騎士道
「お前は何者だ?」
鎧を着た男がそう語りかける。
冷酷で低い声だが悪を感じる声ではないことは確かだ。
あっちも国の人間を守る為に戦おうとしているのが伝わってくる。
「俺は佐々波透だ」
「名前を聞いているわけではない。にしても珍しい名前だな」
男は俺の名前を不思議がっているようだ。
それもそのはず、この世界の名前は元の世界のヨーロッパなどの名前が多いのだろう。
エルフも日本人らしさの欠片もない名前だった。
まぁひとまず嘘で適当に乗り切ろう。
「記憶を無くしてねぇどこから来たか分からないんだ」
「それでも正体が分からない者を近づけることは出来ぬ。新手の魔物や魔族の可能性があるからな」
やはり人間社会では魔族の差別は浸透してしまっているのだろう。
魔族というだけで中身を見ずにすぐ追い払ってしまうのだから。
「今、明るくする」
俺は小さい声で『光れ』と唱える。
すると辺りに光が満ち、顔がはっきりと見えるようになった。
男は鎧を着ていてよく顔は見えなかったが男には俺の顔が見えているだろう。
まずはそれで良い。
俺が魔族の可能性を下げるにはこれが必要だ。
「…人間に見える…だがそのような異能の類やもしれぬ」
男は一貫して俺を疑っているようだ。
ここで戦うか?
否、それはいい結果を生まないことはすぐに分かることだろう。
空を覆う暗闇を木々が増長させる。
闇のせいで冷静さを欠いているのは自分でもわかる。
分かっていても焦りは消えない。
「話は無駄なようだな」
「待っ!!」
「はッ!!」
男は鞘から剣を抜き、大きく踏み込み切りかかってくる。
俺も剣を弾くために剣を取り出し受け止める。
だが鞘からは抜かない。攻撃の意思は無いと示すために。
「なぜ攻撃しない?」
男はそんなことお構い無しに剣を振り続ける。
それを必死に受け止めているが人には限界がある。
俺は剣を持っていた腕に男の剣を掠め、それに怯み手の力を緩めてしまった。
剣は無慈悲に手からするりと抜け地面に落ちる。
「あ…」
男の剣が目前に迫る。完璧な軌道で胴体に。
気づけば俺は倒れていた。男の剣は剣先が赤黒く染まっている。俺の血だ。
胸を抑えてる手を見てるみると流れる血を止めようと必死に傷を覆っているのがわかった。
それでも隙間から血は流れてゆく。
「グフッ…」
気管支に溜まっていた血がやっと抜けた。
これで喋ることができる。
喋れれば、治せる…!
すると男が悲しそうな声色で語りかける。
「何故…何故最後まで鞘から剣を抜かなかった…?」
今治したらまた斬られてしまうかもな。
でもすぐ死ぬよりはましだ。
「『治れ』」
その言葉をきっかけに俺の体は癒えていった。
痛みも次第に引いてゆき、苦しさも抜けてゆく。
「な!? やはり貴様は…!」
「いやいや!敵意は無いんだ!」
「そうやって油断させて我を陥れる気か?」
「そんな事しないって、頼むから落ち着いてくれ」
俺は全力で男を宥める。
だがやはり男は聞く耳を持たない。
再度戦闘態勢に戻り、更に警戒を強める。
男は腕を振り上げ剣を真っ直ぐ俺の体に落とす。
俺は間一髪のところで避け、距離をとった。
「魔族には異能使いが多いからな、貴様はやはり魔族だ!」
異能とは何だ?魔法のことか?これは異能と呼ばれているのか、いやそんなことよりこの状況はマズイ…!
俺は剣を下に置き両手を上げて無害なのを示すような身振り手振りをしながら必死に弁明する。
「異能?ってのが分からんが落ち着け! 人間にも居るんだろ! 異能使いってやつが!」
「異能使いは武器が無くとも攻撃できる。お前は信用ならん」
こうなったらこいつをここで倒すしか…
俺はすぐに頬を手で叩いた。
マイナスな考えをリセットするために。
「なんだ? 遂に気でも狂ったか?」
男はガチャガチャと金属の音を鳴らしながら近づいてくる。
「最後に言い残す言葉はあるか?」
緊迫した空気が流れる。静寂の中に鎧の擦れる音が響く。透は口を開いた。
「『上げろ』」
小声で何かを呟く。
「それが最後の言葉か」
男が斬りかかる。
「「「誰かぁぁぁぁ!!!!」」」
森を越えて街に響くような轟音が喉から発せられる。
すぐに男が苦しむ様な表情で耳を塞ぐ。
「「「助けてぇぇぇぇ!!!!」」」
さらに追い打ちをかけるように大きな音を出す。
男はあまりに大きな音だったので失神してしまった。
「よし!」
すると国のある方向から馬が走る様な幾つもの足音が聞こえ出した。
いや、この音は馬の蹄が地面を蹴る音で間違いないだろう。
俺はすぐに声をかけた。
「すいませーん!! 襲われてまーす!!」
先程とは比べ物にならないほど小さな声だが常人が出せる声の中では大きな声で叫んだ。
すると馬の上に乗った騎士の様な人は俺から距離を取って囲みだした。
「ん?ん?」
馬の上に乗ったリーダーらしき騎士は剣を俺に向けて言い放つ。
「貴様を騒音及び暴行の罪で連行する!!」
「ふぇ??」
俺は考えていなかった。
連行されるのがあの男では無く。
俺だと言うことを。