し楽しみだがグロいのは苦手なので少し遠慮してほしい。
因みに俺が出会った魔物は誘声虎と言うらしい。
他にも砲角犀や熱爪熊などがいるらしい。
名前からして物騒な魔物ばかり住んでいるこの森に囲まれているのにあの村が今もなお健在なのは恐らく、いや間違い無くあの結界、霧のお陰だろう。
あの霧に俺も散々悩まされている。
それだけ効果が強いということなので内部に入ってしまえば便利な代物だ。
ちょっとした考え事としていると気づけば見知らぬ木々に囲まれている森に足を踏み入れていた。
先程とは一変してチームの雰囲気が変わった。
緊張感の漂う真剣な雰囲気へと様変わりしたこのチームの空気についていけるのか、少々不安である。
ひとまず魔物探しに取り組むべく俺達は音をなるべく立てないように正確に、そして慎重に歩を進めていった。
周囲を見渡しているとアラヴァルが小声で「おい」と話しかけてきた。
それに応えるように俺も小声で「なに?」と返す。
「お前そういえば外から来たらしいな」
「そうだけど?」
「お前よく生きてここに来れたな。」
「どうゆう意味だ?」
「そのままだよ。こんな最悪な環境でよく村を見つけられたなってこと」
まぁ実際は村のすぐそこまで近づいただけで、結局気絶したところをあの爺さんに助けてもらっただけなんだけどな。
てかよく見つけ出せたなあの爺さん。
もしかしたらあの爺さん、外に出たことあるんじゃないのか?
「ま、そんなわけねぇか」
「え?なんて?」
「偶然だよ!ただの偶然!」
俺が少し大きな声でアラヴァルに返すと前を歩いていた二人と後ろを歩いているハラバラに「静かに!」と注意を受けてしまった。
これは反省だ。
そうやって少しここの雰囲気に慣れてきた時。
何かの唸り声が前方から聞こえてきた。
前の2人が【止まれ】を意味するハンドサインを送り、俺達は進行を止めた。
カラバリが少し顔を出して様子を確認する。
一目見て唸り声の正体に確信を持ったカラバリは俺達にその正体を伝えた。
「あれは餓食熊だな」
「なんスカ?それ」
「まぁ一番ベーシックな魔物さ」
彼の適当な説明で大体理解した俺はひとまず戦闘態勢に入る。
何度も言うが魔法は使わない。
使ってここでの関係が崩れたら俺はもう立ち直れないような気がするからだ。
先発はハラバラがハンマーを使い様子見で頭を叩く。
ずっしりとした構えから重たいハンマーを持っているとは考えられないほどの軽快なステップを踏み餓食熊に近づく。
近づいてきたハラバラに気づいた餓食熊は反撃すべく大振りに右手の爪でハラバラを切り裂こうとしたが、シェルラニの空気すらをを穿つ弓が餓食熊の眼球を捉え正確に射撃した。
吸い込まれるかのようにシェルラニの矢が眼に放たれる。
目を潰されたことによって怯んだところをハラバラは逃さない。
ハラバラの手の中に握られた鉄槌は餓食熊の頭を容赦無くかち割った。
頭を割るだけでは勢いは殺されきらずにそのまま地面に落下し小規模な地割れを起こして着地した。
砂埃が舞い青々とした血の付着したハンマーと共にハンマーの下敷きになる餓食熊の死体が目に映った。
慣れない死体にまた胃酸が込み上げてきそうになったが何とか抑えて結果を報告するために皮や肉を剥ぎ取り袋に詰めた。
感触の悪い肉に臭いの酷い皮を持ち歩くのは少々気が引けたがあくまで任務のため我慢することにした。
「はぁ…まだ慣れないな…。いい加減慣れないと…」
そんな弱音を零したときハラバラが肩を軽く叩いて「大丈夫ダス」と話し始めた。
「そのうち慣れるダス。オイラだって最初は何回も吐いてたんダスからねぇ。」
ハラバラのその言葉によって心が少し軽くなるような感じがする。
少しだけ元気を取り戻した俺は引き続き魔物討伐に精を入れて取り組もうと決心した。